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第一王子はゴブリンに襲撃されたという町を調査する

 王位継承権第一位を取り戻したアリアス・オーブモルゲは使用人ベアルサとともに王都コエクフィスよりも遠い農業が盛んな町ファラントへと赴いた。

 ゴブリンに襲撃されたという報告があったため、第一王子自ら調査を担うことに決めたのだ。


「……そもそもなぜアリアス様が調査するんですか? この場合は騎士団の仕事では?」


 そう尋ねたのは婚約者となったライラ・マルベリー。アリアスが事件の調査をすると知れば珍しく彼女から付き添いをお願いされた。

 まさかライラからそう言われるとは思わなかったのでアリアスは驚いたと同時に喜びに満ち溢れる。これはデートといってもいいのでは? と感じるほどに。


「ゴブリン絡みの事件の可能性があるからね。ファムリアント家の領地ではゴブリンとの交流が始まっているから余計な不安を与えさせたくはないし、何よりヴィーチェ嬢に勘づかれたら厄介なことになるのは間違いない。事実によっては慎重に向き合わなければならない上に、情報が漏れないためにも人数の多い騎士団より私個人で請け負うことにしたんだ。父上にももちろん許可を取っているよ」

「そうですか」


 アリアスの業務について来てくれたわりには素っ気ない返事。いや、それは元からである。ライラの感情のない表情と声色はいつものこと。とはいえそろそろ自分の前で笑ってはくれないものかと考えてしまう。


「ライラ嬢はなぜ私と同行を?」

「ヴィーチェ様に余計な心配をかけさせたくないためです」


 少しでも自分と一緒にいたいから、なんて返答を期待してたがやはりそうではなかった。残念に思いつつも、ヴィーチェに勝つのはなかなか難しいものだとアリアスは小さく笑いながら受け入れる。


「アリアス様、町長がお待ちです」


 そろそろ業務を。と言わんばかりに使用人のベアルサに催促されるので「わかったわかった」と返事をし、ファラントの町長宅へと向かった。


 農業が盛んということもあり、町の中には果樹園や広大な田畑、季節にとらわれないための温室などが数多くあった。

 一見すると魔物に襲われた被害はなさそうに思えたが、町長の自宅近くになると、火事でもあったのかというような燃やされた木々や畑がいくつか見受けられた。水車も黒焦げで動く気配はない。


(なるほど、この辺りから被害に遭ったのか)


 ファラントの農作物は王都コエクフィスにも沢山卸されているし、料理店と契約を交わしている農家も多い。

 食物の流通を理解して攻撃をしたかは現時点ではわからないが、ここを重点的に攻められると王都だけでなく、他の町にも打撃を受けるだろう。


 町を観察しつつ、ファラント町長宅へと到着したアリアス達は、彼の妻にお茶を振る舞われながら襲撃された経緯を詳しく尋ねてみた。


「では、町長殿。魔物襲撃の件について覚えている範囲でいいのでできるだけ詳しく頼みたい」

「あぁ、聞いてくだされ。あれは二週間前のこと。日も暮れたというのに窓からオレンジのような明るいものが見えてきたんじゃ」


 町長の話によると、その揺らめいたオレンジ色の明かりを見てまさかと思い家を飛び出したのだ。

 そしてその勘は残念ながら当たってしまう。近隣の農家の大事な果樹園や菜園が燃え広がっていたのだ。パチパチという小さな音もすれば、大木を飲み込むほどの大きな炎がメラメラと唸り上げていた。

 町長だけではなく、農家の人間達も異変に気づき慌てて出てきたが、燃え盛る現場を見て呆然としているようだった。

 信じられない光景ではあったが、すぐに何人かは消火をしようと水路から水を汲み始めたり、指示を出していく。


 そんな中だった。十数人の人影が住民達の前に現れたのだ。慌てふためく住民とは違い、火事を眺めているように思える。

 夜とはいえ火の粉が舞い上がる炎の明るさもあってか、それがすぐに人間ではないと理解した。

 ボロ布を腰に巻く半裸の男達。彼らみんなその肌の色は緑色であった。

 ニヤニヤニマニマと下卑た笑みを浮かべながら町長に向けて一人の魔物がこう言った。


『我らゴブリンのリラ様の遣いである! リラ様の命令により我々ゴブリンは人間を皆殺しにする! これは宣戦布告だ! 近いうちにこの町から潰してやるから覚悟しておけ!』


 高らかに宣言するゴブリンに住民達のほとんどが身震いをした。それを見て満足したのか、ゴブリン達は一旦その身を引いたのだ。


「……」


 町長から話を聞いたアリアスは深刻な表情をする。そして念のために町長に確認を取ることにした。


「町長、本当にゴブリンで間違いないんだね? 夜目だったから見間違いの可能性はないとも言いきれないが」

「いいや、間違いなく緑色の肌をしておった! そもそも自分達のことゴブリンと名乗っていたんじゃ! 見間違いだとしてもゴブリンであることには間違いない!」


 ドンッとテーブルに拳を叩きつける町長歴三十年の彼は怒りをあらわにしていた。


「嘘だと思うのなら住民達にも話を聞いとくれっ。みんな同じことしか言わんぞ」


 もし彼の言うことが本当なら目撃証言が全てゴブリンの犯行になってしまう。しかもリラの名を出しているという最悪な展開である。

 本当にリラが手を回しているかどうかは一旦置いておくが、今はとにかく情報を集めることに専念しなければならないだろう。


「そもそもゴブリン達の言っていたリラというのはファムリアント領で領民となったゴブリンのことじゃろう? 魔物に人間と同じ権利を与えるなんてどうかしていると思っとったがやはり本性を現しよったわ! いくら国王の命を守ったとはいえ、やはりゴブリン。全部人間を騙すための小賢しい策だったわけだ!」

「町長殿、さすがにそう結論づけるのは早計かと。リラ殿はむしろ人間との争いを避けている方で━━」

「王族のあんたらは人間の味方をせずに魔物を庇うのか!? ゴブリンなんぞに騙されるとは国王も息子共々どうかしとる! この国はもう終わりじゃ!」


 町長の怒りの矛先がこちらに向けられる。王族に対して悪態つくので妻が慌てて「あなた、アリアス第一王子殿下にそのような……」と、彼を宥めようとするも聞き入れる様子は見えない。


「卑しく醜いだけでなく人間の害となるゴブリンは生きてるだけで罪深い! 新たな悲劇を生む前に全て根絶やしせんか! こっちは不安で夜も眠れん!!」


 魔物の襲撃があったと知らせがあってからファラントの町のあちこちに警備隊を増やした。

 そのおかげか、ゴブリンどころか魔物が入り込むことはなく、今のところ最悪の事態は起きてはいない。

 とはいえ確かに町を潰すとか皆殺しにするとか言われたら不安になるのも頷ける。

 町長の目元をよく見ると若干隈があるので彼の言葉は誇張表現でもなく本当のようだ。


「もちろん、放火犯を捕えるために全力を尽くそう。相手がゴブリンであろうと人間であろうと私達の対応は変えるつもりはないのでそこは安心してほしい。しかし、罪を犯してない者を裁くこともなければ無益な殺生をするつもりはない。種族問わずにね」

「つまりゴブリンを野放しにするつもりか! 頭のネジがぶっ飛んでおるわ! 気色の悪い見目をしとるゴブリンなんぞ何を考えとるかわからん! 生きてるだけでもおぞましいのになぜ討伐せんのじゃ!」


 何を言っても聞き入れてくれない。町長のゴブリン批判が強くなる一方だ。もしこれをヴィーチェが耳にしたらどうなっていたことかとも思ってしまう。

 このままでは相手がヒートアップするだけなので無理やり話を切り上げるしかないだろう。感情のまま話をしても得るものはないし、これ以上町長から新しい証言もなさそうだ。

 そう考えてアリアスは席を立とうとした……が。


「人間を襲ったり罪を犯す魔物は確かにいますが、人間も罪を犯しますよね?」


 これまでずっと黙って聞いていたライラが口を開いた。


「あなたの言い分だと一人でも罪を犯せばその種族はみんな死罪にしろとおっしゃってるように聞こえます。それならばどこかで罪を犯してる人間がいるのもまた事実ですので同じ人間のあなたも死罪になりますよね?」


 思いのほか強い物言いだったため、アリアスは心の中で「おっと……」と苦笑する。表情には表れないがそれなりに怒っていることだけは理解できた。


「なっ、何を言っとる! 誰かもわからん犯罪者とワシを一緒にするな!」

「でしたらそれはゴブリンにも通じます。同種族というだけで根絶やしになるのはあまりにも自分勝手な言い分ですが」

「現にリラというゴブリンの命令で来たと言ってたんじゃから無関係ではあるまい!」

「関係性についてはもちろん調べます。ですが真実がどうかわからないままゴブリンの命を軽視するのもどうかと思います。私からすればあなたも随分醜い人間に見えますので」

「な、生意気な小娘が!!」


 ライラの言葉によほど腹が立ったのだろう。大きな音を立てて立ち上がった町長は妻が用意したお茶の入ったカップをあろうことか彼女に向けて中身をぶちまけた━━が、ライラの顔にかかる前にアリアスの後ろに控えていたベアルサが迅速な動きで、勢いよく飛んでくる液体を手で捕らえるようにテーブルに力強く叩きつけた。

 その力はあまりにも強くテーブルは半分に割れてしまう。同時にお茶の入ったカップも落ちて割れるといった同じ結末を迎える。

 アリアス以外の者は彼女の力技に驚きを隠せなかった。いや、ライラはそれでも顔色ひとつ変えないが、驚いていることには間違いないはず。

 まるで虫を潰すかのようなベアルサの動きのおかげでライラには一滴も紅茶がかかることはなかった。

 長い栗色の髪をなびかせた骨太で高身長の女性使用人は悪びれる様子はなかったが「失礼いたしました。少々力が入り過ぎました」と口だけの謝罪を見せながら汚れた手をハンカチで拭う。

 それを見て笑いを堪えるアリアスは席を立った。


「私の使用人が申し訳ない。私や近しい者が危険だと判断するとすぐに動ける優秀な者だが、力のコントロールが苦手でね。テーブル代やカップ代は弁償させてもらうよ」


 アリアスのポケットマネーにより破損したものを埋め合わせる。その間ベアルサは素早く割れたカップを拾い上げて掃除をこなしていた。

 片付け終えてから「では住民からも話を聞いてくるよ」とベアルサの力技に呆けた状態の町長に告げて彼の家をあとにした。






「彼の言いたいことはわかります。現に私もリラ様の存在を信じる前まではゴブリンはみんながみんな悪だと思っていました」


 町長宅を出てすぐにライラはそう語る。アリアスはうんと頷いて口を開いた。


「おそらく誰もがそう考えていたはずだよ。これまでの歴史から見たってそう判断するに値する印象なのは間違いないからね」

「ですがそれも昔の話です。ヴィーチェ様のおっしゃるようにゴブリンも過去を学んでここ何十年も人に危害を加えることはなくなりました」

「そうだね。しかし今までなかったはずのゴブリンと思わしき魔物による今回の事件はなおのこと不思議だ。さらにリラ殿が絡むとなるとことさらに。彼は人間と関わることや人間からの報復による仲間の被害を恐れて人間に手を出すことはしない男だからね」

「……では、リラ様のお仲間が勝手に動いている可能性が?」

「有り得るだろうね」


 もしそうだとしたらせっかく人とゴブリンが交流し始めたというのにそれを無駄にするということ。リラもそれを望んでいないはずなのに。


「それにしてもゴブリンと関わりの少ない私でも先ほどの町長の発言は腹が立ちました。おそらくヴィーチェ様は幾度も似たような発言を耳にされていたと思いますし、彼女がその度に否定していた気持ちもよくわかります」

「仕方ないと思うしかないね。彼らはリラ殿達と関わっていないから理解を求めるのは難しいだろう。ゴブリンが起こしたと言われる事件の被害者ならなおさら」

「そうですね。割り切るしかないですね。……あ。そうでした、ベアルサさん。先ほどは守っていただきありがとうございます。火傷はされていませんか?」


 ライラがベアルサへと目を向けて丁寧にお礼の言葉を述べた。ベアルサはというと口角を少しだけ上げて微笑みを見せる。


「ベアルサで構いません。アリアス様の婚約者様であるライラ・マルベリー様は私のもう一人の主でもありますので。それに私は皮膚の皮が厚いので心配ございません」


 ベアルサの言葉は事実だ。強がりでもなんでもない。だが、ライラはそれでも納得はしなかったのか、首を小さく横に振った。


「それでも手とはいえ身を呈して守られると少し心苦しいです」

「考えが足りず申し訳ございません。以後気をつけます」

「あ、いや、そこまで畏まることでは……」


 そんなやり取りを見つつ、何だか二人が自分を置いて仲良くなっているみたいで少し寂しさを覚えてしまうアリアスだった。


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