ゴブリンは自由に店も選べない
「リラ様、こちらは私のお気に入りのお店のひとつ。プレシャスストーンカフェよ」
「カフェ……」
いかにもお洒落な店構えの建物に連れられた。お茶とか軽食が食べられる店らしい。
綺麗にカットされた茶色の石をいくつも重ねて積み上げられた建物の壁はゴブリンの村では拝むことはまずない。
冬場の巡回職を勤めていたときにも何度も思ったが、建築レベルはかなり高く、目を見張るばかり。
「行きましょ、リラ様っ」とヴィーチェに引っ張られ、半ば強引にリラはカフェに入店した。
「いらっしゃいま━━」
店内に足を踏み入れると、店の働き手と思われる女性が出迎えるが、リラを見た途端ピタリと固まってしまった。
それだけでなく、席に着いている他の客もざわつき始める。その空気感にリラはすぐに「これは駄目なやつだな」と早々に諦めるように鼻から息を吐き捨てる。
「二人なのだけど、席は空いてるかしら?」
「えっと、少々お待ちください……!」
そう告げると女性は調理場と思わしき奥へと引っ込んだ。空席の確認ではなく、上の立場の者による確認なのだとリラは考える。
「……あれが噂のゴブリンか?」
「うそ……本当に町の中を出入りしてるの? 怖い……」
「でかいな……あんなのが暴れたら洒落にならないだろ」
「どうしましょ。お店を変えるべきかしら……?」
あちこち聞こえるひそひそ話。せめて聞こえないボリュームで話してくれた方が気づかずにすむというのだが、結局畏怖の念がこもった視線は嫌でも感じてしまうのでどちらにしても自分がいるべき場ではないとリラは理解する。
ふと、リラは隣の娘へと目を向ける。自分が聞こえたのだからヴィーチェが聞こえないわけじゃない。
いや、もしかしたらこのデートで浮かれていて周りが聞こえないということも考えられないこともない。むしろそうであってほしいと願った。
「……」
しかし、リラの期待通りにはいかず、ヴィーチェはにっこりと笑みを浮かべたまま目元にはバチバチと可視化する魔力の放電を放っていて、彼女の怒りのボルテージが上がっているのがよくわかる。
このままでは各客ごとに詰め寄り、下手をすればこの店ごとめちゃくちゃにしかねない。
そんな未来を想像したリラはヴィーチェの手を掴む。少し驚きを含ませた瞳がこちらへと向けられた。
「ヴィーチェ。他のお気に入りとやらを案内してくれ。……時間が惜しい」
「! そうでしたわ! リラ様の時間が何よりも大切で有限だというのに、私ってばついリラの素晴らしさを語り出すところだったわ!」
その語りを発動する前で良かったとリラは心底安心した。
彼女の瞳にはすでに火花は散っていないので機嫌は直ったのだろう。
そんなヴィーチェにより再び手を引っ張られたリラはカフェを退店した。
「それにしても残念だわ。あそこの鉱物を模したケーキやお菓子はとても美味しくて、リラ様の誕生日に何度かバースデーケーキを作っていただいたお店でもあるのよ」
そう言われると何度か該当するケーキをリラは食べたことがあった。
最初は宝石が乗ったケーキを食わそうとするのかとヴィーチェに渋い顔を見せたが、どうやら宝石に似せて作った砂糖菓子やチョコレートという甘味類だったと知り、驚いたことを思い出す。
「……まぁ、またの機会だな」
確かに美味かった。それを食べられないのは惜しいが仕方ない。タイミングが悪かったと思うしかないだろうとリラは自分に言い聞かせる。
「それじゃあ次はガーデンテラスが素敵なお店でアフタヌーンティーにしましょう!」
「アフタ……ティー……?」
聞き覚えのない単語にリラは疑問符を浮かべる。しかしヴィーチェは素敵なお店というのだから先ほどのカフェと同じ系統なのかもしれないと考えた。
そうなるとまた同じような目を向けられ、ヴィーチェの怒りに触れるのではないかと先が見えてしまう。
自分がどう思われようともこの際どうでもいい。人間の町に足を踏み入れているのだからそれは仕方のないこと。
そう受け入れているのでヴィーチェが怒って騒動になってしまったらリラとしてもいたたまれないし、ヴィーチェに向けられる人間達の目がマイナスの感情になってしまうのも望んでいない。
ここはヴィーチェを説得して入店するようなことはせず、町中を案内してもらうような観光を提案しようとした矢先だった。
「おっ! リラとヴィーチェ様じゃねぇか!」
すると聞き覚えのある声が聞こえた。冬の間、この町で巡回隊員としてゴブリン達を受け入れてくれた上に世話になった巡回隊員リーダーのワックルである。無精髭は相変わらずだ。
「ワックルか。久しぶりだな」
「そうだなー。今日は……デートか?」
「えぇ! そうなのよ! リラ様にカフェのケーキを食べて欲しかったのだけど、お客様方がリラ様の素晴らしさにお気づきではないので、説いて差し上げようとしたところ、リラ様に時間が惜しいと言われ、次のお店に向かうところでしたの」
うふふ、と笑いながら説明するヴィーチェは惚気けているつもりなのだろう。
リラからすれば面倒事を回避しただけなのだが、そんな自分の思いを汲んでくれたのか、ワックルは「あー……」と、大変だなと言わんばかりの視線をリラに向けては背中をポンポンと叩いて労ってくれた。
「あ。それなら今から俺が行く行きつけの店に行くか? 巡回の仲間もよく行く所だからリラにとっても顔見知りもいるだろうし気兼ねなく過ごせるだろうぜ」
思いもよらぬ提案がきた。顔見知りがいるのなら確かにリラも気楽ではある。それにワックルの言うことなら信用できるだろう。
「リラ様と交友関係をお持ちの方々がいらっしゃればリラ様も居心地がよろしいはずよね!」
「まぁ、その分ヴィーチェ様が足を運ぶようなお洒落な店じゃねぇがな」
「こいつはそういうこと気にしない」
何せゴブリンの村に通うような娘だ。どんな場所でもヴィーチェにとっては関係ないだろう。
「さすがリラ様! 私のことをよく理解してらっしゃるのね!」
確かにそうかもしれないが口にされると何とも言えない気恥ずかしさがある。
そんな二人を見たワックルは「仲が良いようで何よりだな!」と笑いながら、彼の行きつけとなる店に案内してもらうことになった。
場所は町の裏通りにある店。道の幅は大通りより狭いが、それでも人通りは多い。若者よりかは年配が多いように思える。
「ここだ。酒場ではあるが、メシもうめぇんだぜ」
ワックルは先頭となり酒場へとお邪魔する。先ほどのカフェとは違い店内の明るさはそこまでではないが、あえてそういう雰囲気なのかもしれない。
店内はアルコールが入っているから少し賑やかな様子。そんな中、一部の客が入店したワックル達を見て声を上げた。
「おう! こっちだワックル! ……って、リラもいるのかっ?」
「なんだよ~来るなら早く言えよ! 一緒に飲もうぜ!」
ワックルの言った通り巡回隊員で顔を合わせていた連中が酒盛りをしていた。
顔を赤らめて酒の入った木樽ジョッキを上げているのを見るとそれなりに飲んでいるように思える。
「やめろやめろ、お前達。リラはヴィーチェ様とデート中なんだよ」
「んだよ、見せつけに来たってのかぁ?」
「お熱いね~?」
アロンや他の仲間達にからかわれているような気がしてならないリラだったが、ワックルに「あっちの席なら少しは静かに過ごせると思うぜ。まぁ、気休め程度だがな」と言われた席へと座る。
騒がしい客よりかは離れてはいるが、それでも盛り上がる声はよく聞こえた。知り合いだからか特にそれが不愉快だとは思わないがヴィーチェがどう思うかはわからない。
「……ヴィーチェは本当にここで大丈夫なのか?」
「えぇ! リラ様を歓迎してくださる上に酒場は初めてだから興味深いわっ」
嘘を言うことがないヴィーチェが目を輝かせて言うのだからリラは少しばかり安心した。
自分のせいで行く予定だった場所を狭めてしまうのは申し訳ないが、ヴィーチェはそんなことでグチグチ言うような娘でもないのはわかりきっていたことだ。
「いらっしゃいませ、こちらがメニューです」
中年男性の店員が冊子を手渡す。ゴブリンが入店しても何も気にすることなくにこやかに対応するので、少し戸惑うもののヴィーチェがお礼を告げてメニューを受け取った。
「私は学院を卒業するまではお酒を飲んではいけないのだけど、リラ様は飲まれるかしら?」
ゴブリンは酒を作ることもあるが、特別なときくらいにしか口にしない。
手に入る素材やゴブリンの技術でできるお酒は木の実や蜂蜜、キノコを使ったものが主である。
そのため、ヴィーチェが見せるお酒の名前と思わしき単語がズラッと並んでいるのを見て、リラは「人間が飲む酒はこんなにも種類があるのか」と感心した。文字は読めないが。
「……いや、俺一人で飲むのは気分じゃない。何を飲むかはヴィーチェに任せる」
「承知いたしましたわ。リラ様好みの甘いものを選ぶわね」
そう言うや否や、ヴィーチェは店員に「カスタードミルクシェイクとツインズブルーレッドジュース、あとはボリュームのあるオススメのお食事をいただけるかしら?」と注文する。
注文を受けた店員は「かしこまりました。少々お待ちください」と伝えて、オーダーを通した。
「今頼んだやつはどんなドリンクだ?」
「カスタードミルクシェイクは以前リラ様にお土産でお渡ししたプリンをさらにミルキーにしてアイスと混ぜたデザート感覚のドリンクよ」
プリン。そう言って思い出すのはいつぞやかのヴィーチェによる差し入れで食べたプルプルとした黄色い甘味だ。
最初こそはこれが食い物なのかと疑ったが、甘い匂いにそそられて食べてみれば滑らかな食感と鼻を抜ける香りに感動を覚えた。
「ツインズブルーレッドジュースはその名前の通りツインズブルーレッドという果実を使ったドリンクなの」
「ツインズ、ブルーレッド? 聞いたことないな」
「こちらは自生しておらず、品種改良したベリー系の果実で、青い実と赤い実がふたつ連なってるよ」
「それでツインズか」
「えぇ。青い方が甘みが強く、赤い方が酸味が強いの。片方ずつ食べるより同時に食べる方が味のバランスが良くて、加工する際は両方を使用することを推奨されているわ」
どちらのドリンクも美味そうに思える。楽しみに待っていたらすぐにドリンクの提供がされた。
ガラスのグラスに入ったとろっとした飲み物は黄味がかったミルク色。そしてもうひとつは紫の色をした飲み物。
後者の方はどこか毒々しい色に見えるが、香りはフルーティーである。
「さぁ、リラ様っ。ぜひ両方とも飲んで気に入った方を取ってらして!」
「あぁ」
早速、カスタードミルクシェイクから手に取る。どちらのドリンクにも何やら細い空洞の棒が刺さっていたが、ヴィーチェが「そちらのストローで吸ってお飲みいただけるわ」と教えてくれたので、言われた通り吸ってみた。
確かにあの日食ったプリンに似た味だ。それをもっとマイルドにした優しい感じだが、これはこれで美味いと感じた。とろみがあるから口の中に甘味が続いているようで満足度が高い。
ならばこっちはどうだろうかと、同じようにストローが刺さったツインズブルーレッドを飲んでみた。
甘みと酸味の調和がいい。強烈な甘さが来るかと思いきや酸味がいい感じに打ち消してくる。逆もまた然り。おそらく蜂蜜などの甘味は入っておらず果実だけの味を感じた。
「……どっちも美味いな」
「それでしたらどちらもお飲みになってもよろしいのよ」
「いや、そこまでは……」
「では、私も一緒に回し飲みしても?」
「お前がそれでいいなら」
「ふふっ。リラ様と関節キスだわ」
「……いちいち口にするな」
思ったことをすぐに伝えるヴィーチェにリラは恥ずかしくなった。それがヴィーチェの良いところでもあり、困ったところでもあるが。
嬉しそうにドリンクを飲むヴィーチェを見ると、羞恥心がさらに増して、見ていられなくなったリラは目を逸らすのだった。




