序章「世界は変わる」
大きな黒い炎の球体が頭上にある。ドーム一個分、そう比喩するくらいの大きさのものが頭上に展開されている。熱が体を、これは本物だと知覚させる。
これは魔法なのだとそう実感させた。
その魔法はこちらに向かってゆっくりと進み続けた。
逃げることは出来ない。
家はもう壊されて盾とはならないが、壁としての役割すら果たせない。炎に包まれて、ゲームもアルバムも全て灰になって消えてしまっているだろう。
次に灰になるのは自分の身体だ。嫌これだけの熱だ。灰になることすら出来ないのかもしれない。
「ははっ」
死が近づくことにそう力なく笑ってしまった。
ここは夢ではないかと思ってしまう。
現実で、21世紀になって魔法が実在するといいう妄想など誰が信じるか。
事実魔法は地球上に存在しなかった。
だがそれが15年前悪魔が逆異世界転生したことによってもたらされてしまった。
逆異世界転生などありえないと以前ならそう思っていたが、今目の前にある黒い炎の球体の前にもうそう言うことは出来ない。
その術者に石を投げることも悪態をつけることもせず、ただ座って動かず黒い炎の球体が来るのを待っていた。
あの巨大な球体はどこに逃げようが確実に殺される。
魔法が使えれば、切り開けたかもしれない。
特別な能力があれば圧倒出来たかもしれない。
特別な肉体があれば逃げれたかもしれない。
でも自分はただの人間だった。
どれだけ唱えようが、体の中にある力を探そうが、何も起きない。
もし誰かが現実はシリーズ物の物語だというなら。その物語の主人公に選ばれたのは自分なのではと、そう思ってしまった。
自分の家に美少女が逆異世界転生してきた。
そして何年も前に悪魔が逆異世界転生したことを、世界の人々は洗脳されていたことを知った。
悪魔からの刺客から女の子の身を護ることも貢献もした。
自分が主人公でないというのならこれまで起きたことは何だというのか。
あるいはここは異世界なのだと言えるのだろうか。異世界なら危険が沢山あることを頷ける。
理不尽なのは当たり前だと認識できる。例外なく自分も物語のモブのように殺されるのだ。
黒い炎の球体が迫ってきている。
―――あぁ、来る。
世界は変わった。
時代の転換点という言葉がある。例えば明治維新、例えば産業革命。
あるいはもっと小さく、ある野球選手で二刀流としてブレイクしだした年や、サッカーであるクラブが初めて史上最多の6冠をとった年。
そういった時代、あるいは歴史の転換点と呼ぶ日はいつの時代にも来る。
そしてその時代の転換期はきっと今日なのだとそう確信する。
世界の分岐点。転換する世界。生きていた世界が転換して異なってしまったというべきか。
明日が保障されていて、死に脅かされることもなく、幸せな日常を送ることが出来なくなってしまった。そして実際今殺されようとしている。
―――この世界は魔法で戦うバトルアニメのような世界になった。
まあ、世界が変わったと分かっても、もうその世界にはいられないのだが。
目を閉じて、死が来る恐怖を少しでも軽減しようとした。そして……
「諦めるのはまだ早いよ、兄貴」
その男の子の声に目を開けた。
白金の毛をした男の子が目の前にいる。その男の子は手を前に向けた。
その瞬間大きな光の壁が黒い炎の球体とぶつかった。
光の壁は崩れることはなくむしろ徐々に黒い炎の球体を押し上げていった。
「大翔……!!」
白金の髪をした大翔と呼ばれる男の子はこちらを見て
「もう大丈夫だよ、兄貴。僕に任せて」
白金の髪をした男の子はそういって笑顔をこちらに向ける。
その片目は緑色に光っていた。
そして白金の髪をした男の子は前を向く。
体から青い光を出して、敵と対峙する。
敵は黒い炎を弾を数十個以上空中に浮かべていた。
流河はただそれを眺めていた。
何も出来ない。何も活躍することもない。何も見せ場ない。
守りたい気持ちもある。戦って皆の役に立ちたい気持ちがある。
でもこのバトルアニメの住民相手に。
ただの一般人が何が出来るというのだと、体は立ち上がることすらしない。
この時はただ震えて絶望していた自分。
誰もが思うだろう。
この場で主人公を誰かというのなら目の前の白金の髪をした男の子だと。
だがこの時はまだ思いもしなかった。
この現実は物語だというのなら。
その物語の主人公は、この物語を変化をもたらし牽引していく者は流河だということに。