ゴブリンはモヤついたまま公爵令嬢に誕生日プレゼントを渡す
ヴィーチェは喜びながら詳細を語った。エンドハイトからようやく婚約関係を解消するという言葉を得ることができて興奮しているようだったが、リラは何とも言えない気持ちだった。
王子との婚姻関係を解決しろとは言ったが、今までどうすることもできなかったのにこうも早く解決できるのか、と。だからこれはヴィーチェの嘘ではないかとも思ったが、すぐにあのヴィーチェが嘘をつくのも考えづらいという結論に至った。
「これで卒業後はリラ様と一緒にいられるわ! 大婆様にも移住の報告しておいてねっ」
……本当にやってのけたと言うのか? 確かにどんな手を使ってでも、みたいなことを言っていたが……。
リラはいまいち納得できなかったが、ヴィーチェの歓喜具合を見て少なくとも彼女はそう信じていることは伝わった。
それからはいつものようにヴィーチェは毎日森に来て学院であったことをあれやこれやと話していた。重度の鉄石症から復活した王子の兄のアリアスという第一王子の話が多かった気がする。
そして八月三日の誕生日だけは森に来ることはなく、翌日に姿を現したヴィーチェを宣言した通り村へと連れて行った。
目隠しはもう面倒くさい上に仲間からの悪趣味というレッテルを貼られるためしなくなった。ヴィーチェが他人に村の場所をリークしないという絶対的な信用があったという理由もある。リラ本人はそのことを認めたくはないが、自然とそうなってしまった。
「ヴィーチェ、お誕生日おめでとー!」
「ヴィーちゃんおめでとうー!」
村に到着するとヴィーチェは仲間達に祝言や拍手を貰っていた。……いや、さすがにおかしくないか? 仲間内では挨拶代わりにおめでとうって言うだけなのになんで出迎える態勢になっているんだ?
「まぁっ! みんな私のお祝いをしてくださるのっ? ありがとう!」
ヴィーチェは自分の誕生日を祝われると思っていなかったようで驚きつつも、喜びのあまり破顔する。
村のチビ共から花でできた首飾りを首にかけられたり、女共には「ご馳走があるから食べてちょうだい」と手を引かれていた。
村の中央ではクラウンウルフを使ったご馳走が並んでいた。森の深い奥にある洞窟に住む塩苔亀の甲羅にこびりつく塩苔で味付けしたクラウンウルフの肉を使ったステーキ、希少部位のタンや脳ミソも混ざっていた。
……いや、貴族のお嬢様がゴブリンの食うような料理は口に合うのか? 特に脳ミソはゴブリン内でも好き嫌いが分かれる代物だ。新鮮な生で食うのが一番だが、貴族にはグロテスクな見た目かもしれない。
「ヴィーちゃん、これね、クラウンウルフの一番美味しい脳ミソ! 最初の一口食べていいよっ」
子供が先に解された状態のクラウンウルフの脳が乗った葉を持ち、そのままヴィーチェの前に差し出す。さすがに焼いた肉に比べると刺激が強いんじゃないかと思ったリラがちょっと待てと言わんばかりに間へと入る。
「おい、待て。いくらこいつでも脳は口に合うかわからないだろ……」
「大丈夫よ、リラ様っ。クラウンウルフの焼き脳なら食べたことがあるの」
あるのかよっ! と思わず心の中でツッコミを入れた。聞けばクラウンウルフは人間にとっても高級品らしく、焼いた脳ミソは少し弾力があって美味しいらしい。
リラ達からすると脳は生で食べるのが当たり前だと思っていたため、焼くという発想はなかった。しかしヴィーチェの話により興味が湧いたのか、仲間達が次々と「次回は焼いてみるか」なんて話を始める。
「でも、生で食べるのは初めてだわ」
そう言ってヴィーチェは「いただくわね」と告げてから躊躇うことなく指で生脳を摘んで口に含んだ。……貴族っていうのは手掴みで食べ物を口にしないんじゃないのか? という疑問が出たが、ヴィーチェならやってのけるとすぐに納得した。
「! 焼いたときと全然違うわっ。クリーミーでトロッとしてて凄く美味しいわね!」
口元に手を当てながら感想を述べる。貴族のお嬢様が素手で生脳を食ってるなんて、おそらくこいつだけじゃないのか。
その後、ヴィーチェは仲間達と楽しげに盛り上がっていたのでリラは少しその場から離れ、村の長の元へと向かった。
長老の大婆は切り株に腰を掛け、小さく切ってもらったステーキ肉を指で摘んではゆっくり噛んで食べているところだった。
「大婆」
「んー? なんじゃリラ?」
「ヴィーチェのことだが……この前、婚約者から婚約破棄する宣言をされたと嬉しげに報告してきたが、本当だと思うか?」
「ほむほむ……。それだけでは何とも言えないけど、まだ婚約状態は続いとるんかい?」
「まぁ……そうだな。王子の誕生日パーティーに婚約破棄するとか……」
「おかしな話だねぇ。王家にとってメリットがあるから結んだ縁だと言うんに簡単に破れるものでもないがのぅ。それに婚約を破棄するというのは相手側が一方的に取り消すもの。ヴィーチェに何かしら非があったのならば有り得るだろうねぇ……」
非はあるだろうな、とリラはゴブリン話を吹聴しまくるヴィーチェの姿を想像する。しかしそれは今さらではないだろうか? とも思う。
「一番偉い国王の許可もなしに王子が独断で決めたなんて大馬鹿なことじゃなければ簡単に婚約は破れないものさね」
「……ヴィーチェの話を聞く限り王子も大概大馬鹿だと思うが」
何せ良いイメージがない。ヴィーチェからしか聞かない情報だからそうなのかもしれないが、婚約者がいるのに別の女に構っている上にヴィーチェの扱いはぞんざいのように思える。ヴィーチェを婚約相手に選んだのは間違いなく王子のはずなのに勝手な野郎だとも感じた。
「どちらにせよ、その王子の誕生日パーティーではっきりするならお前さんがこっそり見に行ったらどうだい?」
突然何を言い出すのかと思えば。あまりにも突拍子で現実味のないことを口にするのだから、とうとうこの婆さんはボケちまったのかとリラは憐れむ目を彼女に向けた。
「こんな巨体が王子のパーティーにどうやって忍び込むっつーんだよ」
「こっちに来んさい」
「?」
説明することなくなぜか場所を変えようとする大婆。話の答えになっていないが、と思うものの仕方なく婆さんの相手をするかと決めたリラは盛り上がる仲間とヴィーチェからさらに離れた。
向かったのは大婆の住居。中に入るとすぐに彼女は木の棚から何かを漁り出した。ここだったかの、それともこっちかねぇ、と独り言を口にしながら。
何やってんだと見守っていたら目当ての物が見つかったのか、黒い布地の物を引っ張り出してきた。
「なんだそれ?」
「シャドウローブという姿を隠せる魔法がかかったローブさね。こいつをこうやって羽織り、フードを被ると……」
説明している最中、大婆は急にその姿を消した。まるで最初からいなかったかのように。
「なっ!? お、大婆!?」
一体どこに行ったんだ! と言わんばかりに辺りを見回す。しかし「ほっほっほ」と笑う大婆の声は目の前から聞こえてきたのだ。
その後すぐにフードを取った大婆の姿がまた現れた。消えた場所から一歩も動いていないように思える。しかし原理がわからなくてリラは疑問符を浮かべるばかり。
「は? なんだ? どういうことだ?」
「お前さんは本当に見たことない現象には弱いのぅ。魔道具じゃよ。フードを被ると姿が見えなくなる代物よ」
「なんで大婆がそんな珍しいものを……」
ゴブリンがそんなレアな装備品を持っていることすらおかしいことである。相変わらず何を秘めているかわからない大婆に出処を問いかけたが……。
「ほっほっほ。若い頃から使っていたものでねぇ」
全然答えになってねぇ。そう思うも大婆の過去が見えないなんてもはやいつものことなのでこれ以上突っ込むのは諦めた。
「……で、大婆はもしかして俺にそれを使って忍び込めって言いたいのか?」
「そういうことやの。ただしシャドウローブは姿は見えなくなるが、影になるローブじゃから足元の影だけは隠せんぞ。……まぁ、お前さんは素早いから心配はないし、パーティーを開くなら夜じゃろうしな」
姿を消すというよりも影になるから姿が見えない、という意味なのか。大婆が試した様子からしてその効果自体は問題なさそうだ。
「……いや、そもそも王子のパーティーとやらの場所知らねーし」
「こっちが地図じゃ。城で開かれるのは間違いないだろうね」
まるで次になんて言うか先読みしたかのように紐で筒状になるように結ばれた地図をローブと共に渡される。
紐を解いて中身を見れば随分と大雑把な手描きの地図だった。木が密集している絵はおそらく今いる森のことだろう。その他には街みたいな絵とか城のような絵とか、でかい湖の絵とか、とにかく色々書いてあるがいまいち距離感が掴めない。
「お前さんの足なら半日あれば着くのは間違いないさね」
「……だからなんで地図とかあるんだよ」
「若い頃は好奇心旺盛でねぇ、こいつを被ってあちこち行ったものよ」
……もういいや。リラはそう思いながらも渡されたものを返すことはしなかった。というよりまだどうするか判断しかねている状況である。
「とりあえず考えとく」
そう言って大婆の住居を出ると、リラは一旦自分の家へ戻り、大婆から借りたものを寝床近くに置いた。
そして騒がしいであろう仲間達の元へ戻ろうと石造りの家から出ると、なぜかヴィーチェが目の前に立っていて、思わずびくりと身体が跳ねた。
「なっ!? んで、お前がここにいるんだよっ!」
「リラ様の姿がないから探してたのよっ。そしたらお家に戻る姿を見て後を追ってきたわ」
えへん、と腰に手を当ててなぜか自慢げなヴィーチェ。首にかけられた子供達からの花のプレゼントを見て、そう言えばとリラは思い出す。
「そこで待ってろ」
「はいっ」
ヴィーチェをその場に待たせ、再び住居へと戻る。何とか作り上げたクラウンウルフの牙を使ったペンダントを手にしたリラはすぐにヴィーチェの目の前へと突き出した。
「やる」
消臭と消毒をしたものの少し黄ばみがある牙。細くて丈夫な茎を繋ぎ合わせた紐で作ったペンダント。それを通すための穴を開ける作業が一番苦労した。
大きな手を持つリラにとっては錐を使って細い穴を作るのはなかなかにない気の遣いようだった。力を入れすぎると牙そのものが壊れてしまうため慎重に。
そんな大変な思いをして作ったんだ。受け取らないとは言わせない。
「まぁっ! リラ様からのプレゼント! 今年もリラ様から素敵な贈り物をいただけるなんて嬉しいわ! しかもアクセサリーだなんて……! 私が大事な人だからってことねっ?」
「深い意味はないっ! 狼の牙は魔除けになるって言われたから適当に作っただけだ」
「本当っ!? 魔除けのペンダントをリラ様が作ってくださったのね! 素敵っ! つけてつけて!」
作ったと聞いたせいか、食いつくようにさらにテンションを上げてきやがった。しかも装着までさせようとする。
わかっていたこととはいえ、やはり喜ばれると悪い気はしないので、リラは仕方ないと自分に言い聞かせながらヴィーチェの後ろへと回り、ペンダントをつけてみる。
子供達が用意した花の首飾りがすでにあるので装着するのに手間取ったが、花でペンダントが隠れることはなかった。
「リラ様のお手製なら魔除けの効果もばっちりだわ!」
「そうかよ」
付与魔法なんてないのに何を根拠にそんなことを言うのだか。
いつものように裏のない笑顔は眩しいと思う一方で、リラは婚約者の生誕パーティーにてヴィーチェが本当に婚約関係が切れるのかが気になっていた。




