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ゴブリンは公爵令嬢との住む世界の違いを思い知る

 リラがヴィーチェを連れて村の住居エリアへと進めば、村のゴブリン達の視線がみんなヴィーチェへと向けられた。

 アロン以外のゴブリン達とヴィーチェが顔を合わせるのはおよそ八年ぶり。もはやお互いに初対面と言っても過言ではない。

 そんな中でもヴィーチェは毅然とし、ワンピースの裾を摘むと優雅なカーテシーを披露する。


「こんにちは。以前はまともにご挨拶ができず申し訳ございませんでした。ですので改めて自己紹介をさせていただきます。私、ヴィーチェ・ファムリアントと申します。皆様のお力になれると伺い参りました」


 貴族らしい挨拶にゴブリン達は感嘆の声を上げる。何人かの子供達は「絵本のお姫様みたい!」と嬉しげに口にする者もいた。

 リラとアロンも驚きの声を小さく漏らしながらヴィーチェの言動に若干の戸惑いを抱く。


「……おチビちゃんのお嬢様度めちゃくちゃ上がってね?」

「……あぁ」


 リラにとって、ヴィーチェが自分以外の者と対話する様を見るのは主にアロンくらいだった。そのアロンとは子供のようなやり取りをするばかりだったので、目の前のヴィーチェがまともな挨拶をするだけで調子が狂ってしまう。

 やはり貴族令嬢としての教養はしっかり受けているのだろう。いくらヴィーチェとはいえ、それなりに成長しているのかとリラは感じてしまう。


「ねーねー。リラとはどういう関係ー?」


 すると一人のゴブリンの子供がヴィーチェのスカートの裾を引っ張って尋ねる。子供の純粋な問いかけにリラは嫌な予感がした。

 ヴィーチェはすぐさましゃがみ込んで満面の笑みを子供に向けては口を開く。


「将来的にリラ様の妻になる関係よ」

「違う!!」


 強く否定する。そうしなければ周りから本当にそのような目で見られてしまうから。それどころか女性陣には「子供に手を出すなんて……」という軽蔑の視線すら感じる。


「じゃあどういう関係?」


 子供の問いかけは次にリラへと向けられた。そう尋ねられてリラは「うっ」と言葉に詰まる。

 どういう関係? 改めて聞かれるとリラはヴィーチェを横目で見て考えた。どういう関係かだなんてむしろ自分が聞きたいのだと思いながら。

 友達……ではない。決して。そもそも人間と友達なんてありえない。


「……知り合いだ」

「ふふっ。リラ様ったら照れちゃって」

「違う! もういいからお前はあいつらの頼みを聞いてやれっ」

「えぇ、任せて!」


 照れ隠しなのね。と言わんばかりの微笑みが気に入らなくて、さっさとヴィーチェを女性達の元へ向かわせる。

 元気良く返事をし、やる気十分のヴィーチェを見送ったリラは大きな溜め息をひとつこぼして、遠くからではあるが何かしでかさないか見守ることに徹した。


 ヴィーチェを見張ること数十分。絵本の解読を確認する母達に囲まれながらヴィーチェは楽しげに教えているようだった。

 人語の答え合わせをしているだけなのに、何だか話が盛り上がっているように見えるのは気のせいではない。

 しかし見れば見るほどリラは奇妙に感じる。二人で会う時はいつもどこかおかしい娘だと思っていたのに、こうして他の奴と話しているとまともな娘に見えてくるのだ。

 ……いや、ゴブリンと普通に会話する人間なんてまともなわけがないのだが。

 そもそも他のゴブリン達もヴィーチェを受け入れ過ぎだろう。小娘とはいえ相手は人間。種族も違うし、顔を合わせたら命を狙われる可能性のあるあの人間だ。少しは警戒をするもんだろう?

 何十年も人間から隠れるように過ごしていたせいで平和ボケをしているのかもしれない。危機感がなさすぎる。


「リラー。おチビちゃんのことが気になるのはいいけど、そろそろ狩りに行こうぜ」


 人間に心を許すなと忠告すべきかどうか悩んでいると、石槍を肩に担いだアロンに声をかけられる。

 いつもならヴィーチェの相手をしてからか、その前に狩りをするのだが、今日はまだ獲物を捕らえていない。

 別に一日くらいいいだろうとも思うが、天候によっては狩りができないこともあるので、食料は余分にあるくらいがいいだろう。それにヴィーチェから貰った保存もできる拡張魔法がかかった麻袋もあるので食糧の貯蔵も問題はない。

 ヴィーチェが問題を起こさないかは気がかりだが、今のところ自分以外のゴブリンとの関わりを見る限り問題はなさそうなので、リラは一言だけ返事をして狩りに向かうことにした。



 ◆◆◆◆◆



 その日の狩りは運が悪かったのか、大物は見当たらなかった。しかし道中アルミラージの群れを見つけたので成果はゼロではない。小物ではあるが数は多いので良しとして村へと帰ることにした。


 村に帰るとリラは奇妙な光景を目の当たりにする。なぜかヴィーチェの周りにはゴブリンが集まっていたのだ。老若男女問わずに。それだけじゃなく会話も弾んでいる。


「あ、リラ様~! おかえりなさいませー!」


 ヴィーチェがリラの存在に気づくと笑顔で手を振り、ゴブリン達の囲みから出てきた。


「……なんで囲まれてるんだお前は」

「色んなお話をしていたわ。リラ様の普段の生活とか、リラ様の好きなお肉の話とか、リラ様の村に対する優しさや思いとか」


 色んな話と言っておきながら全部俺の話かよ。げんなりしつつもリラは仲間に迷惑をかけていないだけマシかと思うことにした。


「みんなリラ様のお話を沢山してくれるの! おかげでリラ様のことをもっと知ることができたわっ」

「そりゃ良かったな……」


 良くはないが、他に返す言葉も思いつかない。


「あとは顔が怖いけど村のために尽くしてくれるって聞いてさらにリラ様が素敵なお方だって思ったわ」

「顔が怖いは余計だ」

「大丈夫よ。私は初めてリラ様と出会った時、怖いなんて思ってなかったもの」

「俺としては怖がってくれたほうがありがたかったがな」

「リラ様を怖いなんて思えないくらい格好いいわ!」


 一応これでもゴブリンの頭なのに、人間の小娘に怖くないと言われるとそれはそれでゴブリンのトップとしてのプライドが傷つく気もするが、ヴィーチェなら仕方ないという諦めも出てくる。

 あれに普通の人間と同じ感性を持てというのはもう無理なのだろう。できていればこんな付き合いすらしていないのだから。


「リラー! お前、その子を妻にしてやれよ!」

「んだんだ。オメェ顔が怖いんだからどうせモテねぇんだしよ」

「怖いは余計だっつーの!」


 外野の男どもに囃し立てられ、リラが怒鳴るも彼らはゲラゲラと笑っているだけ。面倒くさい絡みに苛立っていると、ヴィーチェが首をぶんぶんと横に振り始めた。


「リラ様がモテないなんてありえないわっ! 銅像が建ってもおかしくないこの造形美を前にして胸を撃たれない女性はいないわよ!」


 そこを否定するな。というかモテないのは事実だから大人しくしてくれ。そう願うものの、ヴィーチェは同意を求めようと女性達へと目を向けるが、彼女達は言いづらそうに「いや、別に……」とか「頼りにはなるけど好みとはちょっと……」と正直に語っていた。

 ……さすがの俺でも少し傷つくぞ。


「まさか、リラ様の格好良さは人間にしかわからないってこと……?」

「いや、お前だけだろ」


 ヴィーチェの好みが他の人間にも当てはまるとはとてもではないが思えない。この娘が特殊なだけだ。


「もちろん私だけがリラ様の格好良さを知っていればいいのだけど、リラ様の素晴らしさは隠し切れないし、他の人が一目見たら心奪われるほど素敵なのよっ!」

「一目見たら恐れ戦くと自負してるはずなんだがな」


 むしろそうでなくては困るのだが。怖がらない人間がこれ以上いたら本当にボスとしてのプライドが粉々になる。


「それよりもう女達の目的は終わったんだろ。帰るぞ」

「リラ様のお宅にっ!?」

「お前の家だろうが!」


 ……このやり取り、昔もしたな。と、記憶に残っているという事実に気づいて何とも言えない気持ちになるリラだったが、ヴィーチェはさらに食いつく。


「でも、以前来たときは連れて行くって約束したわ!」


 残念ながらヴィーチェも覚えていたようで目を輝かせながら詰め寄ってくる。


「そのうちって言ったはずだ……」

「リラ様ったらそんなに恥ずかしがらなくてもいいのよっ。散らかってても問題ないわ!」

「理由がないからいいだろっ」

「理由……ハッ! 結婚するまでは敷居を跨ぐことが許されないのね!」

「本当に都合のいいことばかり……。いいから帰る準備をしろ」


 溜め息混じりに目隠し用の布切れを取り出せば他のゴブリン達がざわついた。

 あれで何をするんだ? 手でも縛るのか? と、ヒソヒソと話すので変な勘違いをされる前にリラは口を開く。


「言っておくが、これはこの村の場所を覚えさせないためにこいつの目を隠すために使うやつだからなっ!」

「えっ……目隠し?」

「リラにそういう趣味が……」


 ちゃんと説明したにも関わらず、目隠しという単語だけで反応した村のゴブリン達が若干引き始める。

 理不尽な彼らの態度に「村のためにしてるんだぞ、こっちは!」とリラは声を荒らげた。


 そんなリラと村のゴブリン達のやり取りを見ていたヴィーチェは微笑ましげにその様子を眺めていた。



 ◆◆◆◆◆



「よっ。お疲れさんリラ」


 その後、リラはヴィーチェを帰して村に戻ると、アロンが労いの言葉をかけてきた。わざわざそれだけのために声をかけたわけではなさそうなのでリラは「どうした」と問いかける。


「いやぁ、おチヴィーチェがあそこまで村のみんなと馴染むとは思わなかったなぁって」

「村の奴らも気を緩みすぎなんだろ」


 この調子で人間への警戒心が薄れては困る。そう続けて口にしようとしたところ、アロンはへらりと笑った。


「おチヴィーチェは普通の人間とは違うっしょ。だからさ、あの子を村に置いてもいいんじゃね? 本人も喜ぶだろうしさ」

「お前何言ってんだ」


 唐突の提案にリラは眉を顰める。正気じゃないと言わんばかりに。


「俺は最初の頃にも言ったぜ? おチビちゃんを飼いたいって」

「やめろ。貴族の娘だ。昔、家出したあいつを捜しに騎士団が森に入ってきたんだぞ。村に踏み込まれたらお前らの命だって危ないだろうが」

「それはそうかもしれないけどよ、おチビちゃんが森に入ってる時点でリスクは大して変わんねぇだろ? いいから攫っちまえよ」

「諦めが悪いな……。お前も見ただろ。あいつはお嬢様として立派に育ってる。住む世界が違うんだよ」


 はぁ、と嘆息を吐き出し、リラは「用がそれだけなら俺は帰るぞ」と告げてさっさと帰ることにした。

 貴族のお嬢様がこんな何もない村に住めるわけがないだろうし、何よりヴィーチェには小汚い村より煌びやかな貴族生活のほうがお似合いである。






「ふーん。おチヴィーチェが村に住むことについては嫌なわけじゃないんだな」


 リラの背中を見送ったアロンがにんまりと笑いながら呟いた。もちろんリラには聞こえないように。


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