表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
145/172

子爵令嬢は第一王子と共に放火事件の犯人を捕まえる

 農業が盛んな町、ファラントへのゴブリン放火事件が起こってからしばらくは警備隊を町の近くに配置させていた。

 しかしゴブリンが姿を現すことがなかったため、第一王子アリアス・オーブモルゲの命令により一度警備隊を引き上げることを決定する。


 その日の夜のこと。警備隊がいなくなったことを知った十数名の怪しい集団がファラントの地へと踏み込む。

 朝が早い農家が多いためファラントの住民のほとんどが家にいるので、外に出てる人達はほとんどいない。

 だからこそその集団の存在は目立った。しかし住人達が自宅にいるとなると彼らの存在に気づく者は限りなくゼロに等しい。


「へへっ。警備がなけりゃこっちのもんだぜ」

「オイ、準備はできてるか? 塗り残しもねぇか確認しろよ」

「今回はもっと燃えるように広範囲な畑を狙うぞ」


 その発言からして彼らの狙いはわかりきっていた。むしろ想像通りというか、簡単におびき寄せることができて逆にこちらが罠にかけられたのではないかと危惧するくらいである。

 そろそろだね。そう小声で呟くアリアスにライラ・マルベリーはこくりと頷いた。


「そこまでだ!」


 松明に火を灯したところでアリアスは声を上げた。気配遮断、透明化魔法を駆使したアリアスの魔法により町中に配置していた警備隊とライラ、そしてアリアスが姿を現す。


 一旦警備隊を引き上げさせたというのはフェイクだった。周りにはそのように見せて、町長家族だけにはこの作戦を告げていたのだ。伏兵の許可を得るために。


「な、なんだお前ら!」

「警備隊! 奴らを取り押さえろ!」


 アリアスの命令に従い、警備兵は狼狽える十数名の賊を手馴れた動きで捕らえることに成功する。

 何人かは持っていた松明で威嚇しようとしたり、畑へと投げ捨てようとするが、水魔法持ちの兵によりすぐさま消火された。


 地面へと押し付けられ、縄で縛り上げられた男達はどう見ても緑色の肌をしている。

 そこへアリアスの指示を受けた一人の警備兵が「ライト」と発した。照明魔法だろう。

 彼の手に光の球体が浮遊し、犯人達の姿がはっきり見える範囲と明るさを調整した。

 放火犯達を近くで見ればその肌色はどこか疎らであることがわかる。薄かったり濃かったり、それどころか緑の肌とは程遠い人間の肌に近い色さえ目視できるので、やはりと思った。

 アリアスが「水を」と告げると、他の警備兵がバケツの水を彼らに勢いよくかける。

 みるみる落ちるのは緑の塗料。ゴブリンと名乗っていた彼らはみんな人間だったのだ。


「ずいぶんと雑な仕上げだったみたいだね」


 アリアスの言葉にライラも二文字で返事をする。


「なぜ俺達が人間だってわかった!?」

「むしろ完璧だと思っていたのかい? せめて証拠品は自分達で処理をしないと」


 呆れるようにアリアスが告げると、隣に立つ警備の一人が空になったペンキ缶をいくつか取り出した。

 缶に付着している色と製品名に記載されている文字は紛れもなくグリーンである。


 ゴブリンが偽者とわかったのは町を調査してこの廃棄物を発見したため。場所は空き家の裏。まるで隠すように紙袋に包まれた状態で見つかった。

 しかも水で落ちるボディーペイントタイプのペンキだったので、誰もが推理するまでもなく答えへと行き着いたわけだ。


「さて、と。それじゃあ聞こうかな。どうしてゴブリンと偽ってファラントを放火したのか」


 アリアスが膝を折って屈む。ゴブリンに罪をなすりつけようとしていたことだけは確かだ。


「……魔物が俺達と同じ領民の身分になるなんて認められねぇだろ!」

「従魔でもない魔物が人間と同等に扱うなんてファムリアント公爵はどうかしてる! いつ人間を襲うかわかったもんじゃない!」


 どうやらファムリアント領地ストブリックの領民達による事犯のようだ。

 縄で縛られても抵抗するように暴れるが、兵達に強く押さえつけられるだけ。

 それにしても何とも愚かな理由なのだろうか。ライラは無表情を極めたまま溜め息を吐き捨てる。


「……だからゴブリンに罪をなすりつけ、領民という地位を取り消してもらおうとこんなことをしたのですか」

「ゴブリンが近くにいる、それだけで生きた心地がしないんだよ! ストブリック領の人間じゃない奴らにとっては他人事で俺達の気持ちもわからないだろうがなっ!」

「あなた方の仕出かしたことは例えストブリックの領民だとしても全く理解できません。町を放火してゴブリンのせいにしようとした狡猾な犯罪を許されると思うのですか? 何も罪を犯していない領民になったゴブリンと、町を放火をした人間。どちらが悪いかなんて子供でもわかる問題です」


 真顔で正論を述べるライラに男達は歯を食いしばったり、さらに暴れ出そうとする。


「このっ……女のくせに言いたい放題言いやがって! これだから女はみんな頭が悪い!」

「ファムリアントのご令嬢様もゴブリンに執着する悪趣味な奴だからな! ファムリアント家は狂ってやがる! 呪われてる! ゴブリンの言いなりになった弱者貴族だ!!」


 男達の口から出るのはヴィーチェへの悪態。ヴィーチェを罵る男を皮切りに次々と出てくる彼女への罵詈雑言。

 友人の悪口を涼しい表情で聞き入れるも、それは表情筋が硬いだけ。ライラの内心は怒りに染まっていた。


「聞くに堪えない言葉は慎んでもらえるかい? ファムリアント家のご令嬢は私の数少ない友人だ。そして私の婚約者の機嫌を損ねる発言でもある」


 そんなライラとは対照的にアリアスは一人の男に微笑みながら顔を寄せた。特に口汚くヴィーチェを罵った者へと。

 優しく笑みを浮かべているとはいえ、圧倒される何かを感じたのだろう。男達は次々に口を噤んだ。


「こんなお粗末な計画を実行して何も関係のないファラントの人達に被害を与えるだけじゃなく、場合によっては他の町の食糧事情に大打撃になりかねないことをした。君達は人間を襲った人間だ。君達が恐れる人間を襲う魔物と何ら変わりない。……彼らを連行してくれ」

「かしこまりました」


 警備隊に然るべき場所へ連れて行くように命じるアリアスのその台詞と表情だけは冷淡としていた。


「くそっ……俺達は夢のお告げに従っただけなのに……」


 やや乱暴に連れて行かれた男達を見送ると、一人のリーダー格と思われる男が気になる発言をした。


「同時に見た奇跡のお告げだから成功できると思ったのによ!」


 それに続き他の男が言葉を漏らす。


(夢のお告げ? 彼らみんなが?)


 そんなことがあるのだろうか。お告げなんてものが本当にあるかはライラには知り得ない。しかし彼ら全員が同じお告げを夢で見たと言うのなら本当に神託のようなものがあるかもしれない。

 しかしこんな物騒なお告げなんてあるのだろうか。彼らが都合の良い夢を見ただけで、思い込みの可能性だってある。

 どこか気になるその言葉はライラに強く印象づけられた。


「先の発言が気になるかい?」

「……不思議だなと思いましたので」


 悩む素振りには見えていないはずだが、アリアスにはライラの考えることがわかっていたようだ。


「基本的にご託宣というのは私はあまり信用していないたちでね。夢は夢でしかない」

「そうですね」


 結局は夢なのだ。強い願望が夢となって表れただけに過ぎない。そもそも悪意ある神託なんて神託ではないだろう。


「今回の事件は遅かれ早かれヴィーチェ嬢の耳にも入るだろう。ただでさえファムリアント領の民が起こした事件だからね」

「ゴブリン種族が犯人でないことは安心しましたが、結局はゴブリンに罪を負わせようとしたのでヴィーチェ様が不愉快に思われるのは間違いありません」

「……個人的な制裁をしないか気がかりだけど」


 リラ贔屓ヴィーチェのことだ。リラの名を使ってゴブリンに罪を被せようとした人間の存在を知ったら、ファムリアント領の領民であろうと簡単には許さないだろう。

 ヴィーチェを止められるのはリラしかいないので、そこは彼に協力してもらおう……と、アリアスはリラに丸投げする様子だった。

 確かに彼ならヴィーチェのことを何とかできるかもしれないけれど、次期国王がそれでいいものかと思うところはあった。


「それにしても無事解決したとはいえ、彼らのような者がこの先も似た事件を起こさないとも限らないし、ファムリアント領民にとってはゴブリンを人間と同等に接するのは結構な難題かもしれないね」

「公爵も理解はしてるでしょう。それでもゴブリンを領民として認めたのはリラ様達のためでもあり、ヴィーチェ様のためでもあり、領地のためにもなると考えたはずです。それに冬場はゴブリンの何名かが見回りの業務を町で担っていました。受け入れている町の人も少なくはなかったので、時間を重ねればもっと理解していただける方も増えると思います」

「そうだね。少なくともリラ殿は人間との争いを好まず、優しい人柄だ。害ある人間よりも好ましいと思う人も多くなるはずだね。彼の仲間も人間に危害を加えようとする思想を持っている者もいないし、何十年もゴブリンによる事件もないのだからゴブリン種族全体がリラ殿と同様の考え方をしてるのかもしれない」


 だから早々にゴブリンの習性についてのアップデートを沢山の人に知ってもらわないと。そう語るアリアスにライラも同意するように頷いた。



 ◆◆◆◆◆



「━━それでリラ様のお義兄様が人間への憎しみがあまりにも強くて、豪快な性格な方のようですが少々危険な思想をお持ちなのでその日のうちにフードゥルト国王にお願いして、罪人の腕輪をお借りさせていただいたの」


 翌日、学院の昼食場所としている利用しているカフェテリアにて。

 ヴィーチェが開校記念日にゴブリンの村で起きたことを話すが、それを聞いたライラとアリアスは顔や口には出さないものの、知らないところでまたとんでもないことが起こっていたのかと思わざるを得なかった。

 人間種族に向けて大規模な戦争を起こしかねないほどの計画を立てていたゴブリンがいるということ自体が人間で考えれば大きな問題なのだが、それを制圧して監視するという判断に至ったことに安堵するも、やはり人間もゴブリンも敵視する者は敵視するし、友好的な者は友好的なのだと思い知らされた。


(ゴブリンの習性をアップデートしようと思った矢先だけど……考え方や思想の違いはやっぱり人間もゴブリンも変わらないわね)


 表沙汰にならないだけ良かったけど、とライラは心の中で溜め息をついた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ