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ゴブリンは公爵令嬢と再会する

 ヴィーチェが学院に行ってから早二ヶ月。魔物の森に住むゴブリンの一人であるリラはその日、仲間達が使用する武器を新調するため、槍先に取りつける石を石のハンマーで叩き割っていた。

 そして獲物を捌いたときに出た魔物の骨や角を使って研磨を行う。獲物を仕留められるほど鋭利に。

 村で男性とともに石槍作りに勤しむ中、リラの元へ一人の女性が歩み寄る。


「リラ、あなたから借りた人語本なんだけど、そのままミーリアに貸してもいいかしら?」

「……あぁ、好きにしてくれ」


 またか。そう思うのも無理はない。ここのところずっとこのようなやり取りが続いているのだ。

 原因はヴィーチェとの別れの際に貰った絵本と語学教本にある。元より子供が絵だけでも読めそうな絵本を欲していたのだが、いらん気遣いで語学教本も押しつけられた。

 子持ちの女性陣に絵本を配り、少しは子供達の暇潰しになるだろうと思っていたのだが、ある日その女性達からリラに直接相談が来る。


『子供達が絵本の文字を読んでほしいって言うの。リラは読める?』


 まさか。読めるわけがない。人間の文字なんだぞ。そう返すも女性達は困ったわと言うだけ。別に文字なんて読む必要はないのに。しかしそれも好奇心旺盛の子供からの要望でもあるのだろう。

 そんな中、リラは思い出す。いらない語学教材の存在を。焚き火の火種にするつもりで置いていたその本を試しに捲って見れば、動物や道具のイラストに文字が書かれていて、紛れもない人語の教本だと理解する。

 ……この絵ならばこの文字は姫、この絵ならこの文字は王。この絵は猫、この絵は歩く動作……などなど、絵では理解できるので読めない文字はそうやって当てはめれば読めなくはない。正しいかどうかはわからないが。

 これならば絵本も読めるようになるんじゃないのかとその語学教本を一度女性陣に手渡してみる。

 そうすると彼女達はその本を何人かで解読するように読み進め、人語を覚え始めるようになった。そのおかげで絵本を読み聞かせるようになるまでマスターするのだから母は凄い。

 それ以降、人語教材は子を持つ女性達の間で回し読みが行われ、次に若者や男性達にまで又貸しが行われるようになる。それに加え、子供達用の絵本までも大人がこぞって見ているのだ。リラもまさかここまで広まるとは思っていなかった。

 けれど考えてみればわかるかもしれない。ゴブリンには娯楽が少ないのだ。だからこそ珍しい物には好奇心が芽生えるのだろう。子供と同様に。

 だから老若男女問わずカラフルな色が使われた物珍しい絵本もみんな目を通しているし、語学本はクイズ感覚で共有して読んでいる。

 人間なんぞが使う文字が読めるようになりたいなんてゴブリンのプライドはないのか。そう思うも、ここまで広まってしまったら言うに言えなくなるし、そもそもその本を貰ったのはリラ自身である。

 さらに言うならばその人間と長年相手をしてるのも紛れもなく彼。ゴブリンの村ではもはやリラとヴィーチェの関係は周知の事実である。全てはリラの話を仲間達に広めた友人アロンのせいでもあるが。


「人気だよなー。おチビちゃんのプレゼント」


 リラの隣で石槍作りのメンバーとして石を砕いていたアロンが、転貸の許可を得る様子を見ては愉快そうに笑う。


「……人間の文化に染まるなんてどうかしてるがな」

「その人間が作ったプレゼントをいつも貰ってるのは何処の誰やら」


 ぐっ、と言葉に詰まる。こればかりは言い返せないし、アロンに手を上げることもできない。

 誕生日プレゼントにと差し出されるヴィーチェからの贈り物は紛れもなくゴブリンの手では生み出せない代物である。そしてそれが便利か便利じゃないかと問われたら間違いなく便利なのだ。


「まぁ、いいじゃん。いいものは取り入れてこうぜ。面白いものは多いに越したことはないんだからさ」


 あまりにも楽天的。仲間達が楽しそうならばそれはそれでいいのかもしれないが、人間の作り出したものとなるとやはりいい気はしない。


「それに知識をつけるのって悪くないじゃん。文字が読めたら何かの役に立つかもしんねぇし」

「なんの役に立つんだよ……」

「手紙とか? おチビちゃんならお前宛ての手紙を沢山書きまくってそうじゃん」


 容易に想像できた。むしろこうやって離れている間だからこそやりかねないとも思ってしまう。


「……俺は絶対文字を覚えないからな」

「お前が読めるようになってもならなくても、おチビちゃんなら読み聞かせるだろうけどな」


 それも有り得る。というよりアロンはヴィーチェのことをよく理解していると思わずにはいられない。そんなに顔を合わせてないのになんでそこまであいつの考えが読めるのかリラは不思議に思う。

 そんなリラの言いたいことがわかったのか、アロンはすぐに「おチビちゃんってわかりやすいし、お前への感情が激しいだろ?」と答えた。


「そういや来月じゃん。おチビちゃんの一時帰省」


 ふと思い出すようにアロンが口にする。正確にはもう来月を切ったところだ。

 ヴィーチェと最後に会ったときに「この日に帰るからね! 荷物を置いたらすぐにリラ様に会いに行くからっ!」と、念を押すように学校の予定表? と思わしき用紙の日付を指差して再開の日にちを指定されたことを思い出す。


「……家に帰っても森には来ない可能性もあるだろうが」

「お前、いい加減諦めろよ。おチビちゃんは絶対すぐに会いに来るって。じゃなきゃ長年お前の元に会いに来ないだろ?」

「俺はいい加減あいつから開放されたいんだが?」

「よく言うぜ」


 やれやれ、と言わんばかりの小馬鹿にした表情が気に入らなくてリラはアロンの後ろ頭をはたいた。


 そんなやり取りをしたのもつい先日と思われるほど、あっという間にヴィーチェとの約束を交わした当日を迎える。

 約三ヶ月ぶりではあるが、短いようで長くも感じた。不思議なものである。

 久しぶりにヴィーチェと話を交わすいつもの場所へと向かう。腰をかけるのにちょうどいい岩があるただの獣道といった特徴しかない場所。

 時間としては昼過ぎ。夕方までに来なければ帰村する。自分の中でのタイムリミットを作ったリラは岩に腰を下ろし、ヴィーチェを待った。

 待っている間は暇だが、この場所にはヴィーチェと関わった記憶が沢山ある。あんなことあったな、と思い出しながらリラは時間を潰していった。


 それからどのくらい経っただろうか。木々に覆われていない空を見上げれば茜色に染まりつつあった。

 誰がどう見ても夕方と判断できる。そう気づいたリラは腕を組んで考えた。

 日付を間違えたか? 一番に思い浮かんだが、あれだけこの日だと言ってきたのはヴィーチェである。嫌でも覚えてしまったのだからそれはない。それならば考えられる原因は……リラに飽きてしまったということ。


「あいつ……」


 あれだけ念を押したくせに本当に来ないのかよ! そう叫びたい気持ちをグッと堪えながら悶々とするリラはいつ帰るかどうか悩んだ。

 いや、すぐにでも帰ってやりたい。おそらくこの奇妙な関係ももうこれまでということだろう。これであいつとはオサラバできる。……なのに腰が重い。

 正直なところ、あいつが約束を反故にするだろうか? あのヴィーチェが。という疑問はある。もしかしたら何かあったのかもしれない。何かの不手際で遅れが生じている可能性もある。

 それなら念のために明日も待ってみるか? もし明日顔を出したら全力で謝ってくるだろうし、そのときは「一日ズラして来るとはいい度胸だな」と文句のひとつくらい言ってやろう。

 そこでリラははたと思考を停止する。そして気づいた。……これではまるで俺がヴィーチェの帰りを心待ちにしているみたいじゃないか、と。

 そうじゃないと言わんばかりに首をぶんぶんと振り、ただ気を遣ってやっただけだと自分に言い聞かせる。

 すると頭の中でアロンが「へぇ~? お前にとっておチビちゃんは気遣うような相手なんだ?」と、ニヤニヤした顔で言ってきたので、想像のアロンを払拭しようと手で軽く払い除けた。


「クソッ……」


 リラは頭を掻き毟りながら立ち上がる。ヴィーチェに振り回されたせいでおかしくなりそうだと思いながら。

 俺は帰る。もう帰るからな。強く心に決めたリラは帰ろうと一歩、一歩と進むがあまりにもゆっくりであった。

 どこか諦めきれない気持ちがなくもない。これだけ待ったのだからもう少しだけヴィーチェに猶予を与えているのだと自分に言い訳をして。

 そんなリラの耳にこちらに向かってくる足音が聞こえてきた。急ぐように走る二足歩行の音。


「リラ様ぁぁぁぁーー!!」


 ぴくりと反応したリラが勢いよく後ろへと振り返る。その瞬間、腹部に衝撃が走った。待ち人が飛びついてきたからである。


「っ!?」

「リラ様リラ様リラ様っ! お会いしたかったわ!」

「おまっ、離れろっ!」


 あまりの勢いに大砲かこいつはと思いながら抱きつくヴィーチェを引っペがそうと首根っこを掴むが、ヴィーチェの腕力が強くて離れない。

 ……こいつまた腕力が強くなったのかっ? そう驚きはしたものの、力では負けられないリラのプライドもあり、ヴィーチェを無理やり引き離した。


「まだリラ様成分が足りないのにー!」

「知るか! それよりもお前……随分と遅く来たな?」


 久々の再会だというのに相変わらず猪突猛進な令嬢に溜め息を吐きながらも、ヴィーチェに嫌みをひとつ告げると彼女はハッとした表情を見せた。


「そうだわ、リラ様をお待たせしてしまったのよね! 申し訳ありません、リラ様! 帰省する前にリラ様へのお土産を沢山用意していたら遅くなってしまったの!」


 言うや否や、ヴィーチェは拡張魔法のかかった斜めがけのバッグからお土産と思わしき品物を沢山取り出した。


「こちらは学院近くにある街で有名な洋菓子店の焼き菓子と、新鮮な魚介類に、新しい絵本とー……あとは何か光るおもちゃ!」

「待て」


 山のように積み上げられた品物にリラは引いてしまう。特に最後の光るおもちゃってのはなんだ? そう訴えるリラの目線はヴィーチェの手にある光るボールのようなおもちゃへと向けられる。


「ゴブリンに施しをするな。借りなんか作りたくないんだよこっちは……っつーか、なんだよこの量は」

「リラ様に会えないのが寂しくてついつい喜んでもらえそうなお土産を沢山買ってしまっただけよ。施しとお土産は違うわっ」


 リラに会えないストレスが購買へと繋がったと思われるが、誕生日の贈り物以上の量であるため、呆気にとられてしまう。


「リラ様、甘い物もお好きみたいだったし、これくらいの量があればリラ様だけでなくても村の人達にも分けられるはずだわ。魚介類も森ではあまり口にする機会もないからぜひとも食べてほしいし、絵本や光るおもちゃは子供達にいいかなって思ったのよ」


 確かに、確かに甘い物は好きなほうである。……というより、好きにさせられたと言うべきか。

 いつかの誕生日にてヴィーチェがケーキを用意した年があり、初めて見る食べ物にリラは警戒していたが、美味しそうに頬張るヴィーチェを見て一口食べたのが始まりである。

 今まで味わったことのない甘さ。フルーツとは違う甘味。あまりにも美味しくて勢いよく食べたせいで「リラ様、甘い物もお好きなのねっ」と喜ばれてしまった思い出がある。

 そのせいでたまに菓子を持ってこられるようになり、知らなくてもいい味を知ってしまった。人間の作るものを美味しいと感じるなんて、という葛藤はあったが食い物には罪がないため、リラはいつも甘んじて受け入れた。


「……ありがたく受け取るが量は抑えろ。お前の施しで生きてると思われたくないからな」

「大丈夫よっ、リラ様は立派に生活しているお方だもの! 私の施しなんて思わないわ!」

「お前が思わなくても他の奴らが思うかもしれないだろ」

「そのときは貢がせてるって言えばいいのよっ。リラ様は素敵な方だから貢がれるのも納得されるわ!」


 お前はそれでいいのかよ……っつーか、何が悲しくて人間の小娘を貢がせてるって言わなきゃならないんだ。リラはそう思わずにはいられない。

 ……しかし、三ヶ月ぶりなのにやはりヴィーチェは変わっていなかった。まぁ、三ヶ月で変わるくらいなら長年この関係が続いているわけがないのだが。


「それにしてもリラ様、何かいいことでもあったのかしら?」

「なんでだよ?」

「何だか嬉しそうだもの」

「……は?」


 嬉しそう? この俺が? ふざけるな、なんで俺が人間の小娘との再会なんかで━━


「よっぽどお土産が嬉しかったのね!」

「……そうだな」


 ヴィーチェが満足そうにそのような解釈をしたのでリラはそっちの方がまだマシだと思って頷いた。気づきかけた気持ちに蓋をするように。


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