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ゴブリンはモヤモヤを抱えながら公爵令嬢と接する

 ヴィーチェが冬季休暇で帰省する一週間ほど前。リラはヴィーチェから誕生日プレゼントで貰った日付時計を見て、その日が近づいていることを毎日確認していた。

 友人に頼まれて、村のゴブリン達にも時刻と日にちが分かるようにと石造りの家の前に飾られた時計を見る度にあと六日、あと四日、あと二日……と数えつつ、ついに再会が翌日に控えたリラは「やっと明日か……」と一人で呟いたところで彼はハッとする。

 やっと、ってなんだよ。まるで待ち焦がれたみたいじゃないかと無意識に口にした自分の言葉を責める。しかしすぐさま「いや、深い意味なんてない」と自分で言い訳をしながら首を横に振った。


 そう。別に人間の小娘に会いたいなんてこれっぽっちも思っていない。むしろまた夏季休暇のように毎日足繁く通うのかと思うと気が重いくらいだ。

 何度も誰かに訴えるかのように否定するリラは必死に自分の言葉に理由をつけていた。


 そしてヴィーチェと再会する当日。リラはいつもの約束の時間に待ち合わせ場所へと向かおうとしたが、外は冬の季節らしい銀世界に染まっているのを見てリラは考えた。

 今まであまり気にしていなかったが、たまに早い時間で到着していたヴィーチェが鼻を赤くして待っているときがある。

 脆弱な貴族の人間がこんな寒い日に待ち続けて体調を崩したりだのなんだのされてしまったら、あっという間に魔物の餌食になるだろう。

 小さい頃ならば無事に森から抜けたのかを後からつけていたが、今はそうではない。むしろ一人で対処できるようになっているからそこまでしなくても良くなったが、体調が優れない場合はさすがのヴィーチェも上手く相手できないだろう。

 令嬢に怪我を負わせてしまい、魔物退治だと森の中を人間に荒らされてしまったらたまったものではないし、ゴブリンの村を発見されてしまう恐れもある。

 それならば待たせて体調を崩す可能性があるなら頑丈な自分が少し早く待てば問題はない。仕方ないがそうするか。

 先にひと狩り行こうと思ったが、ヴィーチェとの時間を終わらせてからでも遅くはないため、リラは早めに待ち合わせ場所へと向かった。


 一番に目的の場所へ辿り着けばあとはヴィーチェが来るのを待つだけ。

 けれど、最後に会ったヴィーチェは早めに帰宅し、さらにあっさりとした別れだった。もっと、こう……駄々を捏ねて我儘ばかり言うのかと思ったのに。

 つまりヴィーチェはもう子供じゃないということだろう。見た目も中身も成長してる。そろそろ現実的に考えても良い頃。

 だから今回もヴィーチェが姿を見せるという保証はない。そろそろ飽きがきてもおかしくないだろうし。何せ会わない期間が前回より一ヶ月も長いのだ。

 学院生活はおそらく順調そうではあるし、いつしかそっちを優先する日がくる。

 リラとしてもそれを願っているのだろうけど、どこかモヤモヤする。

 早く自分との関わりを断ってほしいと願う反面、あの眩しく輝かしい姿を見たいとも願ってしまう。


「リラ様ーーっ!」


 久々に聞こえる声。それが耳に入った瞬間、どこかホッとしてしまったリラは夏季休暇ぶりに姿を見せたヴィーチェへと目を向けた。

 暖かそうで高級そうな防寒着。けれど女の好みそうな洒落っ気のあるデザイン。ふわふわだか、もこもこだか、とにかくそんな印象のある衣類である。

 けれども前回と変わりない溌剌とした様子のヴィーチェと久しぶりに言葉を交わしたが、見た目も中身も成長したとはいえ根本的なところは変わっていなさそうで今一度安堵した……ところだったが。


「だから今回の休暇中はリラ様と毎日会えなくなってしまうの。三日に一度になってしまうわ」


 は? と思った。話を要約するとリラがヴィーチェに伝えた鉄石症━━人間の間では緑肌病と呼ばれる皮膚病の治療法が周りのお偉いさんに信じてもらえなかったため、ヴィーチェが地道に患者を探して治療していくのだと。この冬季休暇を利用して。

 てっきりまた毎日来るんだろ。困った奴だなと思っていた矢先である。

 三日に一度。別に不満はない。むしろ子守りが減って何よりだが……お前はそれでいいのか? と思わないわけではなかった。

 あんなに俺と毎日会いたいと言っていたくせに自らその日数を減らすのか? と言いたいところだが、それを口にするのは何か癪だった。



 ◆◆◆◆◆



 ヴィーチェとの時間を終え、そのまま狩りをしたリラは巨大な狼の姿であるダイアウルフに苛立ちをぶつけるかのように仕留めた。それを手土産として引き摺りながらリラは村へ帰る。


「よぉ、リラ~。おチビちゃんとの久々の再会はどうだっ……て、なんか機嫌悪くね?」


 出迎えた友人のアロンはすぐにリラの様子に気づいた。自覚があったリラとしてはわざわざ正直に答えて説明するのも面倒だし、からかわれることが目に見えるため不機嫌そうにしながら答える。


「別に……」

「いやいや、どこが別にだよ。いつもより機嫌悪いのが前面に出ててわかりやすすぎだろ。言えよ、おチビちゃんと何があったんだ?」

「しつこいな。何もないって言ってるだろ」

「何もないわけないだろうが。まぁ言わないならそれでいいけどよ。何なら明日は俺もついて行くしさ。どうせ明日もまた会いに行くんだろ?」


 そう言われるとリラは言葉に詰まった。明日会いに行ったところで会えないのだから話さないわけにもいかなくなる。


「……三日に一回しか会えないから明日行っても無駄だ」

「ん? またお前がそう設定したのか?」

「っ、あいつがそう言ったんだよっ」


 おチビちゃんが? と問うアロンにそうだと答えたらさらになんでと聞いてくるのでリラは観念して話をした。

 鉄石症の治療法をお偉いさんに認められないから自分の手で広めるために休暇を利用して治療しに行くと。


「あーなるほど。つまりおチヴィーチェから逢い引きの日を減らされて不貞腐れてるんだな?」

「違うっ」


 てか、逢い引きでもないからな! そう付け加えるもアロンはニマニマした表情は変わらない。むしろ楽しむようにリラの腕を軽く叩いた。


「否定すんなって。案外可愛いとこあるじゃんお前」

「……気持ち悪いこと言うな。というか目大丈夫か?」


 どこからどう見ても可愛いと形容する要素がないのにそう口にする友人の視力を心配しつつも引き気味なリラ。すぐにアロンの顔から表情が抜け落ちた。


「いや、見た目の話じゃないから」


 じゃあなんだよ。そう返そうとしたが、アロンが続けざまに話をする。


「とにかくおチビちゃんから休暇中に会う回数を減らされて面白くないんだろ? そりゃそうだよなー。あんなにお前のことばっか優先にしてたのになー?」

「だからそうじゃないって言ってるだろ! 誰が人間の小娘ごときにそんな女々しいことを……」


 こうなるから話したくなかった。自分でもそう思いつつある気がして認めたくないから否定してるのに、友人は忖度なしで思ったことを口にする。


「お前はいい加減おチヴィーチェのことを人間という括りじゃなく一個人として認めたほうがいいんじゃねーの?」

「……は?」

「女々しいとか思ってんのはお前だけだろ? いいじゃんかリラがどう思おうがさ。それにお前が毎日会いたいって望めばおチヴィーチェだってお前を優先してくれるって。あいつはそういう奴だし」

「だからっ、俺は別に毎日会いたいわけじゃないって言ってるだろ!」

「まだそう言うならそれでもいいけどさ。たまにはちょっとくらい素直になれよ。それこそおチヴィーチェみたいにさ」


 そう言うとアロンはリラが狩ったダイアウルフの足を掴み「これ、捌いとくわ」と告げて、じゃあな~。と軽く手を振り、話を切り上げる。

 リラは何とも言えない表情で友人の背を見つめたのち、自分の家へと戻った。


 石造りの家は扉などなく、出入り口がひとつあるだけ。そこから差し込む夕日に当たるように座り込みながらリラは感情の整理をする。


 確かに三日に一度と言われたとき肩透かしを食らったが、なんだよと思ったし僅かながら不満に感じてしまったのも事実。

 いつの間にかヴィーチェとの時間が心地良く思ってしまっていたのかもしれない。認めたくはないが。

 そりゃあいつといて退屈かと問われたら全然そうでもなく、だからと言って人間の生活に関する話が面白いわけではない。

 おそらく長い時間をかけて絆されてしまった。何だかんだで九年くらいの付き合いになる。愛着みたいなものが湧いてしまったのだろう。……あのヴィーチェに、か?

 再度自身に問いかけるが、ヴィーチェに害はないし、むしろ好意を寄せてくる。その勢いは凄まじいが悪い気はしない。悪い気は……と、そこでハッとする。


「あ~~……クソッ!」


 リラは自身の髪を掻き乱して唸り声を上げた。ヴィーチェに対するこの感情がよくわからなかった。いや、わかりたくなかった。

 単純に好きか嫌いかと問われたら嫌悪感はないので嫌いではないが好きと答えるのも抵抗がある。

 それに好きと言ってもヴィーチェのような恋愛感情は持ち合わせていないはずだ。あいつのようにすぐさま口に出せないし、おそらくこれは犬猫のようなペットに抱くようなものだろう。多分そうだ。

 なぜ言い切れないのかはリラがその手に詳しくないから。

 これ以上は頭がパンクしそうになる。そう判断したリラはヴィーチェに対して愛着が沸いたことだけは認めて考えるのをやめた。

 せめて同種族だったらこんなややこしいことまで考えなかったのに。そう考えた深い意味まで気づかないリラは無意識に自分とヴィーチェの間に種族という壁を厚くしていた。


 それから二日後、リラはモスバックという背中に苔を生やした巨大なカメレオンの魔物を仕留めた帰りだった。

 日が暮れる前にとっとと村に帰るかとモスバックの尻尾を掴んで森の中を歩いている途中、彼はピタリと足を止めて辺りを見回す。


「……」


 何か聞こえたような気がした。それが遠くから聞こえてくる……と思う。はっきりしないほど遠いので気のせいかもしれない。

 耳を澄ませてみても音量は変わらないし、魔鳥の鳴き声辺りだろうと無視しようとするも、なぜか関係ない人物の顔を思い出す。


「……ラ……まー……!」


 ぼんやりとした声がなぜか聞き覚えがあって仕方ない。しかし今日は森にいないはずの奴の声なわけがないとリラは気にしないようにしたが、やはり心のどこかで引っかかる。


「……」


 しばらく考えたのち、リラは盛大な溜め息とともにその何かを知るため、僅かな声を頼りに彼は寄り道をすることにした。

 声の位置がいまいち掴めず、あっちかこっちかと歩き回り続けたリラだったが、その甲斐あって僅かしか聞こえなかったその声は今となってはっきりと聞こえてくる。


「リラ様ーーっ!!」


 間違いなくヴィーチェの声である。なんであいつが今日森の中にいるんだよ。予定は明日じゃなかったのか? と混乱しながらもまだ姿が見えないが声は近い令嬢を探す。

 しかしリラは不思議に思った。この辺りはいつも待ち合わせする場所より奥で距離も結構離れているのだ。ずっと通い慣れているはずのヴィーチェが迷子になる可能性なんてないだろうし、なぜこんな奥から声が聞こえてくるのかわからなかった。


「リラ様ーー!!」


 そしてようやくリラは声の主を見つける。しかしなぜか深い落とし穴の底に彼女はいた。


「は……? お前、何やってんだ……!?」

「リラ様っ! 良かったわ! 助けてほしいのっ!」


 頬や衣服が薄汚れた令嬢が嬉しそうに叫ぶ。何が何だかわからないままリラは獲物をその場に置いて、怯むことなく落とし穴へと飛び降りた。


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