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ゴブリンは公爵家に認められてしまう

「リラ殿、例えでも自分の生まれた種族を否定するのは良くない。ゴブリンとしての誇りを持つべきだ」


 真剣に語る声。まさか人間にそんな言葉をかけられるとは思わず、リラは驚きに言葉を失う。

 口では「人間なんて」と言うものの、ヴィーチェを通じて人間の生み出す文明の利器に触れる度、リラは無意識にゴブリンよりも人間の方が上だと徐々に感じるようになっていた。

 けれどフレクの言葉を聞いて自分の発したことがゴブリンの種族そのものを卑下していることに気づく。


「それにあえて言うのならリラ殿ではなく、ヴィーチェがゴブリンとして生まれた方が良かっただろう。それが一番誰も悩まされない人生を送れたはずだ……」

「娘の生まれた種族は否定していいのか……?」


 親なのに、と思ったが、ヴィーチェに悩まされたことは数え切れないほどありそうなので愚痴として受け取ることにした。


「とはいえ、あまり難しく考えなくても構わない。ヴィーチェは誰がなんと言おうとリラ殿と結婚すると言うだろうし、例え国が認めなくともヴィーチェは全く気にしないだろう。……まぁ、国はうちの娘に強く出られないようなことを仕出かしたのだから時間の問題ではあるがな」


 よほど婚約破棄された状況を許せないのか、怒りながら笑みを深めた。グッと握った拳が小刻みに震えているのだから必死に怒りを抑え込んでいるようにも見える。


 それにしてもリラは不思議でならなかった。


「……なんであんた達は初めて会ったゴブリンにそんな親しくできるんだ? 警戒しなさすぎじゃないのか?」


 ずっと引っかかっていた。最初こそは敵意を向けられたが、ヴィーチェの語る本物のリラだと知ると、困惑していたはずなのに少しずつ好意へと変わっていったのだ。気にならないわけがない。


「確かにこうして顔を合わせ、言葉を交わすのは初めてだ。しかしヴィーチェがずっと貴殿のことを話していたので人柄はよく存じている」

「ヴィーチェの話を信じてなかったのにか?」

「それもそうだが、全く話を聞いていなかったわけでもない。十年もリラ殿の話を聞けば想像上の人物とはいえ近しい存在にも思っていたのだ。……まぁ、確かにゴブリンという種族には思うところはあったが」

「そりゃそうだ。人間がゴブリンに対するイメージは俺でも知っている」

「だからこそこうして出会って言葉を交わすと、私の知っているゴブリンとは全くかけ離れていて、ヴィーチェの言葉は全て正しいのだと気付かされた」

「いや、全ては言い過ぎだ。あいつは誇張しているところがあるし、実はあんた達の想像通りのゴブリンかもしれないだろ?」


 優しいだの、王子様だの、都合良く解釈しているだけに過ぎない。それに長年続くゴブリンの印象がそう簡単に変わるとも思えなくて溜め息混じりで話すも、フレクは首を軽く横に振った。


「その想像通りのゴブリンならばヴィーチェは無事に家に帰る日々を送っていないだろう。ヴィーチェが元気に存在しているということがリラ殿の性質を表している」

「……実は狡猾で、それも人間を欺くための作戦だとしてもか?」

「作戦だとしたらわざわざ自らを疑わせるような物言いはしないと思うが、狡猾ならあえて言うのも有り得るか……ふむ。本当だと言うのなら十年以上もヴィーチェに害を与えなかったことも含め、その忍耐力と狡猾さを買いたいものだ。エンドハイトを徹底的追い詰めて屈辱を味わわせて、泥水をすすらせる方法を教えてほしい……」


 エンドハイトの名を口にしたフレクの目は血走っていた。ゴブリンの脅威よりもエンドハイトの憎しみの方が上回っているのだ。いや、ヴィーチェを害した存在があまりにも許せないのかもしれない。エンドハイトを追い詰めたいという言葉に本気を感じたのだ。

 あまりの覇気に一瞬たじろいだリラは躊躇いながら「……悪い、頭は良くないから俺に狡猾さはない」と正直に語った。


「そうか、残念……ゴホン。すまない、話を戻そう。私はヴィーチェの話を信じたいのだ。これまでずっとヴィーチェの話すゴブリン絡みの内容は信じなかったが、周りから嘘つきだの病気だのと指を差されるのは心苦しかった。それに娘の言葉が嘘だと思い続けるばかりの日々も親としては辛いものだった」


 娘のことが好きだからその家族の言葉を信じたいが、明らかに信じられないというのは親なりにジレンマを抱えていたのだろう。


「だからリラ殿も実在すると証明された今、貴殿は私達を信用できないかもしれないが、ヴィーチェの信じるリラ殿も私は信じたいのだ」


 会って間もないというのによくそんな決断をくだせたものだ。とはいえ相手は名のある公爵。驚くような出来事なんて今までに何度もあったはずだし、思考が柔軟な可能性がある……が、全ては家族に事ある毎にゴブリンの話をし続けたヴィーチェの影響なのかもしれない。

 母が子に物語を聞かせるように、知らないうちにヴィーチェのゴブリン像が公爵家の人間へと少しずつ刷り込ませていったのだろう。……それはある意味精神操作魔法みたいなものじゃないのか? という疑問はあったが。


「……ヴィーチェは家族の話もよくしていた。いつも話を信じてくれないと膨れていたが、あいつの話を聞く限り家族のことが好きなんだと感じた……から、人間は好きではないけど、あんた達なら少しは信用できそうだ。特にヴィーチェのことに関しては」

「そう言ってもらえるとは思わなかったな、ありがとう。ヴィーチェを貰ってくれる相手はもうこの世に存在しないと思っていたからリラ殿が実在してくれて本当に安心した」

「いや、話が飛躍しすぎだし、もっと自分の娘の可能性を信じてやれよ……」


 娘の縁談について投げやりになってないか? と不安に思ったその時、バンッと勢いよくフレクの部屋の扉が開いた。

 駆けつけるような足音からしてその相手を予想はしていたが、扉を開けた張本人を見るとやはりと思わずにはいられない。


「お待たせいたしましたリラ様っ! 私が厳選に厳選を重ねてリラ様のお手土産を選んだわっ! 本当なら街へ出てじっくり見たかったのだけど、流石にこの時間ではお店も開いていないからファムリアント家の料理長にお話をして新鮮なフルーツをお持ちしたの!」

「ヴィーチェ……嬉しさのあまりにノックをし忘れてるよ」


 沢山の種類と数の果実を乗せた大きな籠を腕に引っ掛けて登場するヴィーチェ。見るからに重そうなのに片腕だけで重くないのかと思うも、腕力はあるからな……と納得してしまう。

 後から追いかけてきた兄ノーデルがこっそり注意するがヴィーチェは「そうだったわ」と反省していない笑顔で答えるだけ。本当に姿を見せるだけで色々と騒々しい令嬢である。


「リラ様リラ様っ、どうぞお受け取りください! 村の皆様にもぜひ!」

「お、おう……」


 ぐいっと押し付けられたので籠を受け取って中身を改めて確認するが、どれもこれも瑞々しい。森にはない果実も多くあった。


「リラ殿、長らく引き止めてしまって申し訳ない。用件は以上だ」

「あぁ、じゃあ俺は帰る」

「村までお送りするわ!」

「なんでだよ。家の前までにしろ」


 パーティーで何があったのか忘れたと言わんばかりのテンションだ。せっかく家まで送り届けたのに、なぜ今度は令嬢に送ってもらわなければならないのか。


 そんなファムリアント一家により、屋敷前まで見送られることになったリラ。そもそも人間に見送られること自体が慣れないので何だか落ち着かなかった。


「リラ様、またお会いしましょうねっ」

「お前、一応ゴブリンに誘拐された被害者な上に元婚約者関係でごたつくだろうが、気軽に会ってる場合か?」

「誘拐ではなく助けていただいただけで、エンドハイト様のことはもう何も関係ないわっ」

「いや、あるだろ……色々」


 ちらりと父親の様子を窺う。おそらくこれからエンドハイトの件とゴブリン侵入の件でヴィーチェは聞き取りだの何だのされるはず。学院にも通わなければならないし、忙しくもなるのは確実。だからフレクが止めに入るだろうと思っていた。


「すぐに決着をつける。気にすることはない」

「だそうよリラ様っ」


 いや、許可出すのかよっ。魔物の森に行こうとする娘を止めるべきじゃないのか!?

 娘の家族なのだから気を遣ってそう言いたい気持ちだったが、別にヴィーチェに会いたくないわけでもないので色んな感情がごちゃ混ぜになり、いっぱいいっぱいになったリラは風船の空気が抜けるように大きく深い溜め息を吐き捨てた。


「国王も息子の失態により、強くは出られないはずだ。今までの鬱憤を晴らしてこよう」

「お父様、頼りになるわっ」

「本当に今までにないほど楽しそうですね」

「エンドハイトの奴を信じろと言われ耐えてきた結果がこれだからな。……あぁ、そうだリラ殿。おそらく……いや、ほぼ確実になるだろうが、貴殿の存在を明かさねばならなくなるが構わないか?」

「あー……そうだな。話しておかないと俺がお尋ね者にされるだろうし、上手く言ってくれるなら問題ない」


 貴族どもに姿を見せたのだから今さら存在を隠すも何もないだろう。他の人間が信じるかどうかは別だが。……しかしひとつ気がかりなことがある。


「あと森に住む俺の仲間達に危害を加えないことを約束してもらいたい」


 仲間の相談もなく、ヴィーチェ以外の人間にも姿を見せたのだ。正直危険じゃないとも言いきれない。自分はまだしも仲間に手を出されるのだけは村の頭として許せないのだ。


「リラ殿達が住む森はファムリアント家の領地だ。つまり私が守るべき民の対象になるので、ファムリアント家以外が入れぬよう規制を出そう」

「……あまりにも高待遇すぎてやはり怪しく感じるんだが」

「ヴィーチェの唯一となる相手であり、長年ヴィーチェを守ってくれた恩もある。これくらいは安いものだ」


 公爵家はあまりにもちょろ過ぎないか? 些か心配になってきた。やはりは子が子なら親も親なのかもしれない。魔物だぞこっちは。もう少し恐れろ。パーティー会場に突撃したときのゴブリンと同一人物なんだぞ。

 少しだけ魔物として、ゴブリンとしてのプライドに引っかかりを覚えるが、フレクが対等にゴブリンと接してくれたことは悪くなかった。だからこれはこれで良いけれどと思いながら「じゃあな」とファムリアント家に告げ、シャドウローブを羽織ったリラはフードを被って自分の姿を消し、村のある魔物の森へと向かい駆け出した。


「おやすみなさいませー! リラ様ーー!!」


 大きな声で叫ぶヴィーチェは大きく手を振っていた。リラが見えていないはずなのに、ずっと振り続ける様子はあまりにもヴィーチェらしい。

 自然と口角が緩み、村へと帰ったリラは自分の帰りを待ち構えていた仲間達に質問攻めにあうことになった。大婆から詳しいことを聞いたのだろう。ヴィーチェはどうなったのとか、リラはどうしたのとか、あれやこれやと聞いてくる。

 仕方なく事実を全て話したら、仲間達はリラがヴィーチェ以外の人間と話をしたことに驚いていた。そしてすぐさまアロンが「おチビちゃんの家族公認の仲になったってことかよ!?」と余計なことを言うので頭を殴ったりしたのだった。


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