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ゴブリンは公爵令嬢との時間を過ごしつつ家族の話をする

 ヴィーチェがゴブリンの村へと遊びに来るのは週末恒例である。

 相変わらずリラを見るとこの上なく幸せそうな表情を浮かべて駆け寄ってくるので、リリエルへの鬱憤も晴れてきた。


「リラ様! こちらをご覧になって!」


 そんなヴィーチェが見て見てとリラに見せてきたのは手のひらに収まるくらいの小さな石膏。

 人工的に掘られているように思えるが形が歪すぎてそれが何なのかはわからない。むしろその辺に落ちていた石ころか? と思ってしまう。


「リラ様を彫ってみましたの」


 まさかの発言。もう一度ヴィーチェの彫ったというリラの石膏に目を向けるが、いまいちピンとこない。手と足のようなものがあるのは若干理解できるくらいだ。


「全然わからん」

「そうなのよ。今年は石膏の授業を選択して、リラ様の石膏像を彫ってみること数十回、これはとても難しいわ」


 どうやら失敗作らしい。お貴族様の授業は多種多様のようだが、ヴィーチェは芸術系の授業を積極的に取っているようだ。

 ヴィーチェが一学年の頃、リラの未来を描いたという抽象画を描いて持ってきてくれたが、リラにはそれが上手い下手以前にその抽象画の意味が理解ができなかった。

 そういえばヴィーチェが二学年のときには人物画を得意とする講師の授業を受けたようで、リラの人物画を沢山見せられたことを思い出す。

 確かに上手かったし、抽象画よりもわかりやすかったが、少々凛々しく描きすぎでは? とリラは思ったものだ。


 そして三学年になった今年は絵画から離れて石膏像を彫っていたとは。

 よほど何かを作り出すものが好きなのか。お嬢様趣味っぽくもあるが……と、リラは若干の不安を抱く。

 将来的にゴブリンの村に住むより公爵家のお嬢様として過ごす方がこいつも自由にできるのでは? 芸術を好んでいるようだし。そっち方面で活躍する道だって有り得るだろう。

 どう考えても華やかな未来や選べる将来も数多くある。それだけ恵まれた家柄の娘がゴブリンに全てを捧げるのはやはり勿体ないな……と、リラはそう考えた。


「でもまだ始めたばかりだから卒業までには素敵なリラ様像になるよう腕を磨くわっ」

「芸術はよくわからんが……失敗しても諦めないのならお前は相当好きなんだな」

「えぇ! リラ様のことは大好きだもの!」


 陽の光のごとく輝かしい笑顔で口にする言葉は不意打ちだったため、リラの胸が飛び跳ねる。


「……い、や、そうじゃなく、芸術の方だ」

「私が好きなのはリラ様よ? 絵画も石膏像もリラ様の魅力を沢山の人に知ってもらうための手段でしかないわ」


 そう答えるヴィーチェにリラはどこか話が噛み合わないと察した。どうやら芸術に対する彼女の気持ちがリラの考えと違うことに気づく。


「絵画も像を彫るのも興味があるからじゃないのか?」

「リラ様の素晴らしさを伝えるための作業としてなら興味はあるわ。雄々しく、ゴブリンの中のゴブリンであり、みんなを導く存在の格好いいリラ様をこの世の全ての人達に知ってもらわなきゃならないものっ。媒体は何だって構わないわ。リラ様を描いた絵画と、石膏像はもちろんのこと、絵本や伝記といった本にもしておきたいし、街にひとつはリラ様の銅像も置きたいもの。他にもリラ様美術館やリラ様博物館も建ててリラ様の偉業は後世へと語り継がれるべきなのよ!」

「待て。待て待てっ、壮大すぎる!」


 まだ本にすることを諦めてなかったのかと思うと同時にさらに上をいく野望を嬉々として語り始めるヴィーチェにリラは頭が痛くなった。

 そもそも偉業ってなんだ。そんな大層なことをした記憶はリラにはない。あったとしても国王を助けたことくらいだが、たまたまでしかない。ヴィーチェが囃し立てるほどのことではなかった。

 もしヴィーチェの言うような建物を建設し、実現したとしたらそれはただの金持ちの道楽だと後ろ指を指されるだろう。


「てっきり芸術を生業にするのかと思ったが……」

「私はリラ様の妻になること以外考えてないわっ」

「……あー……お前は本当にブレないな」


 面と向かって妻になると宣言するのになぜこうも恥ずかしげもなく口にできるのかリラは不思議で仕方なかった。

 受ける側はただただ小っ恥ずかしくて、恥ずかしさのあまり後ろの首を掻きながら目を逸らしてしまう。


「リラ様と出会うために、そして添い遂げるために生まれてきたんだもの。リラ様がいてくださるから私は生きてるのよっ」

「いちいち大袈裟な……いや、お前のことだから誇張表現じゃなかったな」


 呆れつつそう呟けばヴィーチェはもちろんよと言わんばかりにふふっと笑みを浮かべた。いつだって明るく笑顔を振り撒きながらも、リラへの想いの言葉はどこか重みがある。大袈裟ならばそれはそれで可愛いものかもしれないが、ヴィーチェはいつだって本気だった。

 そんな彼女の気持ちを受け止められるのはやはり自分しかいないのだろう。

 しかしヴィーチェへの想いは認めているとはいえ、まだ若干の迷いがなくもない。種族の違い、生活の違い、上げればキリがないが、はたして自分が傍にいるだけでヴィーチェが本当に幸せになれるのか断言できなかった。


「あ、そうだわ。リラ様にお願いがあるの」

「? なんだ?」

「秋頃のお話になるのだけど、私のお母様にリラ様をご紹介したいの」


 ヴィーチェの母親といえば……確か本人によるとヴィーチェが赤子の頃に亡くなったと聞いている。つまりこれは墓参りの誘いなのだろう。


「お父様とお兄様にリラ様の紹介はできたけど、お母様にはずっとできてなかったから」


 街のどこかに墓地があるのだろう。リラ達の存在が人間達に認知されていないときにはさすがにできない相談ではあるが、今や人間の街で仕事した実績もあるので街に行くことの抵抗は薄れていた。


「まぁ、構わないが」


 そのくらいの願いなら問題ない。そう判断して了承するとヴィーチェは満面の笑みを浮かべた。


「嬉しいわ! ありがとう、リラ様っ!」

「また日が近くなったら知らせろ」

「もちろんよ。お母様も絶対喜んでくれるはずだわ」


 いや、仰天するだろ。娘がゴブリンを紹介するなんて人間生活では絶対に普通じゃない。


「……そういえばリラ様のご家族の方にご挨拶はできないのかしら?」


 リラには家族がいない。ヴィーチェも知っているのでこの場合はヴィーチェの母親と同様に墓参りを意味しているのだろう。

 そう言ってくれるのはありがたいことではあるが、それはできなかった。


「墓はないからできないな」

「そうなのね。残念だわ」


 少しだけ落ち込む様子を見せるヴィーチェ。リラにとってはそこまで気にすることでもないが、と思うものの、そういえば家族の話を全くしたことがなかったなと気づく。

 ヴィーチェは普段から何でも尋ねてくるのに家族について一切聞かれなかったのは彼女なりに触れてはいけないと思ったからなのか。


「……正直なところ、親についてはあまり記憶はない。ガキの頃に流行病で死んだらしいからな」

「埋葬はしなかったのかしら?」

「したが、場所が違う。幼い頃はここよりももっと遠くて別の森に住んでいたからな」

「引っ越ししてきたのね。それが私の家近くで嬉しいわっ」


 普通はゴブリンが家の近くに引っ越したら怖がるはずだが……今さらである。ヴィーチェだからこその反応だ。


「でもお引越しをするということはそれなりの理由がおありよね? それは伺ってもいいのかしら?」

「別に隠すことでもないから構わない。……人間に燃やされただけだ」


 人間ヴィーチェ相手に人間の仕業で住処を追いやられたと伝えるのは少し躊躇ったが、もう昔の話だからと思って話す。

 しかし久々にバチッという聞き覚えのある火花音が聞こえた。それはヴィーチェの怒りの感情が高まった際に見られる現象。可視化した魔力が放出される音である。


「リラ様の故郷を放火した不届きな方がいらっしゃったのね? 犯人を炙り出さなければいけないわね」


 小さな電流がヴィーチェの目元で幾度も弾ける。言葉は穏やかで僅かな微笑みも備わってはいたが……あれは間違いなく怒っていた。


「もう昔の話だ。犯人なんてわかりっこないし、今さら復讐だのなんだの考えていないからお前も気にするな」

「でもリラ様、悪いことをした方には制裁を与えるべきだわ!」

「……卑劣なゴブリンの住処を見つけたから駆除しただけに過ぎないだろ。それは人間にとっての正しい行いだろうな」

「そんなことはないわ! 罪もないゴブリンを問答無用に手を出すのは許されない行為よっ」

「そりゃそうだが、本当にもう済んだ話だ。せっかく人間と交流も持ち始めたのに過去の遺恨で互いに気まずい気分にもしたくないからな」

「リラ様……本当にお優しいわ。まるで女神様のお心をお持ちだわ」

「ゴブリンの雄を女神に例えるな」


 すぐに神格化する癖はどうにかならないものか。とうとう女神とまで言われてリラは何とも言えない気持ちである。

 とはいえヴィーチェのゴブリンの気持ちに寄り添って怒ってくれたことは純粋に嬉しかった。だからだろうか、リラは自然と手を伸ばしヴィーチェの頭を軽く撫でた。


「……まぁ、俺のために怒ってくれるその気持ちは受け取ってやる」

「リラ様……!」


 僅かに頬を染めながら歓喜の声を上げるヴィーチェにリラはハッと我に返り、すぐに手を引っ込めた。

 あまりにも無意識ゆえの行動をしてしまい、リラも照れくさくなってしまう。


「あー……あと、家族といえば兄貴がいた」


 照れ隠しのため話をして気を逸らせることにしたリラ。愛しの相手の新たな情報を聞いたヴィーチェの反応はわかりやすかった。


「お兄様がいらしたのねっ。どのようなお方だったのかしら?」

「兄貴の最後を見たのは二十年も前だが、尊敬できるいい兄だった。生きてたら俺じゃなく兄貴が頭を張ってたくらいに強かったしな」


 そう、兄のことをリラは尊敬していた。二十年前、当時十六歳の少年だったリラは自分の兄こそが将来的に仲間を纏めるボスになると信じていたのだ。


「大口を開けて笑っているイメージが強かったが、とても頼りになった。人間に襲撃された前の村のときでも的確な指示を出して、俺を含め多くの仲間を逃がしてくれたんだ」


 もちろん、犠牲がなかったわけじゃない。それでも兄のおかげで救われた命が多いのも事実。


「結局お兄様はその襲撃のときに……?」

「あぁ、俺達を逃がすために囮として残った。最後まで豪快に笑ってたけど、勇敢だった。ヒーローっていうのはああいう存在なんだなって子供の頃ながら思ったもんだ」


『新天地でまた会おうな!』


 そう力強く言うものだから兄とは絶対また会えると信じていた……が、結局兄と再会することはなかった。人間にやられてしまったのだろう。

 せめて亡骸だけでもと思ったが、住処を燃やされ人間が足を踏み入れた場所に戻るのは自殺行為でしかないため泣く泣く断念した。


「そんな素敵なお兄様がいらっしゃったおかげで今のリラ様が存在するのねっ」

「そうだな……。俺だけじゃなく、村に住んでる奴らは兄貴に生かされた連中だ。みんな兄貴には感謝してる」

「私もリラ様のお兄様に感謝するわ」


 そういうとヴィーチェはすぐに手を組んで目を閉じると「リラ様のお兄様、リラ様やお仲間の皆様を救っていただきありがとうございます」と祈った。

 その祈りが兄に届くかはわからないが、リラには確実に伝わるヴィーチェの言葉。少ししんみりしたが、ヴィーチェの気持ちはリラにとって嬉しいものだった。


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