燃え尽きないで金魚鉢
初めましてねぶくろです。
執筆初心者でつたない部分が多いと思いますが、気にせず読んでいただけると嬉しいです!
私には金魚鉢が燃えているように思えるのです。
それは幼少の頃、汚いボロ小屋の片隅で金魚一匹を泳がせていた小さな楕円の金魚鉢を見つけた時から芽生えたこと。
貴族令嬢だった私は親の礼儀作法やら政治やらの教育に耐え兼ねて、反抗ばかりしていました。
それこそ、自室の窓を参考書で打ち抜いてみたり、配膳された食事をひっくり返してみたり、かなり大胆なものでした。
その度に親……特に父からきつい怒号を浴びせられ、
お屋敷の庭園の奥のまた奥にある物置に逃げ込んだものです。
その物置こそが、金魚鉢を見つけた小屋でもあるのですが、私にとっては唯一の逃げ場であったりもするのでしょう。
薄暗くて狭いその小屋は、私の身にぴったりで。
小さな私を包み込んでくれるような、優しい安息の地になるのです。
そして、私はそんな小屋の中で足が一本短い不格好でアンティークな椅子に腰掛けて金魚鉢をぼーっと無気力に眺める。
すると、金魚鉢は燃えています。
ランタンの微かな光を水面に反射して、こうこうと冷たい火の粉を撒き散らす。
そして、火に囲まれた紅白の金魚は、愉快な舞を披露する。
その様子がなんとも美しくて、私の心は燃える金魚鉢に縫いつけられたように目が離せないのでした。
私には夢があります。
大海原を自由に飛び回るトビウオになること。
もしくは、颯爽と泳ぐカジキになることです。
学校も、近くの街でさえも行かせてもらえない。
私にとって家族というものは私を縛る監獄です。
仕方のないことなのでしょう。
魔法も、政治も、芸術も、何一つ平凡な私は紛うことなき一族の汚点。
山奥かスラム街にでも捨てればよかったのに、なぜ私は屋敷に残されたのでしょうか。
「お前を辺境伯爵のご子息に嫁がせるつもりだ」
その日は私が十五歳になる誕生日でした。
私の誕生日は特別プレゼントを貰ったり、食卓が豪華になる訳でもない。
苦しい日々の変わらない一日として気持ち悪く終わるはずだった今日の日は、今年だけそうもいかなかったようです。
衝撃的なことでした。
父は家族という監獄をさらに厳重で強固にしようと言うのですから。
父と父の背後の窓から見える青々しい空が、滲む。
鮮やかな色彩が複雑に引き伸ばされて、私から遠ざかっていきます。
「くれぐれも醜態を晒すなよ」
モノクロになった視界で、父は黒一色のおぞましい物体になっていた。
黒は辺りの白を侵食して、勢力を拡大して。
白の私はそれに対抗することができずに、黒の波に飲み込まれる感覚がした。
「……はい」
喉の奥から細い声が滲み出た。
反抗はもう出来なかった。
「政略結婚のための私だったんだあ。所詮私は道具だったんだよね」
燃えた金魚鉢の中を優雅に泳ぐ金魚に話しかける。
金魚は何を考えてるのか分からない無表情だけれど私の話に耳を傾けてるはずです。
モノクロの色彩の中でも、変わらず光に燃え上がる水槽は黒塗りされた私を浄化してくれるような気がしてならないのです。
「苦しいな……」
生まれた時から才能の欠片のない私には自由なんてものはないのです。
親の一道具として相応な扱いを受けて、使い勝手のいいところで適当に消費する。
それでも私は夢を諦めきれていないのです。
いつの日かトビウオかカジキになるまでは私は死にたいと思えない。
今、黒に溺れている私に金魚はぴちょんと跳ねて水を浴びせた。
水の飛沫は冷たくて、黒の私に少しづつ白に塗り替わっていく。
白い私は呼吸します。
エラ呼吸はできないから、透明な空気を肺に溜め込んで息をする。
豊かな色彩が舞い戻ってきた。
金魚は水槽の中をもっと乱暴に暴れ回り、不意に宙に飛び出した。
金魚はぺちぺちと箱の上を跳ねる。
埃を被ったマッチ棒の箱の上で、「監獄なんざ燃やしてしまえ」と言わんばかり。
私はそんなかっこいい金魚に微笑んで、元の水槽に戻してあげた。
「大丈夫、しっかり燃やすから」
握ったマッチ棒の箱はしっとり濡れていて、私の手にすっぽり収まりました。
梅雨も明けて、屈強な陽光が猛威を振るう夏の日。
私の監獄に一筋の火が放たれました。
自由になった火は、みるみる大きく成長して、やがて監獄全体を飲み込んでしまった。
きっと両親と、この屋敷に使えるメイド達は消化活動に手を焼いています。
手が焼けるだけでなく、全身がただれて朽ちてしまえばいいのに。
屋敷近くに逃れた私は、炎の行先を見守る。
風に揺れる帆のように炎はうねって滑稽なダンスを踊り、私にエールを送っているように見える。
そして、あえなく消えました。
どうせ水系統の魔法を使ったのでしょう。
猛々しい水蒸気が、炎の幽霊のようにゆらりゆらりと天に昇る。
私は遂にトビウオになりました。
私に立ち塞がった大きな監獄を飛び越えた私は、もう自由に空を見れます。
なので、今度はカジキになりたいと思います。
今の私ならモノクロの海だって、漬物石を担いで泳げる気がします。
私の手には燃える金魚鉢があります。
小さな小屋から、私と一緒に抜け出した金魚鉢は、より一層に光を吸収して燃え上がります。
金魚も私を労うようにピチピチ水飛沫を浴びせる。
紅白カラーの鱗が美しい光沢を放っている。
トビウオになった私も、この燃える金魚鉢の中で泳いでみたい。
燃える金魚鉢の中から、汚い世界をずっと見ていたい。
燃える金魚鉢を横に死んでいたい。
だから、燃え尽きないで金魚鉢。
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