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公爵令嬢は第二王子に手紙を書き、第二王子は決心をする

 夜の女子寮。自分の部屋にて、ヴィーチェはサラサラとその日起こった出来事を日記に書き記していた。新しい授業を選択した感想、その日食べた食事、誰とどんな話をしたのかなど、その日感じたものは全て日記に記憶を移す。

 何も知らない者から見れば、自分のために日記を書いていると思われるが、それは間違いである。ヴィーチェは愛しのリラ様のために日記を日々書き続けているのだ。それはもちろん次の長期休暇の際に彼に話すためと、日記帳を押し付けるため。

 リラが文字を習得するつもりがないということはヴィーチェも理解している。別に読まなくてもいいし、活字好きなルナンが興味を示して見てくれるかもしれないし、何ならルナンに読み聞かせてもらったっていい。

 読み聞かせられるリラを想像したヴィーチェは愛しの彼が子供みたいで可愛らしいと悶えながら日記にもその内容を綴った。


「……よし。アグリー、手紙の準備を」

「はい、こちらに」


 日記を書き終えてテーブルに備え付けられていた引き出しに日記帳を入れると、傍に控えていたアグリーに便箋と封筒、封蝋の一式を頼んだ……が、ヴィーチェが手紙を書くということは前もって彼女に伝えていたため、アグリーはすでに手紙の準備はできており、レターセットをすぐさまテーブルへと用意した。


「……本当にエンドハイト様にお手紙を書かれるのですか?」

「えぇ、もちろんよっ。エンドハイト様にはそろそろ一歩を踏み出してもらわなきゃ」


 学院卒業までにエンドハイトと婚約解消をしたいヴィーチェは早く彼がリリエルと恋人になって婚約者を自分から彼女へと乗り換えてほしくて仕方なかった。

 待っていても埒が明かないと判断したヴィーチェはとうとうペンを取る。思えばエンドハイトに私的な手紙を出すのは初めてであった。


 “エンドハイト様、おそらく読み飛ばすでしょうし形式的な挨拶等は省きますわ。単刀直入に申しますと、私達の婚約についてそろそろ話し合わねばいけませんのでお時間をいただけないかしら?”


 婚約者に送る手紙は短かった。これでも最初はもっと短文の予定だったけど、便箋の余白が目立ちそうだったため少し文字数を増やしたくらいだ。

 ヴィーチェは封筒に入れ、封蝋で密封するとそれをアグリーに渡した。


「アグリー、明日にでもエンドハイト様にお届けして」

「かしこまりました」


 手紙もしたためたし、日課である日記も書いた。寝る前にすることを全て終わらせたヴィーチェは就寝の準備に入った。



 ◆◆◆◆◆



「エンドハイト様、ヴィーチェ・ファムリアント様の使用人よりお手紙をお預かりしました」


 第二王子であろうと今は貴族学院の一生徒。授業が終われば他の学院生と同様に寮の自室へと帰る。

 帰寮早々エンドハイトの使用人が一枚の手紙をトレーに乗せて報告してきた。差出人の名前を聞いて彼は眉を顰める。

 エンドハイトは王位継承権第一位であるため、彼とお近づきになりたい生徒による手紙は入学した頃からひっきりなしに届いていた。

 令嬢によるお茶会や食事の誘い、令息による乗馬や剣術の手合わせ相手の誘い、毎日のように届く手紙は見飽きるほど。最初こそは一通ずつ目を通していたが、やがて面倒になったため、使用人に手紙の中身を確認させた。

 そして利用価値のある人間や重要人物だけをピックアップしてもらい、エンドハイトの気が乗れば誘いに応じるといったもの。

 今日も今日とてそんな手紙が何十枚も届いているだろう。しかしそれらよりも先に差し出されたのが婚約者という名ばかりの公爵令嬢、ヴィーチェ・ファムリアントからの手紙である。


「……それは重要な手紙なのか?」

「婚約について話し合いをしたいのでお時間をいただけないかと書かれています。使用人からの言伝によると後日で構わないのでお返事が欲しいとのことです」

「ハッ……生意気に返事を催促するとは偉くなったものだな。王妃気取りのイカレ女がっ!」


 王子相手に返事を催促するなんてどうかしている。そう言わんばかりに悪態ついていると、トレーを持ったままの女性使用人が口を開く。


「エンドハイト様、婚約者の方なのですからお返事を求めること自体は特に問題ありません。それに彼女は王妃気取りではなく、いずれ王妃になります」

「そんなもの絶対ではないだろうっ! あんな女が王妃など誰が望むというんだ!」

「少なくとも国王陛下は望んでおられます」

「くっ……」


 使用人にそう返され、エンドハイトは反論できなかった。確かに父であるフードゥルトはヴィーチェを評価しているため、なかなか彼女と縁を切ることができないのだ。

 ただでさえ最近は緑肌病の治療法をどこかで知り得て、それを多くに広めたという成果を上げた。そのため父は再度ヴィーチェに好感を持つことになってしまう。

 さらに兄アリアスもその治療法のせいで完治し、部屋にこもりっきりだった彼は多くの人の前に姿を見せるようになってしまった。

 王位継承権は今も失われたままとはいえ、アリアスの復活に民衆が沸いた時は血管がブチ切れそうだった。まるで誰もがアリアスを待っていたような盛り上がりにエンドハイトは酷く苛立つ。

 大人しく病に侵されて死ねば良かったものの。何度そう思っただろう。

 忌々しい奴の活躍によって忌々しい奴が復活するなんてあまりにも皮肉な巡り合わせだ。だからここ最近はずっとむしゃくしゃしていた。


「レターセットの準備はできておりますが、気が進まないのなら口頭で私からお返事いたします。いかがなさいますか?」


 そして極めつけはこの使用人である。

 学院にいる間は王子であっても例外はなく、たった一人しか使用人を付けることができないため、エンドハイトは信頼できる者を連れてきたのに、新年度から突然エンドハイトの使用人が変更された。

 関わったこともない、見覚えのないメイド。常に冷静ではあるが面白みもないつまらない女だった。普通の女性に比べると身長も高く、骨太な体格だ。

 前のメイドだったらエンドハイトのどんな話であっても常に肯定し、共に悪態ついていたのでストレスは感じなかった。

 しかし目の前の女は違う。何かと小言のようなものを口にするし、こちらの気持ちを汲み取る様子もない。使えない女だと使用人の変更を早々に求めたが、彼女を選んだのは誰でもなく父である国王フードゥルトであったため、エンドハイトの願いは聞き入れられることはなかった。

 思い通りにならないことばかりで苛立ちが溜まったエンドハイトはトレーに乗せられたヴィーチェの手紙を荒々しく手に取ると、中身に目を通すことなく怒りをぶつけるかのようにそのまま破り捨てた。


「あんな女に割く時間などないっ! そう伝えておけ!」

「……かしこまりました」


 何か言いたげな視線が癪に障る。使用人如きが生意気な。そう言って手を上げたいが、父によって派遣された彼女にそのようなことをしてしまえば間違いなく父の耳に入るだろう。国王の心証を悪くさせるわけにはいかない。

 昔は多少の我儘くらいなら父は目を瞑っただろうが、それは後継者となる者がエンドハイトしかいなかったからだ。だが今は違う。不治の病でなくなった兄が存在する。

 幼い頃から優秀で即位を期待されていたアリアスへと再び注目が集まるのをエンドハイトは許せなかった。せっかく王座を奪えたと思ったのに、優位に立てたと思ったのに。安心しきれなくなった。


 ━━あぁ、何もかもが腹立たしい。


「少し外に出る」

「承知しました。行ってらっしゃいませ」


 新しい使用人のせいで部屋にいても休まらない。フラストレーションが溜まるだけだったため、エンドハイトは胸の内にある不満を少しでも解消するため寮を出た。

 寮の周りは帰寮した者が多いから人の気配が多い。もう少し静かな場所へ行こうと、学院方面へと向かう。


(庭園に彼女はいるだろうか……)


 頭に浮かぶのは心を落ち着かせる存在。こんな荒れた時こそリリエルに会いたくなった。エンドハイトが一緒に居たいと思う唯一の女性。

 学院の庭園に向かえば高確率で彼女はいる。授業が終わってしばらく経っているが、急げば彼女はいつものようにあの場所で鼻歌を歌っているのかもしれない。

 そう思うと自然と早足になった━━その時。


「やぁ、エンドハイトじゃないか」


 今日は厄日なのか。エンドハイトはそう思わざるを得ない。寮に戻るであろうアリアスと対面したから。


「……いちいち声をかけないでもらえますか?」


 わざとらしく舌打ちを鳴らす。嫌悪する表情は隠すつもりもない。


「そんな悲しいことを言わないでほしいな。たった一人の兄弟なんだから」

「こっちはあなたに割く時間はないので。用もないのに話しかけないでもらいたいですね」


 それでは。と告げてアリアスの横を通り過ぎた……のだが、アリアスはぽつりと呟いた。


「リリエル・キャンルーズ」


 その名を聞いてエンドハイトはピタリと足を止めて振り返る。


「お前の大事な娘なのだろう?」

「……兄上に関係がありますか?」


 じとりと兄を睨みつけるが、相手はいつも通り躱すような笑みを浮かべるだけで動じることはない。


「関係あるさ。お前にはヴィーチェ嬢という婚約者がいるというのに他の令嬢に目を向けるのは次期国王になる者として体裁が悪いと思わないかい? せめて婚約を解消してから仲睦まじくするべきだと思うのだけど」

「兄上に何がわかる!? 私はずっと婚約破棄したいと父上に訴えているが、父はあいつを目に掛けていて全く許しを得られないんだぞ!」


 何も知らないくせに上から目線の小言。全くもって腹立たしい。会話するだけで鬱陶しいから早く目の前からいなくなってほしかった。


「父上がヴィーチェ嬢を推すのは仕方のないことだ。王族として利益のある婚姻は付き物だからね。だから割り切ってヴィーチェ嬢を受け入れてリリエル嬢を側室に入れるのが一番現実的だ」

「どこがだ! あんなゴブリン狂いの女を王妃にするなんて国の程度が知れる!」

「エンドハイト。そこまで意思が強いのに父上には申せないとはさすがに弱気が過ぎるんじゃないかな?」

「……弱気、だとっ?」


 馬鹿にされている。そう受け取ったエンドハイトはギリッと強く歯を噛み締めた。


「お前は父上を説得しようという気持ちが足りないよ。お前のリリエル嬢に対する想いが強いのなら父上だって考え直すだろう」

「説得……」


 確かにエンドハイトはフードゥルト国王にヴィーチェとの婚約解消を願ってはいたが、リリエルについては話していなかった。


「数ヶ月後にはお前の生誕パーティーも行われるのだから思い切って口にすればいいんじゃないかな? 彼女への想いと、これからどうしていきたいかを。お前が本気ならば誰もが心を打たれるだろう?」


 アリアスの言葉にエンドハイトはハッとした。少しだけ希望が見えたようなそんな気持ちだ。

 それにリリエルは愛らしく素敵な女性である。彼女がどれだけ素晴らしいか説けば皆わかってくれるはず。


「よく考えておくといいよ。それじゃあね」


 そう告げるとアリアスは軽く手を振って帰っていった。その瞬間、エンドハイトは弾けるように走り出す。学院内の庭園へ向かうために。


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