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ゴブリンは勲章を与えられることになり、公爵家長男の話を聞く

「ヴィーチェ嬢の話が事実ならば私は彼に勲章を授与したいと思います。緑肌病の治療に貢献した第一人者として」

「は?」


 声が出た。そりゃ出るに決まってる。確かヴィーチェの話によれば功労者が判明されないため、勲章授与は保留になったとリラは聞いていた。

 それがここにきて自分に勲章が授かる流れになり、リラはひたすら困惑する。


「まぁ! さすがアリアス様だわっ。勲章はリラ様に与えられるべきなのよ!」

「ヴィーチェ嬢が彼の存在を証明したのだから当然の流れだよ。……では改めて伺いましょうか。リラ殿、あなたがヴィーチェ嬢に緑肌病の治療法を伝えてくださった張本人ですか?」

「まぁ……確かに、教えたのは俺だが、俺も元々教えてもらった立場だからそんなものは別にいらないんだが」

「リラ様、謙遜しなくても大丈夫よっ! リラ様が私に治療法を広める許可を出していただかなければ今も苦しんでいる人が沢山いたんだものっ」


 ヴィーチェの押しが強い。そして圧も強い。頼むから第一王子とやらに話をさせてくれ。


「彼女の言う通り、あなたがその情報を提供していただかなければ私もここまで回復することはできなかったでしょう。それにこれはヴィーチェ嬢のためでもあります」


 なぜそこでヴィーチェのためになるのかわからない。訝しげな表情をするリラに、アリアスはその理由を語るため再度口を開いた。


「緑肌病の治療貢献をしてくださった方がどなたか判断できない時もヴィーチェ嬢はしきりにリラ殿の名を連呼していました。しかし信じる人は全くいらっしゃらず……でしたが、ここでリラ殿が勲章を受け取っていただければヴィーチェ嬢の言葉は事実だったと誰もが思いますし、彼女への見る目はガラッと変わってくれることでしょう」

「……あぁ、そういうことか」


 ヴィーチェ自身はおそらく今さら自分がどう思われようが気にしないだろう。だから別に応じる必要もない……が、長年作り話だと信じてきた人間を驚かせ、ヴィーチェの訴えが報われてもいいのではないだろうか。

 思い出すのは王子のパーティーにて向けられたヴィーチェへの視線。嘘つきだから、妄想令嬢だから、と侮辱とも言える断罪劇が行われても仕方ない空気はやはりどうかしている。

 そんな目で見られずにすむのなら、非難を浴びずにすむのなら。いつもヴィーチェに借りばかり作っている気がするので、頓痴気ではあるがヴィーチェへの評価を上げさせてやってもいいのかもしれない。

 念のために公爵のフレクへと視線を向けてみると、頷いただけだった。拒絶しろというわけではなさそう。おそらく好きにしていいのだろう。


「まぁ……受け取るだけでいいのなら……」

「承諾していただきありがとうございます。父上、リラ殿に勲章を授与する式をあげさせてください。できるだけ多くの人達に見ていただけるように。王室に貢献したことを世間に知ってもらえれば少しは彼への恐怖心が和らぐはずです」


 は? 多くの人達だと? 沢山の人間の前に姿を現せというのか。昨夜の暴れん坊王子生誕パーティーで十分だっていうのに何度もそんな大勢の人間の前に立つのは困る。

 人間がゴブリンを信用できないのと同じでこっちも人間が信用できないのだ。

 数だけは多い種族だからうじゃうじゃいる人間にいっせいに襲われたら手がかかるのは間違いない。そんな中で人間達を死なせないように手加減をすることも難しいだろう。そこまで気を遣うのは癪だが、仲間達に手を出させないためには堪えるしかない。

 だからといって自分が何も抗えずやられるわけにもいかないので、危険の恐れがある場は避けるのが一番安心である。特に王族が主催する式典に予めゴブリンが参加するなんてわかっていたら細工もし放題だろう。


「悪いが俺は━━」

「大っ賛成ですわ!! リラ様をみんなに見ていただけるまたとないチャンス! 今こそゴブリンの歴史を書き換える時よっ! そのように準備をお願いできるかしらっ?」

「オイ、待てっ。俺は出るなんて一言も言ってないだろ!?」

「安心して、リラ様っ。リラ様のお姿を見ればみんな見惚れること間違いなしだから心配いらないわっ」


 心配だらけなんだがな!? どうしてこいつは自分基準でしか先を見ないんだっ? ……いや、まだ国王が承認していない。さすがに国の王ならゴブリンのための式典なんて却下するに決まっているはずだ。

 そんな期待を込めて国王フードゥルトへと視線を向けると、玉座に君臨する相手は重たい溜め息を吐き捨てた。


「勲章授与についてはかねてよりアリアスの望みだからな……リラ殿も勲章を受け入れる上にヴィーチェ嬢も開催を強く願うのなら止めはせん」


 待て待てっ。反対するのを諦めるなよっ! 今はもっとゴブリンに危機感を持て!


「いや、待て! 気が変わっ━━」

「フードゥルト国王陛下! ありがとうございます!」


 授与式の参加を拒否しようとすると、またもヴィーチェに言葉を被せられた。もしかしてわざとか? そう訴えるようにヴィーチェを睨んだが、相手はその視線でさえも自分に向けられていることに気づくと嬉しげに微笑んだ。その表情に胸が殴られるような衝撃を受け、思わず言葉が詰まる。


「しかし期待はするものではない。例え、ゴブリンが国に貢献したと我らが認めたとしてもゴブリンへの周囲の目はそう簡単に変わることはないだろう」

「えぇ、望むところですわ! リラ様の素晴らしさは一生語り継ぐことを決めているものっ! 機会さえ与えてくれたらあとは押すのみよ!」


 なぜこいつはそう自信満々なのか。そして何と戦う気なのか。






 その後、リラが口を挟む余裕もなく、ある意味押し通されてしまった勲章授与式の日程があれよあれよという間に決まってしまった。

 そして何事もなくリラは国王との謁見が終わり、無事に城から出ることも許された。とはいえ城門前まで送り届ける役目を任された近衛兵が客人の先頭に立っているので、リラはまだ警戒を緩めるつもりはない。


「あっ。私、アリアス様にちゃんとお礼を伝えてなかったから挨拶をしてくるわ。リラ様達は先に馬車に乗って待っていて!」

「待ちなさいヴィーチェ!」


 謁見の間から出てすぐのこと。ヴィーチェが思い出したかのように立ち止まると、そのまま逆走を始めた。それを見かねたフレクがヴィーチェを追いかけるのでリラだけではなく、近衛兵もどうしたらいいのかわからず二の足を踏んだ。


「父と妹は後ほど来るでしょう。僕達は先に馬車へ向かいます」


 兄のノーデルがそう告げると近衛兵は「かしこまりました」と頷き、再び歩み始めた。

 リラはヴィーチェのことが気がかりだったこともあり、一度だけ振り返る。第一王子に不躾なことをしないか、それともゴブリンへの過剰な評価を語ったりしないのか、という意味で。そんな不安が残るものの、とりあえずノーデルの言う通りにしてリラは先に城から出ることにした。


 城門前に待機していたファムリアント家所有の馬車へと乗り込んだリラは改めて馬車の中を見回した。

 大柄のリラからすると少々窮屈さはあるが、おそらく人間にとっては大きくて贅沢な馬車なのだろう。どのくらい素晴らしいのかはわからないが座り心地がいいことには間違いない。

 ただソファーの椅子が驚くほどに沈むので壊してしまうんじゃないかとヒヤヒヤする。城に向かう時も同じことを思ったが、二度目であってもリラにとっては慣れない感覚だった。

 それにしても、とリラは向かいに座るノーデルへと視線を向ける。


「……」


 話をするわけでもなく、ジッとこちらを見てくる。本当にヴィーチェと違って落ち着いているが、感情が読めない。こいつの感情が全てヴィーチェに持っていかれたのかというくらいに。だからなのか、とても居づらい。


「実は、あなたにお話しておきたいことがあります」

「?」

「ヴィーチェを悲しませないようにお願いしたいです」


 何を言うのかと思えば。ただの心配性の兄が言うようなありふれた内容だった。少し身構えていたリラにとってはそんなことか、という感想である。


「……そもそも、あいつが悲しむ時ってあるのか?」

「今でこそ天真爛漫な妹ですが、周りの環境が違えばヴィーチェの性格もまた違ったものになっていました。誰かを傷つけてでも欲しいものを手に入れるような行動をとっていたと思われます」

「は?」

「そして悲しみと怒りが頂点に達すると、今までヴィーチェにはなかった膨大な魔力が発現し、悪魔と契約を交わして何もかも壊そうと働いていたでしょう」

「え、待て。一体何の話をしてるんだ?」


 今のヴィーチェの性格からして全く繋がらない話を聞かされるリラは戸惑った。そんな例え話を真剣に語るノーデルに胸の奥で「こいつはこいつでヤバい奴なのか?」とヴィーチェとは違った厄介な人間かもしれないと警戒をし始める。


「……先見の明があった母によるヴィーチェの未来です。ヴィーチェの名こそは明かしてはくれなかったのですが、僕が幼い頃寝かしつけるための童話として何度も聞かせてくれたとある悪徳令嬢が出てくる物語での話になります。家族構成や、後に亡くなる母という境遇を含めて共通点はありましたし、母は幸せになれない悪徳令嬢をどうすれば幸せになれるのか僕に問いかけたこともあります」


 先見の明、ねぇ……。とリラはあまり信じられない話にどこまで耳を傾ければいいか考えるが、ヴィーチェが戻ってくるまでの我慢になるのだろうな、と判断し、適当に対話することに決めた。


「あー……その物語の悪者がヴィーチェだって言いたいのか?」

「はい。悪徳令嬢の婚約者が他の令嬢に恋をし、その嫉妬によって悪魔を呼ぶことになります。そうなるとこの世界すらも破壊しかねない災厄に変わるでしょう」


 婚約者が他の令嬢にうつつを抜かしているという点も確かに今のヴィーチェの状況と似てはいるが……やはりいまいちピンとこない。


「……今のヴィーチェとは全く違う人物のように思えるし、そこまで気にする必要もないと思うがな」

「母がヴィーチェの未来を変えるため周りの改善に動いていたと思います。僕や父にヴィーチェのことをしっかり託し、ヴィーチェに我慢を強いるようなことをさせていなかったようですので。でも、ヴィーチェの性質や本質は変わらないと思います」

「つまりどういうことだ?」

「一途に想いを寄せる性質、そして負の感情が極限までに達することで生まれる絶大な魔力量を手にする本質です。それがある限り、例え母の語った未来から遠ざかろうとも婚約者の相手がリラ様に変わるだけで、リラ様の態度によってはヴィーチェが悪魔と契約する可能性がないとも言いきれません」


 元婚約者の王子みたく、ヴィーチェ以外の奴を相手にするなと遠回しに釘を刺されているのだろうな、という意味でノーデルの言葉を受け入れたが、そういえばと思い出したことがある。


「……人間は魔力については先天性のものだと聞いているが」


 そう。確かヴィーチェから聞いたことがある。……というより、先にアロンと魔力定説の話をしたヴィーチェが後から「こんな話をしたわ!」と報告してきた程度だ。

 魔物と人間ではどうやら魔力による認識が違うらしい。生まれながらにして魔力の有無を判断する人間と、魔力は相性が良いと後から備わるものと考える魔物。

 最初に聞いた時は驚いたものだ。人間は一度しか魔力の適性検査というものを受けないらしい。そもそも検査という面倒なことをしているのも不思議なものだ。普通に試し撃ちをすればいつだってわかるものなのに。


「よくご存知ですね。その通りです。幼少期に一度、魔力が宿っているかの検査を行っています。しかし検査にはお金がかかるもので、それを国が負担して検査をしています。元より人間は多かれ少なかれ魔力持ちが多いのですが、そこで魔力なしと判断された人は将来勤める職種の幅が狭くなり、魔力なしでも働ける職のため勉強に専念します。魔法学を習うことなく。なのでわざわざ費用をかけてまで魔力なしと言われる可能性も考慮し、再検査する人は基本的にいません」

「なのにお前は魔力なしのヴィーチェが後天性に魔力が宿ると思っているのか?」

「うちのヴィーチェは特別なのでそういうこともあると思っています」

「あぁ……そう」


 ただ妹贔屓なだけだった。ヴィーチェもなかなか変わった奴だが、まともそうに見えた兄も口を開けば変わっているようにしか感じられない。


「悪魔と契約する行為は人間の法では禁忌とされています。もしヴィーチェがそんなことをすれば、良くて修道院に一生を過ごすか、悪くて処刑されるか、です」


 修道院、というのがよくわからないが、おそらく兄はそれも望んでいないのだろう。亡き母の作った童話を曲解して受け入れるとは……さすが兄妹である。

 とはいえヴィーチェを心配しての発言だろう。ここはひとまず頷いておこう。


「ヴィーチェを悲しませなきゃいいんだろ。わかった」


 まぁ、そもそもヴィーチェが悲しむことなんてないんだがな。それだけ前向きな奴だし……と、思いながら答えたら、リラの言葉に満足したのか、ホッとしたような表情で「ありがとうございます」とノーデルは丁寧に頭を下げた。

 こんなに妹思いな兄がいるのだからヴィーチェは幸せ者だな。そう感じたところでヴィーチェとフレクがちょうどよく馬車へと戻ってきて、ファムリアント領地へと帰ることができた。


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