ゴブリンは公爵令嬢の誕生日祝いを求められる
十五日に一度の人間の子守り。毎日会って小娘のことばかり考えていた頃に比べると精神的にもマシになってくると期待していたリラだった。
しかし、毎朝ヴィーチェから貰った日付時計を見て「今日はあいつに会う日」「今日は会わない日」と確認をするため結局毎日ヴィーチェのことを考えている現状にリラは嘆息をつく。
早く娘が離れてくれない限り、一日に一回はヴィーチェのことを考えてしまうのか、と。
「もうすぐ誕生日なの!」
「……」
そんな十五日に一度、ヴィーチェとの対面が幾度も続いたある日。夏の月となり、森の中の草木や土の香りが強くなった。
木漏れ日程度の日光しか差し込まない魔物の森の中は過ごしやすい方である。令嬢の衣服も涼し気なものに変わってしばらく経っていた。
そこへ告げられる誕生日という単語にリラは苦々しい表情をする。絶対に「祝って!」と言われるのが目に見えたからだ。
「八月三日が誕生日よっ」
あと十日であった。ヴィーチェからの誕生日プレゼントで貰った日付時計のせいと言うべきか、あれを家の前に飾ってからというもの、リラの村では長らく使われていたゴブリンの暦より人間の暦で月日を数えるのが流行ってしまった。
そのためリラも自然と人間が使う暦を理解していく。不本意ながら。
「……そうか」
「お祝いしてね!」
やっぱりな。想像通りだったためリラは大きな溜め息を吐き捨てる。
「祝いの言葉ならいくらでもやるがプレゼントなんかできないからな」
「結婚式に指輪をくれるからね!」
「なんでそうなるんだお前は」
飛躍しすぎなんだよ。そう告げるもヴィーチェは頬に両手を当てて何かを羨望するような表情を見せた。
「リラ様から妻の証である指輪をいただけるだけで何もいらないものっ」
「待て。指輪を与えるだけでそんな意味が込められてるのかよ」
指輪の存在は知っている。リラにとっては魔法使いの魔力等を補助するという装飾品として。しかしそれ以外の意味を知ってそんなものを尚更あげたくはないと心に決めた。
「結婚式は結婚指輪を交換するのよ」
「お前、絶対に俺への指輪を用意するなよっ!?」
指輪の交換と聞いて、お金持ちのご令嬢であるヴィーチェならやりかねないと判断し、釘を刺す。
「結婚するまでは我慢するわ」
「絶対にそんな日はこないからな」
「ふふっ、リラ様の恥ずかしがり屋さん!」
「相変わらず良いように捉えやがって……」
所詮は子供の言うことだ。ムキになるのも馬鹿らしい。そう思って適当に流そうとするが、お喋り大好きな娘の話はまだ続きがあった。
「それでね、誕生日の翌日はリラ様にお会いしたいの! 十五日は経ってないけど、早くリラ様からのおめでとうが聞きたくて!」
「……」
ヴィーチェの申し出にリラはどうするか考えた。数日早まる子守り。ちゃんと日程は守れと突き放してもいいが、自分の誕生日にはとても高価な素材を使った日付時計を貰ったので娘の誕生日であろうとそのくらいの要求は飲むべきか。
それに毎日会うときに比べると少し早まるだけであって叶えられない願いでもないし、人間の娘に施しを受けてばかりなんていられない。
「まぁ、そのくらいなら許す」
「ほんと!? やったー!」
ぎゅっと小さな拳を作って喜ぶヴィーチェ。ただでさえ眩しい小娘は満面の笑みを浮かべるのでさらに輝きを増した。リラの顔が少し逸らすくらいに。
しかしその程度で喜ぶなんて相変わらずよくわからない娘であった。立派であろう家柄のご令嬢なら何でも与えられてるだろうから喜ぶハードルも高いはずなのに。
「でもね、誕生日当日が良かったんだけど、その日はパーティーをするからリラ様に会いに行けないの……」
あぁ、だから誕生日の翌日なのか。娘ならば誕生日当日に会いたいと言いそうだったので少し不思議には思ったが納得した。
しゅん、と残念そうに項垂れるヴィーチェだったがすぐにハッとした表情で顔を上げる。
「そうだわ! リラ様を誕生日パーティーに招待すればいいのよ!」
「やめろ! お前のパーティーどころじゃなくなるし、討伐隊が来るだろ!」
良いことを思いついたみたいな顔をするから何かと思えばとんでもないことを言い出しやがる。
後先考えずに発するヴィーチェの将来がゴブリンながら心配にもなった。
「やっぱりダメなのね……リラ様は人間がお好きじゃないもの」
「お好きとかお嫌いとかそういう問題じゃなくて人間の誕生日パーティーに駆けつけるゴブリンなんてどこにもいないだろ!」
「リラ様が歴史を作るのねっ」
「そんな歴史誰が作るかよ……。そもそも種族としてゴブリンが人間に好意なんざ抱くわけないだろ」
「でもヴィーは人間だけどリラ様大好きよ!」
「お前は人間としてもっと警戒しろ!」
そう言いつけるもヴィーチェは相変わらず「リラ様が心配してくださってるわ!」と喜ぶばかり。
何を言っても前向きに捉えるので、いつも口で負けているような気がしなくもないまま、ヴィーチェの誕生日の翌日である八月四日に会う約束を結んだ。
◆◆◆◆◆
「なるほどねー。それで誕生日の翌日に祝うことになったわけね」
その後、帰村すると友人のアロンが「今日はどうだったんだ?」と聞いてくるので本日の出来事を簡単に告げた。
月に二度の頻度でヴィーチェと会うことになって以来、アロンはヴィーチェと何をしたのか、何を話したのか、その都度尋ねてくるようになったのだ。
おそらく娯楽に飢えているのだろう。何かとリラとヴィーチェのことを気にしているのだ。別に隠すものでもないのでリラも聞かれたら答えるようにはしている。
しかし二人の仲を茶化すことが多いのでその度にゲンコツを与えていた。
「おチビちゃんも誕生日当日に祝ってほしかっただろーなぁ」
「俺には関係ない」
「で? プレゼントは何すんの?」
「は?」
「は? じゃないだろ。やっぱ人間は誕生日に贈り物してもらうのが多いんだし、お前もいいやつ貰ったろ? だからお返しくらいしてやれよ」
さも当然のように言われたリラは納得がいかないため、不満気な表情を見せる。
「そもそも俺はプレゼントなんて望んでなかったのに勝手に用意をしたのは向こうだろ。あれと同じようなプレゼントなんざ俺に用意できるわけがない」
高価な材料を使用した日付時計。これを簡単に作ってゴブリンにやる娘の思考は相変わらずどうかしているが、もしかして上流階級はみんなこうなのか?
どちらにせよ、それに見合うような物なんて何もない。リラにできることといえば魔物を狩ることくらいだ。それをヴィーチェに贈呈してみろ。泣きは……しないな。むしろ興奮の声が上がるような気もしなくはない。
「別にすげーもんを渡せなんて言ってないだろー? そこらに咲いてる花を摘んで渡すくらいで十分だっての。おチビちゃんなら雑草でも喜ぶだろ」
雑草でも喜ぶというのは確かに想像できる。むしろ何を渡せば娘の好意を下げることができるんだ?
それが可能ならぜひとも試したいものだとリラは頭を働かせてみた。
「……魔物の糞でもか?」
「デリカシーのねぇ奴だな。さすがに俺でも引くぞ」
「別に本気で渡すつもりはないし、俺だってそんなもん触りたくねーよ!」
思いっきり蔑むような目で見られた。ただの好奇心で聞いただけなのに冗談の通じない奴だ。
そう告げたら「お前の冗談なんてわかりづれーよ!」と返されたリラは不服でしかなかった。
(……花、か)
魔物が多く住むこの森にはもちろん木々以外の植物も自生しているので花だっていくらでもある。冬の月でなければ。冬に咲く花もあるがさすがに豊富ではないので探すのは大変だろう。
◆◆◆◆◆
八月四日。リラは動き出した。ヴィーチェとの約束よりも早い時間に森の中を見回る。
ただし目線は下。魔物狩りならばここまで下を見ることはなかっただろう。
目的のものを見つけるのにそれほど時間はかからなかった。獣道の脇に咲いている目を引く鮮やかな色や種類の花を発見するとリラはすぐにそれを引き抜く。
手が伸びたのは黄色の花。明るい色の花弁の周りには小さな星のような白い点々が浮かんでいて、夜になるとこの模様が光り、暗い森を僅かに照らす便利な花である。
リラはその花の名は知らないが、夜道を歩くときの目印にしていた。そして星のような瞳をよく見せるヴィーチェを思い出すのである意味ぴったりであろうと考えて。
「……これでいいだろ」
別に何でも良かったし、本当ならば用意するつもりなんてなかった。喜ばせるなんて癪ではあるが、自分の誕生日プレゼントのお返しにしておこう。価値は全く劣るが。けれどそれで喜ぶなら儲けものだろ。
そう言い聞かせるようにしてリラは頭を掻きながら引き抜いた黄色の花を見つめた。
しかしリラは不思議に思う。ゴブリンの女も花を好むが、こんな花の何がいいのか。雑草と同じようなものだろうに、と考える。
確かに草木よりかは目を引く色や形をしてるが、腹に溜まるわけでもないし、すぐに枯れるのだから物持ちがいいわけでもない。
「ゴブリンにしろ人間にしろ、女心ってのはよくわかんねぇな」
軽く溜め息を吐き捨てたリラは目的のものを手に入れたのでそのままヴィーチェとの出会いの場へと向かった。




