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兄は妹のためと思い街へ連れて行く

 ヴィーチェの三歳年上の兄、ノーデルは真剣な表情で悩んでいた。それは妹、ヴィーチェのことである。

 十三歳となり、健やかに育っているはずの妹がいまだにイマジナリーフレンドについて口にしているからだ。

 七歳の頃から突然ゴブリンのリラ様とやらについて語り出したのが始まりである。

 当時は医師に診てもらったが、正常な過程であると聞いた。しかしそれは児童期までには卒業するとも話していたので、まだイマジナリーフレンドについて語るヴィーチェの様子は父や屋敷の使用人ともども気にかかっている。


 最近、また医師にヴィーチェを診てもらった。医師は困り果てながらも「成人になってもイマジナリーフレンドを持っている者も稀にはいます」と語る。

 さすがに心の病ではないかと父が問いかけても、自他ともに傷つける様子がなければ病ではないと解答されてしまう。

 あまり納得はいかなかったが、医師が適当を言っているようには見えないので、結局いつもと変わらずヴィーチェのイマジナリーフレンドについては見守ることとなった。


 しかしヴィーチェももう十三歳。あと二年もすれば寮生の貴族学院へと通わなければならない。今のままではあまりにも生きづらい学院生活を送るだろう。


 すでに寮生活を送り、夏季休暇のためファムリアント家へと帰省していたノーデルはそう考えていた。

 同時に妹が楽しい学院生活を送るためにはどうしたらいいのかと思案した結果━━。


「ヴィーチェ。一緒に出かけないかな?」


 もっと外へ出してやるべきではないかと結論を出した。家にこもっているから想像力も豊かになりすぎたゆえにイマジナリーフレンド離れができない可能性があるのだと。

 元よりヴィーチェは屋敷にいることが多い。街に行かなくても欲しいものは侍女を通じて購入することもできるし、商人を呼び寄せることもできる。

 脱走したとしても街までは距離があるので私有地の範囲だろう。だからヴィーチェは外の世界について知らないことも多々ある。

 だからこそ彼女はもっと別のことに刺激を与えなければ。このままではずっと架空の魔物に想いを馳せるだけだ。

 ……過去に魔物の森にいたという事件もあったが、あれはたまたまなはず。ノーデルはそう信じて疑わなかった。


「お出かけ?」

「ヴィーチェはあまり街に行かないだろう? 僕ももうすぐ夏季休暇も終わるし、ヴィーチェと出かける時間を過ごしたいんだ」


 思えば父の手伝いや自身の勉学に時間をかけていたこともあって、あまりヴィーチェに構ってやれなかったためイマジナリーフレンドを作ったのかもしれない。

 亡きお母様が『ヴィーチェに優しくしてあげてね』と言葉をくださったのに、と思い出したノーデルは自分を少しだけ責める。

 苦々しい表情を少し見せるが、すぐにその顔を戻した。大人のような落ち着いたものへと。


「お兄様、忙しくないの?」

「今日は暇があるよ」


 きょとんとした様子の妹の目から見てもやはりノーデルは普段から忙しないイメージを抱かれていたようだ。

 邪険には扱っていないが兄らしいことはあまりしてないという自覚が胸へと突き刺さる。 


「ショッピングしたり、カフェで休んだりとか。どうかな?」

「うんっ。行くわ!」


 嬉しそうな表情で誘いに乗ってくれた。そんな妹にノーデルは断られずに済んだと安心する。



 ◆◆◆◆◆



 馬車でファムリアントの領地であるストブリックへと向かった。まずは街で散歩ついでにストブリックについての説明をしようとノーデルは口を開く。


 ファムリアント領地、ストブリックはいくつかの鉱山がある。そのため宝石採掘や加工業が多いが、それだけではなく衣類産業も発展している。特にストブリックの織物や染物は有名で、宝石を塗料にしているため貴族の人気が非常に高い。

 宝石についても質が良く、職人の腕がいいためブローチや指輪など素晴らしい特産品となった。


 しかし元々は宝石採掘のみを生業として流通していたが、今は亡きノーデルとヴィーチェの母、アンティの提案により加工職人の育成からの増員、宝石を使用した美容製品や食品の開発、そして衣類産業を立ち上げたおかげで特産品が沢山生み出された。

 その投資は計り知れなかったが、全てを成功させた彼女には先見の明があると言われていた。彼女がいなければストブリックはここまで盛んにはならなかっただろう。


「つまり、お母様のおかげでこの街はとても活気づいているし、観光名所にもなっているんだよ」

「さすがお母様ね! お母様のお言葉はいつだって正しいもの!」


 ふんす、と自慢げヴィーチェ。そうは言ってもヴィーチェを産んだのち亡くなってしまったので、ヴィーチェにとって母親の記憶はないに等しい。母の人柄も温もりも思い出も知らないと思うと気の毒に思える。

 それでもヴィーチェは母がいなくても哀愁を漂わせることはない。強い子なのか、それともただ内に秘めているのかノーデルにはわからなかった。


「ヴィーチェ、まずはカフェに行こうか? 鉱物を模したスイーツがあるんだって」

「ほんとっ? 見てみたいわっ!」


 母のいない寂しさを埋めてあげようとノーデルはヴィーチェが好きそうなカフェへと案内した。

 ルビーの輝きのような木苺のゼリーやカップケーキに突き刺さるアメジストの結晶はグレープ味のチョコレート。それらがテーブルに並ぶとヴィーチェは目を輝かせながら頬張った。

 女性に人気のカフェなのでヴィーチェも気に入るだろうと思って連れてきたが、実際にこうして美味しそうに食べる様子が見られたのは喜ばしいこと。

 おそらくヴィーチェの感性は一般的な女性と同じだと思う……のだが。


「リラ様にも食べてもらいたいわ。次の誕生日プレゼントにしようかしら?」


 なぜイマジナリーフレンドがゴブリンなのか。友人としてなら百歩譲って良しとするが、どういうわけか恋愛対象である。

 あの醜く、野蛮な魔物を好いてるのがいまだに理解できない。美的感覚は悪いわけではないはずだが、趣味が悪いのだろう。……しかしこのままでは良くない。


「ヴィーチェ……いつまでもリラ様に心酔するのは良くないよ」


 ぽつりと言葉にする。あまりヴィーチェの趣味を否定する気はないが、その相手がゴブリンだと思うとその感性を正さねばならない。


「淑女となるからにはゴブリンを崇拝するのも良くない。それにヴィーチェはエンドハイト様の婚約者でもあるんだから彼に恥をかかせない女性にならないと」


 エンドハイトとの婚約についてはノーデルも父と同様に乗り気ではない。早く妹を解放してくれと願わずにはいられないくらいだ。

 しかしいまだその婚約は健在だから不満ではあるが、ヴィーチェにも次期国王の妻という意識をしっかり持ってもらわなければならない。

 第二王子の婚約者だから余計にヴィーチェへ注目が集まるし、最近ではゴブリンの妄言をする彼女のことをゴブリン令嬢と呼んでいる者が一部いる。

 ノーデルは大事な妹を嘲笑の的なんかにされたくないのだ。


「違うわ、お兄様っ」


 カチャと銀フォークを置いたヴィーチェが口を開く。


「私が恥をかかせられない相手はリラ様なの! そのために立派なレディーになれるように頑張ってるのよっ。エンドハイト様はただのリラ様ファン仲間なんだから」

「……ファン?」

「リラ様のお話を聞きたがるのだもの。王子もリラ様のファンなのよ」


 得意げな顔をする妹にノーデルは返す言葉が出てこなかった。


「それに恥をかきたくないのなら向こうが婚約破棄したらいいのよ。私はリラ様以外と結婚する気ないんだし、なんでしたくない婚約までさせられて王子の顔色を窺わなきゃいけないの?」

「それは……王子の反感を買ってヴィーチェが酷い目にあったり、他の貴族から嘲笑されたりしてほしくないからだよ」


 全部ヴィーチェのことを思って。だから狂言や奇行は抑えてほしいと考えるノーデルの言葉は少しでもヴィーチェに伝わるだろうか。


「大丈夫よ、お兄様っ。そんなの気にしないわ! むしろ障害があればあるほど恋は燃えるものだもの!」

「ヴィーチェ……」


 全然伝わらなかったため兄は肩を落とした。


「でも、お兄様が私のことを思ってくれたのは凄く嬉しいわ。ありがとうっ」

「……」

「それでも私は我慢したくないの。だからこれからも自由に好きな人を好きだって言うわ」


 自由に、と告げるヴィーチェの言葉を聞いてノーデルは過去の記憶が蘇った。


 ヴィーチェがまだ母のお腹の中にいた頃の記憶。まだ三歳だった幼いノーデルに向けて母が何度も口にしていた言葉だ。


『ノーデル。妹が生まれたら優しくしてあげるのよ。感情や正論を押し付けないで、ヴィーチェの自由にさせてあげて』


 先見の明があると言われる母の言葉。幼いながらも母の思いを心のどこかに留めていたのだろう。忘れてしまっても無意識にその言葉に従ってヴィーチェを自由にさせた。

 自由にさせすぎて放任になってはいないか気がかりではあったが。

 母も妹も『自由』というのならノーデルはこれ以上ヴィーチェに世間体を押し付けないようにしようと決めて、小さく笑った。


「わかった。お前は簡単に意志を曲げるような子じゃないからね」


 軽く頭を撫でてやり、ヴィーチェの語る自由を尊重する。

 しかし好きだという相手がイマジナリーフレンドで、しかもゴブリンというのだけはどうにかならないだろうかとノーデルは心労が大きくなった。

 ……もう少し大きくなればその趣味も変わるだろうか。そう思いながらノーデルはヴィーチェの将来に期待するしかなかった。


 その後、本が欲しいというヴィーチェに従い、書店へと向かったのだが、全てゴブリンの出る絵本や小説を手にするのでノーデルは何とも言えない気持ちになりながら彼女を見守るのだった。


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