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子爵令嬢は人脈作りのため公爵令嬢と関わりを持つ

 ライラ・マルベリーは子爵令嬢である。流れるような漆黒の長い髪は見る者によっては美しいと口にする者もいればおぞましい魔女のようだと口にする者もいる。しかしどちらかと言えば後者のほうが多い。

 髪だけでなく、表情も乏しいせいで年相応に見られないことがあり、そのため魔女と呼ばれることに拍車がかかったから。

 彼女自身、全くそのつもりはないのだが、表情筋が硬いのだろう。何度か鏡を前にして頬を持ち上げ、口角を上げる練習をしたが、自然と上がることはなかった。

 幼いながら、これはもう仕方ない。大人になればもっと上手くなれるかもと思い、深く気にすることはなかった。別に魔女と呼ばれても傷つくどころかむしろ格好いいとさえ考えているため。


 そんな中、王家から強制参加でもあるお茶会の招待を受けた。

 父親からは「お前はそれなりに教養がある。それを見せてこい。あわよくば王子を射止めろ」と、七歳のライラでも夢物語だと理解できるようなことを告げられた。

 確かにライラが参加する七歳から九歳の部に第二王子も出席すると噂には聞いていたが、お茶会で王子のお眼鏡に適うなんて夢のまた夢だ。

 おそらく父と同じような考え方をしている貴族は沢山いるだろう。なぜなら第二王子は王位継承権第一位だからだ。

 つまり第二王子の隣に立てる者は未来の王妃になるということ。同年代の貴族の娘達も気合いを入れているに違いないし、相当おめかしもするはず。

 それに比べてライラは魔女と呼ばれるような髪色を持ち、無表情な少女でさらに下級貴族。秀でたものも特に持ち合わせていないので、そんな娘が王子に見初められるなんて童話みたいなことが現実に起こるとは到底思えなかった。


 そんなふうに思うことは多々あったが、否定したり頷かなかったりするとうるさくなるのは目に見えていたので、わかりましたと返事をせざるを得ない。

 ライラの父は日頃から「無愛想だが、言い方を変えれば大人びてるとも言える。馬鹿にだけはなるなよ」と言われ続け、そのために教養を積んでいた。教養より空気を読むことに長けてしまったような気がするけど、ライラは気にしない。得て損はしないのだから。

 利己的な父はそんなに好きではなかったけれど、母がまだ優しかったのでライラにとっては幸いだった。


『あの人はああ言ったけど、ライラは無理に背伸びすることはないわ。素敵なお友達を作りに行く気持ちでいいのよ』


 そう告げる母の言葉のおかげで多少は肩の荷が降りた。優しい母のため、空気を壊さないように「はい」と答えたけれど、もちろんただ友達作りをしに行くつもりはない。

 王子と縁を結ぶのは難しいが、それに次ぐような強いコネクションを作っておかねば父はぶつくさと文句を言うだろう。最低限のことをしておかないと、母にも申し訳ない。


 こうしてライラ・マルベリーは家のためにも王家主催のお茶会へと参加したのだ。



 ◆◆◆◆◆



(……困ったわ)


 しかしお茶会が始まって三十分が経過した頃、ライラは顔には出なかったがどうしたものかと頭を悩ませた。

 なぜならいまだに彼女は貴族の子達と和気あいあいとした関係を築けず、ぽつんと一人で立ち尽くしていたから。

 ずっと何もしていないわけじゃない。会話の輪に入ろうとしたのだが、少し言葉を交わしただけでみんな逃げてしまうのだ。

 おそらく珍しい黒髪と表情の変わらない顔を見て関わりたくないと思われたのだろう。もちろん最初からそのハンデは理解していたが、その分空気を読んで会話を上手くすればいいと考えていた。

 しかし現実は思い通りにいかない。表情が硬いため口も大きく開けることがないせいか、話し方に抑揚感がなかった。淡々と話すので気味が悪いと思われたのだ。


 しかし気づくのが遅かったため、すでにライラの周りは他の子達が避けるようになっていた。

 ライラと少しばかり言葉を交わした子達が彼女について話したのかもしれない。それで避けられているのだと考えたライラは焦った。子供とはいえ話が広まるのは早いのだ。

 焦燥の顔も表に出ないので周りからはただボーッと突っ立っている不気味な少女と思われているのかもしれない。ここは何もせずにいる方がさらに事態を悪くさせるだろう。


 離れてライラを見守るマルベリー家の見習い執事へと目を向けると、歳若い彼はまるで自分のことのように慌てている様子だった。

 彼の周りには他の貴族の子息子女に仕えるメイドや執事達も並んでいたが、一人で突っ立っているライラを惨めに思ったのか小さくせせら笑っていた。

 これではマルベリー家の顔に泥を塗ってしまうし、新人執事が父に「お前がいながら何をしていた!」と怒られるかもしれない。

 自分の不出来が関係ない人へと迷惑をかけるわけにはいかないが、どうにもこうにも解決する糸口が見つからないのだ。

 これではコネクションどころか友達すら作れない。父だけでなく母もガッカリするだろう。出来の悪い娘にだけはなりたくない。

 こうなればなりふり構ってはいられない。そう思った矢先だった。


「こんにちは。一緒にお話してもよろしいかしら?」


 声をかけられたのだ。思わぬ声がけにライラは瞬きを何度も繰り返す。相手は金糸雀色の髪に金木犀のドレスを身に纏う同年代の少女。衣服のデザインや装飾品などからしておそらく子爵家のライラより上流の貴族と思われる。

 なぜ彼女が話しかけてきたのか、もしかして他の子達から何も聞いていないのか、わからないことがいくつかあったけれどこれはチャンスだった。


「はい。よろしくお願いします」

「あなたのお名前は?」

「マルベリー子爵家の娘、ライラ・マルベリーと申します」

「私はヴィーチェ・ファムリアントよ」


 にっこりと笑う少女の口から出たのは数えるほどしかない公爵家のひとつであるファムリアント。まさかの大物にさらに驚くライラはすぐに逃すわけにはいかないと心に決めた。

 上手くいけば公爵家と繋がりを得ることができるのだ。彼女の家ならば父もそれなりに満足するはず。


 ライラは転がってきたこの好機をものにするために、ヴィーチェと一緒に空いてるテーブルへと着席し、交流を深めることに努めた。



 ◆◆◆◆◆



「でね、私はリラ様のためにもゴブリンの印象を良くするためにこのお茶会に参加したのよ」

「……そう、なのですね」


 ライラは困惑した。表情には出ないものの、正直気持ちはすでに憔悴しきっている。なぜならば相手は先ほどからゴブリンの話しかしていないのだ。

 思えば着席した第一声がヴィーチェによる「リラ様に言われて参加したのに誰も最後まで話を聞いてくれないから良かったわ」だったのでライラは「リラ様とはどなたでしょうか?」と尋ねたのが始まりである。

 それから延々とリラ様の話を聞かされる羽目になるのだが、なぜ凶悪な魔物であるゴブリンの話になるのかもわからないし、頻繁に会っていると本人は言うが人間を生かしておくとは到底思えなくて、ライラはやがて妄想癖の激しい子なのか、それとも虚言癖のあるの子なのかと思うようになった。

 公爵家の娘なのに他の貴族の子と話の輪に入っていない理由をライラは察したのだ。


(頑張って耐えるのよ、ライラ。公爵家の子と仲良くなればうちと繋がりが持てるもの。何かとお零れに預かることができるかもしれない)


 ライラは持ち前の無表情でヴィーチェの話にひたすら耳を傾けた。長々と語る彼女の話にただジッと耐える。


「お父様もお兄様も誰もリラ様のことを信じてくれないの」

(そうでしょうね……)

「ライラは信じてくれるかしら?」


 この質問は今後の関係に左右されるかもしれない大切な問いだろう。そう感じたライラは迷うことなくこくりと頷いた。


「はい。ヴィーチェ様の体験したことですから私は信じます」

「ほんと!? 最後まで聞いてくれた上にリラ様のことを信じてくれるなんてあなたいい人ね!」


 好感触だ。ライラは内心「よしよし」と思った。


「良かったら私のお友達になって! リラ様のお話をこれからも聞いてほしいの!」

「もちろんです、ヴィーチェ様。私で良ければよろしくお願いいたします」


 ぺこりと軽く頭を下げる。公爵家の娘と友人関係を築き上げるという高難易度のミッションをクリアしたライラはひとまず胸を撫で下ろした。

 話を聞くだけで友達になれるのなら楽だと思われるが、その内容は童話のような作り話なのでライラにとっては少し神経がすり減らされる思いである。

 それでも彼女は耐えることを選んだのだ。ただでさえ自分と友人になれそうな人物はそう多くないので、大物にしがみつくしかなかった。


「ふふっ! 嬉しいわ! ありがとうね、ライラ」


 ありがたいことにヴィーチェはライラの見た目にも表情にも特に触れることはなかったのでそれにも安心した。もしかしたらただ興味がないだけなのかもしれないが。


「あ、私のことばっか話しちゃったわね。あなたのことも教えてくれるかしら?」

(あなたの話よりリラ様という架空の人物の話しかしてないのだけど……)


 さすがにそうは言えなかったのでライラは言葉を飲み込む。小さなことで相手の機嫌を損ねるようなことはしたくないから。ひとまずその考えは捨てて、ヴィーチェの尋ねたことに答えなければ。

 しかし自分の話をしろと言われてもライラは何を話せばいいかわからず頭を悩ませる。


 ━━その時だった。


「ゴブリンの話をする奴とはお前のことか?」


 太陽のような輝かしい黄金の髪に子供ながら凛々しい眉。そして空色の瞳を持った少年が断りもなく話に割って入ってきた。普通ならば失礼な人だと思うが、どうやら相手はそれが許される人物の様子。その証拠に彼の後ろを立つ護衛の騎士や侍女などが数多く控えていたから。

 ライラはもしかして、と気づき身体が強ばる。顔色は相変わらず変化はないけれど、内心はかなり動揺していた。

 それもそのはず。彼の特徴からして相手が第二王子であるエンドハイト・オーブモルゲなのだと気づいたから。

 しかもどこかで聞いたのか、ゴブリンの話をするヴィーチェに用があって来たようだ。

 ……これはまずいのでは? 意味不明なゴブリンの話をしてるなんてきっと王子も薄気味悪いと思うかもしれない。彼と関わりを持ちたいとは思わないけど不興を買いたいわけではないのでライラは気が気ではないまま、ヴィーチェの返答を窺った。


「えぇ、えぇ! もしかしてリラ様の話をお聞きにいらしたのですかっ!?」


 相手が王族であろうとも狼狽えたりはしていなかった。これは彼女の度胸があるのか、それとも彼が何者か理解できないのか。どちらにせよ、王子の機嫌を損ねないか焦る気持ちは治まらない。


「そのリラというのがゴブリンの名か?」

「その通りですっ」


 尋ねているのは王子だというのに、ヴィーチェの方が食いつくように目を輝かせていた。

 エンドハイトはそんな彼女の様子に小さく笑みを浮かべる。まるで新しい玩具を見つけたと言わんばかりに。


「面白いな。その話、もっと詳しく聞かせてもらおうか。来い、席を用意してやろう」


 えっ!? と、思わずにはいられない。興味本位とはいえ、自国の第二王子自らお茶に誘っているのだ。ライラも驚きを隠せない……が、鉄壁な表情のため周りには驚愕しているとも思われない。


「! えぇ、喜んでっ!」


 新しい話し相手ができたと思ったのか、ヴィーチェのテンションはさらに爆上がりし、先に行く王子の後に続こうとした……のだったが、その前にヴィーチェの手がライラの手を取った。


「行きましょ、ライラ!」

「えっ……? 私も、ですか?」

「もちろんよ。だって最初に話してたのはあなただもの。それに友達だからいいのよ」

「で、ですが、あの方は第二王子のエンドハイト様です。私の顔すら見向きもしませんでしたし、私自身は呼ばれてはおりませんので、こちらのことは気にせずヴィーチェ様だけお付き合いください」


 ぽそぽそとヴィーチェに告げ、ライラはここで別れようとした。むしろここで離れないと逃げ出すチャンスはもうないかもしれない。

 ただでさえ他の娘とは違う変わった令嬢なので、もしもヴィーチェが何かをやらかし、こちらまで王子に睨まれたらたまったものではないのだ。

 いや、そもそもエンドハイトはライラを一瞥することすらしなかった。視界に入れようとしないのはやはり髪色と表情のせいなのか。

 つまり自分はお呼びですらないのだから余計なことをしてこれ以上悪目立ちをしたくないのだ。


「あら、私がお誘いを受けたというのなら最初に話をしていたライラも一緒に誘われるものでしょ? いくら王族の方でも一方的に話しかけてそんな自分勝手なことしないわよ」


 その発言に周りの空気がスパイスをかけられたかのようにピリついた。


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