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兄嫁は怪しげな存在から青い花を貰う

 ターニャは暇さえあればリラを追い回していた。理由は簡単。リラが強いから。強い男がターニャの好みだった。

 オルガとリラが殴り合っていたあの日。それまではオルガが一番強いゴブリンだと思っていたから、彼を負かした弟のリラにターニャはときめきを覚えた。

 悪神にも匹敵するであろうその形相はターニャのツボに入ったのだ。

 だからと言ってオルガのことが嫌いになったわけではない。ターニャの好きな相手が一人増えたという感覚だ。とはいえ、今のターニャの好き好き度の順位はリラが一番である。


 オルガもターニャに好きな相手ができたことには寛容であった。むしろ強い子種ができるのなら何人でも男を作っていいと言ってくれる。オルガは多夫多妻制を推奨しているのだ。


 けれど素直に好意を示してもリラは全くなびかない。それどころか邪険にされる始末である。

 リラは強いからモテるのだろう。なんて思っていたけど、新しく住み着いたこの村のゴブリンの女性陣は別に彼を狙っている様子はない。

 村のボスで腕っ節もあるのに他の女性達に言い寄られないなんて変なの。とターニャは思ったが、その分リラの妻になる数が少なくなるから一人占めできると意気込んでいた。

 しかしリラはターニャに見向きもしない。それどころか彼は人間の娘、ヴィーチェばかりに目を向けてる。


(まぁ、ヴィーヴィーは人間だけど、キラキラして動きも綺麗だからリラリラの妻の一人として認めていいんだけど……)


 不満なのはヴィーチェに向けるリラの視線がこちらにも向けてくれないことだ。

 オルガと同様に多夫多妻思考のターニャは自分もリラの妻になりたいし、好きになってもらいたいという気持ちでいっぱいだった。


(胸は……ヴィーヴィーの方が少し大きいけど、アタイは健康体だし、床上手だし、優れてるとこは色々あるし)


 胸に手を当てながらターニャはうんうんと頷く。相手は自分よりも年下なのでここは大人の力を見せつけるべきだとターニャは燃えていた。






 その日は昼頃からリラを探していたターニャだったが、先住民のゴブリンから「ヴィーチェと町でデートだからいないぜ」と聞かされ、狡い! と思いながら彼が帰ってくるのを待っていた。


 そして夕刻となった頃、ターニャはようやく待っていた人物が村に帰ってきたのを発見する。


「なんだ、結局お前はおチビちゃんの婆ちゃんに認めてもらえなかったのか?」

「別に認められようと思ったわけじゃない。考え方なんてそう簡単に変わるわけでもないしな」


 どうやらアロンと話しながら獲物の解体作業を行っていた。慣れた手つきでコカトリスの肉を切り分けている。

 話の内容はよくわからないが、ターニャは早速リラの元へと駆け寄った。


「リラリラ~! 今日は全然村にいなくてつまらなかったんだけど~!」

「おっ。出た出た」

「おまっ、解体作業中に来るなっ! 危ないだろ!」


 背中に飛びつこうとしたらターニャの気配を察知したのか、リラが解体用の刃物を持ちながらターニャから距離をとる。

 その態度を見て不服そうに頬を膨らませたターニャは文句を言う。


「リラリラ、アタイに冷たすぎなんだけど! ヴィーヴィーとの差がありすぎ!」

「そりゃあ仕方ないだろ? リラにとってはおチヴィーチェは特別なんだし」

「アロアロには聞いてないし!」


 からかうように横から入ってくるアロンに睨みつけるも、相手はただけらけらと笑うだけ。

 そんな軽薄そうな男は放っておこうと、ターニャは再びリラへと詰め寄った。


「アタイにもヴィーヴィーと一緒に優しくしてくれたっていいでしょっ? 例えヴィーヴィーが一番嫁だとしても、嫁がもう一人増えたって一緒なのにさっ!」

「一緒じゃないだろ……」

「じゃあ逆に何が気に入らないって言うの? 人間よりもゴブリンのアタイの方がぜっったいに上手くいくはずじゃん。ヴィーヴィーはキラキラして綺麗だけど、人間だしゴブリン事情もわかんないお嬢様でしょ?」


 どんなに見た目が良かろうが所詮は人間とゴブリン。夫婦になっても上手くいくわけがない。

 だったら同じ種族同士の方が絶対に無難であり、在るべき形である。

 村のボスであるリラならそれくらいわかってもいいはずなのに。そういう思いで訴えるが、リラは顔を顰めるだけ。


「気に入らないとかじゃなく興味がないだけだ。あと、上手くいくとかいかないとか、お前が決めることじゃない」


 ぴゅう、と口笛が聞こえた。アロンからである。また目を鋭くさせたが、アロンはどこ吹く風だった。


「興味ないなら今からでも興味持ってよっ! 案外イケるかもしんないでしょっ?」


 何とかリラに考え直してもらおうとするが、リラは軽く溜め息を吐くだけだった。


「悪いが相手できない」


 はっきりとそう言われ、ターニャは怒りに表情を強ばらせる。興味を持ってもらうどころか相手にすらしてもらえない。


「一回くらいアタイに付き合ってくれたっていいじゃん! リラリラのバカ!」


 そう怒鳴ると、ターニャはリラの前から走り出した。村のどこかではなく、村の外へと出ていく。

 まるで怒りが原動力になったみたいにただただ森の中を真っ直ぐ突き進んだ。






 しばらくすると駆ける勢いは弱まり、ゆっくりした歩調に変わる。


「アタイだって悪くないはずなのになー」


 不貞腐れながらターニャは近くの岩場へと腰掛けた。

 明るくて狩猟もできるから楽しくて頼りになるはずなのに。そう自分を評価しているターニャだが、それでもリラの目はヴィーチェしか見えていない。

 オルガもヴィーチェに興味を持っていたことを思い出し、彼女の存在はゴブリンも虜にするのかと思うとちょっと不満が芽生える。


「あの子がいなければリラリラもアタイを見てくれるのかなー」


 そんな夢みたいな方法があるだろうか。ヴィーチェをこっそり襲ってみて亡き者にしたら……と思わなくもない。

 けれどそこまでするほどヴィーチェのことは嫌いではないのだ。キラキラしている彼女はターニャにとって羨ましい存在だから。

 それにこれは本能ではあるが、ターニャはヴィーチェに敵わない気がしていた。

 何せ相手は魔法が使える人間。雷を放ってきたときなんてその強さに気を失ったくらいだ。そんな魔法を簡単に発動させるヴィーチェとまともに戦えるのかさえもわからないのだ。さすがにターニャも勝敗が見える戦いは避けたいし、危険なことはしたくない。


「ならば記憶を無くす手助けをしてやろう」

「!!」


 誰もいないはずだったのに突然聞こえる声。ターニャは驚きながらもすぐにそちらへと視線を向けた。

 そこにいたのはフードを深く被ったいかにも怪しい人物。顔は見えず少し小柄のように思えるが、かすれ気味の声からして老齢の男のようだ。

 しかしついさっきまでそこには誰も立っていなかった。足音どころか気配すらしなかったのだ。

 いったい彼が何者かわからず、ターニャは警戒する。


「何? ていうか、あんた誰なの? 何の話してるわけ?」


 ムッとした顔で相手の素性を探ろうとするが、老人は少ない歯を見せるようにニヤッと口端を上げた。

 肌の色からしてゴブリンではないことは確かである。


「言葉通りのことを言ったまでだ。俺はお前の望みを叶える方法を持っている」


 そう言うとフードを被った彼は一本の青い花をターニャに見せた。まるで雫のような形の青い花弁である。


「この近辺には生えてない忘青華と呼ばれる花だ。ブルーオブリビオンとも言われてる」

「? だから?」

「これを粉末にしたものを忘華粉と呼ばれ、様々な薬などに使われるが、大量に摂取すると記憶を害することがある。大切な存在を忘れるというものだ」

「大切な存在……」


 その言葉を聞いてターニャの中でリラにとっての大切な存在を思い浮かべる。自然とその花を相手から受け取った。


「その花をたくさんすり潰した粉を顔面にかけてやればいい。大切な存在が霞のように消えていく……」


 クックックッと笑いながら老人は次々に忘青華をターニャへと渡した。手品のように何もないところから出てくる花はいつしか小さな花束くらいの量となる。


「……どうやって出したの? 魔法?」

「なぁに、無から有を生み出すのは簡単なこと……さぁ、戻って忘華粉を作るといい」


 何もかもが怪しい老人はターニャの後ろへと指をさす。

 ターニャがどこから来たのかも知っているようなその発言に思うところはあったが、ヴィーチェに手を出さずともリラが彼女のことを忘れてしまえば全てターニャの思い通りにいくのではないかという希望が見えた。

 ヴィーチェという大切な存在の記憶さえなければ、単婚派のリラは自分に目を向けてくれる可能性は大いにあるのだ。

 その材料となる青い花を見たターニャはお礼を言おうと再び老人へと目を向けたが、そこには誰も立っていなかった。


「あれ?」


 ついさっきまでいたのに。一瞬にして消えてしまった謎の老人。

 不思議に思ったが、ターニャはそれよりも忘青華の効果を確かめるためにも急いで村へと戻ろうとした……が、今度は違う人物がターニャの前に現れる。


「あ。ヴォーヴォーじゃん」


 ターニャの息子であるヴォーダンだった。なぜ息子がここにいるのかはわからないが、彼はどこか戸惑いの色を浮かべていた。


「か、母ちゃん……さっきの奴、知り合いじゃないんだよな……?」

「ん? そうだねー。初めて会ったよ」

「そんな素性も知らない相手の言葉を鵜呑みにするのは良くないって! なんかもう全て怪しいじゃん! もしかしたらそれは毒かもしれないし、もしそれでリラさんに何かあったら母ちゃんは村にいられないどころか殺される可能性だってあるのに!」


 どうやら息子はターニャのことを心配して疑っているのだろう。何となくそう思ったものの、ターニャの心には響かなかった。


「だーいじょうぶだって。毒があったらこうやって持ってるだけでアタイがぶっ倒れるに決まってんじゃん」


 にへっ、とターニャは八重歯を見せて笑う。身体に影響を及ぼすものではないと信じていた。


「母ちゃん! 例え事実であってもそれを使用したら大変なことになるだろ!? 記憶を消すってどう考えてもマズイよ!」

「いいじゃんちょっとくらい。アタイだってリラリラを一人占めしたいしさ。それにバレなきゃいいんだし。だからこのことはみんなには内緒だからね」

「だからって━━」

「わかった? ヴォーヴォー」


 顔を寄せて母である自分の指示に従わせる。強く出ればヴォーダンは何か言いたそうな表情をしつつも、俯き小さな声で「わかった……」と呟くのでターニャは満足気に笑い、息子と一緒に村へ戻ることにした。


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