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ゴブリンは友人に言われて公爵令嬢と出かける

 ファムリアント領地ストブリック。物納する種類が大いに減る冬の間は労働を提供することで税金を代納していたときに通っていたので、およそ半年ぶりの訪問となる。

 今日はヴィーチェとデートをする。いや、そうするように仕向けられたというべきか。リラの脳裏にニマニマと笑うアロンの顔が横切った。


 時は少し前まで巻き戻る。






「そういや、いつ言おうか迷ってたけどそろそろいいよな?」


 突然そんなことを言うものだから、勿体ぶったような言い方をするなと返すと、アロンはリラにとって嫌なくらい企みのある笑みを浮かべてこう切り出した。


「もうとっくに十年経ったぜ?」


 十年……何か聞き覚えのある数字だったので、リラは思い出そうとした……が、すぐに記憶力が働いた。そしてハッとする。

 アロンと賭けをしたことを。


「おチビちゃんが十年後もお前を想い続けたら俺の勝ち。勝ったらリラが俺に全身マッサージするってやつ。忘れたとは言わせないし、忘れててもやってもらうからな」


 そうだ。そうだった。そんな賭けをしていた。十年なんて絶対に続かないだろうと余裕をぶっこいて高を括っていたのに、結果は誰が見てもわかる。

 ヴィーチェは十年以上リラへの想いの熱を下げることはなかった。むしろ高まっているような気さえする。完璧なほど賭けに負けてしまったのだ。


「ま、想い続けるも何も今や両想いなわけだし、今さらとぼける方が格好悪いもんな?」


 からかうようにリラの顔を覗き込むアロンの表情が癪に障るリラは彼の顔面を大きな手のひらで包むように掴むとそのまま五指に力を込めた。


「顔のマッサージからしてやろう」

「あだだだ!! バカお前! 顔のマッサージはいらねぇよ!」


 リラの手を掴んで解放を訴えるので仕方なくアロンの顔面から手を離した。


「お前の言い方はいちいち腹が立つ」

「個性だから慣れろよな~。まぁいいや。とにかく約束は守ってもらわないとな? なぁ、ボス?」


 下卑た笑いでマッサージを催促する友人にリラは舌打ちをし、嫌々アロンにマッサージをすることになった。


 藁の敷物の上にうつ伏せになったアロンに肩や背中、腰、ふくらはぎなど相手が指定する箇所を揉み込んだ。

 他の仲間にも笑われながら見られるのでとんだ罰ゲームだと思いながら、時折力加減を誤ってアロンに悲鳴を上げさせたが、数十分ほどで開放された。


「おー。時々馬鹿力で死ぬと思ったが、いい感じに解れたな」


 肩を回すアロンを見て、そうかよと答えたあと、相手は感慨深いと言わんばかりの表情で「それにしても」と腕を組んだ。


「十年も経つって言うのにいつも村デートなんて洒落っ気がねぇと思わないのか?」

「……は?」

「たまにはどっか別の場所で二人きりのお出かけとかしろよってことだ。恋愛物の書物にはデート行為は必須なんだしよ」

「……恋愛物の本を読んでるのかよお前。てか、文字をマスターしたのか?」

「んー……いや、ちょっとだけは読めるけど、わかんないとこは読める奴らに解読してもらってるな」


 ヴィーチェによる差し入れの影響により村では本が普及し、人語をマスターする者も増えてきた。主に狩りに出ない者達が本に触れる機会が多いのか、飲み込みが早いようである。

 リラもヴィーチェからの日記や手紙などを誰かに代読させるのが恥ずかしいため、自力で読める方が幾分かマシだと思って少しずつ文字を覚えようとするが、文法に苦戦する日々だった。

 それでも少しずつヴィーチェの書く文字や言葉を理解し、読み進めるとそれはそれで面白く感じる。

 びっしりと書かれたリラへの熱い想いはやはり気恥ずかしくなるが、ヴィーチェと会えない日に何度も目を通しては彼女を身近に感じさせていた。


「とにかく毎回デートが村ってのも味気ないし、マンネリじゃん? 場所を変えるだけでもおチヴィーチェは喜ぶと思うぜ?」


 喜ぶ。それはそうだろうな。とリラは思った。ヴィーチェは小さなことでも喜ぶような娘である。どこへ誘っても彼女は喜んで共にしてくれるだろう。

 だからこそ同じ場所でもヴィーチェが気にしないのも理解してるが、たまには会う場所を変えるのも悪くはないのかもと考える。

 とはいえ、村を出た森の中もヴィーチェが小さい頃からの待ち合わせ場所として会っていたので変わり映えしないだろう。

 ゴブリンの住む森なんて魔物もいるし、楽しめるようなものもないし……と、考えたところでリラは閃いた。

 ファムリアントの領地ならまだ面白みがあるのではないか、と。

 当主フレクのおかげでゴブリンが街にいても大きな騒ぎにはならないだろう。……偏見の目はまだまだあるだろうが、全員が全員ではない。


 意を決してヴィーチェに違う場所で出かけることを提案した。ただそれだけのことなのに胸がむず痒くてたまったものではない。羞恥心で顔が焼けるかと思った。

 それでもたまには別の刺激があってもいいだろう。それにヴィーチェとならどんな人間がいても気にならない。むしろ彼女と見る世界を見ていたいとも思った。

 その結果、想像通りではあるが、ヴィーチェは喜びに喜んだ。領地デートだわ! と嬉しげに声を上げる姿を見て、リラは無意識に口角を上げたのだった。






 そして今に至るというわけだが、街に顔を出すのは久々ゆえに住民達の反応が気にならないわけではない。

 恐れられてもいいが、大人しくしてくれ。リラはそう願うしかない。なぜならヴィーチェが何を仕出かすかわかったものではないのだ。

 ヴィーチェが代わりに怒るせいもあって、こっちの頭に血が上ることは少なくなるが、娘が暴走すると宥めるのは絶対にリラただ一人になるため、面倒事にだけはなってほしくないのが本音である。


 待ち合わせ場所は街の中心にある広場。そこへ向かう途中、沢山の人間から視線を向けられた。

 慣れ親しむように「あ、ゴブリンだー。久しぶりに見たー」という声もあれば、にっこり笑って軽く会釈する人もいた。

 中にはひそひそと話す声も聞こえたし、わざと避ける住民もいたが、想定内である。ただでさえリラは目立つ存在なのでどこへ行っても人間達の目に入るのは当然だった。

 良くも悪くも冬に足を運んだときと変わらぬ街の雰囲気。そのためリラは特に気にすることもなく広場へと向かった。


 目的地に到着すると、リラは初めて訪れたときのことを思い出す。あの日は盛大な出迎えを受けたので、今回はそのような気配もなければ舞台のようなものもなくホッと一安心し、待ち人はいないか辺りを見回した。


「リラ様~~!」

「っ!」


 すると後ろから慣れ親しんだ声と共に背中に衝撃が走る。ヴィーチェに抱きつかれたのだ。

 いや、気配なかったよな今? 気配を消すのが上手くないかこいつ? という動揺のこもった目で後ろから飛びついた娘に目を向けると、彼女は高価な石のような瞳を輝かせながら見つめてきた。


「街中を歩く美丈夫なリラ様はどこにいても輝いていて素敵だわ!」


 輝いてるのはお前の目だが。そう返したいが、それは口説き文句みたいで気恥ずかしくなり、リラは口を噤む。


「お前は本当にいつも大袈裟だな……」

「そんなことないわ。むしろもっと絶賛の言葉を贈りたいのに不勉強なせいでチープなことしか口にできないのが歯痒くて仕方ないもの。いえ、もしかしたらこの世の言語ではリラ様の素敵さを言い表すことなんて不可能なのでは……?」

「いちいち考えることが壮大すぎるんだよお前は。……それと、いつまでそうするつもりだ? 俺を歩かせない気か?」


 背後からギュッと抱きつく令嬢はおそらく貴族からすると品がないと思われるかもしれない。

 ゴブリンが領民になることを快く思わない連中がヴィーチェの言動ひとつひとつにケチをつけるかもしれないので、せめて公爵令嬢らしく振る舞った方がいいとリラは考えるが、おそらく相手はそんなリラの気持ちを知る由もないだろし、知ったとしてもリラ至上主義のヴィーチェには関係ないのだろう。


「リラ様をこうして捕まえていればずっとリラ様を独り占めにできるってこと……!?」

「なぜそうなる」


 何気づいちゃったって顔をしてるんだこいつは。そう思っていたがヴィーチェは「ずっと離さないでいたいけど、リラ様の身を封じるのは良くないわね」と自己完結し、娘の抱擁から開放される。

 ヴィーチェが身に纏う白のワンピースには見覚えがあった。森の中だと汚れやすくなるからあまり着てくるなと注意したものだ。おそらく街中ならいいだろうと考えて着てきたのだろう。


「リラ様っ、本日はどちらに参りますの?」

「特に考えてないが……。そもそも何があるとかわからん。お前が行きたい所はないのか?」

「それでしたら、色々と見て回りましょ! リラ様に見ていただきたいものや、食べてもらいたいものが沢山あるのよっ」


 ヴィーチェの行きたい所ではなく、あくまでリラに見せたい所として案内するのだろう。

 ヴィーチェの行きたい所で構わないのだが、と考えるも相手があまりにも嬉しそうにするからまぁいいかと任せることにした。


「では早速参りましょう、リラ様っ!」


 そう言ってヴィーチェが手を差し出す。なんだその手は。そう言いかけたが、おそらくこれはそういうことなのだろう。


「……」


 手を繋ぐ。たったそれだけのことなのにリラの胸は穏やかではなかった。

 別にヴィーチェの手に触れることなんて今まで何度かあったし、彼女が幼い頃なんて手を引っ張ったり掴んだりしたこともあったのだ。

 これは緊張なのか? リラは自分に問う。人間の娘と手を繋ぐだけで照れる自分がどこか情けなく思うも、それもある意味彼女への気持ちが変化した証拠と言えるのだろう。

 リラはたっぷりの間を空けたのち、おずおずと自身の手を差し出してヴィーチェの手を取った。


「行くわよリラ様っ!」


 すると令嬢は突然走り出した。しかも全力疾走。突然引っ張られるものだから一瞬足を取られそうになったが、そこはリラの持ち前の運動神経の良さによって回避することができた。


(こ、このお転婆娘っ!!)


 胸の内でそう叫ぶ。おそらくヴィーチェはリラをあちこちに連れ回したいのだろう。だからこそ駆け出したと思われる。

 ヴィーチェらしいと言えばヴィーチェらしい。そんな嵐のような娘に付き合える存在なんてそこまで数多くないだろうなとリラは無意識にほくそ笑んだ。






「あらあら、あれはヴィーチェ様とリラ様かしら? 久しぶりに二人が揃っているところを見たわね」

「本当だわ。それにしても仲睦まじいわねぇ」


 リラは気づいていないが、ヴィーチェによって手を引かれるリラを目撃した何人かの領民は仲良さげな二人の様子を見て微笑ましげな視線を送っていた。


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