公爵令嬢は子爵令嬢から理由を聞き、街へと向かう
「畏れ多いなんて思うことはないよ。私は純粋に友人になりたいだけなのと、普段どのように遊ぶのか気になっただけなんだ」
「私がいなくても成り立ちますのでお気遣いなく」
無表情のライラから発するのはやはり拒絶の言葉のようだ。彼女は弟のエンドハイトにも良い感情を持ち合わせていないから兄にも同様に見ているのだろうか?
しかしライラはそれだけの理由であそこまではっきりと断ることはしない子である。だからこそ不思議に思う。まるで二人の間に何かあったかのようだ。仮にそうだとしても全く繋がりが見えてこない。
「ライラ嬢、私は諦めが悪いんだよ。一緒に付き合ってくれるまで私は何度も誘い続ける覚悟なんだ。しかし何回も誘われ続けるのはさすがに君も苦痛に思うだろうし、一度だけでも誘いに乗ってはくれないかな?」
アリアスも引く様子はない。ライラの態度からして目的は彼女なのかしらと思わなくもなかった。あまりにもしつこいようならこちらが間に入るつもりでいると、ライラから深い溜め息が聞こえてくる。
「……一度だけですよ」
折れたのはライラだった。これで良かったのかどうかはわからないけれど、一度だけで了承したのならアリアスもその約束は守ってもらわなければいけない。
もしライラの迷惑になることがあればそのときはしゃしゃり出ようとヴィーチェは心に決める。
「良かった。それじゃあこの後か明日どちらがいいだろうか?」
「明日でお願いします」
すかさずライラが日程を決める。その意味を考えたが、ヴィーチェはすぐに理解した。
明日は新入生達の履修科目の登録が行われる日だ。早くても解放されるのは昼過ぎだろう。つまりアリアスとともに過ごす時間は短くなる。ライラはそう考えたのかもしれない。
しかしアリアスはにっこりと笑みを浮かべていた。
「いいね、明日。私は特例としてすでに受講科目を登録したから朝一から時間が空いているんだ。街には朝市とかあると聞いているから一度見てみたいと思っていたし━━」
「やっぱり今からにしましょう」
王族の言葉を遮ってまで意見を変えた。それこそ畏れ多いのでは? とも思ったけど、それだけライラが彼と関わりたくない証拠とも言える。
ここまで嫌がるのならやはり間に入るべきかもしれないと考えたヴィーチェはこそっとライラに小声で話しかけた。
「ライラ、嫌なら無理しなくてもいいわ。私がお引き取り願うように伝えるわよ」
「……いいえ、ヴィーチェ様の手を煩わせるほどではないので。一度だけですから大丈夫です」
ふるふると首を振るライラに本当に大丈夫か気がかりではあったが、二人きりになるわけではないし、自分が彼女の傍にいれば問題ないと考えたヴィーチェはライラの言葉に従うことにした。
「では、一度寮に戻って身支度を整えますので後ほど落ち合いましょう」
「そうかい? そのままでも十分だと思うけど」
「アリアス様、女性はいつだって綺麗でありたいものよ。私も、ライラも。貴族の娘ならば当然のことでしょう? それに使用人にも出かけることをお話しなくてはならないもの」
「なるほど。友人と待ち合わせというのも体感できるいい機会でもあるし、待つのは構わないよ」
「では、失礼いたしますね。スティルトン様も後ほど」
「あ、う、うん」
行きましょう、ライラ。と声をかけるとライラは短い返事をし、共に寮へと戻る。
別に身支度するほどのものではないが、おそらくもうライラと二人になる機会はそうそう得られないのかもしれないと思ってわざとアリアスとライラを引き離す時間を作ってみた。
あとは彼女が詳しいことを話してくれるかどうか、だけどそこはライラの判断に任せる。言いづらいことだったら無理に問いただすわけにもいかないため。
「……彼が、ペンフレンドだったんです」
女子寮が目の前に迫ってきた頃、ライラがぽつりと口にした。その一言でヴィーチェは納得する。
たまに話題に出てくるライラの唯一の文通相手。そして以前、彼女は友人に大きな嘘をつかれたと漏らしていたことも思い出し、ヴィーチェの中でそれらが繋がった瞬間でもあった。文通相手もアリアスも緑肌病を患っていたという共通点もあるのでほぼ間違いないだろう。
おそらくアリアスが身分を隠してライラと手紙のやり取りをし、勲章授与式がきっかけで明かしたのかもしれない。きっとそれはライラの中で大きな衝撃だっただろう。何せ長年も続けていたと聞いていたのだから。
「ライラに嘘をついたっていう不届き者ね」
「……。不届き者というほどではないのですが、彼の立場からしたら仕方ないというのもわかってはいます。ですが、できれば知りたくはなかったんです。もう手紙をやり合う気にもなれなくて」
「相手が王子だと知ったから?」
「はい。……いくら相手が手紙の時と同じように会話をしたいと言われましても、王族相手にそんな軽々しいことはできません」
「それもそうね。でもさすがに公の場ではないのでしょう? 二人だけならそれに応えるのもありだと思うけど」
「それでもです」
ライラは強く線を引いている。自分の爵位のせいか性格のせいかはわからないけど、よほど関わりたくないと思える。
「ライラは文通していた頃のアリアス様についてはどう思っていたの?」
「……優しくて、読んだ本の感想を語り合うのがとても楽しかったです。手紙を書く面白さも、返事が届くのを待つ期待も全部が楽しいものでした」
「だけど、彼が王族だと知ってショックなのよね。ライラは相手が平民だったから文通を続けたの?」
「そういうわけでは……。ですが貴族相手では私のことをあまり好意的に思う方はいらっしゃらないので何も知らない平民の方なら話しやすいとは思いました」
ですがまさか王族だったなんて、と呟くライラ。彼女は彼女が思うよりも周りからの視線を気にしているのだろう。なぜか魔女だと言われるその言葉がライラの胸を刺しているのかもしれない。
「王族の彼なら私がどのように呼ばれているかもご存知でしょう。それを知っていながら知らないフリをして私と手紙のやり取りをしていたのですから……同情か、それとも嘲ていたのか……」
「あら、それなら素直に尋ねてみればいいじゃない。そうすればはっきりするでしょ? 前にも言ったけど話し合いは大事よ。お互いのことを知るために、思い悩む時間も必要だけど言葉を交わすことも大切だもの」
「そう、ですね……」
「えぇ、決めつけるのは良くないとリラ様も仰っていたし、物は試しよっ」
「……あぁ、はい」
少し落胆の声が聞こえた気がするが、少しは前向きに考えてくれたらいい。でもヴィーチェとしては強要するつもりもない。
「でも、無理だと思ったらそれでも構わないし、私はライラの意見を尊重するわ。アリアス様といるのが気まずかったらいつでも言ってちょうだい。すぐに切り上げるから」
「はい……お気遣いありがとうございます」
はたしてライラの気持ちは整理できるだろうか。長年ペンフレンドとして親しくしていた相手が王族だと思うと萎縮してしまうのも無理はない。
ヴィーチェにとっては萎縮という状態は縁がないものなのでライラが早く元気になることを願いつつ、できる限りのフォローをするつもりでいた。
寮に戻り、使用人のアグリーに友人と出かけることを告げてから軽く身なりを整え、再びライラと共に学院前へと向かう。
学院から街まで歩くつもりでいたが、どうやらアリアスが馬車を呼び寄せたようで、落ち着かない様子のティミッドと一緒に待機していた。
厳重に警備されている貴族学院から街までは徒歩で約三十分ほど。歩けないわけではないが、非常に近いとも言えないので馬車で移動するのも貴族や王族の者ならば普通である。
しかし問題はその馬車だ。王室専用の馬車なのはその豪勢さで見てわかる。
貴族が使用する馬車よりも大きく、御者の身なりもしっかり整えられていた。そして内部は乗り心地の良さを追求したであろうクッション椅子。
動き出せば整備されている道だろうが酷い道だろうが、揺れや大きな音は感じられない。おそらく揺れや音を吸収する魔法がかけられているのだろう。何なら頭上には小型の冷暖房の魔道具も完備。
公爵家でも馬車にここまでお金をかけていないので本当に馬車に乗っているのかと疑うほど。
しかし豪奢とはいえ馬車に乗っている間は静かなものだった。緊張ゆえなのか、目の前に座るティミッドは畏れ多いと言わんばかりに硬直している。隣に座るライラも強ばっているように見えた。
斜め前に座るアリアスは特に気にすることもなく機嫌が良さそうに馬車の窓から見える景色を眺める。ヴィーチェも同様であった。
ジェディース学院から一番近い街、メルカーナク。場所柄、上流貴族も行き来する街で、少し離れた場所には貴族御用達のお店も数多くある。
とはいえ貴族と言ってもそちらには用がなく、主に活気づいた中央地区へとヴィーチェ達は降り立った。屋台やカフェ、若者の向けのお店が多く、貴族の者も立ち寄ることが多いと聞く。
「さて、スティルトン様。どちらに向かうのかしら?」
遊びに誘ってくれた張本人に行き場所を尋ねると、彼はびくりと肩を跳ねさせ、紅潮した表情で口を開いた。
「あ、その、屋台を見たりとか従魔ショップを覗いたりとかカフェとか……そんな感じで見ていこうかな、って……」
「いいわねっ。私、従魔ショップは行ったことがないから見てみたいわ」
「じゃ、あ、従魔ショップから……」
行ったことのない施設の案に喜ぶとティミッドは少し安心した様子で案内をしてくれた。行ったことがあるの? と問えば、彼は吃りながらも「はい、何度か……」と答えてくれる。
道案内を彼に任せて後ろに続いた。道中には屋台と思わしきお店が並んでいるのが見えた。何かしら香ばしい匂いと音で人を集めているお店や、雑貨などが置いているお店など色々ある。おそらくじっくり見ていたら時間が足りなくなってしまうだろう。
この一年、学院が休みの日でも街に出ることはあまりなく、休みだからこそとヴィーチェは学院にある図書室へと足繁く通っていた。そう、ゴブリンが格好良く活躍する書物探しのためだ。
しかし一年かけても収穫はゼロ。貴族学院が保有する図書だから新しく見るものばかりなのにヴィーチェの求める本は見つからない。おかしいわ、と思いながらも休日を図書室で過ごすばかりだったので遊ぶ名目で街に出るのは実に久しぶりである。
リラやその仲間のためにお土産を購入するくらいでしか積極的に行っていなかったので、ゆっくり見回ることもなかったと気づく。
新しい発見があるかもしれないわね、と従魔ショップへと向かうヴィーチェの様子はやけにご機嫌だった。




