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子爵令嬢は公爵令嬢と第二王子と茶を共にする

 ヴィーチェの声は潜めたものではないため、王子の耳にも届いたようで彼は足を止める。

 第二王子に仕える騎士や侍女達が侮辱をするなと言わんばかりに幼いヴィーチェを静かに睨んだ。しかしヴィーチェはそんな大人達の射るような視線を気にすることはなかった。むしろ気づいてないのかもしれない。

 ……こんな刺すような視線なのに? とライラが心配するものの、ヴィーチェは変わらず話を続ける。


「だってこのお茶会って色んな子と仲良くするためのものでしょ? 主催者側が仲間外れにするようなことは絶対ないわ」

「……」


 ライラは言葉に詰まった。ヴィーチェの言うことはもっともだが、貴族社会はそんなに甘くはない。

 お茶会の目的だって人脈作りという意味で仲良くするのであって、のほほんと友達作りをする場ではないことは子供ながら誰もが理解している。

 時には皮肉を言い、時には媚びを売るだなんて子供のうちから両親に叩き込まれてる子も多いだろう。だからなのか、ギスギスした中で常に刺激を求める貴族達は少しの失敗や失態を笑い、出処不明の噂話でさえも嬉々として楽しむ者も少なくはないのだ。


「それに強制参加させておいて嫌な思いをするようなことがあれば王族のもてなしがその程度ということだもの」

「ヴィ、ヴィーチェ様っ」


 なぜそんな煽るような物言いをするのか。しかも王位継承権第一位の第二王子にも耳が入るというのに。

 そのせいで彼の傍にいる側近達の目はさらに光り、ヴィーチェへと敵意を向ける。護衛の騎士は剣の柄を握り、今にも鞘から抜きそうな勢い。侍女の方は怒りにその身を震わせていた。

 まだ幼い子供へ向けるにはあまりにも強い敵視。大人気ない気もするが、主人だけでなく王家そのものについて悪態ついているように思われるのだから仕方ないとも言える。いくら数少ない公爵家の子供だからといってもだ。

 このままでは不敬罪になるのではないか。ライラはヴィーチェの口をすぐにでも塞ぎたい気分である。


「もしそうだったらリラ様のいる村の方がよっぽど楽しいわ!」


 またリラ様だ。その後、彼女はすぐに「あ、村の話はしちゃダメなんだっけ……」と口にするが、そんな妄言はどうだっていい。ライラは青ざめた表情を見せた……つもりだった。


「……お前はゴブリンの村に行ったことがあると言うのか?」


 そこでようやくエンドハイトの口が開く。後ろ姿で顔色は見えないが、怒りを買っていることは間違いない。ライラは今すぐにでも逃げ出したい気分であった。


「えぇ、もちろんよ!」


 ヴィーチェの妄言はさらに続く。なぜそんな自信満々に答えられるのか。いや、妄想が現実だと信じているからなのだろうけど。もう駄目かもしれない。ライラは自分にも火の粉が飛びかかる覚悟を決めるしかなかった……と、思ったのだが。


「フッ、ハハハ! どこまで作り込んでるのか大層気になったな。早く来い。二人揃って構わない」

「……よろしいのですか、エンドハイト様? ファムリアント公爵家ならまだしも、あの者には用がないのでは?」


 こそっと侍女が王子に耳打ちをするもその声はライラの耳にも入ってきた。


「構わないと言っている。我がオーブモルゲ主催なのだからもてなしに不満があれば王族の尊厳にも関わるからな。魔女との同席くらい許可しよう」


 聞こえてますけども。ライラはすぐさま心の中で返事をした。

 もしかしてわざわざ耳に入るように仰っているのだろうか? まぁ、この見た目から魔女と呼ばれるのは今更なので特に気にすることはないのだけど、言い方に悪意しか感じられない。

 とはいえ王子の逆鱗に触れていないのなら、とライラはそれに安堵するしかなかった。


「行くわよ、ライラ」


 ぐいっと手を引かれ、ライラはヴィーチェに引っ張られてしまう。戸惑いながらも彼女は言葉を続けた。


「私の話が作り話じゃないってことをわからせなきゃ」


 何やら燃えている様子のヴィーチェ。エンドハイトの発言にやる気の火がついたようだ。そんな彼女と温度差のあるライラは人知れず溜め息を吐いた。


「ライラも魔女じゃないってことを説明しなきゃね」


 裏のないヴィーチェの言葉と笑みにライラは少しだけ目を大きくした。どこか心がむず痒くなる感覚がして、僅かに温かくなった気もする。

 ライラの中でヴィーチェ・ファムリアントは悪い子ではなさそうだと考えた。



 ◆◆◆◆◆



 ライラは緊張で息が詰まるかと思った。エンドハイトによって用意された茶会の席。この国の第二王子と公爵家の令嬢と席を共にすることになるのだから。

 ヴィーチェとはすでに対話をしたので問題はない。ないのだが、やはり王子がいるというだけで緊迫した空気を感じてしまう。

 王子の後ろには護衛の騎士が一人。やはり王家の血を引く者だからそこは徹底してるのだろう。大勢の子供がいても油断できないということ。

 お茶会の目的は子供の自主性を伸ばすのではなかったのか? と思わざるを得ないが表向きな理由なのだから仕方ない。その代わり他の従者は周りの侍女や執事と同様離れた場所で見守ることになった。

 とはいえその数が何と多いことか。ライラの見習い執事も緊張した面持ちで見守っているし、ヴィーチェの侍女と思われる女性も顔面蒼白な様子。

 それほどに汗が多量に吹き出してもおかしくないこの状況。なのにライラの鉄壁な表情は変わらない。本人にそのつもりはなくても。こんな緊迫した中で平然とできる者なんて……。


「━━こうしてリラ様は持ち前の腕力で熊のような魔物を仕留めたのですっ」


 一人しかいなかった。やはりというかヴィーチェ・ファムリアントである。一体どんな図太い神経をすれば王子相手に妄想を口にできるのだろうか。本来なら王族に戯言なんて罪に問われてもおかしくないのに。

 恐る恐るエンドハイトの反応を見てみれば、相手はケラケラと笑いながらヴィーチェの話を聞いていた。


「あっはは! 本当に長々とゴブリンの妄想話ができる奴だな、お前はっ」

「だからっ、本当だって言ってるじゃないですか!」


 言葉遣いを崩していないだけマシと思うべきなのか、それとも王子相手に堂々としているのを非常識と思うべきなのか。ライラはすでにいっぱいいっぱいだった。

 相変わらずエンドハイト側の従者達はヴィーチェを目の敵のようにして見ているし、その気配に気づいた彼女の侍女がさらに顔色を悪くしている。どうやら侍女の方はまともらしく、ヴィーチェの方が少し変わっているのだと改めて理解できた。

 ライラの執事の方は周りのギスギスした空気よりもライラのことを心配する表情だったので、彼も彼なりにいっぱいいっぱいだと思われる。

 ヴィーチェは躍起になっているようでさらなるゴブリンの話を続けていた。本当にネタが豊富である。


(……しかし、私がここにいる意味はあるのかしら)


 長々とゴブリンの話をするヴィーチェと楽しげに耳を傾けるエンドハイト。主にこの二人で盛り上がるテーブルにライラは自分がいる意味を考える。

 まぁ、そのおかげでこちらに意識を向けられるわけでもないので少しづつ緊張で固くなっていた心身が解れてきた。

 自分は空気になろうとお茶を啜りながらただ時間が流れるのを待つ。そう長い時間拘束されることはないだろうと考えて。その証拠に護衛の騎士が王子に耳打ちをした。そろそろタイムリミットと思われる。

 エンドハイトは少し眉を顰めながら「わかった」と答え、ヴィーチェへと視線を向けた。


「ヴィーチェ・ファムリアント。私は忙しい身だ。お前の話を最後までは聞いていられない……が、お前の妄想がどこまで湧き出るかは興味がある。また話を聞かせてもらおう。せいぜいネタが尽きないようにしておけ」

「ネタじゃなくて、私とリラ様のメモリアルなの━━」

「ではな」


 ヴィーチェの話を遮り、エンドハイトは席を立った。最後までライラと言葉を交わすことはなかったが、ライラからしてみれば面倒事になりかねない王族との関わりがなくて良かったと安堵する。

 王子が立ち去ると、従者達もぞろぞろと彼に続くように離れていった。そこでようやく気づいたのだが、いつの間にか他の貴族の子達にもこのお茶会の様子を見られていたようだ。

 それもそのはず、エンドハイトと縁を持ちたい令息、令嬢は少なくない。その王子が自ら誘ったのだから注目を浴びないわけがなかった。

 嫉妬と羨望の視線をヒシヒシと感じる。何なら声を潜めながらこちらを見て話してるのもよくわかった。


「魔女が王子と同じ卓に……」

「ファムリアント公爵令嬢ならまだしも……」

「そもそも誰よあの子」


 など悪意ある話が所々聞こえてきた。目立ちたくなかったはずなのに。

 しかし妬む気持ちはわからなくもない。きっかけはどうであれ、爵位の低い自分がエンドハイト王子と同じテーブルを囲んだ事実は覆らないのだから。


(これでさらに友人となる者がいなくなるわよね)


 これ以上のコネクション作りは難しいと判断し、諦めたライラではあるが、公爵令嬢のヴィーチェとの繋がりができたことはかなり大きい。……ただし彼女の妄想癖が唯一の心配でもある。

 今ならまだ子供だからで済むのだろうけど、この先何も変わらないまま成長すると、得どころかこちらにも偏見や風当たりが強くなる可能性があるかもしれない。

 ライラもまだ子供ではあるが、ああだこうだと考えながらも、爵位が上であるこの繋がりに懸けるしかなかった。


「……何よ、人の話を全然聞かないんだからっ」


 ぷくーっと頬を膨らまし、不機嫌そうな表情を見せるヴィーチェにライラは「エンドハイト王子の前ではそのようなことを口になさらないほうがよろしいです……」と控えめに諫言する。


「あの、ヴィーチェ様……」

「ヴィーチェ!」


 もう疲れた。そうは見えなくとも心身ともに擦り切れるように疲労が蓄積している。そろそろお暇しようと決め、ライラがヴィーチェに声をかけようとしたその時、別の者が先に彼女の名を呼んだ。なんてタイミングが悪いことか。


「あ! お兄様っ」


 お兄様。つまり彼がファムリアント家のご子息であるノーデル・ファムリアントなのだろう。ノーデルについては子供ながら父の仕事を手伝っている礼儀正しい少年という噂はかねがね聞いていた。

 そんな彼が妹であるヴィーチェの元へ駆け寄る。心配そうな声と共に。


「一度様子を見に来たら、第二王子とお茶をしてたものだから驚いたよ。……粗相はしてないよね?」

「えぇ! もちろんよっ」


 ふんすっ、と自信満々にふんぞり返るヴィーチェだったが、そんなことはないとライラは胸の中で否定した。

 ライラが口にせずともヴィーチェの後ろに控える侍女がこれでもかというくらい首を横に振っていたのだ。それを見たノーデルは溜め息を零して悩ましい表情をする。


「……あとでアグリーから詳しい話を聞くよ。ところで……そちらの彼女は?」


 急にこちらへと視線を向けられ、ライラはドキリとした。

 ヴィーチェは変わり者ではあるが、ノーデルはまとも……というより優秀な人間なので、子爵令嬢が公爵令嬢の隣に並ぶなんて許されないかもしれない。

 人形のような表情を何とか動かして、せめて愛嬌だけでも披露すればまだ可愛げがあるのかもしれないが、硬い表情筋はぴくりともしなかった。とにかく挨拶だけでもしっかりせねば。


「初めまして、ライラ・マルベリーと申します」

「マルベリー子爵家のご令嬢でしたか。僕はノーデル・ファムリアントです」


 子爵家を名乗っていなかったのにまさか存じていたとは。自分のような貧乏貴族さえも彼はインプットしているのか。何か嫌みのひとつくらい言われるかもしれない。ライラは生唾を飲み込んだ。


「お兄様! ヴィー、ライラとお友達になったのよっ」

「友達……?」


 嬉しそうに話すヴィーチェの言葉を聞いてノーデルは再びライラへと目を向ける。

 先程から表情の変化があまり見られない。もしかして彼も自分と同じように表情を表に出すのが苦手な人種なのだろうか。そう考えると同時に緊張で心臓がギュッとなる思いだった。

 ヴィーチェは友達として認めてくれたが、彼女の兄やファムリアント家が許すかはわからない。ライラは身を強ばらせるしかできなかった。


「そうか、ようやく現実の友人を……」


 ぼそりと呟いた言葉をライラは聞き逃さない。己の耳が良すぎるのは困ったものだが、どうやら兄のその声は安堵を含むものだった。

 もちろん言葉の意味がわからないわけではない。ヴィーチェのあの調子を見る限り、今まで人付き合いすらまともにしてこなかったのか……いや、できなかった可能性がある。


「ライラさん、妹の友人になっていただきありがとうございます。今後ともヴィーチェのことをよろしくお願いします」

「あ、いえ……こちらの方こそよろしくお願いいたします」


 感謝されるとは思ってもみなかったライラは戸惑いながらもノーデルの言葉を受け取った。

 しかし友人になっただけで礼を言われるなんて、もしかしてとんだ貧乏くじを引いたのでは? と、ライラはもう後には引けないところまで来てしまった頃に気づく。


(何としてでも彼女にしがみつかないと……)


 その日の夜。ファムリアント家のご令嬢と友人になったことを報告すればライラの父は「フン。たった一人しか成果を得られんとは。まぁ、公爵家ならば悪くはない。十分に釣り合う。それに第二王子と一緒に茶を飲んだのだろう? 引き続き王子を手篭めにしろ」とツッコミどころ満載な言葉を残したのだった。


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