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ゴブリンは公爵令嬢と暫し別れる

「リラ様っ! 今すぐ私を連れ去って!!」

「お前、いつも唐突だな……」


 魔物の森でヴィーチェと会ってすぐのことだった。月に二回という頻度なのに毎回のことながらインパクトが強い。

 とはいえ、そんな令嬢の相手をするのを七年も続けば慣れてしまうもので、リラは呆れながらも今日も今日とて話を聞く。


「来年、ジェディース学院に入学しなきゃいけないの!」

「つまり、学校か?」

「そうなんだけど、寮生活になるから気軽にリラ様と会えなくなるのよっ」


 これは一大事よ! と言わんばかりに嘆くヴィーチェ。それを聞いてリラはその話に食いついた。


「どのくらいの期間だ?」

「三年間なの……」


 よっし! 三年も離れられる! 心の中でガッツポーズをし、ヴィーチェとの時間がさらに減るという喜びを噛み締めた。

 だが、両手を挙げて喜ぶわけにもいかない。このまま学校に行かないと言い出しては意味がないので、リラは咳払いをして緩みそうになる頬を何とか引き締めた。


「ま、まぁ、人間は学が必要だからな。三年なんてすぐだ」

「リラ様と会う頻度が減るなんて耐えられないわ! だからリラ様に連れ去ってもらってそのまま駆け落ちするの!」

「それは断固拒否する」


 俺の意思は関係ないのか。相変わらず諦めの悪い奴だ。どう転がっても駆け落ちなんてするわけないだろ。いつになったら心変わりをするんだこいつは。

 言いたい言葉を飲み込みながら、まともな人間としての生活を送ってもらうためリラはヴィーチェにどう説得しようか悩む。


「そもそも、お前は立派なレディーとやらになるんだろ。なおさら学校に行くべきだろうが」


 その言葉を告げると、ヴィーチェはハッとした表情をする。どうやらこの線でいけば問題ないなとリラは確信した。


「それを言われてしまったら否定できないわ。リラ様に相応しい淑女になるために今まで頑張ってるんだものっ!」

「じゃあ引き続き頑張れ」

「リラ様の応援……! 私、頑張って学院に行くわ!」


 適当に送った声援でさえ感動している様子の娘を見たリラは単純な奴だなと思わずにはいられない。簡単に考えを変えてくれるのはありがたいが。

 しかしどことなく騙しているような気もしなくはない。別に人間の小娘を騙すくらいなんてことないのに、なぜか胸にちくりと刺すような湧き上がる罪悪感。ヴィーチェの恋心に漬け込んでいるのは今さらだというのに。


「それに会えない時間が愛を育むって言うもの」

「それは知らん。どこで覚えてくるんだそういう理屈は」


 罪悪感に浸っているのが馬鹿らしくなってきた。できることならその三年の間にすっぱりと俺のことを忘れてくれ。せめて別のことに興味を持ってくれ。

 そう望むことしかできないリラは早くその学院へと旅立ってくれる日を今か今かと待ち望んでいた。



 ◆◆◆◆◆



「とうとう来月、入学することになったわ……」


 唇を噛み締めながら十五歳となったヴィーチェがリラに告げる。とても悔しそうに。

 今日は風が少し強めなのか、魔物の森は葉の揺れる音がよく聞こえた。

 そんな中でようやく待ち望んでいた三年間の令嬢の子守り休暇がすぐそこまできている。喜びを隠しながらリラは心の中で「よっし!」と叫ぶ。


「リラ様に会えないのは寂しいけど、これもリラ様に相応しい妻になるための試練よね!」

「妻じゃなく一般常識を学んでこい」


 早く誰かこいつを教育し直せ。何もできない小娘が魔物の森に何度も足を運んでゴブリンと対話するなんてどうかしてるぞ。

 ……いや、何もできなくはないのか。腕力が異常ではあったな。

 ぼんやりとジャイアントボアに石を投げつけて怯ませたことを思い出しながら「本当に令嬢なのかこいつは?」と根本的な疑問が浮かぶ。


「ちょうど次会う日がリラ様と最後のお喋りデートなのよ」

「待て。デートじゃないだろ」

「ふふっ」

「『また照れちゃって』みたいな顔するなお前」


 なんでこんな都合のいい思考をするのか。いや、それがヴィーチェなのだろうけど、ひとつひとつ否定しても前向きに受け取るのは本当にどうにかならないものか。少しくらい真摯に受け止めるものだろう?

 ……まぁ、いいけど。しばらくはこんなやり取りもないだろうし。


「ねぇ、リラ様。しばらく会えなくなるから次に会うとき何かプレゼント持ってくるわねっ」

「いらん」

「遠慮しなくてもいいわ。リラ様の欲しいものがあれば何が何でも用意だってするもの!」


 そう言われると無理難題を言いたくなるが、ヴィーチェのことだ。本気で用意をしかねないので下手なことを言いたくはない。重い気持ちとともに押し付けられそうだから。

 しかし、欲しいものと聞いて思い浮かんだものがあった。


「……あー、そうだな。じゃああれだ。子供が好きそうな絵本をくれ」

「絵本?」

「あぁ、ここ数年は村に子宝が恵まれててな。けど、子供が楽しむものって少ないし、ずっと前にくれたカードはもう少し大きくならないと理解できないからな。だからもっと小さい奴にも楽しめそうなのはないかって話をたまに聞くからよ……」


 子持ちの女達がよく漏らしてる、と友人のアロンから聞いたことがある。村のボスとして立つため些細なことや悩み事などは嫌でも耳に入るし、場合によっては解決しなければならない。

 とはいえ、この程度のことではリラが出る幕ではなく、いい方法があればいいな、というレベルである。

 けれど幼児達の楽しめるもの、と聞いて思い出したのが初めてヴィーチェが絵本を持ってきたことだった。


「でもゴブリンは文字が読めないのよね?」

「文字が読めなくとも絵で大体はわかる。あとゴブリンが出ない内容な」


 どうせ悪者として扱われるし。さすがに自分の種族が悪だと描かれているものを小さい子供には見せられない。この際人間しか出ない本でも構わないから、子供が楽しめる内容ならなんだっていい。

 続けてヴィーチェに告げると、ヴィーチェはみるみるうちに目を輝かせた。


「リラ様、自分のことじゃなく仲間の、しかも子供達のことを考えてらっしゃるのね! 素敵っ! さすがゴブリン界のプリンス!」

「プリンスじゃない! ゴブリンを束ねる頭だ!」

「私にとってはリラ様は立派な王子様よっ! リラ様は本当に素晴らしい方だわ! リラ様のお仲間はみんな幸せ者ねっ」

「お前は……ホントに何年経っても変わらないな」


 褒める褒める。むず痒くなるくらいに。いつものことではあるが、これは世辞じゃないからタチが悪い。


「私のリラ様への想いは海のように深いものっ」

「深海は暗くて何も見えないだろ……」


 周りが見えてなさそうという意味ではあってるけど。どちらにせよその想いをもう少し浅くならないものか。


「大丈夫よっ。どんなに暗い所でもリラ様を絶対に見つけるわ! そんな愛するリラ様のためなら絵本を用意するくらいお安い御用よ!」

「……おう」


 やる気に満ちている。頼られていると思って喜んでいるのかもしれない。……良いように使われてるとは思わないのか。そんなヴィーチェの将来が若干不安にも思った。



 ◆◆◆◆◆



 ヴィーチェと会う最後の日。顔を合わせて早々にヴィーチェは「約束の物をお持ちいたしました!」と笑顔で所持しているバッグから大量の絵本を取り出した。

 拡張魔法がかかったバッグなのだろう。積み上げるほどの量を用意され、リラは引き気味である。

 確かに絵本を所望したが量が多い。リラもヴィーチェから麻袋型のアイテムバッグを貰ったので持って帰る分には問題ないが、実に重い。ヴィーチェの想いが。


「絵本は一冊一冊私が厳選しました! リラ様の村の子供達にも楽しめるように動物がメインのお話などが中心です」


 動物が主役の絵本なんてものもあるのか。まぁ、人間の話よりかは親しみやすいかもしれない。

 一冊の絵本を取ってパラパラと捲り、絵だけでストーリーを把握してみる。幼児向けだというのが理解できるほどわかりやすい絵柄であった。

 これなら子供も楽しめるのだろうけど、やはり量が問題である。


「……ここまで用意するのに金がかかるだろ」

「リラ様は本当にお優しいのねっ。でもこのくらいなんてことないのよ。私のポケットマネーなんだし、リラ様のために使えるなら本望だわ!」


 ……こいつ、絶対に悪い男に引っかかるな。まぁ、人間からしたら俺の方が悪い男だろうけど。


「あとね、もし子供達が文字を読みたいと思うようになったら子供向けの語学教材も用意したわ」

「なんて余計なものを」


 どこのゴブリンが人間の文字を習うと思ってるんだこいつは。……まぁ、焚き火にするための火種にはなるか。

 そう思ったリラは突き返すのも面倒だと思い、このまま受け取っておくことにした。

 貰った絵本を麻袋型のアイテムバッグに収納し、これで当分会わなくてすむなと小さくほくそ笑む。


 ……そうか、今日で最後か。三年顔を合わせないとはいえ、もしかしたらヴィーチェの気が変わってこれが最後の対面かもしれない。

 初めて出会ったときは小さかったのに今ではそれなりに背も伸びて、少しは大人の人間に近づいている。

 子供の成長は早いと言うが、こうして改めて見ると確かにと言わざるを得ない。

 身体も女性らしく成長しているが中身が変わらないのは勿体ない。悪くない容貌をしているのに。


「リラ様、私もっと勉強して立派な女性になるからね! リラ様の隣に立っても恥ずかしくならないようにっ!」

「何度も聞いてるが……まぁ、頑張れよ」


 人間の常識としてはゴブリンの隣に立つほうが恥ずかしいはずなんだが。目標は立派なのに理由が相応しくないのもどうにかならないのか。


「頑張ってリラ様の声援に応えるわ! 三ヶ月後にまた会いにくるからね!」

「……は?」


 おい待て。今なんて言った? 三ヶ月後?


「三年って話じゃなかったか?」

「寮生活は三年だけど、夏季休暇と冬季休暇、春季休暇で戻ってくるわ。自由に行き来できないのがネックなのだけど」

「……」


 紛らわしい言い方しやがって!! そう叫びたいのを抑えながら、少しばかりしんみりした自分を後悔するリラはヴィーチェによって三ヶ月後に会う日の約束をすることになった。


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