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子爵令嬢は公爵令嬢の言葉に怒りが湧き上がる

 ジェディース学院が夏季休暇に入ると、多くの貴族生徒は領地へと戻ることが多い。しかし中には帰省しない者も少なからずいた。

 子爵令嬢ライラ・マルベリーもその一人である。なぜなら彼女は休暇中であろうと勉学に時間を費やしたかったから。

 母には会いたいところだが、父には会いたいとは思わないし、勉強も捗らない。屋敷に帰って無駄な時間を消費したくないのだ。

 全ては貴族ではなくなったときのために。手に職なり、知で職なり就けるように。

 幸い、勉強は楽しかった。知らないことを知るというのは面白くて沢山吸収したくなる。

 科目も取れるだけ詰め込み、最初は目まぐるしかったけど、慣れてしまえば気持ちに余裕が出てきてのめり込んでいく。

 夏季休暇中も寮部屋で勉強をし、わからないところがあれば学院に向かい、担当の講師がその日勤務していれば質問することもできる。だからこそ帰省なんてするのは勿体なかった。

 それにヴィーチェとしばし離れることができるので、ある意味休息にもなっている。それでも時折、何かやらかしていないか気にすることはあった。


 そんな勉学の合間でも唯一の息抜きとも言えるペンフレンド、アインとの手紙のやり取りは続いていた。

 新しい本の感想……を話したいところだけど、学院に入ってからは本を読む頻度が大幅に減ってしまい、彼とはあまり本の話ができなくなってしまう。

 アインもそんなライラの事情を理解してくれているので本の話題がなくても世間話で十分に話が盛り上がった。


 アインは相変わらず緑肌病に悩まされているようで、どうやらまた最近緑化した疾患部が増えたそうだ。石化防止の薬を投与しても緑肌病とは症状が違うため病状の変化はなく、ゆっくりと病は進行していく。

 あまり込み入ったことは聞けないけど、何度か病が進行していることを綴っていたのでおそらく彼は重症者か、将来的に重症者になってしまう人物だと思われる。

 それだけでなく、最近手紙の文字も歪になりつつあった。利き手が緑化して動かしづらい可能性がある。

 ……そうなると、いつか彼との手紙のやり取りもできなくなるだろう。それどころか身体が動かなくなり、やがてベッドから一歩も動けなくなって死が訪れる。

 お互いの顔は知らないけど、そのおかげで自分の黒髪も知られずに済む。だからこそアインはライラにとって気を負うことなく話せる友人なのだ。

 そんな友人が苦しんでいるのに何もできないことがただ歯痒いと何年も思っていたライラは何かの手がかりになればと薬学を受講するも、上手いこと緑肌病を治すヒントは得られなかった。

 それもそうだろう。ただの貧乏貴族の娘なんかに発見できるならすでに先人達が試しているはずだ。

 だけどそれでも諦められず、ライラは夏季休暇の間も薬草図鑑や魔法図鑑を読み漁り、薬草治療と魔法治療に何か突破口はないかと日々頭を悩ませた。


 結局、その努力は実ることはなかったのだが。


「ライラお嬢様。そろそろヴィーチェ様がいらっしゃるかと思われます」


 夏季休暇明け。今日から授業が再開される。

 朝の勉強に励むライラの元に使用人のアルフィーが声をかけた。もうそんな時間か、と時計へと目をやる。その瞬間『ライラ~!』と部屋の外から久しぶりに聞いた公爵令嬢の声が耳に入った。アルフィーの言う通りである。

 身支度を終えていたライラはヴィーチェとともに学院へと向かうため、アルフィーに「行ってくるわね」と言葉を残し部屋を出た。


「おはよう、ライラ! ビッグニュースよっ!」

「おはようございます、ヴィーチェ様。ビッグニュースとは?」


 夏季休暇中、ヴィーチェは帰省していたため、会うのは久しぶりだったが相も変わらず元気そうである意味安心した。

 そんな彼女の口から発するビッグニュース。興奮気味な様子からして十中八九リラ様に関することなのだろうとライラはヴィーチェの妄想話に付き合う姿勢を見せる。


「緑肌病が治せるわよっ」

「……え?」


 思いもよらぬ言葉だった。いつもなら『リラ様が~』と始まるであろうヴィーチェの口から緑肌病に関する情報が告げられたのだ。ライラは思わず固まってしまう。


「緑肌病が……治るんですか?」


 治療法がないと言われ、今も研究が続けられているというあの緑肌病を治す術が見つかったというのだろうか。それならば朗報である。

 ライラは逸る気持ちを抑えながらもヴィーチェに続けて問いかけた。


「あの、どのような方法ですか……!?」

「この子を使うの」


 そう言うとヴィーチェは瓶を見せてきた。そういえばずっと後ろ手で何かを隠しているなとは思っていたが、まさか瓶だったとは。

 どうやら中に何か入っているようでライラは何かなと近づいて覗くが、正体に気づくとすぐに大きく一歩後ろへと下がる。顔の表情は相変わらず変化はないが硬さだけは増した。


「なっ……んですか、そちらは……」

「ストネンバグっていう幼虫よ」


 白い芋虫のようなものが瓶の中でうねうね動いている。虫への耐性がないライラにとっては気味が悪いものにしか見えなかった。それでも硬い表情が崩れることはないので我ながら表情筋が死んでいると思わずにはいられない。


「そちらが緑肌病を治す手がかり、ですか?」

「えぇ、リラ様が教えてくださったのよ!」


 パァッと明るく笑いながら話すヴィーチェが口にしたリラ様という言葉にライラは期待を裏切られたような気分になった。

 リラ様というゴブリンの話が妄想なのだから存在しない者が語る話もまた偽りでしかないのだと。


「……ヴィーチェ様、さすがにその話はあんまりではないでしょうか?」

「?」

「私は真面目に緑肌病の特効薬となるものを探しているんですっ! 緑肌病で苦しんでいる人だっていらっしゃいます! それなのに話のネタとして扱われるのは不謹慎です。許せません!」


 そもそも虫で緑肌病が治るなんて信じられるわけがない。病人を馬鹿にされているような気がして頭に血が上ってしまった。

 けれどすぐさまハッと我に返ったライラは血の気が引いてしまう。それでも表情は変わらない。せいぜい顔色が少しばかり悪いくらいだろうか。

 しかしいくらカッとなったとはいえ、公爵令嬢を廊下で怒鳴りつけるだなんて無礼にも程があるだろう。さすがに相手も不愉快に思ったのかもしれない。せっかく築き上げたヴィーチェの友人というポジションがなくなってしまう恐れもある。

 マルベリー家にもしものことがあった時に支援してくれるかもしれない強いコネクションだというのに。ライラは慌てて口を開いた。


「もっ、申し訳ございませんヴィーチェ様っ! 先程の失言をお許しください!」


 勢いよく頭を下げてはヴィーチェの返事を待つ。どんな判決が下されるのか、そんな心配が心臓の音となって現れる。


「さすがライラだわ!」

「……え?」


 なぜか褒められるような言葉に戸惑いの声とともにライラは顔を上げた。


「ライラの言うことももっともよね。真面目に病気の薬になりそうなものを探しているのに幼虫を使った治療なんて信じられないのも無理はないわ。それだけライラが真剣に病を研究してる証拠ねっ」

「あの、ヴィーチェ様……?」

「とりあえずまずは証拠よね。ライラ、来てっ」

「へ? ……ヴィッ、ヴィーチェ様っ!?」


 唐突に手を掴まれ、そのまま駆け出すヴィーチェにライラも同じように足を動かすしかなかった。いや、引っ張られているので強制的に着いて行くしかないのだが。


 一体どこへと連れて行くのかと思っていたら、ヴィーチェは学院へと向かっていた。正門をくぐったところで誰かを見つけたのか彼女はその者の名を呼ぶ。


「スティルトン様!」

「!?」


 ヴィーチェに呼ばれ、びくりと大きく肩を揺らした少年がゆっくり振り返る。緑肌病が鼻へと現れ、周りからはゴブリン病とからかわれているティミッド・スティルトン侯爵令息だ。


「ファ……ファムリアント様……!」

「ヴィーチェで構わないわ。それよりもスティルトン様、お時間よろしいかしら?」

「えっ、あっ、は、はいっ!」


 ティミッドはどこからどう見てもヴィーチェに気があるらしい。声をかけられ動揺しているが、顔が真っ赤にしているところを見るとそう考えるのが普通だろう。


「ありがとうっ」

「~~っ!」


 笑みを浮かべて礼を告げただけでティミッドは沸騰しそうな勢いで湯気を立たせた。


 そしてヴィーチェはティミッドも連れて中庭へと場所を移し、彼をベンチへと座らせた。

 ……もしかして、本当に緑肌病が治ると信じてティミッドを実験台にするつもりなのだろうか。そんなことに巻き込まれてしまった令息にライラは少しばかり同情してしまう。


「今からスティルトン様の緑肌病の治療を始めたいと思うの」

「……え、えぇっ!?」


 ティミッドが驚くのも無理はない。唐突に何を言い出すんだと思っても仕方ない言葉なのだから。


「あ、あの、ファ……いや、ヴィ……ヴィー、チェ……様、一体どういう……?」

「言葉通りよ。素敵な色とはいえ、病気だから治すのだけど構わないかしら?」

「も、もちろん! ……です。これ、のせいで……僕は……」


 俯きながらポツリと言葉を漏らすティミッド。緑肌病を患った貴族は同じ貴族から強い差別を受けるため、おそらく沢山嫌な思いをしてきたのだろう。

 アインのように平民ならば平民同士助け合えるのでそこまで強い疎外感を抱くことはなかったはず。だから原因となる緑肌病が完治できればこれ以上喜ばしいことはないだろう。

 ……本当に治療ができれば、の話だが。


「それじゃあ顔を上げていただけるかしら? この子に治してもらうから」


 そう言ってヴィーチェはティミッドにストネンバグという白い芋虫のようなものが入った瓶を見せた。その瞬間、真っ赤だったティミッドの顔が少しばかり青くなる。その気持ちはわからなくもない。むしろ普通の反応だろう。


「ど、どどういうこと……で?」

「この子が緑肌病の悪い部分を食べてくれるのよ」


 さぁ、顔を上げて。そう言わんばかりの表情でティミッドが見上げるのを待つヴィーチェ。

 一方ティミッドは自分が何をされるのかわからないながらも一生懸命熟考したのち、小さく頷いて意を決したように顔を上にあげた。

 ギュッと目を閉じてヴィーチェの言う通りにした彼の勇気にライラは心の中で拍手を送った。


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