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公爵令嬢は侯爵令息と行動し、第一王子と二人で話をする

 してやられたわね。ヴィーチェはそう思った。なぜなら人混みに紛れてライラとアリアスの二人とはぐれてしまったのだ。

 普段なら二人とも大丈夫かしら? と心配するが、はぐれる直前にまだ近くにいたアリアスと目が合ったのだ。こちらに来ると思いきや、にっこりと笑ったあと彼は小さく手を振り、自ら人混みへと飲まれていった。おそらくライラを追ったのだろう。


「困ったわね、ライラとアリアス様とはぐれちゃったわ」


 ティミッドと一緒に人混みから抜け出したヴィーチェはどうしようかしらと呟く。するとティミッドが慌てて口を開いた。


「あ、あのっ、実はアリアス様から、その、もしはぐれた時はアスティエト図書館で落ち合おうと、言付けをいただいてまして……!」


 ティミッドの話を聞いて、ヴィーチェはなるほどと察した。最初からライラと二人きりになるように計画を立てていたのだろう。

 アリアスの様子からすると彼はライラと話をしたがっていたのは明らかだ。それにライラも色々と思い悩んでいたのでアリアスと話し合うべきだからある意味いい機会ではある。少々強引だが、さすがにアリアスもライラを悪いようにはしないはず。


「アスティエト図書館に向かうしかないわね」


 とにかく合流場所として指定されたアスティエト図書館へ向かうしかない。しかし図書館の場所まではわからないのでヴィーチェはティミッドに尋ねてみることにした。


「スティルトン様、アスティエト図書館の場所はご存知かしら?」

「もっ、もちろんですっ! 少し歩きますがご案内いたします!」


 これは心強い。ティミッドとはぐれないで良かったとヴィーチェは安心した。とはいえ少し歩くということはアリアスなりの時間稼ぎなのだろう。

 確かに話をしたいなら時間は確保しておきたいものだと理解はできる。わざわざ話をするためだけに計画を立てたのねと思わずにはいられない。


 アスティエト図書館に向かい始めて十分弱。ティミッドについて行くヴィーチェだったが、二人の間に会話は特になかった。

 元よりティミッドは会話が不得意である。それを理解していることもあり、ヴィーチェから話しかけることはあまりない。だからこそ特別に気まずいといったものはなかった。


「あ、あの、ヴィーチェ様っ……! えっと、その! 折り入ってお願いがありまして……」


 するとティミッドが意を決したように口火を切った。真っ赤になりながら。しかしそんな彼からのお願いと言われると気にもなるし、叶えられることなら聞いてあげたいものである。


「あら、何かしら?」

「とっ、唐突でこのようなお願いをするのは……本当に、ご迷惑かもしれませんが……」

「? 仰っていただかないと判断できかねないわ」

「ええと……その、ぼ、くも……な、まえ……」


 段々と聞き取りづらくなる。精一杯の勇気を出しているような彼の言葉だ。聞き逃してはいけないと思い、ヴィーチェは髪を耳の上にかけ、ごにょごにょと口ごもるティミッドの口元へと耳を寄せた。その瞬間、ヒュッ、と息が詰まるような音が聞こえる。


「ッ!!」

「スティルトン様、もう一度仰っていただけますか?」

「ひゃ、い……あ、あぁ、あのっ、僕も……名前で呼んでほしくて……!」


 今にも沸騰しそうな勢いと、目がぐるぐるしているように見えなくもないティミッドがようやくヴィーチェの耳に届く言葉を告げる。

 そんな一世一代の告白のような勢いであったが、内容が内容なだけにヴィーチェはきょとんとしたのち、ふふっと微笑んだ。


「お安い御用だわ、ティミッド様」

「ひぇ……あ、りがとう、ございますっ……! とても、とても光栄です!」


 少し大袈裟ではあるが、呼ぶ名前を変えただけでそこまで喜んでくれるのなら悪い気はしない。


「それじゃあ、引き続き図書館の案内お願いね、ティミッド様」

「は、はいっ……!」


 赤い果実のように全身を染めるティミッドに「もしかして風邪でもひいたかしら? 大丈夫?」と声をかけるが、ティミッドは全力で首を横に振り、声を裏返しながらも「だ、いじょうぶ、ですっ……!」と答えた。


 少しばかり気にはなるものの、そうしているうちにアスティエト図書館に到着した。

 ライラとアリアスの姿は……ない。お互い話をしたいらしいし、そうすぐには来ないだろう。仕方ないとはいえ、ここは大人しく待つしかない。

 三十分は待つかしら。それとも一時間は必要? そう考えながらヴィーチェは待っている間にどう過ごすか考えた。

 時間を持て余すし、何も知らないティミッドをずっと待たせるのも可哀想だし、図書館も目の前にあるから少し覗いて見てもいいのかもしれない。

 そんなことをぼんやりと考えていたら遠目からライラとアリアスと思わしき人物の姿を捉えた。

 想像よりも早い。ヴィーチェ達が図書館に辿り着いてまだ五分くらいである。

 話はしてないのかしら? それとも歩きながら済ませたの? そんな軽い話だったのかしら? 気になるところは色々あったが、無事に合流できたのなら何よりだった。


「ライラーー!!」


 二人に向けて手を振るとこちらの存在に気がついたようで目が合った。


「大丈夫だった?」


 到着したライラの表情はいつも通りなので何も問題がなかったか確かめることにした。アリアスと二人きりで、という意味で問いかける。彼女もその意味に気づいたのか「ひとまずは」と告げてくれた。


「凄い人混みだったね。ヴィーチェ嬢とティミッドくんは大丈夫だったかい?」

「えぇ、見ての通りピンピンしてるわ」

「ぼ、僕も、大丈夫です……」

「それなら良かった。とはいえいい時間だし、そろそろ帰る頃合いかな。ちょうど帰りの馬車もこの近くで待機させているから寮へ帰ろうか」


 てっきりまだライラにくっつくつもりだと思っていたけど、帰りの馬車を予め手配してるくらいだから元々合流してから帰る計画だったのだろう。ちゃんと引くべき所は考えているみたいだ。

 もちろんアリアスの言葉に異論はない。日も暮れ始めているし、侍女アグリーにも夕刻には帰ると伝えていたのでちょうどいいくらいだ。


 その後、行きと同じ馬車へ乗り、学院前まで送ってもらう。

 遊んだと言っても、乗り心地の良い馬車に乗ったと言ってもそれなりに疲労は蓄積しているらしく、帰りの馬車内はとても静かなものだった。ヴィーチェはまだまだ元気だったが、さらに疲れさせてはいけないと思い、喋ることはしなかった。


 ジェディース学院前へと到着し、それじゃあ、とそれぞれの寮に戻ろうとした矢先のこと。


「ヴィーチェ嬢、少しだけ二人で話をしてもいいかな?」


 アリアスに声をかけられた。わざとらしく「二人で」という言葉を強調したので、ライラとティミッドがぴくりと小さく反応する。


「あら、今ここではできないお話かしら?」

「個人的な相談なんだ。君の力が必要でね」


 第一王子から相談を持ちかけられるとは。しかもヴィーチェの力が必要だという。一体どんな相談なのかは二人にならない限り教えてくれることはないだろう。


「それでしたら私は先に戻りますね」


 ヴィーチェが答えるよりも先にライラが口を開く。邪魔にならないように、と言わんばかりにぺこりと頭を下げた彼女は先に寮へと帰っていった。


「ぁ、え、と……ぼ、僕も、失礼します……」


 先に帰ってしまったライラを見て、ティミッドもそそくさと男子寮へと向かっていく。時折、ヴィーチェとアリアスの様子が気になるのか、ちらりと後ろを振り返っていたが。


「話のわかる二人で安心したよ。じゃあ、もう一度馬車の中に入ってもらえるかな?」

「どこかへ行くの?」

「いや、人目がないとも限らないからね。馬車の中で話がしたいんだ」

「二人で馬車に入るところを見られたらあらぬ誤解を受けるのだけど?」


 男女が二人で、しかも馬車の中という狭い空間は密会だと言われかねない。念のために当たりを見回してみるが、人の気配は感じられないけれど、それが絶対とも言えないのである。


「未来の義妹と話をするだけだし、時間だって十分もかからないからさ」

「義妹になるつもりはないと言ってるのだけど……まぁ、早く終わるなら構わないわ」


 仕方ないのでアリアスの要求を飲んだ。そうするとアリアスはお礼を告げ、停車させた馬車の扉を開ける。ヴィーチェは馬車に乗り込むとすぐさま席に座った。先ほどは四人で乗っていたため何だか車内が広く感じる。


「相談というのは?」

「ライラ嬢の話なんだ」


 にっこりと笑いながら意外性のない人物の話題を切り出してきた。


「ヴィーチェ嬢はライラ嬢から私の話をどこまで聞いているかな?」

「身分を偽ってライラのペンフレンドとして関わっていたことはお聞きしたわ」

「じゃあ説明するまでもないかな。私はね、ライラ嬢に好意を寄せているんだ」


 薄々そうなんじゃないかって思っていたヴィーチェはアリアスの告白に驚きは抱かなかった。むしろそうでなかったらライラを弄ぶ気? と詰め寄っていたかもしれない。


「ライラ嬢を娶りたいと思っている。しかしマルベリー家の問題については……さすがに君も知っているよね?」

「えぇ」


 マルベリー家の問題と言えば金銭問題のことだろう。当主の金遣いの荒さは特に有名で、彼の代でマルベリー家は終わりを迎えると言われている。

 当の本人は「そんなことがあるわけない! マルベリー家はこれから莫大な財産が手に入るのだからなっ!」と豪語しているそうだ。


「このままでは彼女の卒業までにマルベリー家は破産するだろう」


 第一王子とはいえ、王位継承権を持たない彼なら伴侶の爵位は気にする必要がないのだろう。

 そもそも爵位を気にしていないのは次期国王である第二王子エンドハイトも同様だろう。今は公爵令嬢ヴィーチェと婚約しているが、いつかは男爵令嬢のリリエルと婚約し、王妃にさせるはず。

 現国王のフードゥルトが彼女の爵位について眉を顰めるかもしれないが、そこは二人の愛の力で乗り越えてほしいとヴィーチェは願う。立派な王妃になるように努力をし、その力を発揮すれば誰だって支持をしてくれるはずだと信じているから。


(そう、お互いに想い合うならどんな困難だって平気よ。私とリラ様みたいに!)


 と強く心で叫んだが今はアリアスの相談に集中しなければならなかったので、ヴィーチェはいけないわと話を整理する。


 要するに子爵家のライラと結婚したいが、学院を卒業しなければ婚姻ができない。しかしライラが卒業するまでに彼女の家が没落する可能性が高いため、さすがに平民になった彼女と王子では結婚することはできないのだ。だから卒業まで待つ時間がないとのこと。


「ライラと婚約して、マルベリー家に援助するのは駄目なのかしら?」

「……それも考えたのだけど、ライラ嬢はまだ第一王子としての私よりもペンフレンドとしての私に好意を寄せているようでね。それと父親のことを気にしていて王族とは関わりたくないと言っていた。だから婚約の話を受けてくれないと思ったんだ」


 確かにそれも一理ある。何せ真面目なライラのことだ。金遣いの荒いマルベリー子爵に目をつけてほしくないのだろう。子爵家の安泰よりもアリアスに迷惑をかけたくない思いの方が強いと言える。

 ……つまりそれは少なからずアリアスのことを想っているのでは? ペンフレンドとアリアスを別として考えているわけではなさそうだけど、それを口にするのも野暮かもしれない。そう考えてヴィーチェは黙っていた。


「だからヴィーチェ嬢、マルベリー家が子爵でなくなった時、ライラ嬢をファムリアント公爵家の養子として迎え入れてほしい」


 まさかの提案にヴィーチェは目を丸くさせた。


「公爵の爵号さえあればライラ嬢の爵位についても文句を言われないし、彼女も平民になることもない。さらに父親と関わることもなくなる。それに君も大事な友人と義姉妹になれるんだ。悪い話じゃないだろう?」


 これで全て解決だ。そう言わんばかりに笑みを浮かべるアリアス。それを聞いたヴィーチェも微笑み、明るい声で即答した。


「お断りするわっ」


 その瞬間、アリアスは笑顔のまま眉をぴくりと動かした。


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