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ゴブリンは公爵令嬢にゲームを教わる

「……さすがにおかしい」


 ヴィーチェと出会ってすでに六年ほどの歳月が流れた。会う頻度は前と変わらず月に二度。毎日会う日に比べたら遥かにマシなのだが、一年経っても二年経ってもヴィーチェはリラ離れをしない。

 子供は成長すると行動範囲が広がるため、興味が引くものも沢山あるはずなのに、なぜ娘はいまだに会いに来るのかリラは理解できなかった。


「唐突にどうしたよ?」


 ヴィーチェと会う日。狩りのついでに行くため、他のゴブリン仲間達とともに村を出た。

 そしてリラの呟きに反応するのが友人のアロン。


「娘が全然ゴブリン離れしないんだよ……」

「あー……もう五年くらいか?」

「六年だ」

「おチビちゃん健気じゃん。それに初めて会ったときに比べたら大きくなったよな。まぁ、それでもおチビちゃんのままだけど」


 アロンはたまにヴィーチェの顔を見に来る。からかうためでもあるが、心境の変化はないかという確認のためでもあった。


「あと四年だな」


 にやりと不敵な笑みを浮かべる友人の様子にリラは「何のことだ」と尋ねた。


「おいおい、もう忘れたのか? 十年経ってもおチビちゃんがお前のことを想い続けてたらお前が俺に全身マッサージをするって賭けのことだよ」

「ぐっ……」


 そうだ。そうだった。リラは思い出した。

 十年もあればそのうちヴィーチェは魔物の森に通うことはなくなるだろうと高を括っていたことを。だからアロンの賭けにだって乗ったのに。

 すでに賭けとなる日数が半分以上過ぎていた。このままでは本当にアロンへ全身マッサージをするはめになってしまう。


「……まだ四年あるだろ。勝ち誇るな」

「もう四年しかないんだよ」


 ムカつく。もう賭けに勝った気で笑うアロンに腹立たしく思ったリラは彼の後頭部を叩いた。


「あだっ! おまっ、言い返せないからってすぐに手を出すなよな!」

「うるさい」


 図星だった。だからといってそれをわざわざ認めるわけにはいかないので、リラはそのまま逃げるように狩りに向かう集団から離れていつもの単独行動に出た。


 ヴィーチェはなぜ今も自分に会いに来るのか。リラは何度もこの考えを繰り返していた。

 正直モテるほうではない。アロンのような陽気で誰にでも分け隔てなく話をする奴の方が人気だ。

 せいぜい他のゴブリンより強いだけでこうも人間の子供に懐かれるのが理解できない。好きだのなんだのと言うが、人間の、しかも子供の言うことなんて本気にするほうがどうかしている。



 ◆◆◆◆◆



「貴族のお嬢様ってのは巷では何が流行ってるんだ?」


 ヴィーチェとの時間。リラは無意識に尋ねた。最近の出来事を語っていたヴィーチェは突然の問いに何を思ったのか瞬きをする。


「私の流行りは常にリラ様よ!」

「早くその流行を終わらせてくれ。……いや、そうじゃなくてお前以外のお嬢様の流行りだ」

「流行り……何かしら?」


 マジかよ。良いとこの娘だってのに世間の流行も知らないのか?


「あ、思い出したわ。演劇だったはずよ。流行りも勉強しなさいって先生に言われてたの」


 ヴィーチェが話す先生とやらはその名の通り、令嬢としての作法や勉強などを教える人物のことを指しているらしい。よく愚痴っている。

 しかしヴィーチェなりに「リラ様に相応しいレディーになるために!」と自己完結して勝手に立ち直っていた。頼むからそんな目的は捨ててくれと願うばかりである。


「えんげき?」

「えーと、例えば本の物語とかを人が演じて観客に観せる娯楽のひとつよ」

「そんなのが楽しいのか?」

「本が苦手な人は楽しめるし、人気の演者ならその人を見るために通う人もいるわ」


 人間の生活は変わっている。そもそも娯楽が魔物の俺達よりも豊富なんだ。羨ましいかはわからないが、随分と生きるのが楽そうだなとは思う。

 ゴブリンの生活なんて力のある奴は狩り、手先が器用な奴は料理や洗濯。頭の良い奴は罠作りや薬作りで分担しても一日はあっという間である。娯楽なんて少ないもの。


「演劇も色んな種類があるの。剣劇とか、ミュージカルとか。でも貴族の令嬢に一番人気なのはラブストーリーだわ!」


 ミュ……? と聞き慣れない単語のあとに出てきたラブストーリーという言葉にリラは渋い顔をする。なぜならヴィーチェがそのラブストーリーを口にした途端目を輝かせたから。


「嫌々観に行ったことがあるけど、とーっても良かったわ! 男優の方は全然好みじゃなくて感情移入はあまりできないのだけど。でもドキドキハラハラする内容だし、身分違いの恋とかまるで私とリラ様みたいで共感しちゃったもの!」


 嬉々として語るその話にリラは心の中で「身分違いの恋、ね」と呆れるように呟く。

 確かに自分は人間にとっては薄汚い魔物のゴブリン。そして相手は高貴な令嬢。身分どころか種族違いもある。あとは年齢差もあるか……と、考えたところでリラはハッとする。子供の戯言に何を真剣になっているんだと頭を振った。


「いつか私とリラ様の恋愛を舞台化できるように頑張りましょう!」

「何を頑張るんだよ。そもそも恋愛してないだろっ」


 いきなりぶっ飛んだことを言う。そんなゲテモノな話を誰が観るんだよ。悪趣味だろうが。


「私が大人になれば、よね? もちろんわかってるわ!」


 何もわかっていない。いい加減目を覚ましてくれ。人間としてのまともな感性を早く手に入れてくれ。


「……それより、他にも人間の生活には娯楽が溢れてるだろ。俺と会うよりそっちに費やしたらどうなんだ?」

「リラ様のために生きてるのにこれ以上リラ様に会えないと死んでしまうわ! 娯楽よりリラ様! むしろリラ様が私の生きる糧よ!」


 重い。というか大袈裟だろ。


「そもそもお前は王子の婚約者だろ。生きる糧の相手が違うだろうが」


 そう。こいつは王子の婚約者。なんでこんな奴が? と、不思議なことではあるが。いまだにその婚約の糸は切れていないのだからどちらにせよ嫁ぐ相手は変わらないだろう。


「王子はリラ様のファンだと思うの」

「今の流れでどう考えたらそんなとんちんかんな返事になるんだ?」


 そもそも会話になっているのかこれは? リラは毎度のことながら頭が痛くなってくる。


「だって王子はリラ様の話を聞きに来るんだもの。作り話だと思って信じてないけど、普通は何年も聞きに来ないでしょ?」

「お前が普通を語ることが違和感でしかないな」

「大人になってる証拠ねっ」

「前向きに受け取るな。続きを言え」

「例え作り物だと思っても私が語るリラ様の活躍を王子なりに楽しみにしてるよ。それも仕方ないわよね、だってリラ様は素敵だもの! 誰もが魅了する格好良さだから!」


 俺には魅了効果はないが。そう口を挟もうとするもヴィーチェはその隙を与えず話し続ける。


「もしかしたら王子は気づいてないだけでリラ様のファンなのかもしれないわ。ファンクラブを設立してもいいかもしれないわね」

「やめろ! 魔物だぞっ!」


 ファンクラブがどんなものかはわからないが、ヴィーチェが口にするのだからおそらく怪しい宗教のようなものだろう。そんなのまともな人間の考えじゃない。


「とはいえ、リラ様の話が聞きたいから婚約を破棄してくれないのは困ったわ。こっちからの婚約破棄は受け入れてくれないってお父様も言っていたのよ。別に婚約破棄してもリラ様のお話ならいつだってするのに」

「それ以前に俺の話をするな……」


 ヴィーチェが他人にゴブリンの話をするのはいつものことすぎて危機感が薄れてくるが、本来なら人間にゴブリンの情報を横流ししているようなものだ。

 ……まぁ、周りの奴らが信じてないのが幸いである。


「でもリラ様が貴族令嬢の流行を知りたがるなんて思ってもみなかったわ。もしかして私のために……!?」

「何を想像してるかはわからないがお前のためじゃないからな」

「流行りを聞いてデートをしてくれるとか」

「しない!」

「ふふっ、照れなくてもいいのに。それに今がデートみたいなものよね。私ってばうっかりしてたわ」


 相変わらずの都合のいい解釈。これがデートなんて俺は認めない。


「そういえばリラ様の最近の流行りは何?」

「ない」

「何も?」

「ないったらない。こちとら普段の生活をしてるだけで時間がなくなるんだよ。人間様のように娯楽に費やす暇はない」

「でも私と話をしてくれる時間はあるのね! 娯楽じゃなく生活の一部になってくれて嬉しいわ!」

「……」


 にこにこにこにこ。嫌みだったらどれだけ良かったか。心の底から思っているであろう台詞に対抗する言葉が思いつかない。

 ……確かに、こいつと関わっているのは娯楽じゃない。ただの子守りだ。癪だがヴィーチェの言う通り生活の一部になっている。いや、そもそもなんで俺はいまだに子守りを続けているんだ?


 そんな自問自答するリラの心情を知る由もないヴィーチェは話を続ける。


「そういえば以前リラ様のご趣味を聞いたときは狩りだって言ってたわね。今も変わらず?」


 結構前にそんな話もした記憶がある。それこそ会って間もない頃だったか。何でも知りたがるがゆえに矢継ぎ早に質問を繰り返していたな。


「そうだな。っつーか、それしかやることないし」

「仲間達と遊んだりとかは?」

「ガキの頃なら擦り切れた布を丸めたやつを紐で結んでボールにして投げたり蹴ったりはしたな。さすがに今はそんなガキの遊びなんざしないっての」

「! それなら心理戦ができるゲームなら大人でも楽しめると思うの!」


 何かを思いついたような表情で手を叩く娘。なんだよ、心理戦ができるゲームって。何もわからないまま奴は「次会うときに持ってくるわ!」と宣言した。



 ◆◆◆◆◆



「なんだこれは?」


 次の子守りの日にヴィーチェは透明のケースに入った紙の束のようなものを取り出した。手の中に収まるそれは見たことがない物だが、さすがに武器とかではないだろうとリラは警戒しなかった。


「これはねプレイング・カード。色んなカードゲームができる優れものよ」


 カードゲーム。いまいちピンとこないが、おそらくそれが前に言っていた心理戦ができるゲームとやらか。


「ハート、スペード、ダイヤ、クローバーの4種に1から13までの意味を持つカード、計52枚のカードなの」

「……多いな」

「でもわかりやすいわよ。ほら」


 差し出された束を手に持つ。そのまま一枚ずつ確認してみた。確かに模様と数字が書かれていて、赤と黒で描かれているのでわかりやすくはある。

 その途中、ジョーカーと書かれた札が目に入った。道化のような姿が描かれ、少し異質に感じるそれをリラはヴィーチェに見せる。


「なんだこれ?」

「それは52枚のカードとは違うカードのジョーカー。ゲームによってはそれがあると有利だったり不利だったりするの」


 特殊な意味を持つカード。ゲームによって幸か不幸か変わるわけか。面白いカードだなと思いながらリラはそのまま他のカードも流し見をしていく。すると今度は別のカードが現れた。


「数字以外のものもあるぞ」

「Jはジャックで11、Qはクイーンで12、Kはキングで13、Aはエースで1として扱うわ」

「あー……キングが最強か」

「最強なのはエースよ」

「キングよりもか」

「うん」

「よくわからん」

「今からするゲームにはあまり関係ないから気にしなくてもいいわ」


 ルールを覚えさせられるのかよ。面倒くせぇ……。そんな態度を出してもヴィーチェは気にせず、カードの束を手の中でシャッフルさせた。

 そしてカードをふたつに分けて、そのうちの一束をリラに差し出す。


「このカードの中から同じ数字が二枚あったらここに捨てて」


 そう告げると座ってる岩の上に数字が揃ったカードを置き出したのでリラも同じようにした。


「今からするのはオールドメイド。互いのカードを一枚ずつ引いて、同じ数字が二枚揃ったらさっきみたいに捨てていくの。本来はクイーンを一枚抜いて奇数になったクイーンを最後まで持っていた人が負けっていうルールなんだけど、今はジョーカーがその役割を果たしてるわ。見た目的にもわかりやすいしね」


 思いのほかあっさりとした内容。とにかくジョーカーを持ってなきゃいいわけか……と、リラは自分の持つ札を見てみれば噂のジョーカーが彼の手の中にあった。


「私の手札にはジョーカーがないからリラ様が持ってらっしゃるのね!」

「……これのどこが心理戦になるんだよ」

「リラ様の持ってるカードを私に見せないようにして差し出すの。どこにジョーカーがあるかはわからないから私にジョーカーがいく可能性もあるのよ」


 なるほど。上手いことこのジョーカーを相手に擦りつけたらいいわけか。……自分の手の中にあると思うと忌々しくなるな、このジョーカーとやらは。


 こうしてリラとヴィーチェはオールドメイドを始めたが勝負はすぐについた。ジョーカーはヴィーチェの方へ行ったきりリラの元には返ってこなかったからだ。運が良かったのだろう。

 しかしどのカードを引こうとしてもヴィーチェの表情はにこにこするため、リラはどこにジョーカーがあるのかわからなかった。そしてこれが心理戦かと理解する。


「リラ様ってお顔の表情が変わらないからジョーカー以外を探すのは難しかったわ」

「お前はずっとにこにこしてたけどな」

「リラ様とゲームができるなんて嬉しくて楽しくてっ」


 わざとじゃなく普通に楽しんでたのかよ! 心理戦はどうした! ……いや、いいけど。たかがガキのゲームだし。

 いちいち反応するのも面倒だと思ったリラはそのまま聞き流そうとした……が。


「あ、このカードはプレゼントするからリラ様のお仲間の方々と楽しんで!」

「は?」


 唐突にプレゼントされたカード。間抜けな声を上げるもヴィーチェは気にせず言葉を続けた。


「オールドメイドも二人よりもう少し人数を増やした方が盛り上がるのよ!」

「いや、いらな━━」

「他のゲームもあるからぜひみんなに教えてあげてねっ」


 人の話を聞きやしない。まぁ、そこまで高価なものじゃなさそうだから気負う必要はないか。……いや、こいつに気負う必要なんてないけど。


 結局押し付けられるようにプレイング・カードを受け取ったリラはその後、オールドメイドのルールを少し変えたゲームを教えられた。

 ジョーカーの代わりに好きなカードを一枚だけ抜いて、最後までなんのカードが残るのか分からないまま進めるタイプのルールである。

 他にもメモリーというゲームも教わった。これはカードを全部裏返ししたのち交互に二枚ずつひっくり返し、同じ数字を揃えたら自分の手札にするというもの。手札が多いほうが勝ち。

 ゲームをする分には楽しかったが、これがはたして仲間内で盛り上がるかどうかは別である。


 と、リラは訝しげながらもヴィーチェと別れたあと、アロンを含む仲間達にプレイング・カードとゲームのルールを説明したら夜遅くまで盛り上がり、プレイング・カードは娯楽の少ない村の中で爆発的に流行したのだった。


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