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子爵令嬢は勲章授与式にて勇気を出すも無駄だと悟る

 ヴィーチェは毎日のように功労を奪ったリュゼートの抗議活動を行っていた。しかし何度訴えても見向きもされず、誰も彼女に耳を貸さない。

 それもそうだろう。片や貴族学院に勤める講師、片や妄言ばかり吹聴する令嬢。その情報を知るとどちらを信じるかは言わずもがな。

 ライラ・マルベリーは誰一人信じることのないヴィーチェの訴えに同情はするものの、その活動を手伝うことはしなかった。ヴィーチェに恋心を秘めているであろうティミッド・スティルトンもおそらく同じ理由で活動に加わることはしていない様子。

 なぜなら相手はジェディース学院が認めた講師。講師とはいえ、貴族が通う学院に勤めるのは厳しい審査がある。もちろん考査には人間性も含まれる。それを突破した彼を疑うなんて無謀なのだ。いくら公爵家の令嬢と言えど、彼女の世間的な評価のせいも相まっているのだが。

 妄想に囚われている哀れな令嬢。ファムリアント公爵家の枷にもなっているが、魔力はなくとも成績は優秀。性格も悪くなく、少々前向き過ぎるくらい。本当にヴィーチェ・ファムリアントは惜しいのだ。

 多少の欠点があるほうが人間らしいけれど、この貴族社会では完璧が全て。小さな欠点でも大きく穴を開けてほじくり出す。そんな世界で妄想の世界に浸る令嬢はどれだけ人々の笑いのネタにされるのだろうか。


「ヴィーチェ様……そろそろ諦めませんか? このままでは学院での、そして世間的にもヴィーチェ様の立場が悪くなります」


 ひと月経ってもヴィーチェの抗議運動はまだ続いていた。諦めが悪いのは何となく感じてはいたが、今回は早々に手を引いたほうがいい。そう思い、ヴィーチェを説得する。

 今まで学院側はヴィーチェが発していたゴブリンの妄言についてはあえて黙認していた。ただの妄想とはいえ、わかりやすい嘘であり、誰かに被害を与えるものでもないため。

 しかし今回ばかりは違う。例えリュゼートに手柄を横取りされたのが事実でも、それを証明する手段もない今ではいつリュゼートから名誉毀損だと言われるかわかったものではない。もちろん公爵家なら慰謝料を払うのは容易かもしれないが、ヴィーチェへの評価はさらに下がるばかり。

 リュゼートは一見温厚そうな講師だが、この状況をいつまで楽しんでいるかわからない。この前だって学院生にビラを配り回るヴィーチェを学舎の窓から覗いて馬鹿にするように笑いながら見下ろしていた。何とも感じが悪い。悔しいけれど、社会的信用度が違う。

 これ以上馬鹿な真似はやめてほしいし、時には理不尽なことも受け入れなければならないという諦めも肝心である。せっかく公爵家の人間として生まれたのにその地位を疎かにしてほしくない。


「心配してくれてありがとう。でもこればかりは曲げられないわ」

「ですが、結果は変わりません。ヴィーチェ様はファムリアント家の面目を保たなくてはいけませんので」

「ふふっ。うちの使用人みたいなことを言うのね」


 何を微笑ましい表情をしているのか。こちらは真剣に話しているというのに。


「だけど、これは意地なの。諦めたらリラ様の思いだけでなく、ライラ達の頑張りも無駄になるもの。もちろん家族に多大な迷惑をかけることになるなら、私はすぐにでも身分を捨てるわ」

「な、何を仰るんですかっ」

「元よりそのつもりよ。行く行くはリラ様に嫁ぐ身。きっとリラ様は私の身分を気にするだろうからそのためなら何でも捨てるわっ」

「……」


 言葉が出なかった。こんな時にもゴブリンの話をする呆れや、逆に彼女らしいという安堵感もある。


「……リュゼートせんせ……いや、リュゼートは来月に勲章を授与されます。日にちも決まった以上、功績を覆すことはできません」

「それでも大人しくするわけにはいかないもの。むしろその授与式を利用するしかないわ」

「利用、ですか?」

「リュゼート先生を追い詰めるのよ。治療法を見つけた過程、活動を始めたという詳しい日時や場所、治療した人の詳細を根掘り葉掘り尋ねるわ」

「おそらくリュゼートも対策はしているのではないでしょうか? 例えそれを突いたとしても適当に出まかせを言うだろうし、心証がいいのは間違いなく相手です」

「だからと言って黙ったままでは認めたことになるわ。私は諦めないもの!」


 もうダメかもしれない。変なところで頑固な令嬢にライラはこれ以上訴えても無意味だと判断する。

 頭は悪くないはずなのにどうにも未来を見据えていない。それとも客観視できないのだろうか? 最悪な結末を迎えたいわけじゃないだろうに。

 その日の夜、ライラはペンフレンドのアインに愚痴をこぼすようにヴィーチェのことを綴ってその憂いを発散した。


 ヴィーチェはその後も抗議運動を続けていた。結局、彼女を説得することができないまま、勲章授与式当日を迎える。



 ◆◆◆◆◆



 学院の講堂にて授与式が開かれるので全生徒がそこへ集った。国王直々にジェディース学院へと訪れるのは何十年ぶりだろうか、という教師達の話が耳に入るので学院側としてはとても名誉のある式になるのだろう。


「これより、緑肌病の治療法の発見と普及をし多くの人を救ったリュゼート・ビルバルデの勲章を授与する。リュゼート・ビルバルデ、前へ」


 式は滞りなく進み、壇上にはフードゥルト・オーブモルゲ国王が立つ。名を呼ばれた瞬間、腹立たしいほどの満面の笑みを浮かべたリュゼートが壇上へと上がる。

 今回リュゼートに与えられるのは医神の名がついたアスクレピオス勲章。医療に関する功労者がいただく勲章である。放射状の星の形に蛇が絡みついた勲章は黄金色に輝いていた。星は生命の輝きを意味し、蛇は医の象徴とするアスクレピオスの持つ蛇杖から生み出されたデザイン。

 名誉ある勲章を横から掻っ攫われるのはやはりいい気はしない。ライラは何度も唇を噛み締めた。

 しかし心配なのはこの厳かな授与式の最中にヴィーチェが何かをしでかさないか、である。

 授与式を利用してリュゼートを追い詰めると豪語していたあのヴィーチェのことだ。空気を読まずに式をぶち壊しかねない。


「此度のそなたの功績は国を救ったと言っても過言ではない。だからこそこのアスクレピオス勲章はそなたが持つに相応しいと判断した。これからの活躍も期待してるぞ」

「はい。ありがたく頂戴いたしま━━」

「お待ちください、国王陛下!」


 リュゼートの言葉を遮る制止の声。できれば聞きたくなかった。妨害してほしくなかった。そう思っても起こったことは覆らない。

 声の主へと皆が目を向ける中、緊張などありもしないといった様子の彼女は静まり返る講堂内で言葉を続けた。


「リュゼート先生はそのような栄誉ある勲章を持つ資格はありません! 彼は手柄を奪ったに過ぎませんわ!」


 彼女の、ヴィーチェのその言葉にみんなざわつき始めた。あちこちから「大事な式典になんてことを」とか「まだあんなことを言ってるのか」など、驚きや呆れの声が聞こえてくる。

 本当にやってしまったのね……と、絶望してしまう。いくら公爵家の娘であろうと、第二王子の婚約者であろうと、国王の前で授与式の進行を妨げるのはどう考えても今ある立場を崩す一手でしかない。

 できることなら今すぐ彼女の口を塞ぎたいが、あまりにも遠くてそれができなかった。無理に動けばライラも同様式典を邪魔する一人として睨まれる可能性がある。

 ハラハラした心境でフードゥルト国王へと目を向けると、不思議なことにその表情に怒りのようなものは感じなかった。驚く様子でも困った様子でも冗談だと思って笑う様子もない。人形のように無表情なライラとはまた違う無の表情であった。

 何を考えているのかわからない。いや、読ませないと言ったほうが正しいのだろうか。何か別のことを考えているような、それとも狙っているような、そんな雰囲気にも感じ取れる。


「……誰かと思えばヴィーチェ・ファムリアントではないか。大事な式典にそのような水を差す発言、褒められたものではない上に処罰の対象となるが、それを理解しての物申しか?」


 先ほどより声が低くなった。表情に現れないだけでヴィーチェの非常識な発言に憤怒しているのかもしれない。ライラは顔には出ないが顔が青くなる思いだった。

 まずい。非常にまずい。続くヴィーチェの言葉によっては彼女の今後の人生が最悪なほうへと向かってしまう。リュゼートに喧嘩を売るのとは訳が違うのだ。相手は国王。王族であり、国の頂点に立つ尊ぶ人。無礼なことをしでかしてはいけない。


「えぇ、私は自分の身分を捨てる覚悟で発言をしています。ですが、ファムリアント家にも、女神様にも誓って嘘偽りは口にしません」


 王との会話でさえいつも通りすぎて逆に怖い。ヴィーチェは自分の地位どころか命が惜しくないのだろうか? そもそもフードゥルトがどこまで彼女を信用するかわからないのに、なぜ尚も発言を続けるのか。大人しく謝罪して口を閉じるほうが賢いというのに。

 リュゼートなんか、馬鹿な奴だなと言わんばかりに鼻で笑っているような仕草を見せている。本当に癪に障る男だ。


「ならば事実のみ答えよ。なぜ彼の者が手柄を奪ったと断言できるのだ?」

「元々、緑肌病患者に治療法を伝えていたのは私と友人を含めた三名だけです。最初はリュゼート先生に治療法を伝えても信じてくれなかったので、私達で普及活動を始めましたわ。それなのにリュゼート先生が自分で治療法を発見し、一緒に普及したなんて言い出して困っております」


 ふぅ、と軽く溜め息を吐き出すヴィーチェ。そんな態度にぴくりと反応を見せたようなリュゼートが王へと目を向けて口を開く。


「フードゥルト国王様、発言の許可をいただけますか?」

「よかろう」

「彼女、ヴィーチェ・ファムリアント令嬢とライラ・マルベリー令嬢、ティミッド・スティルトン令息の三名は私が直々に治療法の普及をお願いした者達です。そのせいかファムリアント令嬢は自分の功名だと勘違いされているかと思います。彼女は……その、少々思い込みが激しいと申しますか……」


 苦笑いをしながら遠回しにヴィーチェを嘲笑しているリュゼートの言葉にライラは声を上げたくなった。しかしそれは良い判断とは言えないので、ライラは懸命に堪える。


「それに反論しているのはファムリアントご令嬢のみで他の二名は何も仰っていません。つまりお二人にとってはこの授与式は納得しているということです」


 あの男何をいけしゃあしゃあと。ライラは怒りに手が震えた。

 確かにヴィーチェの抗議運動には参加しなかったし、自分の首を絞めるような結果になるようなことをしたくないのが本音だ。

 しかしあのような卑怯者にあそこまで言われると反発したい気持ちが膨れ上がる。そしてライラは決心した。


「ヴィーチェ様の仰ることは真実ですっ!!」


 講堂内が響くくらいの声量で反論した。ライラは限界だった。これ以上リュゼートの好き勝手にさせるわけにはいかないと怒りが天辺まで達したのだ。


「私達はリュゼート先生に緑肌病が治るとお話したのにあの方は信用するどころか、適当にあしらいました!」


 普段上げない大声だったため、ライラは少し息を切らした。興奮ゆえか心臓の鼓動が早い。


「ぼ、僕もっ! ヴィーチェ様の言う通り、です! 僕を治してくださったのは他でもないヴィーチェ様なんです!」


 すると別の場所からティミッドの声が聞こえた。ライラの反論に彼も乗ってくれたようだ。式典内はさらにざわつき、教師達もどう対応するか話し合っている様子。

 もう発言は取り消せない。国王の判断に任せるしかないけど、少しはリュゼートに一矢を報いることができたのではないだろうか。

 あれだけ言われてただ黙っていると思ったら大間違い━━と、考えた矢先だった。リュゼートは口元を押さえ僅かに肩を震わせ始めたのだ。

 何……? 泣いた振りでもしているの? と訝しむように注視すると、ライラは彼が見せた一瞬の表情を見逃さなかった。

 にやついた目元がこちらに向けていたのだ。彼は笑い堪えている。そんな相手の様子からライラは気づいてしまった。こうなることも予想されていたのだ。口に出そうが出さまいが、全てはリュゼートの手のひらの上で転がされていたのだと。


「……っく、す、みません……まさか、教え子達にここまで嫌われていたなんて……このような虚言で栄誉ある式典をめちゃくちゃにされるとは……私はなんて情けないのでしょう……」


 俯きながら泣く演技まで始めるリュゼートの言動はもはや恐怖さえ感じる。どの口が虚言なんて言っているのか。そこまでしてその教え子を貶めたいなんて教壇に立つ人間のすることとは思えない。これはもう徹底的に潰す気なのだろう。

 その証拠に周りの生徒達はリュゼートに同情的な声を向けるが、ライラ達には冷たい視線を向けてきたのだ。

 ……感情的になりすぎてしまった。やはり勝てる相手ではなかったのだ。ここから引っくり返す方法なんて思いつかない。

 ヴィーチェは追い詰めるなんて言っていたけど、いくら問い詰めようともこのように同情を引くような発言をするだろう。周りの反応を見る限り国王も同じ判決を下すに違いない。

 ライラはもう学院にいられないのかもしれないと絶望の淵へと立たされた。


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