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子爵令嬢は文通をする

「大変よ、ライラ。ここの学院図書館も嘘偽りの本しかないわ!」


 学院の図書館へと足を踏み入れたヴィーチェとライラ。学院が保管する本はどんなものがあるのかと、しばらく別れてそれぞれ本を漁っていた。

 その後、ヴィーチェは本を持って由々しき事態と言わんばかりの表情でライラに訴えかける。そんな彼女の片手には魔物図鑑、もう片手には小説が手にしてあった。

 ライラは遠い目をしながらもヴィーチェの言いたいことを理解してしまう。


「こっちはゴブリンの習性についてデタラメだし、こっちはゴブリンが悪いことをするのが当たり前のように書かれてあるのっ」


 やはり。ライラはそう思わずにはいられない。ヴィーチェの信じるゴブリン像と世間一般のゴブリン像はどう足掻いても同じになることはないのだから。


「……それは、残念ですね」

「ほんとよねっ。何度も作者や出版所には訂正文を送っているのに……」


 まだそのはた迷惑なことをしているのかこの人は。絶対聞き入れてもらえるわけないのに。いくら何でも魔物図鑑のような正しい情報を載せている本なんかは訂正文を送ったところで捻じ曲げるわけにはいかないのだから。


「でもここは広いのだから一冊くらい正しいゴブリン情報が載っている本があるかもしれないわ」


 少しずつ探してみるわね! と変なところに気合を入れるヴィーチェ。それよりも婚約者との関係を良くするべきなのではないのかと思いつつもライラは頷くことしかできなかった。


 その後、図書館を出た二人はさらに学院内を散策する。勉学をするための教室、魔法や剣術を学ぶための訓練場などを覗いた。

 ジェディース学院は選択科目。必修科目もあるが、歴史や経済、剣術や魔法、マナーやダンス。色々とあるので何を取るか考えなければならない。

 特にライラは貧乏貴族なのでレベルの高い授業を受けたことはないため、この貴族学院の授業は全て自分のためになる必要なものと考えている。どうせならば全て取りたいところだが、時間と身体が足りない。慎重に選ばなければ。


「そういえばヴィーチェ様はどの授業を選択されるのか決めましたか?」


 公爵令嬢である彼女はすでに有名な教師をつけて勉強を重ねていた。淑女としての姿勢や動きも完璧だろうし、もしかしたら必要ない授業の方が多いだろう。そのため必要最低限の必修科目しか取らないのかもしれない。


「魔物学は絶対ねっ!」


 あまりにも自信満々に答えるヴィーチェ。その理由はおそらく彼女の愛しいイマジナリーフレンドのゴブリン、リラ様なのだろう。

 おそらくゴブリンについての間違いを正すために授業へ臨むつもりだ。とんでもない空気になりかねない。ライラは絶対魔物学だけは取らないようにしようと心に誓った。


「あとはそうね……魔法の適性がないから魔法関係は取らないかしら。完璧な淑女としてリラ様の隣に立つためにはマナーやダンス、護身術も抑えておきたいわ」

「護身術……」


 まさか護身術を習いたいとは。確かに貴族の子は金目になるため悪党などに狙われやすい。護身術を覚えておくに越したことはないのだけど、実際のところ怖いからという理由で令嬢はあまり取りたがらない印象である。だからなのか令息が選ぶ方が多い科目とも言えた。

 しかし彼女は未来の王妃。それこそ狙われやすいのだから当然の選択なのかもしれない。自分の身を守るのは当然である。


「強くなってリラ様を守れるようになりたいの!」

「護身術を習うんですよね?」


 思わず聞き返してしまった。自分の身を守る方法を習うための護身術なのになぜ他者を守ることになるのかライラにはわからない。


「自分の身さえ守ればリラ様の手を煩わせることはないし、リラ様も相手に集中できるのよ。さらに応用すればリラ様を守ることに繋がるものっ」


 リラ様ってゴブリンでしょ……? 守るの? ただの公爵令嬢がゴブリンを? 彼女は一体何を目指すつもりなのか? ライラはいくつも疑問符を浮かべるばかりだったが、相手はヴィーチェである。今さら常識なんて通じないのだと半ば諦めていた。


「ライラは何を取るの?」

「私は……時間が許す限り色々学びたいと思ってます。魔法学や礼儀作法、楽器にも触れてみたいですし……あとは薬学も取りたいです」

「薬学? ライラそういうのに興味があるのね」

「そうですね……少し学んでおきたいと思いまして」


 ただでさえ魔女と呼ばれている自分が薬学を学ぶなんて、ますます魔女のイメージが強くなりそう。だけどライラは例えそう思われても薬学だけは外せなかった。


「……実は、ペンフレンドがいるんです」

「あら、素敵ねっ」

「ありがとうございます。……ですが、その方は緑肌病を患っていらっしゃるようで、少しでも薬となるお手伝いができればと思っただけなんです」


 いまだに薬がない緑肌病。薬学を学んだところで薬が必ずしも完成するとは限らないが、せめて進行を遅らせたり、一時的にでも症状が和らぐような手がかりが掴めたら、という希望を抱いて選択のひとつとして考えている。


「素晴らしいわ、ライラ! まだこの世にない薬を作ろうとしてるのね!」

「いや、そんな大袈裟なものでは……そもそも薬師でもないですからそこまで大層なことはできませんので」

「そんなのやってみなきゃわからないわよ。何でも挑戦よっ。でも薬学って選択もありよね。怪我や病気をしたリラ様を癒せるもの!」


 その言葉にライラは「えっ」と呟く。


「決めたわ、ライラ! 私も薬学を取るわね!」


 宣言するヴィーチェにライラは石のように固まった表情で「そう、ですか……」と返事するしかなかった。

 必修科目ならば仕方ないが、薬学は必修科目ではない。だからこそできるだけヴィーチェと同じ科目になることは避けたかったのだが、こんなことになるのならヴィーチェに薬学のことを話すんじゃなかったとライラは後悔する。



 ◆◆◆◆◆



「お帰りなさいませ、ライラお嬢様」

「ただいま、アルフィー」


 ヴィーチェとの学院散策のあとは寮内の散策も行い、その後解散となったライラは自身の寮部屋へと戻ってきた。

 気がつけば夕暮れ時。やはり広い敷地内は時間が潰れていくと思い知らされた。

 さすがに疲れたわと思いながらライラは休憩のため椅子に座ろうとすると、すかさずアルフィーが椅子を引いてくれる。

 席につくとアルフィーがお茶菓子のクッキーと紅茶を用意してくれた。


「ヴィーチェ様との散策はいかがでしたか?」

「まぁ……いつも通りのリラ様の話題を聞きながら色々と見て回ったわ。学院も寮内も広かったわね」

「特に問題はありませんでしたか?」

「私は別になかったけど……エンドハイト王子のヴィーチェ様に向けての態度が気になるわ」


 婚約者のヴィーチェと顔を合わせというのに思い切り無視をされた出来事について執事に話すと、彼は訝しげに眉を寄せた。


「ライラ様、エンドハイト王子はあなた様も無視をするようなお方ではありませんか。それなのに問題ないわけないのでは?」

「いつものことだから気にしてないわ。私としても関わりたくないので構わないのだけど」


 ライラの使用人として主の心配をするアルフィーだが、ライラはさも当然と言うように語る。そんなことよりも、と続けざまに口を開くくらいに。


「レターセットの準備をしてちょうだい」

「かしこまりました」


 その理由や相手を尋ねることなく、アルフィーは言われた通りにライラのために便箋とペンを用意する。彼はライラが誰のためにペンを取るのかを知っていたから。


 軽いティータイムを終え、ライラはアルフィーが準備した真新しい便箋の前へと向き合う。

 昔はヴィーチェに手紙を書くだけで一文字も書けず苦労をしたライラはその後も遅筆が続き、なかなかペンを動かせなかったので、少しでも早く文を書くことに慣れたいがためにライラはペンフレンドを作った。


 しかし最初は貴族とは言えど文通をしてくれるような友人はヴィーチェ以外にはいないのでどうやって文通相手を作ればいいか悩んだ。

 その結果、新たな繋がりを得ようとライラは手紙を括り付けた風船をいくつか空へと飛ばすことにした。

 ペンフレンドになってほしいと書いた手紙が誰かの手に渡り、返事してくれることを願って。

 とはいえ期待はしてなかった。なぜなら魔女と呼ばれることで有名なライラだったので彼女の存在を知る者が手紙を見れば鼻で笑って無視をするだろうと思っていたから。

 それだけならまだしも、周りに吹聴なんてされたら「魔女が生贄を探してる」なんて言われかねない。できればそんな貴族達ではなく平民に届けばまだ可能性はあるだろうけど。


 そう考えていたライラの思いが通じたのか、ひと月後にライラ宛の手紙が届いた。見知らぬ相手からの手紙をアルフィーから手渡された彼女は、もしかしてと緊張しながら封を開ける。


 それがかれこれ五、六年ほど続いているライラとアインの文通の始まりであった。


「改めて思いますが、ライラ様は手紙を書く速度が上がりましたね」

「そうね。アインとやりとりしてるおかげだわ。ヴィーチェ様への手紙も躊躇うことはなくなったし」


 アルフィーと会話をしながら、アインに向けた文を認めるライラは一度もペンを止めることなく流れるように書き続ける。


 アインは平民の青年。病弱で表に出ることが少なく、娯楽もなかったところにライラからの風船が庭に落ちていたのを散歩の途中で発見し、文通を始めてくれたらしい。

 ライラが貴族だから平民である彼の初めての手紙は遠慮がちで控えめなものであった。ライラからしてみれば自分は貧乏貴族なので気にすることはなく対等に話そうと彼に返事をする。以来、二人は互いに話しやすい言葉を便箋に乗せ合った。

 おそらく顔を合わせたらそのような軽いやりとりはできないだろうけど、手紙のみの関係なのだからライラは気にしない。

 それにアインと話すのはとても楽しかった。互いに本を読むことが多いため、話は自然と本のことばかりになるから。

 オススメを紹介したり、感想を語り合ったりするだけで便箋の枚数が増えていく。たまに書きすぎてしまったと反省するくらいに。しかし熱量が多いと相手も同じくらいの熱量で返してくれるからライラはアインからの返事をいつも待ち焦がれていた。

 最初こそは病気について詳しいことを教えてくれなかったが、数年前に彼が緑肌病にかかっていることを打ち明けられ、ライラは薬のないこの病について関心を持つようになる。

 だからこそ彼の病について深く知ることができれば、そして治す手伝いができればという理由で選択科目のひとつとしてライラは薬学を受講する決心をした。


 今回、アインに送る手紙の内容は学院に入学した報告と新しく読んだ本の感想である。

 書き終えた便箋を封に入れ、閉じ目を封蝋で固定すると、ライラはアルフィーに手紙を出すように託す。彼女の執事は快く引き受け、すぐに手紙を持って部屋を出た……のだが、彼はすぐに引き返してきた。


「アルフィー?」


 何か忘れ物かしら? と思ったのもつかの間、困り顔で笑う彼の後ろにヴィーチェの姿が見えたのだ。


「ライラ! 夕飯を食べに行きましょ!」


 目を輝かせながら夕飯を誘うヴィーチェ。先ほどまで学院や寮内を歩き回ったというのに疲労の色すら見えない。そんな彼女にライラは「疲れ知らずな子だわ」と思いながら、変わらない表情のまま返事をし、ヴィーチェとともに夕飯を付き合うことにした。


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