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公爵令嬢は唐突な王子の訪問に予定が狂う

 お茶会でライラという同年代の友達ができた翌日。いつもより少々遅めに起床した。

 屋敷の者やリラ達ゴブリンとしか交流しないヴィーチェには慣れない沢山の見知らぬ貴族達と顔を合わせたため、幼いながらに疲労を感じていたのだろう。


 ベッドの上で両手を上げて伸ばし、欠伸もひとつ。ぽやぽやした頭で朝だということを実感すればヴィーチェはすぐにカッと覚醒した。


「リラ様に会えるっ!」


 勢いよく寝具から飛び起き、昨日会えなかった分を堪能しようと嬉々とするヴィーチェだったが、そんな彼女の部屋の外からノック音が聞こえた。

 おそらく侍女が起こしに来たのだろう。そう思って部屋に入るように告げると、侍女のアグリーは「ヴィーチェ様っ!」と慌ただしい形相とともに部屋に入ってきた。

 そんなに慌てなくてもすぐに朝食を食べに行くのに。そう思ったのもつかの間、侍女の口から信じられない言葉が出てきた。


「エ、エ、エンドハイト第二王子様がいらっしゃっております!」


 エンドハイトの名を聞いてヴィーチェは昨日の茶会を思い出し、渋い顔をした。

 最初はゴブリンの話に興味を持って聞いてくれるいい人だと思ったが、言動からして面白半分に耳を傾けているだけのようで話を信じている様子ではない。

 それだけではなく愛しのリラ様との思い出話もネタ扱いされる始末で、事実だと言っても聞く耳を持たないのだからむすーっと不機嫌顔にもなってしまう。

 しかし昨日の今日。なぜ昼前という時間にその王子がファムリアント家へと訪ねてくるのか、ヴィーチェはわからなかった。


「なんでエンドハイト様が……?」

「昨日のお茶会が原因なのは確かかと……あぁ、どうしましょう! 今になって昨日は不愉快だったと仰ってくるのでは……!」


 青ざめて困惑するアグリーとは反対にヴィーチェは落ち着いていた。いや、落ち着くというより不思議な気持ちでいっぱいなのだろう。


「ヴィーチェ様っ、だからゴブリンのお話はおやめくださいと申したじゃないですか!」


 注意されてしまった。昨夜、ゴブリンの話をしたという報告を受けた兄と父からも呆れ気味の注意を受けたので、ヴィーチェにとっては耳が痛くなるが後悔も反省もしなかった。むしろ「そのおかげで友達だってできたもの!」と誇らしげにしていたくらいだ。


「アグリー。ヴィー……じゃなくて、私からリラ様を取ったら何も残らないのよっ」

「そんな自信満々に仰らないでください……」


 本当のことを言ったまでなのにアグリーも兄と父同様に諦め気味の様子であった……が、すぐに侍女はハッとした顔をする。


「そ、そんなことより支度をいたしましょう! 王子様をお待たせしてはいけませんっ!」


 そう告げられるとヴィーチェはすぐさまアグリーに引っ張られ、急いで身支度をすることになった。乗り気ではなかったが、さすがに寝間着姿を王族の前に晒すわけにはいかないのだ。


 侍女達の手際の良さにより身支度を終えたヴィーチェはすでに疲れ切っていた。いつもよりもおめかしをさせられたのもある。


 渋々と重い足取りでエンドハイトを待たせているであろう貴賓室へと向かう。

 アグリーが目的地である扉をノックすると「失礼いたします。ヴィーチェ様をお連れしました」と声をかけた。


「入りなさい」


 すぐに室内から疲労感のこもる低い声が聞こえた。中にはすでに父フレクと兄ノーデルが対応していると聞いていたため何も不思議ではない。

 入室の許可が降りるとアグリーはドアノブに手をかけ、扉を開けた。


「お待たせして申し訳ありません」


 アグリーに言われた通りの謝罪の言葉とともにスカートの裾を軽く摘み、片足を後ろに引いたあとにもう片足は小さく曲げる挨拶をする。

 室内にはフレクとノーデル、そして王位継承権第一位の第二王子、エンドハイト・オーブモルゲとその従者達が控えていた。


「全くだ。私は忙しい身だと言っただろう。貴重な時間を無駄にするな」


 なんて横暴な態度なのかしら。約束もしてないのに急に押しかけて来たのはそっちなのに。そう返そうと思ったが、思いもよらぬ相手が口を出した。


「エンドハイト様、それならば前もって手紙を送るなどをして日程を指定していただかないと。急な来訪にはすぐに対応できません」


 兄、ノーデルであった。


「忙しいのは何もあなただけではありません。時間を大切にしたいのならばお互いに前もって準備をするものです」


 淡々と答えるその様子は多少怒気が込められているように感じた。おそらくエンドハイトの態度が気に入らないのだろう。ファムリアント家側からしたら皆同じ思いなので気持ちはわかるし、ヴィーチェもうんうんと頷いた。


「……公爵家の息子が王族に説教か?」

「? エンドハイト様のために提言しただけですが」


 対する王子はノーデルの言葉に眉根を寄せたようだ。しかし兄は何も間違ったことは言っていないし、ならばと提案しているだけに過ぎない。


「エンドハイト様もお忙しいと仰っていたので次からは約束を取り付けていただいた方がよろしいです。こちらも万全の準備で迎え入れることができますので、お待たせせずに済みます」

「……」


 エンドハイトは言い返せなかったようだが、不服そうである。そんな中、難しい表情をしながらも父フレクも口を開いた。


「説教のように聞こえたのならば私が代わりに謝罪します。それに突然の訪問ということはそれ相応で重大なご用件ということでしょう」

「う……」


 今度は何かを言い淀むような躊躇う表情だったが、ヴィーチェはすでにどうでも良くなって明後日の方向へと目を向け、リラへの思いを馳せていた。そんな中でも家族と王子の話は続く。


「父の仰る通り、突然妹に会いたいと予告もなく昼前に訪れるのですから余程のことですね。一体ご用件は何でしょうか?」

「お前達は下がっていい。俺はそいつに話があるんだ」

「いいえ、娘のことですから粗相がないように監視をさせていただきます」

「同じく。大事な用件ならば僕達も耳に入れなければなりませんので」


 厳しい表情の父と無の顔とはいえ、どこか迫力のある兄を前にしてエンドハイトはたじろぐ様子だ。しかしヴィーチェにとってはそんな王子すら興味を引かない。


「……を……だ……」


 ぼそっと俯きながら話すエンドハイトではあったが、肝心な内容が聞こえてこない。


「すみませんがよく聞き取れませんでした。もう一度お願いできますか?」


 呆れ気味に王子へと聞き返すノーデル。そして決心したのか、エンドハイトは顔を上げて口を開いた。


「だからっ、そいつの話すゴブリンの創作話を聞きに来たと言ってるだろう!」


 恥ずかしげに、どこかヤケクソに。そう語るエンドハイトの言葉にフレクとノーデルは真顔でヴィーチェへと目を向ける。

 しかしヴィーチェは創作話という言葉にカチンときた。


「創作話じゃないって言ってるのに! そんなにリラ様のお話が聞きたいのなら沢山話すわ! リラ様の素晴らしさを聞いてひっくり返っても知らないわよっ」


 ふふん、と自信満々にソファーへと座る臨戦態勢のヴィーチェ。そんな彼女の様子に頭が痛いと言わんばかりの態度を見せるフレクとノーデルはエンドハイトの目的も知り、ヴィーチェもそれに乗る対応を見せたため、言いたいことは色々あった様子ではあるが、大人しく貴賓室から出て行った。



 ◆◆◆◆◆



 ヴィーチェはゴブリンのこと、リラのことを語りに語った。どれだけ体格が良いか、どれだけ仲間思いなのか、どれだけ強いのか。

 お茶会で話した内容もさらに詳しく語るも、エンドハイトは鼻で笑うだけ。


 体格が良いことについては「子供なのだからでかく見えて当たり前」と答え、仲間思いについては「ゴブリンは群れで行動するのだから自分のためにも仲間を失わないのは当然」と答え、強いことについては「お前からしたらみんなそう見えるだけだ。それにゴブリンなんて雑魚なんだからな」と答えた。

 ヴィーチェは悔しそうに唸るだけ。そしてリラの良さを伝えきれない自身の未熟さを実感し、ただ悔しい表情をするしかできなかった。

 対するエンドハイトは論破したと言わんばかりの愉悦顔。


「お前は何もわからないのだろう。だから雑魚如きに不可思議な夢を見るんだ。知識や教養はないが……まぁ、最初から期待はしていない。自ずと身につくだろう。未来の王妃として今後励めばいい」

「……?」


 突然、相手の話が理解できなくなった。まるで自分が王妃という役割を与えられたような物言いだったため。


「光栄に思え、ヴィーチェ・ファムリアント。お前に王となる俺の妻の座を与えてやる。本日をもって俺の婚約者だ」

「こん、やく……?」


 結婚を約束した関係。その言葉の意味はもちろん知っていた。むしろその方法があったかとハッとするくらいの衝撃がヴィーチェを襲う。


「そうだわ! 私もリラ様の婚約者になればいいのよ!」


 バッと立ち上がるヴィーチェは今すぐにでもリラ様の元へ向かって婚約をしなければという使命感に燃えた。エンドハイトが告げた言葉など二の次で。


「貴様は何を言ってる? 妄想の産物の婚約など認められるわけないだろう」

「妄想じゃ━━」

「お前は俺の婚約者だ。与太話の才能だけは認めてやるからこれからもせいぜい俺を楽しませろ」

「私はリラ様の妻になるのっ!」

「ハッ。ならば連れて来いよ。できるものならな」


 嘲笑する笑い声が王子の口から高らかに漏れ出た。それをきっかけに後ろに控えていた従者達もクスクスと声も表情も隠すことなくヴィーチェをせせら笑う。

 言い返したい気持ちは沢山あったが、ヴィーチェは頬を膨らませることしかできなかった。また言い負かされてしまうと察したから。

 不愉快な気分にさせた王位継承権第一位はその後さっさと帰って行ってしまった。


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