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子爵令嬢は公爵令嬢と書店を巡り、第二王子は第一王子を蔑視する

 子爵令嬢ライラ・マルベリーは今日だけで何度胸の中で溜め息を吐き捨てたかわからない。

 それもそのはず、本日は唯一の友達というコネクションを得たはずのヴィーチェとのショッピングのため、王都の賑やかな街中を散策していた。

 友人とショッピング。別に何もおかしいことなんてないし、よくある光景だろう。お気に入りのブティックに行ったり、宝石店へ行ったり、休憩のためお茶をしたり。それが友人とのショッピングの定番、のはず。

 友人がヴィーチェしかいないライラの想像だが、友達との過ごし方については母にも確認のため聞いたのでおそらく間違いない。

 しかし待ち合わせしたヴィーチェと顔を合わせたら……。


「書店巡りよ、ライラ!」


 と発したのでライラは考える間もなく「では参りましょう」とすぐさま返し、今に至る。


 ヴィーチェとは幾度かお茶会をし、互いの家を行き来するくらいには仲を深めているため、彼女に関しての突発的な言動には慣れたものだ。

 長い黒髪と表情の硬さは成長した今も健在で、もはや愛想笑いすら諦めている。もちろん周りが勝手に囁く魔女の称号も変わらず。幼い頃は魔女と呼ばれるのも格好いいと思っていたが、さすがに悪い意味で言われるとライラもいい気はしなくなった。

 とはいえ、ヴィーチェの態度も相変わらず友人として接してくれるので友人関係を保てているのは不幸中の幸いである。


(……これでゴブリン令嬢と呼ばれてなかったらどれだけ良かったことか)


 ヴィーチェのゴブリン妄想についてはすでに知らない人がいないほど社交界でも広まっている。公爵の娘にそんな中傷めいたことを許していいものなのか。

 ファムリアント公爵は抗議しないのか、一応未来の王妃となる予定もあるというのに婚約者及び王家はそのままでいいのだろうか。……と、ライラは当初はそう思ったものの、ヴィーチェが『ゴブリン令嬢』と呼ばれることを嫌悪するどころか喜んでいるため放置されているのだと考えた。

 ゴブリン令嬢と呼ばれて喜ぶ令嬢がどこにいるのだろうか? だからこそ彼女しかいないのだけど。そう思うとライラは自分が魔女と呼ばれていることがほんの些細なことだと感じる。

 しかしゴブリンとのありもしない妄想恋愛話は何年経っても終息する気配がないので、ライラはこの関係を本当に続けていいのか常に疑問でしかなかった。

 変わり者令嬢ではあるけど、公爵家であり王位継承権第一位のエンドハイトの婚約者という地位に立つ人を失うのはさすがに惜しい。

 貧乏貴族であるマルベリー家の後ろ盾になる繋がりがどうしても欲しいのだ。

 いつもそうやって思い留まり、ライラはヴィーチェとの付き合いを続ける。


「それにしても書店巡りとは何か欲しい物が……?」


 何かお目当ての本でもあるのだろうか。巷の流行りだとハッピーエンド必須の恋愛小説だからその系統かしら?

 そんな予想をしてみると返ってきたヴィーチェの言葉は意外でも何でもない答えだった。


「ゴブリンが出てくる本を集めるのよっ」


 さすがゴブリン令嬢と呼ばれるだけある。ブレない。ライラは表情に出ないことをいいことに呆れてしまった。


「……なぜ、ゴブリンが出る本を?」

「みんなゴブリンの誤った情報ばかり出してるからちゃんと調べて指摘してあげなきゃいけないの」

「何のためにそんなことを?」

「もちろん、リラ様とそのお仲間のために! みんなにゴブリンの正しい情報を知ってもらわないと」


 乾いた笑いが出そうになる。出ないけど。そういえば幾度もゴブリンが登場する本の話をヴィーチェから聞いたけど、確かその度に作者へ間違いを指摘した手紙を送っているとも言っていた。

 ……まさかそこまでするとは。妄想もここまでくると末恐ろしい。


「他の題材はお読みにならないのですか? ミュージカルの題材になった小説が流行ですが」

「確かに色々と教えてくれる先生は『淑女なら流行も知るべき』とお話するから渋々読んではいるわ。ちょっと盛り上がりに欠けるのだけれど」


 ……好みなら仕方ない。一応、ゴブリンに関するもの以外にも目を通してるだけマシなのかもしれない。


 こうしてライラはヴィーチェに付き合い、何軒かの書店へと巡った。

 ゴブリンが出るのなら本のジャンルも問わないようで、絵本、小説、図鑑など所構わず手に取って内容を確認する。

 中にはタイトルにゴブリンと記載されている物があってもそれを無視したりするので買わないのか尋ねてみれば、すでに持っていると返ってくるので厳選してるのではなく、本当にゴブリンが出る本を全て掻き集めているようだ。


「ヴィーチェ様、いくら間違いを指摘してもみんな聞く耳を持たなければどうするのですか……?」

「もちろん、何度だって続けるつもりよ。信じてくれないことには慣れてるわ」


 信じてくれないことには慣れてる、その言葉にライラは少しだけ同情してしまう。

 ヴィーチェの中では妄想が現実だと信じているけど、無駄とも言えるその行為はあまりにも痛々しく、哀れにも思ってしまった。


「それにライラは信じてくれるもの。一人だけでも信じてくれてるのならいつか他のみんなもわかってくれるわ」


 続く言葉には胸がちくりと突かれるような気持ちになった。顔に出ないのはありがたいが、罪悪感は拭えない。

 ライラはヴィーチェの語る話を全て信じると嘘をついた。そうすれば自分より上の爵位を持つ娘である彼女に近づけるから。その結果、お互いに唯一の友になったのだ。

 嘘をつかれたとは思っていない様子のヴィーチェはおそらく純粋なのだろう。騙し騙される世界でもある貴族としてはそれは致命的だ。

 せめてもう少し上手く立ち回ってくれたら……。公爵家の娘ならば処世術も身につけないと。このままではやはり王妃として相応しくないと言い出す貴族が出てくるだろう。いや、すでに出ているのかもしれない。

 万が一、エンドハイトとの婚約が破棄になってしまったらヴィーチェは今以上に笑いものにされて、もう社交界では生きていけないのかもしれない。

 そうなれば彼女の友人となるライラにも飛び火がくる可能性もある。それだけは避けてほしいところ。


 安泰の未来が明確にならない以上、不安は拭えない。ライラはまた人知れず溜め息を吐き捨てた。


 その後も書店を梯子し、ヴィーチェの目的が終わったので休憩のためにカフェへと向かうその途中、何やら人々が騒いでる場面に出くわした。

 病人か怪我人が出たのか、街の人達が担架で一人の男性を運んでいる様子。そんなに騒ぐほどの重体者なのかはわからなかったが、目の前を横切った際に視界に入ったその男性の症状を見てライラは驚いた。

 なぜならその男性は顔や腕の肌が深い緑色に染まっていたのだ。


「病人かしら?」


 慌ただしく医師の元へ連れていかれたであろう男性を見送ったあと、ヴィーチェが呟く。どうやら彼の症状がどんなものかは知らないらしい。


「ヴィーチェ様。先ほどの方はおそらく緑肌病に患った方です」

「りょくはだ、びょう?」

「その名の通り肌が緑色になる病気です。ただその原因は不明で治療法もまだないそうです」

「詳しいのね、ライラ」

「以前読んだ本に載っていましたのでたまたまです」

「そうなのね。それってどんな病気なの?」

「症状の差はあるそうですが、基本的に緑化した箇所は固まったように動かなくなるそうです。人によっては症状が進行するそうで、身体の70パーセントが緑化した人は一人では動くこともままならないとか。逆に進行がなく、軽症の人もいるそうですが……」


 緑肌病にかかる者はそう多くないが、治療法がないため医師や薬師達が研究をしている真っ只中である。

 それでもわかったことと言えば感染症ではないことくらいだ。もしかしたら突然変異の可能性があるという噂で、その線で研究を続けているとも聞く。


「恐ろしい病気なのね」

「そうですね、原因がわからないから対処のしようもないので……」

「リラ様の肌色に似てるからいいなぁって思ったのだけど動かなくなるのなら困るもの」

「ヴィーチェ様……」


 こんなときでもリラ様である。もしかしたらこの人も別の病気なんじゃないだろうかとライラは心配した。


「さて、じゃあカフェに行きましょうっ。会ってなかった分の話が沢山あるのよ」


 ヴィーチェの目が輝いている。リラ様との間に起こったあれこれの妄想話が溜まっているのだろう。


(休憩なのに休憩できないわね……)


 おそらく長い休憩になるのかもしれない。そう察したライラは遠い目をしながら「それは楽しみです」と答えた。



 ◆◆◆◆◆



 王都コエクフィスに聳える厳格な城。王位継承権第一位の第二王子エンドハイトはとある人物の部屋へと訪れた。その人物とは四つ歳上の現在十七歳である第一王子アリアスである。

 部屋の扉をノックし、部屋主から入室の許可が降りると、エンドハイトは遠慮なく扉を開けた。


「やぁ、エンドハイト」


 上半身を起こした状態で微笑みながら寝台から出迎えるのは白銀の長い髪を持つ兄、アリアス・オーブモルゲ。細身というよりやつれているという方が正しいだろう。

 七年ほど前から未知の病に侵され、それ以来療養の身となった彼は外にも出なくなったため、その肌は白い……のだが、半分は緑色に染まっていた。

 そう、アリアスは緑肌病を患っている。原因も不明、治療の術はまだない。ただ何とか生きながらえている現状。

 カビが生えたような左頬はエンドハイトから見ても不気味で気味が悪いと胸の中で何度も口にしていた。

 だが、そのおかげで兄の王位継承権は剥奪となり、第二王子に次期国王の権利が回ってきたので、エンドハイトにとっては喜ばしいことである。


「今日は元気そうですね、兄上」


 小馬鹿にするように鼻で笑いながら告げる。エンドハイトは実の兄であろうと、病人となり王位継承権から外れたアリアスを下に見ていた。

 一時は王位継承権第一位に相応しい人物と持て囃され、有能だと褒め称えられた兄に密かなコンプレックスを抱いていたが、今では病人で弱者に成り下がったのでエンドハイトは嬉しくて仕方がない。


「そうだね、今日は気分がいいんだ。薬の効き目が良かったんだろう」


 対するアリアスはどんな態度や嫌みを見せても気にしないと言わんばかりに受け答えをする。そんな不平不満を見せない兄の様子はエンドハイトにとっては不愉快であった。

 お前より上に立っているのになんでもっと悔しがらないんだと訴えたい。しかしそれを口にするのはあまりにも格好が悪い。

 何度もこうして顔を合わせて、相手がもう手に入らないであろう健康な姿を見せつけてやっても妬む言葉も視線も寄越さない。それがまた腹立たしく思う。

 ギュッと強く拳を作りながらもエンドハイトはアリアスに悪意ある発言を向けた。


「薬と言っても気休め程度のものでしょう? 完治する薬はまだ存在しないのですから。兄上の生きているうちに完成するといいのですけど」

「ははっ。相変わらず刺々しい子だ。そういえば最近は婚約者殿の話を聞かないけど、どうなんだい? 仲良くしてる?」


 軽く受け流したと思えば唐突に婚約者の話を投げかけられた。婚約者、ヴィーチェ・ファムリアントの話題になると、エンドハイトは嘆息をつく。


「兄上には関係ないでしょう?」


 幼少時に開かれた王家主催のお茶会にて出会った少女。ゴブリンと会ったなどと有り得ない妄言を吹聴するおかしな娘。

 興味本位で話を聞けば思っていたよりも面白おかしく、話のバリエーションも多いので他の令嬢では味わえない娯楽だと思い、誰かに取られる前に婚約を結んでその玩具と戯れていた。

 しかしここ一、二年でゴブリンの話を聞くのにも飽き始めたのだ。向こうはゴブリンの話をしてもし足りないと言わんばかりに捲し立てるが、もう興味はなくなった。

 だからわざわざ会うこともなくなったし、顔を合わせるのも互いの誕生日くらいなものである。


「関係なくはないだろう? 将来的には私の義妹にもなるのだから。楽しみにしてるんだ」

「楽しみにしてるなら兄上にあげますけど。もう飽きたので」


 押し付けることができるなら喜んで押し付けたい。そう思ってヴィーチェを差し出す発言をすると、アリアスは困ったように笑みを浮かべる。


「エンドハイト。冗談でもそんなことを言うのは良くないよ。しかも婚約者の女性を物のように扱うのは品がなくて好ましくない」


 品がない。その言葉にプライドが傷つけられたエンドハイトはカッと血が上った。


「偉そうに説教か!? 私より下に成り下がった負け犬が! 品のないゴブリンみたいな色をしてるくせに!」


 感情的に怒鳴りつけるエンドハイトはそのままアリアスの部屋を出ると、大きな音を立てて扉を閉めた。


 その際、兄に冷めた視線を向けられていたことにエンドハイトは気づかなかった。


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