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公爵令嬢はお茶会に出席し、友人作りに励む

 今日はヴィーチェ・ファムリアントが初めてお茶会に参加する日。いつもよりおめかしをし、金糸雀色の髪に合わせたのは金木犀色のドレス。

 身支度を整えたヴィーチェは父であるフレクに呼び出され、彼の執務部屋へと向かった。中には兄のノーデルも一緒である。


「ヴィーチェ、よく聞きなさい。今日のお茶会はお前にとっても今後の人生を左右する出会いがあるとも言えるだろう。……お前のすべきことはわかるな?」

「お友達を作ること!」


 はいっと手を挙げて答えるヴィーチェの返答に父兄はそうだと言わんばかりに何度も頷いた。お茶会の趣旨を理解して安心しているようにも見える。


「本来ならばヴィーチェには様々な友人を作ってほしいが、贅沢は言わない。最低でもまともな人間の友達を一人くらいは見繕うんだ」


 父フレクの声色からして切実だった。言葉の端々に強い願いが込められている。彼に激しく同意するように兄ノーデルも力強く頭を縦に振っていた。


「お茶会には沢山の子が来るのよね?」

「そうだよ。ヴィーチェと同じくらいの年頃の子達が沢山集まるんだ」

「お兄様は?」

「僕もヴィーチェと一緒に参加するよ。ただ、僕にも付き合いがあるからずっと傍にいることはできないけど、何度かは様子を見に行くから」

「大丈夫よ、お兄様っ! ヴィーチェ頑張るわ! リラ様にも仲良くできる友達を作れって言われてるものっ」


 リラ様と口にした瞬間、フレクとノーデルは渋い表情を見せた。

 会場ではリラ様の名前は出さないようにと口酸っぱく注意をされたヴィーチェ。おそらく二人は約束を守ってくれるのか不安になってしまったのだろう。

 そもそもヴィーチェは当初お茶会に乗り気ではなかったのだ。行きたくないと駄々を捏ねていて父と兄を困らせたが、のちに侍女アグリーへ「リラ様が友達を作ってこいって言ったから行くわ」と伝えた。

 そしてアグリーからフレクとノーデルに報告してもらうと、二人はたいそう喜んだ。リラ様ありがとうと口にしていたことを思い出すが、リラ様のことを信じていないのになぜあんなに感謝をしたのかはヴィーチェにはわからなかった。


「ヴィーチェ。リラ様の話は決してしないように、というのを覚えているか?」

「えぇ! もちろんよっ!」


 いつもとは違って聞き分け良く返事をする。嘘なのだが。

 だからなのか不安そうな表情を見せるフレクだったが、すぐに娘の言葉を信用しないわけにはいかないと思ったのだろう。フレクは長男のノーデルに「ヴィーチェを頼んだぞ」と告げる。ノーデルは静かに返事をした。

 ちょうどその時、執務部屋の扉から数回のノック音が響く。


「失礼いたします、旦那様。アグリーでございます。馬車の準備が整いました」


 侍女のアグリーの声が扉の向こうから聞こえる。フレクは「わかった。すぐに向かわせる」と返し、ヴィーチェ達は彼から馬車へ向かうように指示を出された。


 ヴィーチェ、ノーデル、付き添いとしてアグリーを乗せた馬車はファムリアント家の敷地から出発し、お茶会の主催である王族の住む城へと向かう。

 道中、馬車の中でうとうとし始めたヴィーチェは隣に座る兄の腕へと凭れかかり、瞼の重さを感じた。準備のため今朝はいつもより早く起きたからそれが原因と言える。

 時折、頭を撫でられるような感触があった。おそらく身体を貸してくれるノーデルの手だろう。そして向かい合って座る侍女がくすりと笑う声も耳に入るが、ヴィーチェはすぐに寝落ちた。



 ◆◆◆◆◆



 王城へ到着すると、ヴィーチェはノーデルに優しく起こされた。すぐにハッと目覚めた少女はいつの間に着いたのかわからないまま「え? もう着いたの?」とキョトンとする。


 先に降りた兄の手に引かれながら馬車の外へ降り立ったヴィーチェは、城のメイドによりお茶会が開かれる庭園へと案内された。

 城の庭師によって整えられ、色とりどりの花で作られたアーチを潜ると、そこはバラに囲まれた広いお茶会の会場へと辿り着く。

 ヴィーチェと同じ年頃の貴族の子供達があちこちにいて、各々好きな時間を過ごしているようだった。


「ヴィーチェ。僕は会場が別だから一緒にはいられないけど、さっきも言ったように何度かは様子を見に来るからね」

「わかったわ、お兄様!」

「アグリー、ヴィーチェを頼むよ。もし、手のつけられない事態になったらすぐに僕を呼んで」

「かしこまりました、ノーデル様」


 頭を下げるアグリーにヴィーチェは託され、ノーデルは案内役のメイドと共に近くの別会場へと向かった。

 ノーデルが参加する会場はヴィーチェより少しだけ年齢の高い十歳~十二歳を対象としたしたもの。ヴィーチェは七歳~九歳を対象とした会場での参加となる。

 兄を見送ったヴィーチェは「よしっ」と気合いの声を発した。


「ヴィーと仲良くなれるお友達を作るわ!」

「……お嬢様、一人称にお気をつけください」

「私と仲良くなれるお友達を作るわ!」


 一人称を侍女に正されるも、ヴィーチェは気にすることなく訂正して目標となる友人作りに励む決意を示す。

 友達ができることを愛しのリラ様は祈っているから。そして何よりリラを含めたゴブリンの話を信じ、耳を傾けてくれる人がいればもっと楽しくなるだろうと信じて。

 ヴィーチェは父と兄の言いつけを守って好きな話もできない友人よりも、嘘偽りのない関係を築き上げる友人を欲したのだ。

 侍女のアグリーは少し青ざめた表情とともに胃の辺りを押さえていた。


「じゃあ行ってくるわねアグリー!」

「お、お嬢様っ! 走らないでください!」


 駆け出すヴィーチェにアグリーが慌てて声を上げると、すぐに「そうだったわ」と呟き、徒歩に切り替える。アグリーはホッと胸を撫で下ろしていた様子だが、ヴィーチェは特に気にも止めなかった。


 今回行われる王家主催のお茶会は基本的に侍女や執事は目の届く範囲で主から離れて見守る決まりがある。子供達の自主性を伸ばすためだが、もちろん不測の事態があればすぐに駆けつけるようにしなければならないので一時も目を離してはならない。

 しかしヴィーチェは脱走の常習犯。だから今のヴィーチェはアグリーに見守られているというより監視されているように近い。

 そんな侍女の光る目をひしひしと感じながらも、今日は逃げないのにと思いながらヴィーチェは近くの女の子達の輪へ加わろうと声をかけた。


「こんにちは、ヴィーチェ・ファムリアントです。私もお話に混ざってもよろしいかしら?」


 軽く自己紹介をする。笑顔は常に大事だと亡くなった母が口にしていたのでヴィーチェは微笑みを忘れなかった。

 するとファムリアントの名を聞いた貴族の子供達は小さく沸き始める。

 すぐに「あなたがファムリアント公爵家のヴィーチェ様なのね」や「ぜひお話をさせてくださいっ」と、とても友好的だった。これには思わずヴィーチェも目を丸くする。


 その後、よろしければ席に座りませんか? という一人の令嬢の言葉により、グループの一員になったヴィーチェは近くの丸いテーブルへと席に着いた。それを見た王城のメイドや執事達が手際良くアフタヌーンティーの準備を始めていく。

 あれよあれよとお茶会らしい雰囲気になり、遠くで眺めているアグリーも少し安堵してる様子が窺えた。


「ヴィーチェ様とお話ができて嬉しいですわ」

「ぜひともヴィーチェ様のお話をお聞かせください」

「ご質問もしたいですっ」


 伯爵家の令嬢、侯爵家の令嬢、子爵家の令嬢、多少なりとも身分は違えど貴族の娘達によるヴィーチェへの関心は凄まじかった。

 今まで同年代の子達と話をする機会がなかったヴィーチェは不思議に思いながらも後に気づく。これが公爵家のパワーというやつなんだ、と。何度か兄に説明されたことを思い出す。


『ヴィーチェ。公爵家というのは爵位が一番上なんだよ。身分が上だと君に良い意味でも悪い意味でも近づこうとする人が多くなるから全員が全員ヴィーチェの力で引き寄せられたわけじゃないってことを少しでも覚えておいて。身分だけで近づく人は必ずいるからね。だから慢心してはいけないよ』


 最初はいまいちよく分からなかったヴィーチェだったが、今ならわかる気がした。彼女達はおそらくヴィーチェに興味があるのではなく、公爵家の令嬢という肩書きに興味があるのだろう。

 おそらく家族に身分のいい者と関係を作るように言われたのかもしれない。そういう意味なら彼女達も目的のために必死なのも頷ける。


「ヴィーチェ様、お好きなものはなんですか?」


 そんな中、唐突に質問をされた。その内容にヴィーチェはすかさず答える。それも食い気味に。


「リラ様っ!」

「リラ様?」

「そちらはどなたでしょうか?」


 その問いにヴィーチェは待ってましたと言わんばかりの表情を見せて、堂々と述べる。


「リラ様はゴブリンなの!」


 自信満々に、清々しいほどの勢いで言葉にするが、着席する令嬢と近くにいた他の子供達や、使用人などが一瞬ざわついた。アグリーが今までにないほど青ざめていたが今のヴィーチェには関係ない。


「ゴ、ゴブリンというのは……魔物のこと、ですよね?」

「えぇ! そうなの! その中でもリラ様は身体が大きくて、ゴブリンの中でも一番強くて、何よりも格好良くて、とってもとっても素敵なの!」

「ええと……ヴィーチェ様はゴブリンとお会いになったことがあるということでしょうか?」

「そう。そうなのっ。私が別の魔物に襲われそうになった所をリラ様が助けてくれて、まるで王子様みたいだったのよ」


 両頬に手を当て、当時のことを思い出しては顔を赤らめるヴィーチェ。言葉では表しきれないリラの体格や腕っ節、異性としての魅力を口早に語るも、令嬢達は口を開くことなく困惑の表情を見せた。


「あ、あの、私そろそろお暇させていただきますわね」

「私もっ」

「私も他の方にご挨拶を……」


 しばらくして一人の令嬢がヴィーチェの言葉の隙をつくように話すと、他の少女達も退席を口にする。ヴィーチェが返事をする間もなく、そそくさと席から離れていく令嬢を見つめながら「みんな忙しいのね」と呟いた。

 でもあの様子ではリラ様のことを信じてくれたかもわからない。どちらにせよ話の途中でいなくなるということは自分が上手くリラ様の良さを語れなかったせいだわとヴィーチェは考えた。もっと続きを聞きたくなるように話をすればみんなちゃんと聞いてくれるはずっ。


「よーしっ、ヴィー頑張るわ!」


 グッと拳を作ったヴィーチェはすぐに席を立ち、次のターゲットとなる新たな子供達の輪へと進むのだった。全ては愛しのリラ様の素晴らしさを広めるために。


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