公爵令嬢は薬学講師に説得を試みる
「こんなの許されるものではありません」
講堂での集会にて知らされた薬学講師による事実無根の成果。どう聞いてもありもしないリュゼートの活躍ばかり話していたので、ヴィーチェは聞き間違いかと思っていたが、集会後すぐに駆け寄ってきたライラの避難する言葉を耳にすると聞き間違いじゃないことが確定した。
「どうしてリュゼート先生はそんな嘘を?」
「手柄の横取りをして名声を上げたいだけですよ。私達の努力を奪うなんて人として最低です」
表情はいつもと変わらない無を貫くが、淡々としたその言葉には怒りがこもっている。ライラはよほど頭にきているようだ。
確かにライラとティミッドには貴重な冬季休暇を使ってまで緑肌病の治療普及を手伝ってくれたのだから、その精励を何もしていないリュゼートがお零れを預かるのは褒められたものではない。
「そ、そもそも緑肌病の治療法を最初に提供していただいたのは……ヴィーチェ様、です。ヴィーチェ様こそ勲章を授かるべきお方なのに……」
初めてヴィーチェが緑肌病を治したティミッドもリュゼートの功績にするのは反対だったようで不服そうに物申す。
鼻の頭に緑の患部がなくなってから、俯く姿勢ばかりの彼は少しずつ顔を上げるようになっていた。鼻を見られたくないコンプレックスが解消されたからだろう。
それでも時折ティミッドは顔を伏せるときがある。彼の顔を見ると慌てて俯いたり顔を逸らしたりするのだ。おそらく鼻を隠していたときの名残りなのだろうと、ヴィーチェはそう考えていた。
それよりもヴィーチェは訂正しなければならないことがあるので口を開く。
「いいえ、スティルトン様。勲章をいただくのは私ではなくリラ様よ」
なぜならばリラ様が緑肌病の治し方を教えてくれたし、それを人間に広めることも許可してくださったんだもの。人間がお嫌いだと言うのに彼の海のように深い優しさは勲章に値するもの。私はただ伝えただけに過ぎないわ。
そう語るとライラとティミッドはしばらく言葉を失っていたように見えたがすぐに「そ、そうですか……」「はい……リラ様のおかげでしたね」と頷いてくれた。
「……ひとまず、この誤った事実をどう訂正するか考えるべきです。学院長に直接訴えましょうか?」
コホン、と咳払いをして元の話に戻すライラ。そうだったわと解決すべき問題を思い出したヴィーチェは一考してみる。
「おそらく学院長はリュゼート先生の話を信じていると思うの。一生徒の私達が証拠もなく、訴えても進展はないわ」
「で、ではヴィーチェ様のお父様を通して訴えるのはどうですか?」
公爵の父という爵位を利用するというティミッドの考えにヴィーチェは申し訳なさそうに首を横に振った。
「私達の問題だからお父様の手を借りるのは違うのよ。それにお父様はリラ様の話は信じていらっしゃらないから直談判するとも思えないもの」
「あぁ……そうでしたか……」
「しかしヴィーチェ様、このままでは泣き寝入りになってしまいます」
「もちろん、そのつもりはないわ。リラ様のためにもちゃんと話し合わなくちゃ。リュゼート先生と」
グッと拳を作るヴィーチェは当人と話をすることに決めるものの、二人の反応はあまり良くない。まるでそれは無駄だと言わんばかりの様子。
「……ヴィーチェ様、さすがにリュゼート先生本人と対話をしても意味はないかと」
「ぼ、僕も同じです……。あんなに堂々と自分の手柄にしたような人が僕達の相手をするとも思えません……」
「決めつけるのは良くないわ。何か考えがあってのことなのかもしれないし、話はしっかり聞いておかなきゃ」
ねっ。と同意を求めるが、二人は「ヴィーチェ様がそう仰るなら……」と納得しない表情だった。リュゼートの言動を思えば仕方ないのかもしれないし、ちゃんと本人から真意を聞かないとヴィーチェ自身も気が済まないのだ。
そうと決まれば次の授業まで時間があるのを利用し、ヴィーチェは二人を連れてリュゼートの元へと向かった。
「リュゼート先生、お話がございます」
薬学の授業で使われる教室に訪れると、授業の準備をするリュゼートの姿があった。教材を纏めて教卓の上でトントンと揃えていた彼はヴィーチェの入室を確認すると笑みを浮かべる。何もやましいことはしていないと言わんばかりに。
「いらっしゃると思っていましたよ。念のためにお伺いしましょう。何かご用ですか?」
「集会の件です。なぜ私達の行いがリュゼート先生も参加されたことになっているのでしょう?」
「あぁ、やはりその話でしたか」
訪ねて来る理由があるという自覚はあったようだ。教卓から離れてヴィーチェの前に立つリュゼートのにこやかな様子からして、逃げることはなく対話はしてくれるらしい━━と思ったそのとき、リュゼートの口角が強く上に上がった。
「あなた方の手柄より私の手柄にするほうがしっくりくるでしょう?」
なるほど。と、ヴィーチェはひとつの可能性に気がついた。もしかしたら学院生が治療法を広めたというのは現実味がないから、大人が間に入ることにより信憑性を増すことにしたという先生の優しさなのかもしれないわ。と、納得しつつあるヴィーチェとは違い「なんですって……?」と後ろに立つライラが呟く。そんな彼女の言葉も気にすることなく、相手は話を続けた。
「まさかあなた方が冬季休暇中に治療法を広めていたとは思っていませんでしたよ。そのおかげであなた方に感謝したいという問い合わせが学院に来たため、学院長から職員達への聞き取りの際に私の手柄にさせていただきました。お礼を言いますよ、あなたのおかげで私の地位が今よりも上がりますから。国王直々に勲章をいただく機会まで与えられ、私への注目はこの先もっと上昇するでしょう」
「ヴィーチェ様のお話を信じてくださらなかったのに、いざ治療に効果があると知ると手のひらを返すだけでなく、功績まで奪うなんて伝統あるジェディース学院の教員として恥ずかしくないのですかっ?」
痺れを切らしたのかライラが声を上げる。真面目なライラらしいが、詰め寄ろうとする彼女にヴィーチェは自分より前へ出させないようにと、手を出してライラの行動を静止させた。
しかし代わりにリュゼートがライラの目の前へと近づく。目尻は下がり、口元は三日月のように細く吊り上げて。
「ははっ、伝統あるジェディース学院、ですか。私はあくまで雇われ講師ですよ? 伝統なんて私には関係ありません、馬鹿馬鹿しい。経歴の質を上げるために勤務してるだけですよ」
まるで化けの皮が剥がれるような表情と物言いだ。確かにリュゼートのような思惑で雇われ講師を受ける人も多いだろう。
貴族の子供が通う学院の講師という経験だけでも華々しいキャリアとなるのだ。貴族学院が認めた人材ならば信用も得られやすい。
さらに国王から偉業を成し遂げた人に授与する勲章まで受け取ることができるならジェディース学院の講師よりも希少な存在となる。
しかしその本音を学院生の前でぶちまけるのはいかがなものか。
「いくらもてはやされて感情が昂ったとしてもそれは言うべきではないわ。講師として、そして貴族としての品格がないと言っているようなものだもの」
「……は?」
低い声と機嫌を損ねた表情を薬学講師から向けられる。その様子を見てヴィーチェは「あら」と口にし、つい言葉にしてしまったと気づく。声に出すつもりはなかったのだが、出てしまったものは仕方がない。
「だってそのように語られると、こちら側からしたら不愉快な印象を抱きます。そんなのが広まってしまえばあなたの仰る経歴に傷がついてしまいますから」
「それはそれは心配をしていただきありがとうございます。けれど私の本心を晒すのはあなた方の前だけですよ。今となっては元とはいえゴブリン病として周りから避けられた根暗な生徒に、顔色も表情も変わらない気味の悪い長い黒髪の魔女に、ゴブリン狂いの妄言を発する頭のおかしい問題児達の話なんて誰が信用します? 真面目な薬学講師の話のほうが事実だと思われるのは間違いありません」
少なくともリュゼートにとってヴィーチェ達は問題児らしい。だから誰に告げ口をされても信じてもらえないと考えて、本心で語っているのだろう。
「まぁ。本音で対話していただけて嬉しいわ!」
蔑むような相手の言動とはいえ、ヴィーチェからすると本音で語り合えるほど嬉しいことはない。しかしリュゼートとライラ、ティミッドからするとヴィーチェがそのような反応をするとは思っていなかったのだろう。どこか戸惑う空気が漂った。
「それでしたらリュゼート先生に本音でお答えしていただきたいのですが、今からでも学院長に真実を話していただけませんか?」
「今さらそんなことするなら最初からするわけないと思いませんか?」
「そうとは言い切れません。リュゼート先生が考え直していただける可能性もありますから」
「考え直す間もありませんよ。それに真実も何も私が語ることが全て正しいのです。あなた方はただ私に利用されて終わります」
教員に利用されるなんて言われると、真面目なライラが傷つくのではないかと気がかりだ。もしかしたらショックより怒りのほうが強いのかもしれない。
「……よくも、そんなことを……」
僅かに声が震えている。沢山の科目を取って勉強熱心な彼女はその中でも薬学の科目には特別な思いを抱えて選択していたはずだ。大きな理由のひとつとして、緑肌病を患うペンフレンドのために。
結果としては別の方法で緑肌病を治す術を手に入れたけど、それでも薬学の授業に手を抜くことなんてしていなかった。しかし先ほどから教員らしかぬ中傷を含めた発言は自分ならまだしも、ライラやティミッドに向けるのは気分の良いものではない。ティミッドに至ってはずっと萎縮した状態である。
「リュゼート先生、何を根拠に私達が利用されて終わりとなるのでしょう?」
「根拠? そんなものはいりませんよ。絶対というのは覆らないでしょう?」
「では、その絶対が覆ったときはとても面白くなりますね」
「……それで煽ってるつもりですか?」
どこかムッとした様子のリュゼート。ヴィーチェは彼の発言にピンとこなくて小さく首を傾げた。
「? 思ったことをお伝えしただけですわ?」
「それは私の手柄を奪う手段があるゆえの自信で?」
「もちろんっ、沢山声を上げることよ。あと間違えないでいただきたいのだけど、手柄は全てリラ様のものなんだから」
「ははっ……アッハハハハッ!」
突然高らかに笑い始める相手にヴィーチェは疑問符を浮かべる。そんなツボに入るような笑いを提供した覚えはないはずなのに。
「さすがゴブリンオタクだ! ブレなさすぎる! ゴブリンから教えてもらったなんて馬鹿みたいな話をわざわざ声に上げるなんて誰が信じるんだか! ……ほんと、役立つ馬鹿で良かったよ」
腹を抱えるように笑ったあと下卑た顔でヴィーチェの耳元に囁く。その後、学院中に授業開始五分前を告げるベルが鳴った。
「さぁ、授業が始まりますよ」
いつも通りの表情に戻るとリュゼートはもう用はないと言わんばかりに手で払うような仕草を見せる。
「リュゼート先生って視野が狭い方なのですね。もう少し色んな経験をすることをオススメします。それでは失礼いたしました」
嫌味ではない。煽っているわけでもない。素直にアドバイスをしているつもりだった。
告げるだけ告げると、ライラとティミッドに「行きましょう」と笑みを向けて教室を後にする。その際に一瞬だけ見えたリュゼートは俯きつつもわなわなと震えていた。寒いのかしら? なんて呑気なことを考えながら。
「ライラ、スティルトン様、本当の話を沢山の方達に伝えていきましょうねっ」
「……」
「……」
リュゼートに屈しないヴィーチェは二人に今後のことを話すも、ライラとティミッドからの返事はない。まるで諦めたような雰囲気にヴィーチェは元気がなくなってしまうのも無理はないわねとリュゼートの言動によって暗くなる二人に負担はさせまいと「私が頑張らなくっちゃ!」と火がついたのだった。




