公爵令嬢はゴブリンへのプレゼントのため侍女と家族を巻き込む
「リラ様のお誕生日はいつ?」
季節は冬真っ只中。もこもこのケープコートを纏うヴィーチェは本日もゴブリンのリラへ会いに魔物の森へと通う。運命的な出会いからすでに半年が経ったある日のことだ。
そういえばリラ様のお誕生日を知らないわ! と、雷に打たれたような衝撃と共に昨夜気づいたヴィーチェはリラと会って開口一番に彼の誕生日を尋ねた。
魔物の毛皮を肩から羽織っているリラは「いつも唐突だな……」とぼやくと、しばらく黙ったまま指折り数えているような姿を見せる。
「……春の月五十日だから、あと七十五日後だ」
「?」
初めて聞く暦にヴィーチェは首を傾げた。そんな彼女を見てリラは「だろうな」と溜め息混じりに呟く。
「人間は人間なりにちゃんと月日が設定されてるんだろ。そんなのゴブリンにとっちゃ知るわけないし、こっちは村独自の数え方で一年を数えてる」
リラの話によると、彼が生まれるずっと昔、ゴブリンの住む村では暦などあるわけがなく自然の移り変わりによって、四季を判断する程度であったとのこと。
のちに村独自の暦を設定することにより、ゴブリン達の誕生日や年齢なども定めることができるようになったが、一年を十二等分し、ひと月を三十日で数える人間の暦とは違い、春の月、夏の月、秋の月、冬の月の四半期で数えているそうだ。
「つまり、そっちがどうかは知らんが俺達の中では今日は冬の月六十五日だ」
「ヴィーのとこは二月十日よ。そこから七十五日ってことは……えっと、えっと…………四月二十五日ね!」
リラが先ほど見せたようにヴィーチェも同じく指折り数えながらしばらく計算し、答えを導き出した彼女はリラの誕生日をしっかりと頭に叩き入れた。
「春の月五十日だ」
「春の月五十日で四月二十五日!」
「……ややこしいな」
「あのねあのね! ヴィーの誕生日は八月三日なの!」
「ゴブリン暦で言ってくれ……」
「季節は夏だから夏だと思うわ!」
「夏の月の一日から九十日までは絞れたな」
「誕生日が近くなったら教えるからお祝いしてね! ヴィーもリラ様の誕生日お祝いするから!」
「どっちもやめてくれ」
はぁ、と溜め息を吐き捨てるリラの言葉を聞いてヴィーチェは「リラ様ってば照れ屋さんなのねっ」と解釈していた。
◆◆◆◆◆
その日の夜、ヴィーチェは自身の部屋に飾っているカレンダーを捲り、四月二十五日の欄にクレヨンでピンクのハートを描き『リラ様のおたんじょーび!』と他の日にちが被るほど大きな文字で記し、捲っていたページを下ろす。
「あと七十五日後にリラ様のお誕生日……。プレゼントを用意しなくっちゃ!」
リラの誕生日までまだまだ先だけど、ヴィーチェにとってはむしろ遅いくらいだ。結局その日は愛しの彼のために送るプレゼントは何にしようかと考えながら眠りについた。
そして翌日、ヴィーチェはリラに捧げるプレゼントを思いついたのだ。
「アグリー! アグリー!」
いつもより少し早めに起床したヴィーチェはまだ朝支度に来ていない侍女のアグリーを部屋に呼ぶため、ベルを勢いよく鳴らす。
「ど、どうかされましたかお嬢様っ!?」
ベルの音を聞いて急いだのだろう。部屋に飛び込むようにやって来たアグリーは焦りを見せていた。
「アグリー! プレゼントを用意したいの!」
「えっ? プ、プレゼントですか? 旦那様へでしょうか? それともノーデル様?」
「いいえ! リラ様の誕生日プレゼントよっ!」
「リ、リラ、様……ですか」
「職人さんを呼んで作ってほしいのっ。リラ様の誕生日までに作りたいものがあるの!」
「は、はぁ……旦那様の許可などを頂きますのでしばらくお時間をいただきますが……」
「できるだけ早くねっ!」
ふんすふんす、と爛々とした目で急かし立てるヴィーチェはすでに疲労の色がチラつくようなアグリーを見送った。
◆◆◆◆◆
勢いよくベルを鳴らすから緊急事態かと思い、慌てて駆けつけてみれば、まさか朝一番に誕生日プレゼントを用意したいと言い出すとは思わなかった。しかもその相手が例のリラ様。「出た! イマジナリーフレンド!」と口に出さなかったアグリーは自分を褒めてやりたい気分になる。
(とうとうイマジナリーフレンドに誕生日まで設定されるとは……)
先ほどのヴィーチェとのやりとりを思い出したアグリーは存在しないゴブリンのリラ様のことで頭が痛くなる。
まさか父でもなく兄でもなくイマジナリーフレンドの誕生日プレゼントを用意したいだなんて。これを今から報告すると思うとお二人の悩ましげな表情がすぐに浮かんでしまった。
「アグリー。どうかしましたか?」
「ノ、ノーデル様っ! おはようございます!」
はぁ、と溜め息を吐きながらファムリアント家当主のフレク・ファムリアントの執務室へと向かう途中で、彼女は声をかけられた。
声の主は今まさに同情をしてしまったファムリアント家の長兄、ノーデルである。アグリーはびくりと肩を跳ねさせ、背筋を伸ばし挨拶をする。
「おはようございます。朝からすでに疲れきった顔ですが……ヴィーチェがまた何か?」
心の表情を晒してしまっただけでなく、雇い主の家族に指摘までされてしまうとは公爵家で働く侍女として情けない……そう思いつつも、訝しむ表情で問われるとアグリーは静かに頷いた。
「……はい。そのことで今から旦那様にご報告をと思いまして」
「では僕も共に向かいます」
兄として妹の言動が心配なのだろう。ノーデルも彼女の話を聞くため、一緒にフレクの執務室へと向かった。
アグリーは朝から当主フレクにヴィーチェの話を告げた。起きてすぐにイマジナリーフレンドの誕生日プレゼントのために職人を呼びつけたいというので報告とその許可をいただくために。
執務デスクに座り、仕事と向き合っていたフレクは「また朝からとんでもないことを……」と呟きながら頭を抱えた。
静かに聞いていたノーデルも目を閉じながら気難しい表情をするので二人の反応はアグリーの想像通りである。
「あの……旦那様、いかがいたしましょうか?」
存在する相手へのプレゼントならまだしも、ヴィーチェが生み出した想像上の人物のためにプレゼントを用意するなんて公爵家令嬢としては恥ずかしくもあり愚の骨頂なのではないか。
そんな不安を侍女が抱いていいものかはわからないが、決定権があるのはヴィーチェの父であるフレクだ。
いくらヴィーチェ付きの侍女とはいえ、雇い主は当主のフレク。ヴィーチェの世話をするがまだ幼い彼女の願いを全て叶えるというわけにもいかない。
そんなアグリーの問いかけにフレクはしばらく目を閉じて熟考するような姿勢を見せた。
「……ヴィーチェの言う通りにさせてやろう。相手の存在の有無よりもその者に贈り物をしたいというヴィーチェの気持ちを尊重すべきだ」
「かしこまりました。そのように手配いたします」
「あぁ、頼む。下がっていいぞ」
「はい。では、失礼いたします」
旦那様がそのように判断するならばアグリーはそれに従うまで。返事をした彼女は頭を下げて執務室から出ていった。
◆◆◆◆◆
侍女が部屋を出て残されたフレクとノーデルはしばらく口を閉じていた。
「……。誕生日プレゼント、か。私はまだヴィーチェから貰ったことはないのに」
「……僕もです。ですが、贈り物をしたい気持ちが備わっているのは良いことではないでしょうか?」
「そうだな。早くイマジナリーフレンドから卒業してくれるといいのだが」
「医者の話では発達としては正常な現象だと仰っていましたので自然と消えるのを待ちましょう」
「ノーデルは手がかからなかった分、ヴィーチェが正常だと言われると逆にお前のことが心配になるな……」
フレクは十歳のノーデルへ心配を滲ませた目を向けた。思えば彼は幼少期から聞き分けの良すぎるくらいに子供としては大人しく、しっかりして物分かりがいい。
ならばそれは逆に色々と我慢させてるのでは? と父なりに気になってしまう。
「ご心配には及びません。僕は我慢を強いられてるつもりもないですし、それに気になることがあれば自分の意見を述べることだってあります」
「そうは言ってもお前に頼ってるところもあるからな……父として情けない話だ」
「お父様を情けないとは思っていません。とても尊敬してますし、僕は好きでお父様の手伝いをしてますから気になさらないでください」
キリッとした表情で口にする息子にフレクは出来すぎた息子だなと心の中でほろりと涙を流した。
「それよりもヴィーチェもそろそろお茶会に参加する頃合いではないでしょうか?」
「……お茶会か」
また悩みの種になりそうな話題をノーデルからされてしまい、フレクは感動したばかりの気持ちが急降下した。
今のヴィーチェを表に出しても大丈夫なのか、子供の中には良くも悪くも正直に物を言ったりもする。そんな輪の中にヴィーチェが入って、変わった子だと言われてしまうのではないか。
いや、変わった子で済むならまだしも、変人扱いされてヴィーチェが傷ついたりしてしまったら……そう思うとフレクの胸も締めつけられる。
「まだ先ではありますが同年代が集まる交流を兼ねたお茶会の招待状も届いてました。王族主催のものなので欠席するならばそれ相応の理由を作らないといけませんが……」
「ふむ。国主催となるとかなりの人が集まるな……心配ではあるが、多人数ならばヴィーチェの個性も多少は霞むかもしれない。それに上手いこと友人ができたら少しはイマジナリーフレンドから離れるの可能性もあるだろう……心配ではあるが」
大事なことなので二度も心配を口にする。けれども他人と交流ができる機会でもあるため、ヴィーチェにはお茶会に参加して色々な経験を積ませてやらなければいけない。
まだ先ではあるがフレクは王家主催のお茶会のため、ヴィーチェにマナー教育など改めて行うように手配した。