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子爵令嬢は公爵令嬢のために王妃を目指す

 春季休暇も明け、ライラ・マルベリーは第三学年へと進級した。

 その日の朝、ヴィーチェとともにジェディース学院へと向かう最中のこと。今までにないほど生徒からの視線が突き刺さった。

 ここ最近は妄言だと思われていたゴブリンの話が事実だと明るみになったり、生まれつきのものだとされていた魔力が突然目覚めたりと、隣にいるヴィーチェへ向けられることが多かったが、今回はライラへと注目が集まる。


 それもそのはず、昨日レイオーノ国の王フードゥルトが全国民に声明を出した。

 第一王子の婚約者の発表である。もちろんその人物の名はライラ・マルベリー。

 瞬く間にライラの名は王国の端から端まで知れ渡った。号外が配られたり、あちこちで話題になったそうだ。特に貴族の間では衝撃が走っただろう。

 名のある爵位の高い令嬢ならここまで騒がなかったはず。しかし次期国王となったアリアスが選んだ婚約者は子爵家の娘であり、社交界では魔女と呼ばれているライラである。


 だからこそ学院生達はみなライラへと目を向けていた。羨望もあったが、多くは疑念や不満が入り交じったもので心地良いものではない。

 しかしライラに向けられる視線は元より侮蔑したものなのでいつも通りと言えばいつも通りであった。


「ライラ、凄く注目されているわね。やっぱりアリアス様の婚約者として発表されたから当然のことだけど、緊張してないかしら?」


 隣の友人は相変わらず悪意のある視線には鈍いようだ。不快感よりも緊張をしてるのではないかと心配するのだから。

 少々ズレてはいるが心配してくれてることには変わりないので、ライラはいつものように人形のような表情と感情が見えない声色で答えた。


「問題ありません。お気遣いありがとうございます」


 その言葉を信じてくれたのか、ヴィーチェはにっこりと笑いかける。相変わらず自分とは正反対な人だと思わずにはいられない。

 貴族だけじゃないにしろ、人は偽りの仮面を被ることが多い。ここまで感情を素直に表へ出すのは貴族社会では生きづらいはずなのに、ヴィーチェは強靭な心臓を持っているからこそ可能なのだろう。

 真っ直ぐで好きなものに一途な彼女は貴族令嬢らしくなくてもとても好ましい人柄である。

 そして“魔女”と呼ばれる自分をそのような目で見ていない初めての友人。


「……なぜライラ・マルベリーがアリアス王子の婚約者なのかしら」

「やっぱり魔女だからアリアス様を誑かしたんじゃない?」


 道中聞こえてくるひそひそ話は耳のいいライラにはしっかりと届いていた。好き勝手言われるのは慣れているのでいちいち気に留める必要はない。聞こえないふりをするのが一番である。

 幸い、ヴィーチェには聞こえていなかったのでこのまま無視することにした……のだったが。


「ライラ、さん? でしたかしら? お伺いしたいことがありますの」


 学院に向かう道を数人の女学院生に止められてしまった。彼女達はライラの同級生である。

 確かアリアスに気がある人や、未来の王妃の座に興味がある人達の集まりだ。よくアリアスに声をかけて適当にあしらわれている様子を目撃している。


「アリアス様の婚約者として発表されたライラ・マルベリーというのはあなたのことで合ってるのかしら?」


 真ん中に立つリーダー格のツインテールの彼女が腕を組んで不服そうに尋ねる。

 面倒なことになりそうだわ、と心の中で溜め息を吐き捨てたライラは仕方なく口を開いた。


「はい。私がそのライラ・マルベリーで合っています」


 素直に答えたら彼女達は「まぁ!」とか「何かの間違いよ!」と声を上げ始めた。


「馬鹿なことおっしゃらないでくださるっ? あの発表は何かの間違いに決まっているのに自分のことだと勘違いなさるなんて随分と図太い神経をお持ちだこと!」

「そもそも下級貴族のくせに王子との婚約者になれるわけないでしょっ!」

「そうよ! そもそも魔女のくせにアリアス様に見合っていると思っているのかしら!」


 想像通り面倒なことになってしまった。例えどう答えても同じような展開になるだろうから避けられない運命かもしれない。

 元より婚約発表をすると決まったときから、ライラはその覚悟を決めていたが。

 ピーチクパーチクと騒ぐ団体様を一人一人相手するわけにもいかないし、学業を何より最優先にしなければならないので時間も惜しい。

 ここは無視しようとライラは考えてヴィーチェに耳打ちをする。


「ヴィーチェ様、もうすぐ授業が始まりますので放っておきま━━」

「あなた方、結局何をおっしゃりたいのかしら?」


 どうやら少し遅かったようでヴィーチェが疑問の声を上げた。その表情は本当に理解できないといったものなので彼女達は「えっ」と戸惑いの声を上げる。


「国王の声明を間違いだと思うのならそれをライラに訴えるのもおかしな話でしょ? そもそも重大な発表で何かの間違いだなんてありえるわけでもないし、爵位についても説明があったはずよ。フードゥルト国王は『爵位より才能を優先した』と。ちゃんと調べなかったのかしら?」


 確かに国王はそう伝えていた。とはいえ爵位の件については建前である。正直にアリアスの我儘を突き通したとはさすがの国王も言えないだろう。

 もちろんライラもその優れた才能を得るため、今以上に学業に専念していた。そのおかげで成績も伸びているし、科目によってはヴィーチェと同率トップになったこともある。


「そしてライラは魔女じゃないわ。こちらに関しては何度も間違いを訂正してるのになかなか理解をしてくださらないのだけど、もしかして集団的なレベルの記憶障害でもあるのかしら?」


 ヴィーチェはおかしいわね? と本気で疑問に思っている。しかし目の前の彼女達にとっては嫌味を言われているのだと勘違いしたのだろう。みるみるうちに怒りの形相に変わっていった。


「ヴィーチェ・ファムリアント……! もしかしてあなたの仕業なのかしらっ! 公爵家の力でライラ・マルベリーとアリアス様を無理やり婚約させたのでしょ! 自分がエンドハイト様に婚約破棄されたからって手下のライラ・マルベリーを使って王族を手中に収めようとしてるのね!」


 どうやら今度はヴィーチェに怒りの矛先を向けたようだ。しかしその言い分はさすがにどうかと思ってしまう。相手するのも頭が痛い。


「あら、面白い話ね。さすがに公爵家が王族を従わせるなんて無理があると思うわ」

「そんなの、弱みを握ればできることでしょ! それに……そうよ! ゴブリン信者のあなたならゴブリンを使って国王様やアリアス様を脅すことだって可能だもの!」


 今やヴィーチェがゴブリンと親しい間柄というのは社交界でも知らない人はいないだろう。もちろん、それを快く思う貴族は少ない。

 そんなゴブリンのことを思い出したかのようにツインテールの彼女はヴィーチェに指をさす。さすがにそれは無作法だ。


「リラ様がお望みなら王家を乗っ取ることも厭わないのだけど、リラ様はお優しく争いも好まないお方だから決してそのようなことはなさらないわ」


 前半の言葉はさすがにまずいのでは? ライラは涼しい表情で見えない汗をかく。反逆罪と受け取りかねない発言なのだから。


「な、なんて野蛮なのかしら! これだから低劣なゴブリンに近づく異端者は! ゴブリンと同じ思考してるわね!」


 思っていた通り前半の言葉しか聞き入れていない。しかしこのあとの展開をライラは大方予想できた。


「まぁ、リラ様のことをよくご存知ないからそのような古い考えに至ってしまうのねっ。そのような考えは良くないわ。私がリラ様と今のゴブリンについて徹底的にお話してさしあげますわ!」


 思っていた通り、ゴブリンのことを悪く言われるとヴィーチェは反射的に説き伏せようとする。

 この必殺技のようなヴィーチェのリラ様語りだがほとんどの人間は理解し難いと判断し、すぐにその場を去ってしまうのだ。

 今回も例外はなく、アリアス親衛隊の集団は「ほんとに頭がおかしいわ!」と叫んだり、ヴィーチェの熱量に引いて蜘蛛の子を散らすように逃げていった。

 誰も聞き入れず消えてしまったのでヴィーチェは「あら、もう始業時間かしら?」と呑気に首を傾げていた。


「……申し訳ありません、ヴィーチェ様」


 ライラは友人に頭を下げる。自分の婚約についての言いがかりによって彼女を巻き込んでしまったことへの謝罪だ。


「私事の件でヴィーチェ様のお手を煩わせてしまいました。私が払拭しなければならないことでしたのに……」


 思えばヴィーチェといるといつも彼女が横に入って助けてくれた。

 魔女と呼ばれて無視を決め込んだとしても、逐一訂正の声を上げたのも彼女だ。

 「いちいち訂正しても聞き入れてはくれないですよ」と無視することを告げてもヴィーチェは「それでは認めたことになるわ。間違いは声を上げなければ伝わらないもの」とさも当然のように答えた。

 それはそうだけど、訂正したところで社交界で魔女という名が広まっているので止まることはないのに、ヴィーチェはそれでも何度も何度も訂正を繰り返していた。

 効果は……若干減った気もしなくはない。ただヴィーチェに絡まれたくないだけでヴィーチェのいる前では口にしなくなったくらいのレベルではある。

 それでもライラにとっては否定する時間すら無駄に思えてしまう。


(結局、その結果何も変わらないままだわ……)


 ライラが否定しないからヴィーチェが代わりに否定する。そして今回も無視をしようとしたからヴィーチェが口を挟んだのだ。

 おそらくこのような難癖はこの先も続くだろう。それを解決しないとヴィーチェがその代わりを引き受けることになってしまう。さすがにライラも友人にそんな尻拭いのようなことはさせたくなかった。


「私、何も成長できていませんでした……最高学年になったというのに、未熟なままヴィーチェ様のご迷惑ばかりかけてしまって……」


 友人だったティミッドでさえも、自分自身を磨いて周りの生徒達に嘲笑されることはなくなったのに、自分は学院に入ってから変わらず魔女と蔑まれるままだった。

 そう思うと何も成長できてないことに気づいたライラは酷く自分が情けなく思う。


「ライラ。あなたは過小評価しすぎるところがあるわ」


 その言葉を聞いてライラはゆっくり頭を上げる。


「ライラはここで沢山学んで、そして目に見える形で評価もされているのよ。成長してなかったらそんなことにはならないわ」

「ですが、あの方達の目的は私でしたのにヴィーチェ様に追い払ってもらうようなことをさせてしまったので……本来は私がしなければならないことです」

「うーん、私は追い払ったつもりはないのよ? お話を聞いてもらおうとしただけだもの」

「……」


 確かにヴィーチェからしたらそうなのかもしれない……が、あえてそこを突っ込む必要はない。


「そうであってもヴィーチェ様に庇っていただいたことには変わりありません。もっと私が毅然とした態度で彼女達に言い返せば良かっただけです。自分への火の粉は自分で振り払わないと。……後の国王の妻になるのならその程度ができなければ王妃なんて務まりません」


 アリアスの婚約者になると決めた日から王妃になる決心もしていた。その言葉に偽りはない。


「まぁ、ライラってばとても立派だわ!」

「いえ、そんなことは……。ですので、ヴィーチェ様は私のために相手をする必要はありません」

「ライラがそうだと言うのなら頑張って我慢するわ。でもね、私ライラのためって言うより自分のために口を出してしまうのよ」

「ヴィーチェ様自身のため、ですか?」

「えぇ。だって私の大切な友人に間違った名称で呼ばれるのよ? 咄嗟に違うわって声が出てしまうもの。ライラは魔女ではなく、凄く頑張り屋の素敵な子爵令嬢であって、未来の王妃様でもあり、そして私の一番の親友なのよ。だからこれはライラの素晴らしさを広めたい私の勝手なのっ」


 自信満々だけど、とびきりの笑顔は眩しかった。闇夜に生きる魔女だったら溶けてしまうくらいには。けれど心地良く思えるのならきっと自分は魔女ではないとはっきり言える。ライラはそんな気がした。


 やはりそんな彼女の幸せのためにもライラは尽くしたいと思う。

 この先も困難が多いであろうヴィーチェとリラのためにも、いつか王妃という座が役に立つ日が来ると信じてライラはアリアスとの婚約関係を全うしようと心に誓った。


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