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公爵令嬢は真剣に授業を受ける

「……ヴィーチェ様、早速問題を起こしたと噂を耳にしましたが」


 院内のカフェエリアにて昼食のサンドイッチを摘むヴィーチェは、対面に座る友人のライラの発言に首を傾げた。


「問題? 私はいつも通りに過ごしただけで問題は起こしてないわ」


 ヴィーチェには心当たりがなかった。一応、今日の出来事を思い出してみるもやはり身に覚えがないので食べかけのアボカドと卵、トマトが挟んだサンドイッチを頬張る。

 そして頭の片隅に『リラ様とピクニックしてサンドイッチを食べてみたいわ』と考え頬が緩んだ。


「ヴィーチェ様にとってはいつものことなのですが……魔物学でのヴィーチェ様の言動はゴブリン令嬢の名をさらに学院内に馳せていますよ。この短時間で」

「うふふ、照れちゃうわね」


 それにしてもそんな光栄な名をいただいてもいいのかしら? そう返すとライラは「おそらくヴィーチェ様以上に似合う方はいないかと……」と答えてくれたのでヴィーチェは改めてその称号に相応しい令嬢になろうと心に誓う。

 侮蔑発言であるゴブリン令嬢という言葉はヴィーチェにとってはただの褒め言葉に過ぎなかった。馬鹿にされているとも思っていないし、正当な評価を得ていると信じているから。

 しかしゴブリンに対する誤った知識がなかなかに改善されないので、せめて情報を正しくさせてからゴブリン令嬢の称号をいただきたいわね、とヴィーチェは若干歯がゆい気持ちである。


「みんなどうすればゴブリンについて考えを改めるのかしら?」

「やはりどれだけ説明してもその目で見なければ信じないかと……」

「そうなるとやはり直接リラ様を連れてきてみんなに紹介したいし、何なら講師として呼びたいところだわ。……教壇に立つリラ様も素敵ね!」

「……」

「でもリラ様は人間の前に出たくないだろうし、直接見ていただくのは難しいのかしら。リラ様の素晴らしさを訴えたいのにもどかしいわ。それに彼の肉体美を見てしまったらライバルも増えるだろうし……とても困るわね」

「……今日も素敵な思想をお持ちで」


 ライラが褒めてくれた……と思い込んだヴィーチェは彼女に微笑む。

 そんな友人との楽しいひと時を過ごしながらサンドイッチとコーンスープを飲み干した。



 ◆◆◆◆◆



 それから一週間、ヴィーチェはそれぞれの授業にしっかりと出席し、真剣に取り組んだ。


 魔物学以外で印象に残った授業は護身術学だろう。護身術学は魔物学同様に男子生徒が割合を占めるが、ヴィーチェは気にしなかった。

 そしていざ始めてみればほとんどが基礎体力作りであるため、多くの受講生が落胆するもののその基礎体力作りについていけない者が多い。そんな中、ヴィーチェは難なくこなしていった。

 長年魔物の森に通ったり、屋敷を脱走したり、そしてリラ様との子供がたくさん産めるようにと日頃から体力作りに励み、柔軟も鍛えられていたから。

 担当の騎士団所属の講師も目を丸くさせながらヴィーチェに注目するほど。

 腹筋や背筋、腕立て伏せは規定回数を一番にクリアし、走らせれば長距離であろうとその勢いは劣らず。

 そして打撃の威力を知るため、受講生一人一人が講師を相手に全力で殴打することになった。


「次! ファムリアント令嬢!」

「はいっ」


 剣術や馬術等の外で訓練する際には訓練服が着用義務となっている。

 騎士団をイメージしたパンツスタイルの動きやすい訓練服を着衣し、邪魔にならないように髪を纏めたヴィーチェは名を呼ばれるとすぐさま講師の前に出た。

 講師の男はヴィーチェの全身を見て不正がないか目視する。先ほどから男顔負けの記録を叩き出しているので最初こそは魔法で身体強化でも使ったのかと疑うが、護身術学の間この訓練エリアでは魔法が使用出来ないように魔法無力化の結界が張られているでその線はなさそうだ。

 ならばそれを潜り抜けるような非合法な魔道具でも所持してるのではないか? 公爵家の娘ならばそれも有り得るだろうと思ったが、そのような物を隠し持っているようにも見えなかった。


「全力で俺に向けて殴打しろ。どこでも構わない」

「承知しました」


 ならば直接この身で確かめるのみ。男は自分の身体の頑丈さを誇っている。生徒の殴打くらいでは一歩も動くことすらないだろう。その証拠にすでに十数人の殴打を受けているが痛くも痒くもなかった。貴族の子息子女の程度なんてたかが知れているのだ。


「それでは参ります」


 いくら体力や脚力があっても人を殴ったこともないだろう。せいぜい殴打した手が痛くなるくらいだ。……とはいえ、相手は次期国王となるエンドハイトの婚約者。少しは痛がるふりでもしたほうが━━


 ドゴッ!


 突如鈍い音が響いた。どこから? そう思う暇なんて男にはなかった。なぜならば彼は遥か遠くに殴り飛ばされたから。

 何十メートル先も飛ばされた講師は仰向けで倒れた状態で視界に入る空を眺めていた。一瞬自分の身に何が起こったのか理解できなかったのだ。ただただ腹に殴打された痛みを感じる。


 そして昔のことを思い出した。それはまだ自分が今の地位についていない頃の話。その日は家出をしたエンドハイト王子の婚約者を探すために男が所属する王族の近衛騎士団が動いたのだ。白銀の甲冑を纏っていることから銀狼騎士団とも呼ばれている。

 まだ若かった彼はその頃からすでに問題児として名を馳せていた子供の捜索に乗り気ではなかった。雨は降ってくるし、魔物の森まで足を運ぶことになるし、何度胸の中で溜め息を吐き捨てたか。

 そんな思いでようやく見つけたヴィーチェ・ファムリアントは随分大人しかった。手を焼かせやがって。そう思ったのが最後だった。


 時を経て副団長という地位まで上りつめた男はその手を焼かれた貴族の娘に圧倒的な力を見せつけられたのだ。

 確かに蝶よ花よと育てられた貴族の子だから、と油断はしていた。何より女性ならばなおさら。それでも魔物に突進されたとてそう簡単には吹き飛ばされない実力があったのだ。鉄壁だと呼ばれていたくらいに。

 ……化け物か? そう思わずにはいられない。それとも家出したヴィーチェを見つけたとき軽く悪態ついたことを覚えていてずっと根に持ち、その復讐をしにきたのか?

 そんな予想をし、男はみるみるうちに顔が青くなった。


「先生、大丈夫ですか?」


 そこへ不思議そうな顔をしたヴィーチェが駆け寄って男の顔を覗き込んだ。びくり、と反応した彼は慌てて起き上がる。


「も、申し訳ありません! ファムリアント令嬢の力を侮っておりました!」

「あら。お世辞が上手いのですね。私、人様に手を上げたのは初めてなのですから過大評価はしなくて結構ですし、女子だからってそんな大袈裟に吹っ飛ばなくても大丈夫ですわ」


 くすくす笑うヴィーチェのその言葉を聞いて男はゾッとした。初めて人を殴ってあの力なのか、と。それなのに相手は世辞だの過大評価だのと口にする。

 その力を隠すつもりなのか? なぜ? やはり俺に復讐するために近づいたのか? 昔のちょっとした悪口のために?

 混乱する男は目の前の公爵家の令嬢が魔王のように見え、その日のうちに護身術学の講師を辞めてしまった。


 そんな一人の男を追い込んだとは知らないヴィーチェだったが、他の授業では模範生のように大人しく授業を受けていた。

 優秀な家庭教師をつけてもらった彼女にとって授業自体は難しいものではない。とはいえ手を抜くわけにはいかないし、復習にもなる。それに昔習ったことでも時間が経てば新しい事実や情報として追加されるので、知識をアップデートすることができるのは嬉しいことだ。

 それなのに、とヴィーチェは思う。ゴブリンへのアップデートがされないのはいかがなものかと。

 人間の歴史だって変わり続けていくのに。動物だって学習するのに。魔物だって変わり続けないわけがない。絶対にゴブリンへの価値観を変えさせてみる!

 そう意気込んだヴィーチェは第二回の魔物学を受けに教室へと向かった。


「……これが前回ファムリアント令嬢が欲していたゴブリンの最後の討伐記録である」


 不機嫌そうに眉を寄せた教師が受講生全員に書類を手渡した。そこにはゴブリン討伐の記録と書かれている。

 内容としてはゴブリンが集団で小さな街を襲ったというもの。家は燃やされ、男は殺され、女は凌辱され、討伐隊が来るまでに多くの人間が犠牲になったと記載されていた。

 プライバシーのためか、犠牲者の名前は消されていたが被害内容は一人一人事細かに書かれている。その書類を見た何人かはその悲惨な事件に引いてしまうような声を上げた。


「見ての通り、紛れもなく現実として起こったゴブリンによる最新の被害案件である。これでゴブリンの悪行を理解できたかな、ファムリアント令嬢?」


 真剣に魔物ゴブリンによる被害報告に目を通すヴィーチェ。そんな彼女の近くで一人ハラハラした表情を向けるティミッドもいたが、ヴィーチェはそんな彼の視線に気づくことはない。


「先生、本当にこちらが最新の被害報告書で間違いないのですね?」

「もちろん。冒険者ギルドに話を通して提供してもらったものだ。捏造したものではない証拠として冒険者ギルドの判も押されている」


 書類の最後の紙には確かに教師の言う冒険者ギルドを示す判子が押されている。教師もこれで現実を知っただろうと言わんばかりの表情をヴィーチェに向けていた。

 そんな彼の返答にヴィーチェはにっこりと笑みを浮かべる。


「良かったわ。私が最後に見た内容と同じで」

「……何?」

「幼い頃に調べましたの。ゴブリンの記録を」

「なぜそのようなことを?」

「ゴブリンの歴史を知るために。人に歴史があるようにゴブリンだって歴史があるもの。それに好きな種族のことなら何がなんでも調べ尽くすわっ」


 そんなヴィーチェの発言に教室内はざわつく。ゴブリン令嬢の名は伊達じゃないと。もはやその熱心さは引くほどである。


「でも先生、肝心な情報が記載されていませんわ」

「……肝心な情報とは?」

「こちらの案件が一体何年前に起きたのか、です」

「……」


 自信満々のヴィーチェはすでにこの事件に関する年数も把握している。だからこそ問いかけた。

 教師もそれを察したのだろう。あえて日付まで消したというのにと思いながらも彼は重い口を開く。


「今から五十二年ほど前だ……」


 その回答に受講生からは驚きの小さな声がちらほらとこぼれた。ゴブリンの最新討伐報告が五十年以上も前という事実が信じられなかったのだろう。


「五十年以上も討伐報告がなかったということは、少なくともゴブリンはそれだけの期間は人に危害を加えていないとも言えます」

「悪知恵が働いているだけであろう。人が気づかないだけで上手く雲隠れしているに過ぎん」

「五十二年も気づかないということはゴブリンの知恵が人間より上回っているのですねっ!」


 パァッと明るく笑うヴィーチェにまるで自分のことのように喜んだが、教師は苛立ちを覚えたようで青筋を立てていた。


「人間が魔物に劣るなんて有り得るわけがないっ。絶滅した可能性もあるだろうな」

「あら。私はゴブリンによくお会いしたわ。絶滅はしてませんもの」

「戯言はもういい! ゴブリンの話はこれまでだっ。授業を進めるので教本を開きなさい!」


 きょとん、としながら答えるも教師は取り合ってくれなかった。

 なかなか信じてはくれないものね、と思いはしたがヴィーチェが落ち込むことはない。なぜなら自分の語ることは全て事実なのだから。

 事実はいつか知れ渡ることになるし、その手柄を立てるのは誰でもなく自分なので、ヴィーチェはいつかひっくり返るゴブリンの価値観が来る未来のためにゴブリンファンを増やさなきゃとほくそ笑んだ。


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