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ゴブリンは誕生日プレゼントに悩み、公爵令嬢から吉報を聞かされる

 陽射しが強いと嫌でも実感しなければならない。また夏がくる、と。つまりまたヴィーチェが森へと通いに来る日々が再開されるのだ。

 しかし夏にはもうひとつ頭を悩ませるイベントが発生する。


「……誕生日」


 ヴィーチェの誕生日が控えていた。ヴィーチェからリラの誕生日にとプレゼントされた日付時計を眺めながらリラは呟く。


「ん? 今日は誰かの誕生日だったか?」


 日付時計は家の外にかけているため、いつの間にか傍にいたであろうアロンがリラの呟きに反応した。また面倒な相手に聞かれたなと溜め息を吐くも、このまま話すとからかわれるのは目に見えているので適当に流すかと決める。


「別にそうじゃなくて夏生まれの奴は誰がいたかって考えてただけだ」

「へー。お前が誰かの誕生日をねぇ?」


 出た。アロンのにやりと笑う目と口。というかこれは絶対に見透かされているとリラは気づく。


「そういやぁ、おチヴィーチェの誕生日はいつだっけ?」


 わかっててそう問いかけてるのだろう。勘のいい男だ。そういう所があるから気の利く奴でもあるが、余計なことをする奴でもある。


「……八月三日」

「ははーん。もうすぐじゃん。そりゃあ大事な日だし、他の奴の誕生日に興味ないお前が気にするのも当然ってわけだ」


 にんまり。と薄ら笑いを浮かべるのが相も変わらず不愉快なのでギュッと強く拳を握ったところでアロンは声を上げた。


「おっと、そういつもいつもお前の拳を食らうと思うな━━いっでぇ!!」


 アロンは頭を守るように両手で覆ったが、リラには関係なかった。そのまま強烈なゲンコツを友人に与えたのだ。

 相手は痛みに呻くように蹲る。両手の甲が痛く感じるのも当然だが、そこから伝わって頭にも響いたようだ。結局頭を守った両手も犠牲になってしまう結果である。


「なんでお前はいつもそう容赦ねぇんだよっ」

「余計なことを言うからだろ」

「事実だっつーのに……で? おチビちゃんの誕生日に何かあるのかよ」

「別に……」

「プレゼントはどうすんだ?」

「それが決まればいつも苦労しないっつーの」


 そう。今年のヴィーチェの誕生日プレゼントだ。初めて彼女に誕生日プレゼントとして贈ったものはヴィーチェに似た明るい花の一輪だった。もはや懐かしい。

 それから毎年同じものを渡した。面倒だったが同じ花を連続で渡してもヴィーチェの喜びは変わらず、むしろ感動が増すだけだ。そのせいか同じ代物ばかり用意するのも抵抗を抱き、七度目の誕生日には違う種類の花をあげてみたり、次の年には川辺で見つけた珍しそうな石をあげたり、と毎年変えてみたが、そうすることによって次は何をあげるべきかという問題が出てくる。


「へー。ちゃーんと律儀に毎年プレゼントやってんだなー?」


 その言葉にリラはハッとする。毎年娘に何をプレゼントしたかを聞いてくるアロンに説明をするのも恥ずかしくて躊躇したため、彼には祝言しかあげてないと誤魔化していた。

 しかし先ほど返事した自分の言葉はどう聞いても毎年ヴィーチェに贈り物をしていると聞こえるだろう。いや、それは事実だが。

 クソッ、とリラは失言した己に胸の中で悪態づく。


「まぁ、お嬢様のおチビちゃんへの誕生日プレゼントは確かに難しいよな。肩揉みだの、食い物の一番美味い希少部位をやるだのとは訳が違うし」


 リラ達の住む村での誕生日の過ごし方はほんの些細なものである。貴族ならばもっと盛大に、派手に誕生日を祝うそうだがヴィーチェの話を聞いてもいまいちピンとこなかった。

 一人の人間の誕生日を祝うためにあちこちから人間が集うなんてゴブリンである彼らには考えられないことだから。

 何せ一日一日を生きるのに精一杯な暮らしをしているのだ……が、最近はヴィーチェの贈り物によって食料の貯蔵や保存が可能になったので、僅かに時間の余裕というものができてきたのは認めざるを得ない。

 そのおかげでヴィーチェが持ってきたカードゲームやおもちゃで遊んだり、本を読む時間に注ぐ仲間達も少なくはなかった。

 リラも暇潰しにヴィーチェから渡された日記帳に目を通してみるも読めるわけなく、人語マスターと言っても過言ではないルナンに読んでもらったが、日記帳の中でも何かと『リラ様リラ様と』書かれていたので恥ずかしくなり途中でやめさせた。

 このまま途中で放り投げても良かったのだが、読みかけだと逆に他に何を書いたのかと気になってしまうばかり。そのため暇だからと自分に言い聞かせるようにリラは文字を覚え始めたのだ。

 とはいえまだ初歩的なことのみであるがヴィーチェの日記のせいで自分の名前だけは早々に覚えることができた。

 ……暇ができるとしなくていいことに手を出してしまうんだな、と思いながら。


「また手紙でも書いたらいいじゃない」


 そんなリラが文字の勉強に励んでいることを知っているのか、知らないのか、アロンとの会話にルナンが割って入ってきた。


「……前書いたばかりだろ」

「今度は長文に挑戦してみるとかどうよ?」

「疲れる」

「よく言うわよ、疲れ知らずのくせに」

「精神的な話だ」


 短い文字を書くだけでも苦戦したのだからリラにとってはもう懲り懲りである。せめて得意分野で解決させてくれと訴えると、ルナンは「それなら」と口にした。


「狼の牙を取ってきなさいよ。それをペンダントみたいに加工したらいいお守りになるわ」

「へー? 狼の牙でお守りになんの? 初めて聞いたなぁ」

「ヴィーチェがくれた図鑑に載っていたわ。効果があるかはわからないけど魔除けになると言われてるそうよ」


 人間の本から得た知識か。出処が人間によるものと思うとそれはそれで癪ではあるが、狼を狩ったらいいだけのことなのでリラにとっては得意も何も朝飯前である。


「狼の歯を取ってくるなら早くしなさいよ。獣臭がするんだから時間をかけて消臭や消毒しなきゃいけないんだし」


 リラの返事を待つことなく、決定事項のようにルナンが催促する。しかし葉っぱに文字を書く作業に比べれば全然余裕だったので、その日は狼狙いの狩りへと出かけることにした。






「はぇーよ、お前。しかもクラウンウルフじゃんか」


 数時間後、狙いの獲物を仕留めたリラは大きな体格を持つ自分の身体よりも数倍はある狼を背負って村へと戻った。

 帰るや否や仲間達がざわつき「今日は何かある日か?」とか「ご馳走だー」という声があちこちから上がる。アロンはまさかクラウンウルフを狩ってくるとは思ってもいなかったのか若干引き気味であった。

 クラウンウルフとはまたの名をキングウルフとも呼ばれる狼の魔物の中でも最強クラスに君臨する。体毛は灰色や黒色など様々ではあるが頭部の毛色だけは逆立つ金色。その風貌からクラウンと名付けられた。


「こいつなら牙もでかいだろ」


 別にどの狼でも良かったが、何だか牙が小さい気がしたためもっと大きな個体でも探そうとした矢先にちょうど良くクラウンウルフを見つけたのだ。

 首に腕を回して骨を折るという言葉にすると簡単であるが、普通のゴブリンにはできない芸当である。それを数分かかったか、かかってないかの時間で仕留めたのだ。


「ルナン、こいつの牙をこのあとどうすればいいんだ?」


 一番鋭い犬歯を躊躇うことなく折りながらルナンに尋ねると、彼女は少し間を開けて答えた。


「……シルバーソーンを巻いて、その上にミントリーフを沢山乗せて数日から一週間は置いておきなさい。たたし、ミントリーフは二日経ったら交換すること」

「おう」


 銀色の葉と鋭い棘を持つ植物であるシルバーソーン。抗菌や防腐効果があり、保存食を作る際によく使用しているものだ。

 ミントリーフは清涼感ある強い香りが虫除けになるため、こちらも身近にあるもの。ただしスースーした感覚はリラはあまり得意ではない。

 とはいえすでに素材を取ったのだから我儘は言ってられないため、ルナンの言われた通りに二種類の葉を村のみんなが使う共用貯蔵庫から取ってくるかと決めた。


「じゃあこいつを今日の飯にしてくれ」

「……随分と豪華な夕飯になるから次の大婆の誕生日祝いの時まで保存しておきなさいよ」


 クラウンウルフはゴブリンの中でもご馳走様扱いになるほど美味である。そのため普段の食事として出すには豪勢なものになるだろう。

 昔ならば生ものゆえにその日のうちに食べるが、今はヴィーチェから貰った麻袋型のアイテムバッグがある。容量は無限に、入れた瞬間に時間が止まるという便利な物のおかげで食料保存が楽になった。大きな獲物でさえも小さな麻袋に入れるのだからどうなっているかさっぱりではあるが。


「あー……確かにそうか。何でもない日には勿体ないな」

「えー? お預けかよー……あ、じゃあさ、おチビちゃんの誕生日に連れてきてお祝いしたらいいじゃん」

「は?」


 アロンが唐突にヴィーチェの誕生日祝いを提案する。早くクラウンウルフを食いたいだけだろと思って却下しようとしたが、ルナンが先に口を開く。


「いいじゃない。ヴィーチェの誕生日なら私も祝いたいわ」

「ルナン、話がわかるな~! じゃあそういうことで誕生日におチヴィーチェを呼んでこいよ、リラ」

「勝手に決めるな」

「なんでだよ? それとも誕生日はおチビちゃんと二人で過ごしたいってか?」

「違う!」

「じゃあいいでしょ。まだあの子に気を許すなとか言うんじゃないんでしょうね? あんたが言っても説得力ないんだから」


 ルナンの言葉に反論できなかった。自分でもその矛盾は理解しているからこそである。とはいえリラが言いたいことはもうひとつあった。


「……あいつは貴族のお嬢様なんだから誕生日当日は家でパーティーなんだよ。だから翌日じゃないと来ないんだっての」


 毎年ヴィーチェは家で誕生日パーティーを開いているようで、その日だけはヴィーチェがリラに会いにくることはない。

 いつもいつも誕生日当日をリラに祝ってもらえないことを嘆いていたが、小さい頃なんて「誕生日当日は欠席してリラ様に会いに行こうかしら」と企む彼女を何度言い聞かせたか、思い出すだけで大変だった記憶しかなかった。


「じゃあ翌日に連れてこいよ」

「そうね、よろしく」

「……お前ら」


 どこか面白がっているような気もしなくもない。村の奴らはやはり人間でお嬢様なヴィーチェが珍しいから気に入っているのだろうが、その好奇心はどうにかならないものだろうかと頭を悩ませる。

 何せヴィーチェは貴族としての務めを果たさなきゃならない。森に通うこともいずれはなくなるだろうに、親しくすればするほど後々辛い思いをするかもしれないのだ。そのことをちゃんと仲間達に説明しないといけないなとリラは溜め息を吐き捨てた。






 それからしばらく経ち、ヴィーチェの通う学院の夏季休暇開始日を迎えた。


「リ~~ラ~~さ~~ま~~!!」


 いつもの落ち合い場所に姿を見せたヴィーチェ。今回も来たかという安堵が混じった感情が湧いた。


「リラ様リラ様っ! お会いしたかったわ! お祝いできなかったリラ様のお誕生日祝いやお土産とかお話したいこととかいっぱいあるのっ! 聞いていただけるかしらっ!?」


 夏の暑い日だというのに相変わらず元気な登場。呆れつつもいつも通りならそれはそれで悪くはないとも思う。


「落ち着け。それより村の奴らからお前に伝言がある」

「? 何かしらっ?」

「八月四日に村に来いだと」


 忘れないうちにリラはヴィーチェに伝えた。日程までまだ日はあるが、アロンやルナンに伝え忘れたことで文句を言われたくないので早いに越したことはない。


「まぁ! 嬉しいわっ。ぜひともお伺いするわね!」


 ニコニコととても嬉しそうに返事をする。今さらではあるが、本当になぜこの娘はゴブリンの村に行くことすら躊躇しないのか。


「そうだわ。私も真っ先にお話しておきたいことがあるのっ」

「なんだよ」

「今度のエンドハイト様の生誕パーティーにて婚約破棄するというお言葉を直接いただいわ!」

「は……?」


 吉報のように報告するが、一瞬その内容を理解できずにいたリラは思わず首を傾げた。


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