公爵令嬢は元男爵令嬢の両親と会う
「本日はお招きいただきありがとうございます、キャンルーズ男爵、男爵夫人」
その日、ヴィーチェはキャンルーズ男爵家へと招待された。夫婦のいる応接間へと案内されたヴィーチェはお得意のカーテシーを披露する。
キャンルーズ家といえばリリエルが洗脳魔法を用いて、夫婦の養子になるため利用された被害者である。
しかしリリエルが証言する前、夫婦揃ってリリエルの人間へ向けた復讐を受け入れ、手を貸したと証言した。それが事実なら夫婦も罪に問われるため、一時キャンルーズ家は屋敷から出ることを許されなかった。
しかし魔法を扱える希少なゴブリンであるリリエルにとって、その発言は自分の洗脳魔法がなかったことにされてしまうため、プライドを傷つけられたと非常に腹を立てて、リリエルは全て自供したのだった。
結局、夫婦の発言はリリエルの洗脳魔法の名残ということになり、虚偽罪にもならなかったそうだ。
そんな中、ヴィーチェはキャンルーズ夫妻と幾度か手紙のやりとりをしていた。主にリリエルの話である。
リリエルがやらかした事件の詳細や学院での様子など。それをヴィーチェが文字にて知らせると、ある日夫妻から『自宅でゆっくり話を伺いたい』という返事をきっかけにキャンルーズ男爵家へと訪問することになった。
「ようこそいらっしゃいました」
ヴィーチェより少し背が低めで頭が涼しそうな男爵が人の良さそうな微笑みを見せながら出迎えてくれた。
「ヴィーチェ様、お待ちしておりました」
男爵の隣には旦那よりも背の高いアッシュグレーの髪色をした夫人が頭を下げる。
「改めまして、ドードル・キャンルーズと申します」
「妻のハリット・キャンルーズです」
ソファーに座って夫婦が挨拶をする。見たところとても穏やかそうに見えた。まるでゴブリンに騙されていた出来事なんて忘れてしまったかのように。
しかしヴィーチェは確信していた。リリエルに対する夫婦の想いを。
「早速ですがお話を聞かせていただけるかしら? キャンルーズ男爵とご夫人はリリエル様に憎しみを抱いてはおられないと思うのだけれど」
まどろっこしいことはせずに直球で尋ねる。すると二人は困るように笑った。
「いやはや、やはりお見通しでしたか……」
「ヴィーチェ様のおっしゃる通り、私と旦那はリリエルを本当の娘のように思っています」
「でもリリエル様の洗脳魔法は受けていたはずよね? 戻った今でも本当にそのように思っていらっしゃるということかしら? 洗脳魔法が今も続いているという可能性もあるのでは?」
リリエルは完全に夫婦の洗脳魔法を解いたはずだ。完璧とは言えない結末ではあったが、復讐に生きる彼女にとってエンドハイトを落ちぶれさせたことにより復讐を完遂させた。
目的を果たした彼女はもう自分の身がどうなっても構わないどころか処刑されてもいいと考えている。
そんな彼女が洗脳魔法をかけ続けているとは到底思えない。自分の命惜しさに利用しているのなら別だが、リリエルはそう思っていないのだ。
ならば無意識に洗脳魔法をかけ続けていた可能性もあるのかもしれない。
魔力が多い者は稀ではあるが無意識に魔法をかけ続けていることがあると聞く。その場合のほとんどは術者が寝ているときに多いそうだ。寝言のごとく、魔法をかけるのだとか。
「一度洗脳をかけられたからわかるのだが、今はとても頭がすっきりしています。洗脳を受けている間はどうにも頭に靄がかかっていましたからな……」
「洗脳が解かれた瞬間はよく覚えています。旦那と自宅にいるときに、突然ハッと気づきました。私達に子供はいないと」
キャンルーズ夫人は子を宿せない身体らしく、子供に恵まれることはなかった。リリエルはそれを狙って近づいたのだろう。
「最初は覚えのない記憶が真実であると思い込んでいたことに不気味さが勝りました……。遠い親戚からリリエルを引き取ったなんて知らない記憶でしたので。しかも人間ではなく、ゴブリンという魔物だったと後から知ったときは恐怖も芽生えました」
ハリット夫人の話から窺えるのは最初からリリエルのことを好意的には見ていなかったということだ。
ヴィーチェにとってはゴブリンというだけで恐怖を抱くことはないので夫人の言葉に同意はできなかったが。
するとドードル男爵が妻の肩を優しく抱いた。
「しかし、私達夫婦は利用されていたとはいえ、少ない年数ではあるものの、リリエルと過ごした記憶は幻ではないと思うようになってね……」
「リリエルは優しい子だったの。一緒に買い物へ行ったり、誕生日にはお花をくれたりしてくれたのよ」
「風邪をひいたときには心配してくれたな。だから洗脳されていたとはいえ、あのひと時は悪いものではなかったし、確かに私達の娘であったと思い直しました」
リリエルに利用された怒りや恐怖より、娘として暮らした日々の幸福さが勝ったのだろう。
「でも、リリエル様は罪を犯しましたわ」
「確かにリリエルは個人的な怨恨によりエンドハイト第二王子を籠絡し、ヴィーチェ様や数多くの人達に迷惑や危険を晒しました。本来ならば一番近かったであろう私達が止めねばならない凶行だ」
「リリエルが復讐を選ばず、このまま一緒に暮らしていける道を選ばせなかった私達にも非があります。もっと彼女と沢山話をしていれば真実を打ち明けてくれたかもしれません」
「……だから、せめてリリエル一人の罪にはさせたくなくて、共謀者として証言をしたが……やはり上手くいきませんでしたな」
男爵が困り顔で笑う。その瞬間、鼻を啜る音が聞こえた。ヴィーチェはそれが聞こえた方へと横目で見てから話を続ける。
「ご夫妻方が後悔することはありませんわ。お二方はむしろ被害者なのですからそこまで重荷に感じることもありません」
「それでも……リリエルは今でも私達の娘だと思っています。ヴィーチェ様……教えてください。リリエルはどのような制裁を受けるのでしょうか……?」
リリエルがゴブリンであり、王城で暴れた事件は非公開とされている。そのため罪人がどのように処罰を与えられたかを知る者は関係者のひと握りしかいない。
キャンルーズ夫妻は事件があったことや事情聴取もされていたが、リリエルがどうなったかまでは知らされていないのだろう。……実際はまだ処遇については先延ばしになっているだけなので、夫妻が知らないのも当然である。
このような国が絡んだ重大事件はおそらく守秘義務があるのだろうけど、キャンルーズ夫妻は関係者なので話す分には問題ないだろう。
そもそも友人達にも話してたわ、とヴィーチェは今さらになって気づくが。
「リリエル様の生い立ちを考慮してただいま一年の更生期間中に入っていらっしゃるわ。その結果によって刑が下るのだけど、反省がなければ死罪なのは確実ね。今のところリリエル様は更生する気配もなく、死罪を望んでいる様子も窺えるからその線が強そうなのだけど」
もちろんヴィーチェにはそのつもりはなく、リリエルを更生させる気持ちは強い。そして夫妻に告げることで何か協力してもらえるかもしれないと考え、ヴィーチェはリリエルの現状を隠すことなく伝えた。
キャンルーズ夫妻は死罪の可能性が高いと知ると、みるみるうちに血の気が引いた顔色に変わる。
小さく「そんな……」と呟く夫人がハンカチを手にしてるのも忘れたのか、溢れる涙を拭う動作は見せなかった。
「……ヴィーチェ様、どうにかならないのでしょうか? 私も妻と一緒で死罪は望んでおりません。私達を騙した罪だけでもなかったことにして減刑はできないものでしょうか?」
それを決めるのはヴィーチェではないが、これだけははっきりと言える。
「リリエル様は悪魔も召喚しましたわ。これは大罪でそれだけで最も重い罰を受けてしまいます。例えキャンルーズ夫妻の洗脳がなかったことにしても、身分詐称や反逆罪など様々な罪が重なっていて、本人に罪を償う意思がなければ減刑も厳しいものですわ」
「……そう、ですか」
絶望する色を隠せない男爵の様子にヴィーチェは尋ねてみた。
「お二方はリリエル様にどうなってほしいのですか?」
その問いに二人は迷うことなく口にした。
「罪を償って再び私達夫婦の子供として暮らしてほしいと思っている……」
「リリエルさえ良ければ、ですが……」
赤の他人であり種族すら違うというのに夫婦はリリエルを大事に、そして家族として迎えたいと考えている。そこに嘘などは見えない。
元々ヴィーチェは人の嘘を見抜くのは得意ではなく、言葉通り信じるのだが、二人の気持ちは痛いほど伝わってきた。
「リリエル様は罪人であり、ゴブリンです。お二人と楽しく暮らしていた姿もまやかしかもしれませんし、本当の姿でもありませんわ。子供が欲しいだけなら養子縁組をする方が一番楽では?」
「子供が欲しいと願っていましたし、養子を貰うことも考えていましたが、リリエルの代わりなどどこにもおりません」
「……私が子を産めない身体のせいで主人には迷惑をかけました。しかし、リリエルを迎えるための運命だとも思っています」
「ハリット……私は迷惑とは思っておらん」
自虐する妻を優しくフォローする主人。とても良好な関係である。そんな夫婦の元に育つ子はきっといい人になるに違いない。
キャンルーズ男爵は誠実な人だと噂程度には聞いていたが、どうやら事実と見て間違いないと考え、ヴィーチェは微笑んだ。
「だそうよ、リリエル様。あなたはどうお考えかしら?」
「?」
ヴィーチェは誰もいない隣へと目を向ける。キャンルーズ夫妻は不思議そうに目を向けると、誰もいなかったはずのヴィーチェの隣にはフードを取ったリリエルの姿が現れた。
目は潤んで鼻は若干赤い。そんな彼女の姿を見るやいなや、男爵は驚きながらソファーから立ち上がり、リリエルの名を呼ぶ。夫人に至っては目を大きく見開き、両手を口元に当てていた。




