公爵令嬢は恋敵と出会う
週末。恒例とも言えるリラとの交流日でもあり、エンドハイトをリリエルに会わせる日でもある。
「……待て、ヴィーチェ・ファムリアント。情報量が多すぎる。私はただ『ゴブリンの数が増えたか?』と聞いただけだ。あのリラの生き別れの兄はリリエルの義理の父で、その仲間達の中にリリエルの生みの親がいて、さらに義弟までいるだけでなく、仲間共々人間への復讐に燃えてこの村の連中も引き入れようとしたが抗ったために、村の乗っ取りとトップの座をかけた決闘の末、リラが勝利したため侵略者達を始末しようとしたが、罪人の腕輪をリーダー格の兄に装着させて個人としてもチームとしても無力化し、狩猟や戦闘スキルを共有させることでひとまずは命を取らず村に置くことした……って、質問の答えにしては長すぎるだろっ」
第二王子をリラの村に連れて行くと、彼はすぐに村の違和感に気づいたようだ。
いつもなら和気あいあいとしている村の空気が、どこか緊張感や警戒心で重たく感じるらしい。
そして見たことないゴブリンを何人かその眼で見たエンドハイトはすぐに人口が増えたと察した。
「エンドハイト様、とても短く纏めてくださったのね」
「そもそも貴様の話が長いのだろう!」
そんなに長かったかしら? という表情をするも確かにエンドハイトが纏めるよりも長く、十数分くらい話した気もしなくはない。
その大半は愛しのリラ様についての話だったが、彼の活躍を話さずにはいられないのでこればかりは仕方ないとヴィーチェは思う。
「ただでさえ数少ないリリエルとの貴重な逢瀬だというのに貴様の話で時間が削られるこっちの身にもなってみろ」
「ハッ! 確かにそうね! エンドハイト様の生誕パーティーに出席するよりもリラ様の元へ行きたい私の気持ちと同じだわ!」
「……貴様のその歯に衣着せぬ物言いは相変わらずだな」
まるで諦めるように溜め息混じりで呟くエンドハイト。
少し前の彼ならば『王族に向かってなんだその物言いは!』と怒鳴ってもおかしくないが、随分と落ち着いたものである。
やはり第二王子から罪人へと地位が落ちたからなのか。それでも自暴自棄にならないのはリリエルへの変わらぬ想いが要因だろう。
貴族の間ではエンドハイトは落ちる所まで落ちたという話をよく耳にするが、ヴィーチェはそうは思わなかった。
むしろ今のエンドハイトは活き活きとしているし、王子としてふんぞり返っていた頃と比べるととても好ましい印象を受ける。
ゴブリンのリリエルと会うことを生きがいとしている今のエンドハイトを見ればみんなの考えが変わるだろう。
しかしそれは公表されていない秘匿事項なのでエンドハイトがリリエルと面会してることを知るのは極わずか。
「お前らは仲がいいのか悪いのかよくわからんな」
そこへリラがやって来る。ヴィーチェはすぐに「リラ様っ!」と喜び全開の声で名前を呼んだ。
「リリエルは大婆の家だ。新しく仲間に加わった連中が気に入らなくて引きこもってるし、機嫌もいつもより悪いが本当に王子様は会うつもりか?」
「無論だ。リリエルの怒りを少しでも和らげるように努めよう」
自信満々に告げるとエンドハイトは大婆の自宅へと一人で向かった。いつもならヴィーチェとリラも監視を兼ねて一緒に面会をしていたが、最近はエンドハイト一人に向かわせている。
エンドハイトがリラ達の村に慣れてきたということと、彼とリリエルを一緒にさせても害はないと判断したため。
とはいえ常に不満たらたらなリリエルの怒りを和らげるなんて相当難しいと思われる。特に相手がエンドハイトならばなおのこと。
そのため「無理だと思うが……」と、ぼそっと呟くリラの言葉はヴィーチェには届いたがエンドハイトには届いているかはわからない。
「リラ様っ、お義兄様とそのお仲間のその後はいかがかしら? 村のみんなと馴染めてらっしゃる?」
村の雰囲気はヴィーチェからすると、少し元気がないのかしら? 程度にしか見えなかった。
「はっきりと馴染めてるとは言えないが……まぁ、うちの仲間含め、一部を除いたら複雑そうだな」
「あら。あまり上手くいっていない感じなの?」
「そりゃあ同族とはいえ村を支配しようとした連中が近くにいるってのはいい気分じゃないと思う奴も少なくないし、どう絡んでいいかもわからなくて距離を取る奴もいる。新顔の奴らも今まで付き従ったボスが俺に変わって戸惑う奴もいれば、すんなりと受け入れる奴もいるからな」
突然増えた別集落のゴブリン達。最初こそは村のみんなウェルカムな状態であったが、思想の違いゆえに対立をしたばかりである。きっとお互いそう簡単に割り切れないのかもしれない。
それでも共に生活をするようになるのだからお互いに仲を深めても損はないはず。
「皆様交流が足りないんじゃないかしら? せっかくお仲間が増えたのだから歓迎会とか開いてみては?」
「そんな雰囲気じゃないが……だが、言いたいことはわかる。せめて互いを知るために自己紹介し合う場を設けるか」
「えぇ! 何事も話し合いよっ。そうすれば私とリラ様みたく寄り添える関係になれるわ!」
「……そうか」
素っ気ないような言葉に思うが、目の前の愛しい人は目を逸らしつつ僅かに照れている。
ヴィーチェはそれを見てさらに嬉しくなり、喜色の顔を浮かべた。
「そういえばリラ様はお義兄様のお仲間の方とお話はされたかしら?」
「あー……そうだな。話をしたというか、話しかけられた奴なら……」
そう語るリラの表情が少し渋いものになる。そんなリラ様のお顔も素敵だわと思うのと同時にどこか彼の言葉に躊躇いのようなものも感じたそのときだった。
「リラリラ~!」
甘さのある弾けた女性の声。それを聞いてビクリといち早く反応したリラはどこか構えるような姿勢を見せると、彼の真横から一体のゴブリンが駆け寄ってきた。
そして彼女は腕を広げてリラへと飛びつこうとしたが、彼は一歩後ろへと下がり彼女を避ける。
スカッと空振りをしたその女性は軽く頬を膨らませた。
「もぅ、リラリラってばすぐ避けるー」
「避けるに決まってるだろ……」
「いいじゃーん。仲良くなるためにはスキンシップは必要でしょ?」
「必要ない。いちいち俺に構うな。それとその呼び方はやめろ」
垂れ目でくせっ毛のあるショートヘアの女性はリラの村に在住していたゴブリンではない。そうなるとオルガの仲間である新顔の住民なのだろう。
そして先ほどリラが語っていた『話しかけられた奴』というのはおそらく彼女のことだと思われる。
オルガ側の彼女の様子を見る限りだととても友好的に接しているように見えるが、リラが一歩身を引いて警戒してるので、何かあるのかしら? とヴィーチェは軽く首を傾げた。
「リラ様、そちらの方は?」
「……ターニャ。兄貴が最初に娶った奴だ」
「あら、お義兄様の第一夫人なのね」
確かリリエルの母シノンもオルガの奥方と聞いていたので、ヴィーチェはシノンが第二夫人だと理解した。
ターニャと呼ばれる彼女はシノンよりも若いようだ。それでもヴィーチェよりかは年上だろう。
しかし大人しめのシノンと比べると、彼女は反対の性格の持ち主のようだ。そんなターニャがヴィーチェの顔を見ると「あっ!」と声を上げた。
「この前雷を落とした人間じゃん! あれすっごい痛かったんだけどー!」
ヴィーチェに指をさして文句を言うターニャ。貴族ならば無礼だと言われかねない態度ではあるが、ヴィーチェは特に気にする様子もなくキョトンとした顔で答える。
「そう至る原因となったのはそちらでは?」
「しょーがないでしょー? オルオルに言われたんだから! 強い奴の言うことは絶対なのよっ」
リラのことをリラリラと呼ぶのなら、オルオルというのはおそらくオルガのことだろう。
人間では権力や地位によって上下関係が決まるが、ゴブリンや魔物達にとっては強者こそが序列一位であり、地位と権力が手に入る。
特にその傾向が強いオルガとその仲間達ならオルガの言うことに逆らうことはできなかったのだろう。
「つまり嫌々でしたのね」
「? んーん。そんなことはないけど。オルオルが偉かったし、反対する方が悪いじゃん」
同情しかけたが、けろっと答えるターニャの言動にヴィーチェは「それならなおのこと仕方ないことだわ」と返す。
それが気に入らなかったのか、ターニャは唇を尖らせた。
「人間のくせになっまいき~!」
「あ、自己紹介がまだでしたわね。私、ヴィーチェ・ファムリアントと申します。人間は名前ではないのでヴィーチェと呼んでいただいて構わないわ」
人間と呼び続けるターニャの言葉を聞いてヴィーチェは自分の名を語っていなかったことを思い出し、貴族の挨拶としてカーテシーを披露すると、相手は面食らった顔をしたのち、みるみるうちに目を輝かせた。
「すっ、ごーい! これが人間の貴族って属性なんだー! なんか綺麗!」
「ふふっ、お褒めいただき光栄だわ」
「ターニャ、お前そろそろ……」
リラがターニャに何かを言おうとしたところ、ターニャはそれを遮って口を開いた。
「ヴィーヴィーは強いし、仕草も綺麗だし認めてもいいかもねっ。リラリラの二番目の妻として!」
そう明るく語るターニャの口から覗く八重歯はどこか猫っぽい。
いや、それよりも不可解な言葉を耳にしたことによりヴィーチェは疑問符を浮かべ、リラに至っては片手で頭を押さえ深い溜め息を吐き出していた。
「リラ様、一番目の妻がいらっしゃるの?」
「そんなわけないだろ。こいつが勝手に言ってるだけだ」
疑問を投げかければリラは呆れ気味な様子で返答する。それを聞いて「そうよねっ!」とヴィーチェは安堵の笑みを浮かべた。
「勝手じゃないって! アタイは本気で言ってるのよ! リラリラの一番目の妻にアタイはなるのっ!」
隙ありと言わんばかりにターニャがリラへと抱きつくが、煩わしいという態度を表に出したリラの手によってすぐに引き剥がされていた。
「だから、お前は兄貴の嫁だろうが!」
「オルオルは強い子が産めるなら夫が何人いても構わないって言ってたよ」
どうやらオルガ達は一夫多妻制ではなく多夫多妻制を採用しているようだ。
ゴブリンの母数を増やしたいオルガの考えが仲間達にも浸透しているのだろう。
だからなのか、ターニャはオルガの妻でありながらリラの妻にもなると宣言することに悪意は感じられなかった。
「アタイは強い男が好きだからオルオルはほんっとドンピシャで好みだったんだけど、そのオルオルを負かしたリラリラも超かっこよくて好きになっちゃったんだよねー!」
そう言ってリラの腕に擦り寄るターニャの瞳は、どう見てもリラへの好意がたっぷりと含まれていた。
そんな彼女を再度振り払うリラだったが、ヴィーチェは思いもよらぬ展開に瞬きを繰り返すばかり。
愛しの相手を狙う存在が現れたその光景を見たヴィーチェは僅かに唇を震わせた。




