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ゴブリンは仲間の頼みで公爵令嬢を村に連れていく

 ヴィーチェと再会したのもつかの間、夕暮れということもありヴィーチェは帰りたくないけど帰らなければという葛藤を抱きながらもすぐに帰った。帰り際に「また明日ね」と告げ、短い滞在時間ではあるが相変わらず嵐のような慌ただしさである。

 リラはヴィーチェからわんさかいただいたお土産を拡張魔法がかかった麻袋に詰めて腰へと引っ掛け、彼も村へと帰った。


「おっ。リラ、おかえり~。おチビちゃんとの久々の逢い引きはどうだったよ?」

「逢い引きじゃないっ!」


 帰村するとアロンが茶化すように出迎えてきたのでリラは強く否定する。しかし友人はヘラヘラと笑うだけでいつもの調子だった。


「それでおチビちゃんは元気そう? 相変わらずだった?」

「全くもっていつも通りだな。……大量のお土産も押し付けられたから村の奴らを呼んでこい。食いもんだ」

「お? マジ!? すぐ呼んでくるぜ!」


 食べ物と聞いてテンションが上がったアロンがすぐさま村のみんなを招集させた。

 十分も経たないうちに全員が集まり、興味津々な様子を見せているため、リラはヴィーチェから渡された焼き菓子が詰まった袋を住民達に配っていく。

 リラ達が住むゴブリンの村の住民は約百人余り。それよりもヴィーチェから受け取った焼き菓子の数の方が圧倒的に多かった。

 ヴィーチェも「仲間のゴブリン達が何人いるかわからなかったから適当な数を購入したのだけど足りなかったら明日教えてね!」と言っていたが、十分に足りてしまった。


「食いものっつっても甘味だ。焼き菓子らしい。フィナンシェ、って言うそうだ。一応味はさっき確認したから大丈夫だが、口に合わなかったら言ってくれ」


 ゴブリンの頭として毒味はした。リラの知っている言葉ではどう表現したらいいのかわからなかったが、とにかく美味かった。仲間達の前で人間の作ったものを美味いと口にするのは躊躇われたので言わなかったが。

 そんな中で初めて目にする焼き菓子に興味津々な他のゴブリン達は匂いを嗅いだり、フィナンシェの形をまじまじと見つめていた。

 辺りに漂うバターの香りに惹かれたのか、村民達は次々に柔らかい菓子を口に運ぶ。

 一口頬張ると香ばしさとともにしっとりした食感が広がった。子供は目を輝かせながら食べ進め、女性は頬に手を当てながらその味を堪能し、男性は驚くような声を上げては二口、三口と続けて口に運ぶ。そして次々に美味しいという声が上がった。


「何これ、すげーうめーじゃん!」


 アロンにも好評な様子。ゴブリン達にとっての甘味とは主に果物なので菓子を口にすることすらないに等しい。

 これならば余っている分もすぐになくなるだろう。とはいえ二度目を配っても全員に行き渡るほどの数ではないため、欲しい者に渡すことにするが、問いかければほぼ全員が欲しがったためじゃんけん大会が始まってしまった。

 そんな様子を眺めながら夜も更けてきたのに元気だなと思うリラの元に女性達がやってくる。子を持つ母親達だ。


「リラ。お願いがあるのだけど」

「どうした?」

「人の子、ヴィーチェを村に呼んでほしいの」

「……は?」


 お願いと言うのだから資材の調達か、大工仕事かと思ったが思いもよらぬ内容にリラは己の耳を疑った。なぜここで娘の名が出てくるのか。


「私達が覚えた人語が合ってるか確認してもらいたいのよ」

「そんなことしなくても解読はできるんだろ……?」


 教材を読み込み、絵本で子供に読み聞かせている母達。ほとんどは人語を理解しているはずだし、おおよそがわかれば問題ないだろう。リラはそう思うが彼女達は違っていた。


「どうせ覚えるのだから完璧がいいわ。そのほうが子供達にも自信を持って教えられるもの」


 うんうんと同意する他の女性達。そもそも人間の文字を教えようとするなと思うものの、すでに村に広まってしまった文字を禁止することは難しいのではないだろうか。

 その前にヴィーチェに絵本を頼んだのはリラなので一番に責められるのは目に見えている。

 しかしヴィーチェとはいえ人間を村に連れてくるなんてあってはならない。ゴブリン以外が気軽に足を踏み入れてはいいものではないのだ。


「あいつはよそ者だ。そう易々と村に入れるわけには━━」

「あなた、昔あの子を抱えて村に連れてきたでしょ? 今さらじゃない」


 反対をしようとした瞬間にズバッと切り返される。確かに昔頭を打ったヴィーチェを抱きかかえて連れてきたが、あれは緊急事態であって今回とは訳が違う。


「い、いや、そもそもそういう大事なことは俺が決めるんじゃなくて大婆の判断によるだろっ。なぁ、大婆!」


 近くでフィナンシェをゆっくり頬張る村の長老である大婆へと助けを求めるように言葉を投げかけた。村に関する重要な決定権は彼女にあるため、一言でも駄目と言えば女性達も諦めるだろう。


「ほむほむ。ヴィーチェ……ヴィーチェ……あぁ、あの人の子かい。あの子なら構わんよ。脅威はない」


 ヴィーチェを思い出す仕草はあったが入村の許可に関しては考える素振りもなくあっさりと決めたので女性達は喜ぶものの、まさかの返答にリラは焦って声を上げる。


「ま、待て大婆! 昔は驚異がなくても今はわからないだろっ? あの時はまだチビっ子だったが、今はそれなりに成長しているし、もしかしたら他の人間にこの場所を洩らすかもしれないんだぞっ」

「目隠しするなりして連れてくる方法はあろう。リラはあの娘っ子の扱いにも慣れてる上に一番理解しとるはずじゃ。驚異があるかないかはすでにお前さんもわかっとるんじゃないかい?」


 驚異があるかないかと問われたら……なくはない。何せあいつの腕力が桁違いに上がっているのだから。だが、むやみやたらに危害を加えるかと問うなら、それはないと言えるだろう。何せ中身は変わってないのだから。

 結局リラは女性達の何とも言えない圧に耐えられず、ヴィーチェを連れてくる約束をしてしまった。



 ◆◆◆◆◆



「━━そういうわけでお前を村に連れて行かなきゃならない」


 翌日、約束を違うことなくヴィーチェは再び魔物の森へやって来た。その際にリラは溜め息をつきながら昨日のことをヴィーチェに語った。……まぁ、相手の反応は予想するまでもない。


「まぁ! リラ様の村にまた行けるのね! 私で良ければ村の皆さんのお手伝いをさせていただきますわ!」


 ヴィーチェは喜びに喜んでいた。それはもう目を輝かせながら。それを見てはリラは相変わらず眩い娘だと思わずにはいられない。


「お前ならそう言うと思った。ただし、村の場所を把握させるわけにはいかないから目隠しする条件を飲んで━━」

「えぇ! 構わないわ!」

「頼むから少しは躊躇しろ」


 目隠し用として細長い布切れを用意してヴィーチェに見せた。これでも一応綺麗な布を選んだつもりだが、それでも令嬢からすれば小汚いものかもしれない。

 それなのにヴィーチェはあっさりと受け入れる。リラの立場としてその返答はありがたいものだが、目隠しをされることに少しは抵抗をしてほしいとも思ってしまう。


「リラ様のため、そしてそのリラ様が大事にする村の皆様のためなら私はどんなことでもするわっ! ご近所付き合いは大事だってお母様も言ってたんだもの」

「村に住む気満々な発言はやめろ」


 というかそのお母様とやらは赤ん坊の頃にお星様になったって言ってたのにそんなこと記憶できるとは思えないんだが。そんな疑問が湧いてきたリラだったが、どうでもいいかと思ってすぐにその考えを捨てた。


「さぁ、リラ様。早く目隠しを!」

「……普通はゴブリンに目隠ししろって言う人間なんていないぞ」


 あまりにもノリノリなヴィーチェにリラの中の常識が何だったのか疑いたくなった。しかし本人が快く許可を出してくれたため、リラは罪悪感を抱くこともなくヴィーチェの目元を細長い布切れで覆う。

 一昔前のゴブリンならば嫌がる人間の女をこうやって拘束して住処に持ち帰ったのだろうな、と考えながら。だが、目の前にいるのは嫌がるどころかむしろ喜ぶ娘だったため改めてリラはヴィーチェの感性は異常だと思ってしまう。


(……まぁ、悪い気はしないが)


 もはやそれがヴィーチェの個性というものなのだろう。そう受け入れつつも、ゴブリンの住む村の場所を外部に漏らさないとは信じきれないのも事実なので、リラはしっかりとズレることがないように布切れを結んだ。


「よし。じゃあ抱えるから暴れるなよ」

「リラ様に抱きかかえていただけるのねっ! 凄く久しぶりだわ!」


 言われてみれば確かにそうだろう。主にヴィーチェの背が低い頃くらいにしか抱えていなかったのだから。

 別に大きくなろうが抱えられないことなんてないのでリラは自慢の腕力でヴィーチェの身体を肩の上へと置き、まるで樽を抱えるような扱いでヴィーチェを村へと運ぶことにした。

 村へと向かっている間は目隠ししているというのにヴィーチェは楽しげな様子で「またリラ様に運んでいただけるだなんて!」や「さすがリラ様! 素敵! 格好いいわ!」と一人で盛り上がっているようであった。


 複雑な道を抜けた森の奥にある村へヴィーチェを運ぶと、アロンが出迎えてくれたがヴィーチェを担ぐリラを見ては呆れるような表情を見せる。


「……お前さぁ、いくら何でもその運び方はどうなのよ?」

「? 別に普通だろ。昔はこうやって運んでたからな」

「そりゃあおチビちゃんが昔のちんまい時だったらな? 今のおチヴィーチェは成人に近いもんだし、雑に扱いすぎだろ」


 雑なのか? と思いながらリラは肩に担いでいたヴィーチェを地面に下ろした。


「その声はアロンね! まだ私のことをおチヴィーチェって呼んでるなんてあなたの方が雑に扱ってるわよ!」


 目隠しされているにも関わらず声でアロンが近くにいることを理解したヴィーチェが不服そうに声を上げた。それだけでなく彼女はさらに言葉を続ける。


「そもそもリラ様は雑に扱っていないわ! 抱えてくださっている間はとても心地良くて、ずっとこのままでいたかったくらいよっ。いつかはこの逞しい腕で腕枕をしてもらうんだから!」

「余計なことを言うな。誰がするかそんなもの」


 ヴィーチェの話がズレる発言はもはやいつものことなので呆れ気味に否定と拒否を告げる。それと同時に目隠しを外してやればヴィーチェは開けた視界の光に慣れるため瞬きを繰り返した。


「リラ様の村だわ! 何年ぶりなのかしら!」


 村を見渡し、幼い頃に一度だけしか訪れていないにも関わらずヴィーチェの中では多少なりとも村の記憶が残っているようだった。とはいえ、印象に残るような村でもないが。


「よっ、おチヴィーチェ」

「ヴィーチェよっ! 何度同じことを言わせるのっ? それに私は大きくなったもの。おチビじゃないわ!」

「それでも俺よりおチビじゃん」

「これからもっと大きくなるわ!」


 どこからそんな自信が出てくるのか。そして相変わらずのやり取りを繰り広げるヴィーチェとアロンは仲が悪いというより、むしろ仲が良さげである。


「お前らそのくらいにしろ。行くぞ」

「はいっ!」

「おー」


 ヴィーチェを遊びに連れてきたわけではない。子を持つ母達による要望により、わざわざ村へと連れてきたのだ。

 そのためリラは村の中心部へと歩み始める。リラが動けばヴィーチェも彼の後に続くように歩き始めた。


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