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はぐれゴブリンは第二王子に愚痴を聞かせる

 最近はイライラすることばかりだった。生みの母が生存していたのに、人間に襲われた故郷を捨てて逃げてた上に新しい男とその子供を生んでいたのだ。

 娘である私の生死を確認することなく新しい人生を謳歌していた事実が憎くて仕方ない。

 それどころか義理の父と言うカタブツの兄であるオルガもまた嫌な奴だった。自分の意見に従わない相手には誰であろうと問答無用に危害を加えようとしていた。

 この村の長老である大婆こと婆さんにだって矢を向けるように指示をするし。しかも命令されたのはあろうことか生みの親であるシノン。

 婆さんは呑気で適当なことばかり言うけど家に住まわせてもらってる恩は少なからずある。

 だからあの光景を見たリリエルはカッとなって大婆の前に飛び出した。


 結局、侵略者の親玉であるオルガはリラに負かされ、リリエルと同じ罪人の腕輪を装着することで侵略者達を村に受け入れることになった。

 しかしリリエルは反対だった。生みの親であるシノンがいようとも、あいつらは追い出すべき奴らだと。

 追い出したら他の人間に危害を加える恐れがあるから監視も兼ねてると聞かされても、リリエルにとってはどうだって良かった。人間がどうなろうと知ったことではない。


『じゃあ、キャンルーズ男爵家が襲われても文句はないのか?』


 と、カタブツに言われるまでは。新しい家族となったキャンルーズ男爵家を持ち出すなんてその言い方は卑怯だった。

 そう言われたらリリエルは唇を噛み締めながら「好きにしなさいよっ」と言うしかなかったのだ。

 けれど村を乗っ取ろうとした新顔達がうろつく村を出歩きたくなくて、リリエルはずっと大婆宅に引きこもっていた。


「リリエル!」


 それなのにまた一段と面倒な王子様が訪問するものだから、膝を抱えて座り込んでいたリリエルの苛立ちメーターがまた上がる。


「もう! なんで苛立ってるときに限ってあんたが来るのよ!」

「それは申し訳ない。しかし私がリリエルの元へ訪れることができるのは週末の一日のみなので変更はできないんだ」

「いい加減飽きてほしいんだけど!」

「それはないな。私は毎日リリエルと会話を楽しみたいと思いながら今を生きているからな」

「この会話のどこが楽しめる要素があるってわけ?」

「リリエルの愛らしい唇から紡がれる語調全てが心地いい」


 この男、恥ずかしいことをこうも簡単に言ってのけるとは。いや、エンドハイトは騙していた時からすでにそうだったかもしれない。

 騙されてるとも知らずに、と当時のリリエルは面白がっていたが、欺かれたと知った今でもこのような扱いをされるなんて思ってもみなかった。


「前にも言ったが、私はリリエルの歌も好きだ。リリエルの声が好きなのもあるが、やはり音色に乗せたそなたの歌声は私の心を落ち着かせる効果がある」


 そんな効果なんてあるわけない。というか鼻歌であって歌でもないのだ。

 リリエルもエンドハイトと同様で前にも言ったが、あれは魅了魔法をかけるためのカモフラージュなのであって好きで歌ったわけではない。

 結局エンドハイトは魅了耐性スキル持ちなので意味のない魔法ではあったが。今思い出しても腹立たしい。

 ゴブリンの中でも一際珍しいウィザードゴブリンであり、さらに高い魔力を持っているのに、その魔法に効果がないなんて悔しくてたまらない。


「私、ただでさえ苛立ってるから話しないで。何言われてもムカつくのよっ」

「ならば聞き役に徹しよう。溜まった鬱憤を晴らすといい。少しは楽になるだろう」


 言うや否や、エンドハイトは足を崩してむしろの上に座り込んだ。

 罪人ではあるものの王族なのに床に座るなんてずいぶんと庶民じみたのね、と思いながら黙って彼を見ていた。

 しかしエンドハイトは宣言通り聞き役に回ったらしく、それ以上の言葉を紡ぐことはない。ただ静かにリリエルへと目を合わせて、微笑ましげな顔を見せるだけ。

 外からはあのお花畑令嬢が近くにいるのか「リラ様リラ様っ!」と呼ぶ声がよく響く。

 大婆は散歩に出ているので石小屋にはいないため、エンドハイトと二人きりの空間である。

 罪人同士を二人にするなんてどうかしてる。そう思ったものの、互いに罪人の腕輪という枷があるため逃げることもままならないのだ。


(……別に、逃げる気はないけど)


 ここに連れられたときから逃走する意思なんてリリエルにはなかった。それに新しい両親もできたのでなおさら離れるつもりはない。

 この村には口うるさい奴とか面倒な奴とかいるけど、と思いながらも居心地が悪いとは思わなかった。


「……」


 無言が続く。リリエルは何も喋らないというのに、エンドハイトの様子を見る限り息苦しいとは思っていないのか、ただこちらを静かに見つめてくる。少しばかり期待のこもった目の色をしていたが。

 本気で聞き役になってリリエルの役に立とうとしているのだろう。その感情がひしひしと伝わる。

 どれだけ突っぱねても犬のように戻ってきては好意を伝えてくるエンドハイトはどこかおかしい。

 だけどこれは慣れなのか、この男の態度にいちいち反発するのも馬鹿らしく思う自分がいることにリリエルは気づいた。呆れを含んだ諦め、ではあるが。

 きっとエンドハイトなら何も喋らずとも機嫌を悪くすることはないのだろう。

 おそらく一緒に静かな時間を分かち合ったと己の良いように思い出を変換するに違いない。話しても話さなくてもエンドハイトは今この時を楽しんでいるのだ。

 ならばこの行き場のない怒りの捌け口になってもらおう。リリエルはそう決めた。


「……生みの親が私の安否を確認しないまま新しい男とその子供を作った上に、男の言いなりになってこの村を侵略しようとしたのが本当に腹立たしいっ……」


 開口一番に実の親による憎しみを垂れ流すと、エンドハイトは真剣な表情に変わり、何度も頷きながら耳を傾けていた。


 オルガの命令で大婆に矢を向けた母。あの光景は正直今でも信じられないくらいだ。昔の母なら絶対に他人を傷つけることなんてしなかった……いや、臆病な母にはできないと断言できる。よりにもよって村の中で一番弱い老人を狙うなんて。

 だからこそ苛立ちよりも先にショックが大きかった。そして幻滅し、頭にきた。それを命令した義理の父と勝手に名乗るオルガも、それに従った母シノンも、その二人の子である義理の弟テールの存在そのものも憤慨の種となる。

 慣れ始めたこの村も、違う形とはいえ生まれ故郷のように誰かの手で潰されると思うと侵略者であるオルガ達は絶対に許されない。追い出したい。でも追い出すとキャンルーズ夫妻に危険がないとも絶対言いきれないのでここに置いておくしかない。

 自分が我慢すればいいのだが、同じ村にあいつらがいるのは耐えられない。だから引きこもって顔を合わせないようにしてるが、なぜ自分がそこまでしなきゃならないのか。


 リリエルは自分の言葉で思ったことを最初こそは淡々と口にした。改めてこの胸にある思いを言語化して吐き出すけど、楽になるどころかさらに怒りがヒートアップしていく。


「あいつらみんな……汚くて狭い小屋にでも閉じ込めておけばいいのに……! それなのに狩猟技術を教わるからって野放しにするなんて! あんな暴動を起こした上に反省も何もしてない奴らに大した罰を与えないで村に住まわせるなん、て……」


 どうかしてる。そう口にする前にリリエルは勢いと言葉に詰まった。なぜならその言葉はそっくりそのまま自分にも言えるからだ。

 リリエルも悪事を働いた。もちろん自覚もある。反省も後悔もしていない。そして今のところは罰という罰も与えられていない状態で罪人の腕輪を装着して村に住んでいるのだ。


「……馬鹿みたい。私もあいつらと同類だわ」


 同類が同類に怒り狂ってる。なんと滑稽なことか。そう気づいたリリエルは自嘲するように軽く笑った。


「私の個人的な判断になるが、少なくとも今は違うと断言はできるな」


 黙って聞いていたエンドハイトがここで口を開いた。感情のまま気持ちを吐露するリリエルの言葉をしっかりと聞いた上で真面目に回答する。その眼差しには真情が込められていた。


「今のリリエルは凶行に及ぶことはない。その必要もないはずだ。そしてその身を盾にした。これだけでもそなたの言う同類とは程遠いだろう。リリエルはリリエルだ」

「……」


 確かに、そうかも? と少なからず思ってしまった。エンドハイトの言葉に頷くなんて嫌だけど。どうせ良く思われたいだけの言葉かもしれない。

 だけどほんの少しだけだが、胸がスーっとしてしまった。癪だ。癪だけどたまには素直に受け入れてもいいかもしれない。今はその都合のいい言葉に感情を鎮めてもらおう。


「……しかし、私としてはリリエルが怪我をしていたかもしれないと思うと、身を盾にするその行為は勇敢ではあるが心配の方が勝ってしまう、な━━」


 リリエルを心配する言葉を告げるが、その途中何かに気づいたような表情をした。そして思い出した何かを後悔するようにその顔は悩ましいものへと変わる。


「……何よ、その顔は」

「いや……私もヴィーチェ・ファムリアントとリラ、殿に毒の矢を放つように命令をしたので、同類と言うのなら私の方だと気づいてしまったものでな……」


 何を言い出すかと思えば、とリリエルは呆れてしまったが、エンドハイトの言葉を聞いて当時の記憶を思い出す。

 授賞式に出席したリラに勲章を渡すことに異議を申し立て、さらにリラとヴィーチェを仕留めようと弓騎兵を動かしていたこと。

 そのときのリリエルは式典がめちゃくちゃになり、二人を始末できると思って高みの見物をしていた。結局それも失敗に終わるが、確かに状況は少しばかり似ているかもしれない。

 ヴィーチェとリラが互いを守るために身を盾にする様子が、巡り巡って自分にも回ってくるなんて思わなかった。しかもその守った相手はちょっと鬱陶しいあの大婆である。

 深く考えなかった上での行動。だけどあの後、大婆から「ありがとねぇ、リリエル。ええ子やね」とお礼の言葉を告げられた。どう反応を返せばわからず「あれはパフォーマンスよ!」と勢いで返したが、大婆は「ほっほっほ」と笑うだけで妙に恥ずかしかったことも思い出してしまう。

 いや、それよりも今は顔を俯かせ落ち込みつつあるエンドハイトである。騙してるときはいつだって自尊心が高かったからこんな姿を見ることはなかった。

 どこか情けない。だけど、そんな情けない姿の方がお似合いだと思ったリリエルは口端を軽く上げた。


「でも、今は違うんでしょ?」


 エンドハイトが言った言葉と同じことを返すようにリリエルが答える。それを耳にした相手はハッとした表情で顔を上げた。


「も、もちろんだっ。敵対する意思のない相手にむやみやたら攻撃をけしかけることはもうしない!」

「そう。じゃあ同類じゃないでしょ。これで貸し借りはなしだから」


 慰めたわけじゃない。慰められたお返しだ。そしてこれで貸し借りもなくチャラとする。まぁ、エンドハイトはそこまで考えてないのだろうけど、ただの優しさだと思われても困るのでそう言わざるを得ない。


「同類でないのならリリエルの嫌悪対象から外れるだろうかっ?」


 どこか食い気味に尋ねるエンドハイト。重要視するところ? と怪訝な顔をするが、相手は本気なのだろう。溜め息をつきながらリリエルは答える。


「まだマシってとこね」

「そうか!」


 パッと表情が明るくなる王子様を見て、リリエルは「単純な男……」と呟いた。


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