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ゴブリンは今日も公爵令嬢に付き合い、侍女は今日も公爵令嬢の作り話を聞かされる

「……お前、本当に飽きないな」


 ヴィーチェと知り合って三十日以上も経過した。友人のアロンに「面倒事を起こしたくないならしっかり毎日面倒を見てやるべきだろ」と言われてしまい、毎日ヴィーチェと顔を合わせては話を一方的に聞くという謎の日課ができてしまう。

 そんなリラは今日も今日とていつもの場所で小さな令嬢と並んで石に座っていた。


「飽きないわ! だってリラ様と会ってお話できる唯一の時間なんだもの!」


 それがヴィーチェのいつもの言葉であった。そんなに話をすることなんてないと思っていたのに良いとこのお嬢様だからなのか、それとも子供ゆえか話題に事欠かない。

 今朝はこんな夢を見たとか、ご飯はこれを食べたとか、今日はこんなことがあったとか。小さい口でよくもそんなに言葉が出てくるものだ。

 最初は適当に相槌を打っていたリラだったが、慣れというのは恐ろしいもので少し気になることがあれば聞き返すくらいにはヴィーチェの話に耳を傾けてしまうようになっていた。


「そもそもお前はなんで毎日家を抜け出せるんだ? 毎日捜索されてる割には繋ぎ止めておこうとはしないな……」


 その日、いつも気になっていたことをリラは尋ねてみた。

 良いとこのお嬢様だというのに毎日家を抜け出しているので家の者は小娘に関心がないのかとも思ったが、娘を探す侍女を目撃したことがあるのでどうやらそこまでではないと考える。

 親は放任主義なのか、それとも侍女しか構ってくれないのか。複雑な環境だったりしたら聞くのも躊躇するが、リラはとうとう尋ねてみることに決めた。人間の子供を気遣ったって仕方ないだろうと思って。


「ふふふ。それはヴィーのたゆまぬ努力のおかげなのですっ」

「……」


 ふふん、と自慢げな様子のヴィーチェにリラは返事をすることなくただ静かに聞き手へと徹する。これはとんでもないことを言い出すのだろうと予想して。


「ベッドで寝てると見せかけて枕を身代わりにして脱出。窓を開けて窓から脱走したと見せかけてメイドのスカートの中に潜り込んで脱出。よそ見をさせた隙に逃げ出して脱出」

「……」


 ヴィーチェの脱走ネタはまだまだ続いた。かくれんぼをしてる最中での脱出。庭園の水やりの準備の最中に脱出。部屋の窓から木へと飛び移っての脱出……などなど。

 そしてリラは頭痛を覚えた。この娘、もしかしてとんでもない問題児だな? と気づいたのだ。

 常日頃から周りにそこまで迷惑をかけているのか、と世話人に同情してしまうほど。


「というか窓から木に飛び移るなんて正気か? 人間の子がそこまで身体能力があるわけがないだろ」

「この森で鍛えられたのと、ヴィーは普段から体力作りもしてるのよっ」


 えへん、と胸を張るヴィーチェ。なぜ小娘が体力作りをする必要があるのかわからず、リラは「なぜそんなことをする?」と軽い気持ちで尋ねた。


「もちろん、リラ様との子を沢山産むためよっ!」

「なんだって?」


 緑色の肌でもわかるほど青ざめた顔でつい反射的に聞き返してしまった。するとヴィーチェはもう一度「リラ様との子を沢山産むためよっ!」と正直に繰り返す。

 リラは質問したことを後悔し、しばらく頭を抱えたあと静かに口を開いた。


「……どうしてそうなる?」

「? だってお父様が言ってたのよ? ゴブリンはたくさん子を産ませるから疲れて死んじゃうって。だからヴィーは体力いっぱいつけるの!」

「……」


 どうやらヴィーチェの父親が原因の発言なのだろう。人間の立場なら娘のために諭している優しい父親なのかもしれないが、リラからしてみればゴブリンに対しての偏見が凄いなと思わざるを得なくて溜め息を吐き捨てる。


「……そのゴブリンの習性は遥か昔の話だ」


 腹立つか腹立たないかと言えば腹立つのだが、そんな歴史もあったことは事実なので仕方ないと言えば仕方ない。

 しかし今はそのような考えなしの暴挙に出てわざわざ人間に殺されるようなことをするわけがない。ゴブリンだって学習するし、知能だって上がっている。

 とはいえ対話することがなければ今のゴブリンがどのように過ごしているかなんて人間にはわかるはずもないのだろう。

 だから腹を立ててもしょうがない。リラはそう思うことにした。


「やっぱり間違ってるのね! 絵本もゴブリンが悪い者扱いするのよっ」

「まぁ、あながち間違ってないんだろ」

「そんなことないっ! リラ様は優しいんだもの! 明日、絵本持ってくるから間違ってるとこは全部教えて!」

「……は?」

「じゃあ、ヴィーはそろそろお家帰るねっ! リラ様また明日ー!」

「あ、おいっ!」


 そろそろ帰る頃合いだとは思っていたが、会話をぶった切った状態でのお帰りなのでリラも戸惑ってしまう。

 そして日に日に足の早くなるヴィーチェはあっという間に森の中を駆けていった。

 リラは「くそっ」と口にしながらも彼女の後を追う。無事に森から出ることができたのか、この目で確かめない限り安心して帰れないため、いつもこうやってヴィーチェに気づかれないように背後から見送っていた。

 途中で魔物と鉢合わせしそうになれば、こっそりと締め上げてヴィーチェに手出しさせないようにする。お嬢様である彼女の無事が、自分達の平穏な暮らしに繋がるのだ。



 ◆◆◆◆◆



 その日の夜。ヴィーチェ付きの侍女、アグリーはヴィーチェからとあるお願いをされた。


「アグリー。ゴブリンが出てくる絵本を全部ヴィーのお部屋に持ってきて」


 なぜ全部なのかはわからなかった。尋ねようとする前に「早くね!」と急かされたので戸惑いながらも返事をし、アグリーはファムリアント家の書庫に入って、絵本が並ぶ本棚から幼子の主人のために言われたものを手に取っていく。


 アグリーはヴィーチェと九歳離れた十六歳の少女である。ちょうど一年ほど前、前任のヴィーチェ付きの侍女が結婚するため辞めてしまったので、その代わりとなる侍女がアグリーであった。

 侍女の中では一番ヴィーチェと歳が近いため、姉の代わりになるだろうと選ばれた彼女は最初こそは光栄に思って職務に励もうと意気込んだ。

 これがまた後々大変なことになろうとはその時のアグリーは思ってもみなかったのだが。


 ヴィーチェの脱走癖が始まったのもちょうどこの時からだったのだ。好奇心旺盛だからなのか、ちょっと目を離した隙に忽然といなくなるので屋敷中探し回るのがいつの間にか日常となった。

 初めは侍女長に怒られてしまったアグリーだったが、いざ侍女長が同じ目に遭うとアグリーに同情し、優しくされるようになる。それは屋敷で働く皆そうであった。ヴィーチェの問題児と言われるほどの脱走癖は家族でさえもお手上げ状態なので使用人の手に負えるものではない。

 とはいえ、まだ屋敷内なので大掛かりなかくれんぼのようなものだったが、最近になってとうとうヴィーチェの行動範囲が屋敷外へと手を伸ばしてきたものだからアグリー含む使用人と家族は頭を抱えた。


 現在も毎日行われる盛大な鬼ごっこ。これを解決するため使用人の代表何名かと当主であるフレク、そして息子のノーデルによる『ヴィーチェが脱走しない方法を探す会議』を二週間ほど前に行っていた。

 けれど、子供ながらに手強いヴィーチェを脱走させないというのはかなり無理難題だったようでなかなかいい案が出なかった。

 悩みに悩んで「犬のように首輪をつけるべきでは?」と、頭のネジが抜けてしまいそうになるフレクの言葉は当然ながらも「ご令嬢にあるまじき行為です」「むしろヴィーチェならそれすらも抜け出せる気がします」など全員から反対を受けてしまい却下される。

 他には「一時も目を離さず監視」や「独房の如く隙間という隙間を塞いで部屋に閉じ込める」などの案も出たが、やはりやり過ぎる、または息が詰まる、というヴィーチェの気持ちを汲んで却下となる。

 そのため結局いい案なんて出ることなく会議が終了したのはアグリーの記憶にも新しい。


 外でヴィーチェを発見したのは今のところたったの一度きり。それ以降はずっと屋敷にて発見されているのでアグリー含む他の者達はもう外には出ていないのだろうと少し安心していた。

 けれどアグリーは違った。もしかしたら外に出ていることに私達が気づいていないだけなのでは……? と不安がよぎる。

 もちろんそうじゃないかもしれないし、本人に尋ねても「リラ様に会ってきた!」という謎の人物の話しかしないのでアグリーは諦めたように余計な考えは捨てた。


 十数冊ほどの本を抱えたアグリーは何とか一度に持てる範囲で安心しつつ、ヴィーチェの部屋に絵本を届けて、小さなご令嬢に渡した。


 それからしばらくして薄桃色のネグリジェを身に纏ったヴィーチェはベッドの上に座り込んで、ゴブリンが登場する絵本に囲まれた状態で「う~ん」と悩んでいた。


「あの、ヴィーチェお嬢様……一体どうされたのですか?」

「……ねぇ、アグリー。この中で一番ゴブリンが悪者っぽい本ってどれかしら?」

「え? ええと、そうですね……。こちらの本のゴブリンはとても凶暴凶悪、粗暴でずる賢く描かれています」


 そう言ってアグリーは一冊の絵本を手にした。表紙には女児が好みそうな格好いい王子様とゴブリンに囚われた可哀想なお姫様のイラストが描かれている。

 そう、普通ならば主人公とヒロインである二人に注目するのだが、ヴィーチェは違っていた。

 まるでお化けのようにおぞましい笑みで舌舐めずりをしているゴブリンの表情をジッと見つめていたのだ。


「他のゴブリンの絵本もそうだけど、やっぱり何度見てもリラ様とは似ても似つかないわ」

「……また、リラ様、ですか」


 アグリーは引き攣る笑みを浮かべながら心の中で大きな溜め息を吐き出した。

 ひと月前に突然ゴブリンの妻になると宣言し、その後「ゴブリンのリラ様」と名前まで口にし始めたのだ。そんな屋敷の者みんなを驚かせた事件があってから毎日何かと「リラ様、リラ様」と口にするので、彼女と接する機会が多いアグリーはおそらく一番その名を聞いている人物でもある。

 何度もリラ様とは? と尋ねてみたが開口一番に「ゴブリンなの!」と答えるので何の遊びなのかと頭を悩ませた。

 毎日のようにリラ様というゴブリンの話をするのだけど、子供特有の作り話だと思って適当に流すのだが、尽きない彼女の話にもしかして一種の病気なのでは? と思ったことがきっかけで、以前ヴィーチェの父であるフレクに相談し、一度医師に診てもらった。

 もしかしたら母がいないせいで心の病を患ったのでは。と心配もしたが、結果は問題なし。「ただのイマジナリーフレンドでしょう」と言われたので結局このままになったわけである。


「明日、この本の間違っている所を全部正すの! ヴィーはゴブリンがどれだけ凄いか伝えなきゃいけないのよ!」

「お言葉ですがお嬢様、ゴブリンは本来その絵本に出てくるような恐ろしい魔物です。あまり興味を持たれないほうがよろしいですし、旦那様もご心配されます」

「ゴブリンは全然怖くないわよっ。リラ様のお友達のアロンだってヴィーのことおチビって言うけど怖くなかったわ」

(また謎の人物の名前が増えた!!)


 イマジナリーフレンドのフレンドってこと!? そう口にしたかったけど、誰も答えてくれないのでアグリーは必死に言葉を飲み込む。


「それにアグリーはゴブリンを見たことないでしょっ? それなのに決めつけるのは良くないわよ!」

「うぅ……そうではありますけど……」


 七歳のイマジナリーフレンド持ちの子供に正論を言われてしまい、アグリーは口ごもる。

 何度かヴィーチェのゴブリンに対する印象を変えようと頑張るもののアグリーは今日もまた完敗してしまったのだ。


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