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子爵令嬢は雰囲気が変わりつつある式典を傍観する

「私、不思議でしかなかったのだけれど」


 これ以上どう足掻くのか。ライラは彼女へと目を向けた。誰も信じてくれるわけがないのにヴィーチェは言葉を紡ぐ。彼女は怯む様子もなく、周りの雰囲気に飲まれることもない。いつだってヴィーチェはそうだった。常に自分のペースである。明らかに不利な状況だとしてもどこ吹く風といった様子だ。


「勲章授与式を開くのだからちゃんと下調べはしていらっしゃらなかったのかしら?」


 その言葉に講堂内はざわつく。まるで国側の調査に不備があると楯突いているからだ。あまりにも不敬だという言葉があちこちから聞こえてくる。

 彼女はさらに騒ぎを起こすというのか。もはや公爵令嬢の地位だって剥奪されてしまう言動である。


「だって完治した患者の方に聞き取りをすればわかることなんだもの。リュゼート先生はその場にいらっしゃらなかったのだから」

「ヴィーチェ・ファムリアントよ。残念だが我々はしっかり精査している。国が授ける勲章なのだ。間違いがあってはならないのでな。患者はお前達にも感謝をしていたが、リュゼート・ビルバルデに治療法を教えてもらったという者も多数いたぞ」


 国王フードゥルトが断言する。あぁ、ほらやっぱり。リュゼートが手を回したに違いない。私達を悪者に仕立て元患者達の同情でも引いたのか、はたまたお金でも握らせたのか。そうでもしなければその場にいなかったリュゼートの名前が出てくるわけがない。

 緑肌病から救ったというのに、こうも簡単に裏切られる。それも仕方ないのだろう。貴族学院に勤める薬学講師の言葉が嘘だとは平民達も思わなかったのかもしれない。

 ……それでも、ヴィーチェの表情は雲らない。むしろ、ふふっと小さく笑っていたのだ。


「多数、ってことは全員ではありませんよね?」

「……そのようだな。確かにお前達の名前を出す者もいたが、実際に治療法を教えた者が別にいるというのは全員口にしていたぞ」

「えぇ、その通りですわ。緑肌病の治療法を教えてくださったのはリラ様ですもの。私達は彼の許可を取り、普及しただけに過ぎません」

「待て。ヴィーチェ・ファムリアント。そなたは治療法を発見したのは自分だと訴えていたのではないのか?」

「いいえ、私はリラ様に教えていただいただけです。ですので私の訴えは勲章を与えるのなら何もなさらなかったリュゼート先生ではなく、リラ様しかいないということですわ」


 王国側の警備兵がどよめき始める。逆に学院生や教師からは呆れる溜め息が聞こえてきた。

 ヴィーチェの語るリラ様。その正体は学院に通う者ならほとんどの人が知っているだろう。しかし学院関係以外の者ならそのリラ様が何者かは知らないので、緑肌病の治療法に関わる新たな人物の名が出てきて動揺しているのかもしれない。……もしかしたら調査のやり直しの可能性もあるのではないか?

 やり直してもヴィーチェの妄想と決めつけられるかもしれないが、これは小さなチャンスだ。もっと精細な調査をしてもらわなければ。リラ様のことは信じなくてもいいので、リュゼートは嘘つきだということを王国側で暴いてほしい。

 そう願う中、足音がひとつ聞こえた。突然見目麗しい青年が姿を現し、国王フードゥルトの隣へと立ったのだ。流れるような白銀の長い髪は美しく、その装いと国王の隣に平然と立っても許される身分からして王家の人間であると理解する。


「父上、そろそろ本当の目的を話してもよろしいのでは?」

「そうだな。まさか面と向かって抗議をされるとは思わなかったのでついつい義娘となるヴィーチェ嬢との会話を楽しんでしまったようだ」


 ずっと何を考えているかわからなかった国王の表情が緩む。話の内容がよく見えない。いや、それよりも青年は国王のことを父上と呼んだ。

 それと同時にライラの近くにいたであろう第二王子エンドハイトが呟く。


「なぜ、兄上がここに……!」


 憎いと言わんばかりの表情と共にである。エンドハイトが兄上というのなら、彼は第一王子のアリアス・オーブモルゲであることは間違いない。

 しかし彼は十年程前から不治の病に患って以来、一切その姿を見せることはなかった。けれど病に侵されているとは思えないほど健康体に見える。もしかして完治したのだろうか? だとしたらなぜそれを大々的に発表しなかったのだろう。

 そんな彼の登場にライラだけでなく、周りからも動揺や困惑の声が上がった。


「皆さん、色々と驚くことがあると思いますが、今は静粛に願います」


 穏やかに微笑みを浮かべながら、アリアスはざわつく講堂内の人間を一瞬にして沈静させた。


「ありがとう。私はアリアス・オーブモルゲ。病に伏せたため王位継承権から外れましたが、父フードゥルトの長兄です。実は内密にしていましたが、私の病は緑肌病でした。じわじわと身体を蝕み、重症に近い状態だったのですが今回発見された治療法によって完治しました。そのため治療法を発見していただいた方に深い感謝をしています」


 そう言うと胸に手を当てて彼は一礼をする。王族がそこまでするのだから彼の感謝は相当なものだろう。重症ならまさに命の恩人と言っても過言ではないだろうし、王子を助けたということを含めた勲章授与なのかもしれない。

 そんな彼の言葉をリュゼートは自分に向けてのものだと信じて「畏れ多いです」と返答する。あの男はどこまでも自分の手柄にしたいようだ。それがまた癪に障る。


「だからこそ今回の勲章授与式のためにも私が指揮を取り、緑肌病の治療法の出処を精査しました」


 あぁ、彼のせいでこの授与式が開催されたというのか。まんまとリュゼートに騙されたんだ。それか大した仕事もしていなかったのかもしれない。もっと深く調べてくれたらこんなことにはならなかっただろうに。

 弟のエンドハイトがあれなのだから、アリアスも同類なのか。ライラは諦めと呆れの溜め息を吐く。

 すると、アリアスと目が合ったような気がした。そして彼は微笑む。まるで何かを訴えているようだ。しかし大勢いる学院生の中から都合よく自分に向けて微笑むわけがない。特定の誰かではなく大勢の人に向けての営業スマイルだろう。


「その結果、多くの人はリュゼート・ビルバルデに治療法を教えてもらったと口にしていました……が、一部の人は『感謝をするならリラ様に』とヴィーチェ・ファムリアント嬢が仰っていた結果もあります」

「あぁ、それは彼女の妄想相手で━━」

「静粛に、と私は言いましたよ?」


 リュゼートが小馬鹿にするような嘲笑で説明しようとしたのだろう。しかしアリアスが言葉を遮った。一瞬で場が凍りつくような空気を生み出すほどだ。

 微笑んでいるのに威圧的な何かを感じて本能的に逆らってはいけないと判断する。リュゼートも言葉を失ったようでバツ悪そうに口を閉じた。


「さて。実はこの結果は一回目でして、聞き取り調査は同じ人達に二度行っています。あることを付け加えたら面白いことにその結果が変わってしまったので」


 あること? 誰もがそう思っただろう。アリアスは特に焦らすこともなく、すぐにその答えを口にした。


「『王族の私に嘘偽りを語れば偽証罪としてしょっぴかれますので発言には気をつけてくださいね』と」


 嬉々とした笑顔だった。確かに彼の言うことは間違いないのだろうけど、やはり何とも言えない圧力を感じる。おそらく聞き取りをされた平民達も圧倒されたのだろう。


「一度目にリュゼート・ビルバルデと答えた者達は皆すぐに訂正しました。リュゼート・ビルバルデの同行がなかったことや、ヴィーチェ・ファムリアント嬢の言葉にて感謝するのはリラ様という人物だったこと。あとはリュゼート・ビルバルデに金銭で買収された、という言質も取りました」

「第一王子殿下! それは濡れ衣です! 私は━━」

「リュゼート殿、何度も言わせないでもらえますか?」


 涼しい顔をしていたリュゼートがここにきて狼狽する。彼にとってもそこまで暴かれるとは思っていなかったのだろう。

 言い訳を始めるリュゼートにアリアスはまたも厳しい物言いを投げた。……もしかして、もしかしなくとも、これは良い流れなのでは?

 有利になりそうな展開が起きる目の前の光景はライラにとって信じられないものだった。


「アリアス様、発言の許可をいただけますか?」


 このまま丸く収まると思っていたらヴィーチェが挙手した。リュゼートを黙らせたばかりなのに勇気があるというか無謀というか。とはいえまた何か場を掻き乱す発言をしないかひやひやする。


「えぇ、どうぞ」

「そこまでのことをお調べになっているのでしたら、なぜ勲章授与式を強行したのですか? この式典のために動かれた先生方や、お集まりになった方、そして不服ながらも傍聴していたマルベリー様やスティルトン様に対して失礼だとは思わなかったのです?」


 なんて余計なことを。とてもいい流れだったのにそれを断ち切ろうとしているのか。これでは王族の怒りを買ってしまうのでは。ライラは固唾を呑んでアリアスの様子を窺った。


「そうですね。皆の期待を打ち砕くような結果になってしまったことについてはお詫びを申し上げます。ただ確証までは得られなかったため、この場を借りることにいたしました。何せ、ヴィーチェ嬢が患者達に告げたリラ様という者の素性がわからなかったもので、リュゼート殿の別名義ではないかという可能性もありました。それにこの場なら逃げられることも小細工をすることもできませんし」

「ア、アリアス第一王子殿下! 私にも発言の許可をいただけませんかっ!?」

「……えぇ、どうぞ」


 ヴィーチェの発言を許可したときとは違い、あからさまに冷たい声と間があった。彼は態度で示しているのだ。リュゼートが高名盗みを働いた男なのだと。


「か、彼女、ヴィーチェ・ファムリアント令嬢は妄想相手の手柄にしようとデタラメなことを仰っているのです! そのリラという者は存在しません! 私は真実を述べています!」

「では、民に金銭を握らせた件についてはどう説明するつもりですか? 真実を答えていただけますね?」

「それは何かの間違いです……! ファムリアント家が私を陥れようとしているだけです!」

「ヴィーチェ嬢、このように発言をされていますがいかがですか?」

「酷い言いがかりですわ。リラ様についても証拠がないのに妄想だって決めつけられますし」

「証拠がないのはそっちだろうが!!」


 リュゼートはとうとうヴィーチェに噛みつく勢いで怒鳴った。まるで獰猛な獣のようだ。唸り声が聞こえてきそう。しかし温厚な講師の見せることない姿は数多くの人を驚愕させた。


「ではヴィーチェ嬢にお尋ねします。リラ様というのは何者でしょうか?」


 あ、駄目だわその質問は。ライラは瞬時に終わったと理解した。


「リラ様はゴブリンのお頭ですわ!」


 輝かしい笑みを浮かべながら期待を裏切らない返答をするヴィーチェに対してライラは血の気が引いていく。極限まで引けば顔色にも表れるかもしれない……なんて現実逃避するような別のことを考える始末。

 もはやここは式典の名を被った法廷のようなもの。嘘偽りは罰せられる。……いや、ヴィーチェが精神的な病気として認められたら情状酌量の余地はあるかもしれない。


「ふっ、フフッ。噂通りのご令嬢だ」


 冷たく言葉を投げかけるのかと思えばアリアスは小さく笑っていた。嘲るのはまた違う。柔らかい暖かさを抱くような気分だ。

 しかし噂通りということは彼はヴィーチェが妄想に囚われていることを理解しているのかも。それもそうだろう。国王も黙認しているし、病気で伏せていたとはいえアリアスの耳に入らないわけではない。


「しかし、語るだけではリュゼート殿の言う通り証拠にはなりません。証人としてそのリラ殿から聞き取りをすることは可能ですか?」

「残念ながらリラ様はゴブリンですので人と関わるのを非常に嫌いますわ。私以外会うことはなさらないでしょう」


 最初から存在しない相手なのだから会えるわけがない。逆に見えない何かに向けて「こちらがリラ様です」と言わないだけマシかもしれないが、やはりヴィーチェが語る治療法の発見者として名を上げるリラ様の存在が明らかな足枷だろう。それさえなければリュゼートの虚偽だけで早々に解決したはずなのに。


「ヴィーチェ嬢、私は治療法を発見した方に勲章を差し上げたいのです。私としては本当はあなたが発見したのではないのかと睨んでいます。どうぞ包み隠さず本当のことをお話ください」


 それは最後の警告のように感じた。さすがのヴィーチェだって理解するだろう。婚約者のエンドハイトと個人的な感情で語るのとは訳が違う。

 例え彼女がリラ様の手柄だと信じて疑わなくとも、嘘でもここは自分が見つけましたと口にするほうが最善である。妄想相手の手柄なんてなんの意味もないのだ。そもそも治療法を広めたのはヴィーチェである。だから彼女が勲章を受け取ることに問題はないし、全て丸く収まるのだから。


「私は誓いを立てて申しましたわ。全てリラ様のおかげだと」


 やはりというか、彼女は譲らない。ゴブリンに対する意志が強すぎる。しかしこれでは勲章授与式はどうなってしまうのだろう。


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