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公爵令嬢はゴブリンを助けるため彼の村へ向かう

「リラ様っ!?」


 この世で一番愛しい人が倒れた。慌てて彼の元へと駆け寄っては腰を落とし、リラの顔を覗き込むヴィーチェだったが、その顔色の悪さに息が止まりかける。

 そんな中、悪魔が消えたことにより安全を確認したノーデルが医師を連れて駆けつけた。


「ヴィーチェ、大丈夫っ?」

「私は大丈夫よっ! 早くリラ様を!」


 毒が身体中を巡っているのなら急を要するだろう。焦りを抑えられないヴィーチェは急かすようにリラの処置を医師に頼む。

 初老の医師は体格の良いゴブリンが患者だからなのか、戸惑いながらも脈を取ったり、ペン型の小さなライトで瞼を上げては眼球に光を当てて異常がないか調べていた。

 しかしいつの間にか矢が刺さったであろう多数の傷口付近から黒い斑点がいくつも浮かび上がってきたことに気づく。まるで黒竜の鱗のようにも見えなくはないが、毒の影響が出たことに間違いはなさそうだ。


「これは……ドラコニア・ヴェネヌム特有の症状ですね」


 そう告げる医師の言葉。しかしヴィーチェはその言葉に聞き覚えがあった。

 それはゴブリンの住む村にて、まるで隠すように草で生い茂った先に栽培されているであろう手入れされた花を見つけた日。

 あまりにも綺麗な花だったため触れてみようとヴィーチェが手を伸ばすと、リラによって腕を掴まれ全力で止められたことがある。話を聞くとそれは毒花だったらしく、その名前がドラコニア・ヴェネヌムだった。

 確か茎の中で毒を生成しているため、うっかり茎を折ってしまえば毒に触れる可能性があるから触ってはいけない。触るにしても万が一のために厚めの葉で包むなりしておかなければならないというルールがあった。

 そしてその用途は主に狩りに使用していたそうだ。石槍の先に毒を塗って獲物を仕留めるのだと。リラは元より一撃が強力なので毒に頼ることはないため、使うのは仲間達らしい。

 毒を塗った石槍を命中して仕留めた際、黒い鱗のような斑点が浮かび上がる前に槍が刺さった周りの肉を切り取れば毒の成分も取り除かれるので、食用としては問題なく食べられる。しかし斑点が出てきてしまうと全体的に毒が回り始めているので食用に適さなくなる。そのため時間との勝負だと言っていた。

 どちらにせよ、数多く毒矢に刺されたリラの身体を傷つけることなんてできるわけないし、斑点が出てきてしまっている以上ヴィーチェにはどうすることもできない。


「では早く解毒をっ」

「そうしたいのは山々ですが、解毒法はドラコニア・ヴェネヌムの花弁を煎じて飲ませることです……が、自生するドラコニア・ヴェネヌムは少なく、入手するなら栽培農家に頼らざるを得ません。しかし毒物の中でも強力ゆえに手続きに少々時間を要します。患部が一箇所や二箇所ならまだしも、これだけ多く広い範囲で毒を受けるとなると毒花が手に入るまで持つかどうか……」


 申し訳なさそうに首を横に振る医師だったが、ヴィーチェは他の手があるため絶望に打ちひしがれる暇はなかった。

 それならばと、ドラコニア・ヴェネヌム栽培しているゴブリンの村へリラを連れて行けばいいと決断した……矢先であった。


「ヴィーチェ……ファムリアント……!! 貴様ぁぁぁぁ!!」


 怒りのあまり我を忘れたのか、近くに落ちていた毒矢を手にして大きく振り上げたエンドハイトがヴィーチェの後ろから襲い掛かってきた。

 けれどヴィーチェは慌てることなく冷静に対処する。しゃがみ込んでいたこともあり、素早くエンドハイトに足払いを仕掛けたのだ。

 そうすると相手は簡単に転倒し、その拍子に矢が手から離れる。エンドハイトから奪うようにその矢を手に取ったヴィーチェは静かに呟いた。


「ファイア」


 その瞬間、持っていた毒矢は大きな火柱を上げ、一気に炭と化した。すぐにボロボロと原型を留めることなく手の中から崩れたが。

 本当に自分の身に魔力が宿ったのだと、改めて思い知る。本来ならば喜びに浸りたいところだがそれどころではない。


「エンドハイトを捕らえよ!」


 国王の一声により、数名の近衛兵がエンドハイトを拘束する。少々手荒ではあるけど、彼は越えてはならない一線を越えてしまったのだ。


「っ! 離せ! 私を誰だと思っている!?」

「お前には失望した。今この時から、我が息子ではなく罪人として扱う! こやつを牢に連れて行け!」

「なっ!? 私は正そうとしただけだというのに! 父上はあの女に騙されてる! 父上! 父上っ!!」


 国王と第二王子がそのようなやり取りをするものの、ヴィーチェは背を向けているため目を映すことはなかった。次第にエンドハイトの声は遠くなったので、フードゥルトの命令通り連れて行かれたのだろう。

 しかしヴィーチェはそんなことに意識を向けなかった。リラを助けることしか頭にないから。

 時間がないのだ。そのため自慢の腕力で自分よりも大柄のリラを姫抱っこする。もちろん彼の村へと運ぶために。リラの患部には毒が付着しているはずだから触れないように細心の注意を払って。

 とはいえ、大柄のゴブリンを公爵令嬢が抱きかかえる様は周りの兵や僅かに残っていた観客達をざわつかせるには十分だった。


「お兄様っ、リラ様を助けに行くわ!」

「わかった。でもどこに━━」

「テレポート!」


 ノーデルの話を最後まで聞くことはなく、ヴィーチェは転移魔法を唱えると、すぐにリラとともに姿を消した。






「━━っと」


 転移魔法を口にした瞬間、ヴィーチェの目に映る景色は授与式のステージ上から魔物の森にあるリラの住む村へと変わった。

 どうやら転移魔法は成功したようだ。そもそも転移魔法とは魔法の中でも扱える者はそんなに多くない上級魔法なため不発に終わる可能性も十分にあった。

 しかしこうして転移できたということは膨大な魔力を手にした今のヴィーチェは転移魔法を使用する相性が良かったのだろう。

 転移魔法は人によって五感に強いストレスを与えることもあり、その際転移酔いになる場合もあるがそのような異変も身体には感じられなかったので、ヴィーチェは急いで村の長の元へリラを連れて行こうとしたが、目の前には驚きに目を丸くさせた知り合いが座り込んでいたことに気づく。


「おっ、チヴィーチェ!? びっくりしただろ!? いきなり目の前に現れるから尻もちついちまったじゃん!!」


 おチビちゃん、またはおチヴィーチェ、としつこく呼び続けるアロンであった。

 どうやらたまたま彼の近くに転移したようだ。そして座っていたのではなく驚いて転んだだけらしい。

 そんな彼がようやくヴィーチェの腕の中にいる傷だらけのリラの存在に気づき、さらにギョッとした。


「って、リラ!? 一体何があったんだよ!?」

「話は後でするわっ。それより大婆様はご自宅にいらっしゃるかしらっ?」

「え? あぁ、大婆なら石小屋に……って、おい! 待てって! 俺も行くから!」


 村の長が家にいるとアロンが肯定してすぐにヴィーチェは走り出した。一分一秒が惜しいから。だからアロンが待てと叫んでも待ったりはせず、そのまま大婆の住む家へと魔猪突猛進した。


「大婆様っ!」


 大婆宅へと突っ込んではすぐに急ブレーキをかける。ちょうどヴィーチェの目の前には椅子に腰掛けて、こっくりこっくりと船を漕ぐ最年長の大婆の姿があった。

 もう一度ヴィーチェが大婆を呼ぶと、彼女は静かに目を開き、顔を上げる。そのタイミングで後を追いかけたアロンも大婆の家へと到着した。


「おやおや、ヴィーチェかい。随分と慌てとるようだねぇ」

「お願いしますっ、リラ様を助けたいの! ドラコニア・ヴェネヌムの毒が回っているから村の皆様方が栽培してるドラコニア・ヴェネヌムの花弁を煎じて飲ませる許可をください!」


 ヴィーチェの話を聞いて大婆はリラの状態を確認した。そして事の重大さを理解したのだろう。彼女の目はカッと大きく見開いた。


「アロン! 今すぐ水と沸騰した湯を持って来んさいっ!」

「お、おうっ!」


 初めて聞いたであろう大婆の大きな声。それはアロンも同じだったのか、びくりと肩を跳ねさせると、彼はすぐに大婆宅入口に掛けられてる暖簾を潜って走り出した。


「ヴィーチェはリラをそこに寝かしといとくれ。ドラコニア・ヴェネヌムの用意はあたしがするよ」

「承知いたしましたっ」


 本音を言えばヴィーチェ自身がドラコニア・ヴェネヌムを採取したい、でも愛する人から離れたくもない。そんなジレンマに陥るも、ここは長老である大婆の言うことに従う方が最善と理解し、外へ出る彼女を見送ったヴィーチェは大婆の寝床となる敷き布の上にリラを寝かせた。

 苦しいのか険しい表情をしたまま、いまだ意識が回復しないリラにヴィーチェは今までにない不安感でいっぱいになる。

 自分の選択に間違いはないと信じたい。だって愛しのリラ様が悪魔と契約をするなと止めたから。とはいえ彼のためなら悪魔に魂でも魔力でも何でも捧げる覚悟だってある。

 今はまだ息をしているけど、いつかそれが止まるのではないかと思うと気が気じゃない。

 思えばリラは盾になるヴィーチェを庇おうと前に出てこのようなことになってしまった。次々と放たれる矢からリラを守る自信があったのにそれを発揮できなかったこともまた悔しい。

 リラに自分の力を信用されなかったのだ。信じてもらえなかったのは自分の責任である。未来の旦那様を守りたかったのに、これでは未来の妻失格だ。

 ヴィーチェは自分を責めつつ、早く大婆とアロンが帰ってくるのを願った。


 その後アロンが戻り、大婆も肉厚の葉で束ねたドラコニア・ヴェネヌムを持って帰ってくると、早々に沸騰した丸い鍋に花弁だけをちぎって投入した。

 花弁の色が薄く出て、煮立った湯はほんのりと紫に色づく。これを飲ませたらリラの毒は消えるはずとヴィーチェはそう信じた。


「アロン、水を入れとくれ」

「おう」


 あら? これで完成じゃなかったのかしら? という疑問が浮かぶ。もしかしたら飲みやすい温度に下げようとしているのかもしれない。冷ます時間もないということなのだろうか。

 しばらくしてから大婆は鍋に指を入れて温度を確かめ「ほむほむ」と小さく頷く。


「これなら大丈夫さね。アロン、これをリラの身体全体にかけておやり」

「お待ちください大婆様、煎じて飲ませるのではないのですか?」


 医師から聞いた方法とは少し違う解毒法にヴィーチェは改めて確認をする。


「それは意識がある時の場合じゃよ。今のリラでは飲むことすら困難じゃろうし。それと傷口にぶっかける方が効き目がある。ただし……」

「よっ、と」


 バシャッとアロンは花弁の成分が出たぬるま湯をリラの全身に浴びせた……次の瞬間。


「いっ、てえぇぇ!! なんだこれっ!?」


 意識を失っていたリラが痛みを訴えながら勢いよく起き上がった。唐突なことでヴィーチェの目が丸くなる。


「強烈に痛むくらい傷に染み込むのが難点でねぇ」

「リラ様ッ!!」


 大婆の言葉は耳に入らず、目覚めたリラに向かってヴィーチェは飛びついた。お湯でびしょ濡れになり、身体のあちこちに毒花の花弁が付着してあろうとお構いなしに。


「リラ様っ、リラ様! 目覚めて良かったぁぁ!!」

「お、おいっ、引っ付くな! こっちはまだ毒が回ってるんだっつーの!」


 リラの言葉通りまだ毒は完全に除去されていないのか、ヴィーチェを引き離そうとしているように見えたが力が入っているようには感じられなかった。

 とはいえ最悪な事態を回避したことはヴィーチェにとって歓喜で胸がいっぱいになる。大好きな彼がこの世界からいなくならずに済んだのだ。

 と、そう安心したのもつかの間だった。


「おチヴィーチェ。そろそろ何があったか話してくんねーか? なんでリラが死にかけだったのか」


 どこか不機嫌そうな表情と強めな語気。リラの友人、アロンがヴィーチェを睨みながら説明を求めた。


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