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ゴブリンは住処に引きこもり、友人はこの後の展開を楽しむ

 リラはヴィーチェの存在を末恐ろしく感じた。最初こそは何か企みがある怪しい娘だったのに、今では大きくて純粋な無償の愛に怯えるような恐怖を抱く。

 人間がゴブリンを好きになるなんてことがあるのか? いや、普通に考えて有り得ない。

 一部ではあるが、ゴブリンを人間と同じように対等として扱ってくれるようになったばかりで、恋愛として好意的な目で見るなんてあるはずがないのだ。

 想い合うのも夫婦になるのも同種族が当たり前。だからこそ理解できない。異種族同士なんて嫌悪感しかないはずだ。

 人間はゴブリンの容姿を嫌悪し、ゴブリンは人間の醜悪さを嫌悪する。


「……理由が見えん」


 自分は頭が良いわけではない。その分警戒心は高い方だ。そのように生活をしていたリラにとっては理由のない異種族の好意を警戒しないわけがなかった。

 それなのに全くボロを出さないヴィーチェ。それどころか娘の言葉を信じてしまいそうになる己がいる。

 しかしヴィーチェのハイスピードで何よりも重い愛は今のリラにとっては受け止めきれない。押し潰される恐怖すらある。

 だが、それが続けば絆されてしまうような気もしなくはない。このまま自分は人間の娘に飲み込まれてしまうのか。


 ━━いや、それはゴブリンの頭としてそれはあってはならないこと。


 そう考えたリラは体調が悪いと言って一週間ほど誰も自分の小屋へと近づかせなかった。もちろんヴィーチェもだ。


「ボスのくせに仮病かよ」


 一番最初にそれを伝えたアロンから小言を言われたが、本調子でないのは確かなので、すぐにそれを察した友人は「まぁ、一人で考えるのも大事だよな」と、そっとしてくれた。


 最初はあの娘が無理やり乗り込んでくるかもしれないと身を構えていたが、それは杞憂に終わった。

 聞くところによるとヴィーチェは毎日村に足を運んでいたが、体調が悪いのを知っていたこともあり、誰も近づけさせないように指示を出したリラの言葉に従ったらしい。

 それをボス不在の中、仲間達が一日どう過ごしたかを毎日の報告としてアロンから聞いたリラは安堵した。

 それなのに胸がざわつく。何か引っかかる。そんなわけがないという断言さえ芽生える。

 知らないはずなのにまるで娘の言動が手に取るように理解してるような不思議な感覚。


「……ヴィーチェはそう簡単に言うことを聞く奴か?」

「ん? そうだなー。お前の言葉なら素直に聞くときもあれば、お前の身に何か起こったときは我先にと駆けつけてリラが何を言っても耳を貸さないときもあるな」

「じゃあ……今あいつが大人しいのは普通じゃないのか?」

「おっ。記憶がない割にはよくわかってんじゃん。それとも思い出しかけてんのか? ご名答だよ。いつものおチビちゃんなら絶対お前の元へ飛んでくるはずなんだよな」


 当たった。当たってしまった。なぜか抱いた違和感の正体に。当たっても嬉しくないのに、娘が通常ではない行動を起こすことが漠然とした不安に繋がる。


「やっぱおチヴィーチェなりに自分の記憶がなくなったリラに気を遣ってんのかもな」

「……今さらか?」

「だってお前、この前おチビちゃんをその気もなく押し倒しただろ。恋心を弄ばれちゃいくらあいつでも思う所くらい出てくるだろうし」


 また責められてるような気がした。

 俺がそんなに酷いことをしたっていうのか。そう反論したかったが、脅しとしてヴィーチェを床に押し倒した一連の流れを思い出す。

 ……確かに、喜んでいたように見えた。演技でなければ。

 彼女を弄んだつもりは全くないし、ただ化けの皮を剥がしたかっただけだが、ヴィーチェからしてみれば最初から疑惑の目ばかり向けられていい感情ではなかったはず。


「はっきり言うけど、おチヴィーチェのことを受け入れる前のお前の方がまだ優しかったな。今のお前は記憶がないとはいえ拒みすぎだし、あいつのことを知ろうともしないしさ」


 そう言ってアロンは「じゃあ俺は帰るからなー」と先ほどまでのチクチクした言葉とは違い、軽い物言いで出て行った。

 友人の話は心臓に刺さる言葉ばかりだ。まるで今の俺は許されない存在と言われているような気もする。

 なんで俺ばかり色々言われるんだよ。そう思うと同時に確かにヴィーチェのことを知ろうとせず遠ざけようとしているのも事実である。

 本音を言えば関わりたくない。村のボスとしてはあまりに情けないことだが、あの娘には言いようのない恐ろしさを感じる。

 しかしこのままでは良くないという焦りもある。まるで心がふたつあるような感覚だった。


「……」


 リラは静かに決心した。


 その翌日、リラは一週間ぶりに住処から姿を見せた。それを見た仲間達が心配するように声をかけてくる。アロンもその一人でリラの元へと歩み寄った。


「おっす、リラ。ようやく引きこもりから脱出か?」

「……アロン。俺は今からファムリアント家に向かう」

「お? そりゃまたどうして?」

「ヴィーチェのことを直接公爵から話を聞きたい」


 それはヴィーチェのことを知るために必要なことだと思った。アロンの言葉がリラの胸に刺さって抜けず、そのまま突き動かされたのだ。

 娘のことを恐ろしく思うのもおそらくヴィーチェのことを知らないから。だからまずはヴィーチェのことを知ろうと腰を上げたのだ。


「いいじゃん、行ってこいよ。今日はいい日だし」


 アロンは歯を見せて笑いながら背中を叩いた。確かに今日はいい天気だし、出かけるにはちょうどいいだろう。


「ヴィーチェの奴が来てもまだ寝込んでるって言っとけよ」

「りょーかい」


 ようやく外に出たが、その日もアロンに村を任せることにし、リラはファムリアント公爵家へと向かった。



 ◆◆◆◆◆



「まぁ、どのみちおチビちゃんは今日来ないんだけどな」


 村のボスの背中を見送りながらアロンは呟いた。笑みを浮かべながら。

 あとで知ったらリラはどう反応するのか楽しみだなーと思いながら、彼は後頭部に両手を回した。


「リラに何か言ったの?」


 リラとアロンの様子を見ていたルナンに声をかけられる。不思議そうな表情をしているものだからアロンは答えた。


「まぁな。ちょっとばかし揺さぶらせた。おチヴィーチェがあえてリラに会いに行ってないってのをな」

「……バラしてないでしょうね?」

「もちろん」


 ヴィーチェがリラに顔を見せないのは意図を持ってのことだった。

 リラが引きこもった初日、体調不良で家から出てこないと知ったヴィーチェは「すぐにリラ様のお世話をしなきゃ!」と飛び込む勢いだったが、それをルナンが止めた。

 「あいつのことだからどうせまたヴィーチェを適当にあしらうわ」と考えた彼女はヴィーチェにこう助言したのだ。


『たまには距離を取ってリラに寂しい思いをさせてやりましょ』


 ヴィーチェはどうして? と首を傾げたし、リラにそんな思いをさせたくないと否定的だった。

 しかしルナンは「恋愛には駆け引きだって必要よ。特に今はヴィーチェとの記憶がないのだから緩急をつけるくらいしないと意識してくれないわ。だから一度距離を置いておくのよ。いつもと違う距離感は絶対リラに効くから」と。

 ヴィーチェは悩んだが、リラが体調不良というのを信じていたこともあり、休養も必要よね。と口にし、ルナンの案を飲んだ。

 リラと会えなくてうずうずしていたが、いつかまたリラとの距離が縮まることを夢見てヴィーチェは耐えていた。

 ルナンとヴィーチェの会話を聞いていたアロンは面白いと思ってリラには黙っていたが、ルナンの言う通り本人が少し気にしていた様子を知り、そのまま追い打ちをかけてやった。


「やっぱさ、今のリラはちょっとムカつくんだよ。おチビちゃんを蔑ろにしすぎ。あいつだから全然ダメージ受けてないけどさ、普通なら立ち直れないかもしれないじゃん?」

「そうね」

「もうすぐ夫婦になる予定だってのにさ。……このままもし、おチヴィーチェを娶らないなら俺があいつを住まわせてやろっかなー」

「……ちょっと。それ、どういう意味で言ってるわけ?」


 ルナンの目つきが鋭くなった。それもそのはず、緊急事態でなければ男女が同じ家に住む意味なんて限られる。


「待て待て、勘違いすんなって! そういう目でおチビちゃんを見てないっての! あいつはあくまで妹分でありペット感覚だって!」

「ふーん?」


 ああ、まずい。ガチで勘違いされる。そう思ってアロンは焦る。

 友人の女を掠め取るつもりなんてこれっぽっちも思っていないのだ。

 確かにヴィーチェは一緒にいて面白いし、からかいがいもある。おそらく付き合うならそういう奴の方が絶対楽しい。

 だが、ヴィーチェはリラに一途だからこそアロンは彼女を気に入ってるのだ。

 アロンにとってリラは尊敬できるボスであり友人だ。仲間思いで強いし正直同じ男として憧れだってある。

 けどそんな友人に浮いた話がないことを少々残念に思った。堅物なのもあるし、男が憧れる男は村の女にとって刺さらなかったようだ。

 そんな中、ヴィーチェがリラを見初める。見る目あるじゃんって思うくらいには彼女を評価している。

 幼いながらリラへの愛情が強くて、それが長く続けば続くほど、安心すら覚えた。ヴィーチェならリラを任せられると。

 そんなヴィーチェがまかり間違ってリラ以外を好きになったらきっとアロンも一瞬で冷めるだろう。例えそれが自分に向けられたとしてもだ。つまらない奴だったって言う自信すらある。


(まぁ、そうだな……)


 ふと、考えるのが、もしヴィーチェと初めて出会ったのがリラじゃなく自分で、リラと同じような眼差しを向けられていたら……。それはきっとまた違う未来と感情が芽生えてただろう。


「いや、これは面白くないな」


 なんか違う。アロンはそう思い、首を横に振って笑った。それを見たルナンに「何一人で完結してるのよ」と溜め息混じりで言われてしまうが、アロンはへらりと答える。


「やっぱリラとおチヴィーチェはお似合いだなって思っただけだって。だから今の状況が焦れったくて仕方ないんだよ」

「そうね。今日だってヴィーチェの誕生日なのにリラは覚えてないみたいだし」


 ムスッとした顔で腕を組むルナン。彼女の言う通り今日はヴィーチェの誕生日。当日は公爵家で誕生パーティーを開くのでヴィーチェが村に来ることはほぼないのだ。

 だからヴィーチェは今日村には来ないし、公爵家にいる。そんなことも知らないし忘れてしまったリラがどんな反応するか、そしてどんな顔で帰ってくるのか、それを考えただけでアロンは楽しくて仕方なかった。


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