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第一王子は忙しないと溜め息をつく

「ライラの勇姿、私も見たかったわ」


 マルベリー元子爵を捕らえた翌日、第一王子のアリアスは学院のカフェテリアにて、昼食がてらライラとともにヴィーチェに昨日のことを話すと、彼女は少し羨ましそうに呟いていた。


「『神だと言うのなら金銭を要求せず自分の生き方を貫き通してください』って私も言ってみたいものね。神話の神の在り方について語ったのでしょ?」


 ヴィーチェの言う通り、ライラが父に向けた言葉は神話に載っている神の在り方について抜粋されたものだった。

 『曰く、神は金銭を要求してはならない。曰く、神は自身の生き方を躊躇してはならない。でなければ神格は剥奪されるものとする』という文章が神話に記載されている。


「本当に昨日のライラ嬢の姿は勇ましく、惚れ惚れしてしまったよ」


 羨ましがるヴィーチェの様子を見て、アリアスは優越感に浸る。

 いつも彼女にはライラに関して負けてしまっている部分が多かったが、今回ライラによる父との縁切りという大きなイベントに立ち会えたことは彼の中でも特に大きいと思えた。


「あの……勇姿とか勇ましいとか、誇張しすぎです。そんな大したことではありませんでしたし」


 少し言いづらそうにライラが口を挟む。照れているのか迷惑に思っているのかは彼女の表情を見ても判断できかねないけれど、ライラの言葉を否定するためアリアスは「そんなことはないよ」と誰よりも早く告げた。


「実の父に面と向かって決別をしたものなんだし、ライラ嬢はとても堂々としていたよ」

「ライラのお父様は癇癪持ちだと聞いたわ。そのような方に対してライラは強く出たのだから凄く立派よ」

「……そうですか。ありがとうございます」


 淡々と答える様子はどこか事務的ではあるが、彼女のことだ。おそらくこれは照れ隠しと見ていい。否定すればするほど賛辞が返ってくると諦めて受け入れたに違いない。

 ライラは声に感情が乗せられないから彼女の性格を考慮してそのときの気持ちを予想するしかないが、最近は少しずつ態度に出るようになった。特に怒っているときは。

 ティミッドの件や父の件など、ライラの感情を大きく揺さぶったからかもしれない。


「そういえばティミッド様はまだ復学できないのかしら?」


 するとヴィーチェがティミッドの話を始めた。その瞬間、少しだけ場がピリついた気がする。ライラが苛立ちを覚えたからなのかもしれない。アリアスは「まだ彼の名前を出してほしくはなかったなぁ」と思いつつもヴィーチェの疑問に答えることにした。


「今週中には戻ってくると聞いてるよ」


 ヴィーチェに“真実を映す鏡”を見せて、別人格に変えた事件を起こしたティミッドは自分のしたことを猛省し、学院を自主退学しようとしていた。それをアリアスが何とか引き止め、ひとまず休学させることに成功したのだ。


 そしてつい昨日のこと。ライラとその父のマルベリー元子爵の件が終わってから男子寮のティミッドの部屋へと尋ねてみた。

 まだ元気そうではないが、少し落ち着きは戻りつつある様子。休学する前は「僕はヴィーチェ様に合わせる顔がないんです!」と悲観的になっていたが、休ませてゆっくり考える時間を与えたおかげか復学する意思を見せていた。

 少し前のティミッドなら一人で考え事をさせると斜め上なことを考えそうでヒヤヒヤしただろうが、今の彼にはそのような心配はなかった。

 正気に戻った、というのが正しいだろうか。そんなティミッドは改めて事件のことを口にした。


『僕は、ヴィーチェ様に相応しい男になろうと頑張ってきました。寝る間も惜しむほどに。でも、その頑張りをやめて何もしない今、ようやく冷静になれた気がします。自分でもなんであんなことをしたのかと思うくらいに』


 はは、と軽く自嘲するティミッドではあったが、自身の行動を客観的に見られるようになったので彼の精神状態は安定してると思っていいだろう。


『いつもだったら“真実を映す鏡”なんて言われても何も気にしなかったのに、自分でも気づかないうちによっぽど疲れていたのか、それに縋ってしまいました……。最初は自我を失った者が本来の姿を取り戻すと聞いて、ヴィーチェ様はゴブリンに心を操られる魔法でもかけられたんだと強く思うようになり、それが段々と別人格のヴィーチェ様を消してはいけないとか、元に戻ったらまたゴブリン好きの彼女に戻ってしまうとか考え、暴走しました。……おかしな話ですよね。ゴブリンに一途な彼女も魅力のひとつだったのに、人格が変わったところで僕のお慕いしていた彼女はいなくなってしまうのにそれを望んでいたなんて』


 まるでティミッドの中にもうひとつ別の心があるような話だった。それだけ彼は正気ではなかったとも言える。


『ヴィーチェ様のことは頑張って諦めるつもりです。……そもそもこのような事件を起こしたのですからもう彼女に相応しい男にはなれませんし、そこまで図々しくするつもりもありません。ただ……彼女への想いがなくなるかははっきりと断言することはできませんが』


 悲しそうに笑うティミッドになんと言葉をかけてやればいいかわからない。わからなかったが、アリアスは「憧れや想いを無理やり捨てなくてもいいじゃないか」と返した。


『ありがとうございます。……もう烏滸がましいことをするつもりはなく、ヴィーチェ様のおっしゃっていた一人の友人であるティミッドとしてヴィーチェ様の幸せを願っています』


 その言葉に嘘はないだろう。ティミッドなりの決意を感じた。


 さすがにこの話をヴィーチェ本人の目の前でするわけにはいかないが、ティミッドの言動をまだ許していないライラにはあとで説明しようとアリアスが考えていたそのときだった。


「失礼いたします。アリアス様、至急お耳に入れていただきたいことがありますが、よろしいでしょうか?」


 カフェテリアにアリアスの侍女が姿を見せる。学院内は基本的に使用人の立ち入りは禁止しているが、実家に何かあったときや緊急事態等、その生徒により理由は様々ではあるが、子息子女に報告がある場合のみ許可されている。

 そんなアリアスの前にやってきたのは平均的な女性より身長が高く骨太のベアルサ。


 彼女は昨年国王によって変更されたエンドハイトの使用人だった。しかし元々はアリアスの使用人として働いていたが、エンドハイトの学院での生活態度や言動を探るため遣わされることになったのだ。

 ベアルサがエンドハイトの使用人として動いている間、アリアスには使用人がいない状態ではあったが、ベアルサが合間合間にアリアスの元へ戻り、報告ついでの掃除やお茶の用意もこなしていた。

 人一倍どころか二倍、三倍の働きっぷりで、本人も体力には自信があるのか「早朝から深夜までいつでも何でもお申し付けください」と自信ありげにほくそ笑むので心強い。

 エンドハイトが学院を休学している今はアリアスの元へ集中して使用人としての業務をこなしていた。

 そんな彼女から至急と言われてしまったら何か重大な報告があるのだとアリアスも理解し、席を立つ。


「申し訳ない。話があるようだから私は失礼するよ」

「承知しました」

「えぇ、わかったわ。ごきげんよう、アリアス様」


 名残惜しくはあるがライラとヴィーチェの元を去り、侍女とともに人気のない場所へと移動する。

 運良く空き教室を見つけたアリアスはその中でベアルサから話を聞くことにした。


「ここでいいだろう。ベアルサ、話を」

「はい。まず一つ目、フードゥルト国王陛下より、投獄の身である弟君のエンドハイト様を追放処分することが決定しました」


 その話を聞いたアリアスは、父がようやくエンドハイトの処分を決めたのだと察した。何せ弟はリラに瀕死の重傷を負わせ、ヴィーチェや国民、そして父であるフードゥルトにも危険な目に遭わせた。反逆者と言ってもおかしくはない。

 死人が多数出ていたら死罪も有り得るが、今回はそこまでではないため死罪は免れた。とはいえ、何も処罰を下さないわけにはいかずひとまず牢獄に入れることにしたが、父はこのまま一生息子を牢獄生活をさせるか、それとも別の罰を下すかずっと考えていた。

 その結果が追放処分なのだろう。国民からはすっかり嫌われてしまったエンドハイトを表に出しても批判されるだけだろうし、今はゴブリンの娘ことリリエルにご執心なので、一応罪人である彼女から息子を離すためにそう決定したのかもしれない。


「追放先は?」

「まだ検討中とのことです」

「そうか。まだしばらくはかかりそうだね」


 追放先に悩んでいるようならすぐに追放というわけでもなさそうなので、アリアスは続けて「次は?」と尋ねる。


「二つ目、遠くの町の話になりますが、農業が盛んな町ファラントにて魔物による襲撃がありました」

「魔物の襲撃、か。それを私に報告するということは普通の魔物とは違うということかな?」


 魔物が町を襲撃するという話は場所が違えど年に幾度かはある。しかしそれは国王に報告すればいいこと。それなのにわざわざアリアスにも伝えるということは何か重大なことがあるのだろう。


「被害者は口々にその魔物はゴブリンだと証言しているようです」

「……」


 そう答えたベアルサにアリアスはしばらく口を閉ざす。次第に頭を抱えたくなるほどの悩ましい表情へと変わっていった。


「……それは、色々とまずいね」


 身を呈して国王を守ったリラは今や王都中心では英雄扱いである。そしてファムリアント領の民になった彼とその仲間達は仕事まで与えられるようになったので、少しずつゴブリンという種族は好意的に見られ始めたばかりだった。

 それなのにしっかり調査や確認などを行っていないとはいえ、ゴブリンが事件を起こしたと言い張る人間が多いとゴブリンの起こした事件だという疑いは避けられない。

 そもそも何十年もゴブリン絡みの事件は起きていないはずなのになぜこのタイミングで起こるのか。もし本当にゴブリンによる襲撃が事実だとしたらゴブリンを支持する国王に不満を向けられるだろう。

 下手をすればリラとその仲間達が犯人じゃないかと言い出す者も出てくるに違いない。そうなるとヴィーチェが出てきて事態を悪化させるか、ややこしくなることは容易に想像できた。

 できればヴィーチェの耳に入るよりも早く事件解決したいところだ……が、そうなるとライラと過ごす時間も少なくなるのでアリアスはまた忙しくなりそうだと小さく溜め息を吐き捨てた。


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