表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
120/172

ゴブリンは別人格になった公爵令嬢によって拒絶される

 人間の街で徴税のためとはいえ始まった仕事。開始してしばらくはヴィーチェの転移魔法によって村からストブリックへと飛ばしてくれたが、それはヴィーチェの冬季休暇が終わるまで。

 学院の授業が再開してからは森から街まで徒歩で向かうことになる。ストブリックまでは少々遠いが、城に行くよりかはマシだ。

 ヴィーチェは自分が送り届けたいとしつこかったが「勉学を疎かにするのが淑女なのか?」と問えば「いいえ! リラ様に似合う淑女は疎かにしないわ!」と、すぐに考えを改めた。


 巡回隊員としての仕事は難なくこなしてきた。少しずつ隊員として加わる村の仲間も増えていき、慣れてきたら夜通しの巡回や、街中の巡回も任されるようになる。

 リラとしては「ゴブリンのことを受け入れたくない連中がいる街中で巡回をするのはまた一悶着が起きるのでは?」と危惧していたが、リーダー隊員のワックルによると「どうせ何しても難癖つけてくる奴はいるから、奴らにも慣れてもらうためのものでもあるんだよ」と答えた。

 そういうもんなのかと思いながら街中の巡回を始めると、最初は興味本位で遠くから巡回を見ている人間や、悪態つく人間も多くいた。


 昔なら腹を立てていただろう。しかし今は違う。ヴィーチェがいるからだ。

 ロマンチックに考える奴なら囃し立てそうだが、理由としてはヴィーチェの怒りに触れてしまう方が大変ということ。

 ゴブリン批判をするような人間の心配をするつもりはないが、暴走されたら手がかかるのは目に見えている。あとはヴィーチェの体裁のためでもある……が、そう思うとヴィーチェのことを考えて言動を抑える自分も随分と丸くなってしまったものだと思い知る。


 年も明け、人間の暦で言えば三月。ヴィーチェは春季休暇に入っている時期だ。そして冬場限りの巡回も終わりに近づく。その頃になれば顔見知りの領民も増えたり会話をすることも多くなった。

 特にアロンなんかは口が達者なので人によく話しかけたり、かけられたりするのをよく見る。


「今日でリラ様の活躍する巡回業務は最後なのよね。お父様を説き伏せて最後の日は私もリラ様と一緒に行動することを許されたわ!」

「お前の父親が甘いのか、それともお前が頑ななのか」


 いや、どっちもなのかもしれない。まったくこいつは、と溜め息を吐きたくなるが、たった一日ならと受け入れてしまうリラも大概甘いことに気づく。


「ふふっ、でも私嬉しいのよ。町のみんなが少しずつリラ様達に好感を持っていただけてることに」

「昔で考えると有り得ないことだがな」


 そう、有り得なかった。ゴブリンが人間と対等になるなんて。

 人間からしたらゴブリンは昔から悪逆非道の限りを尽くす存在として恐れ、嫌悪されてきた魔物。好意を抱くなんてもってのほか。

 もちろん人間の言い分はわかる。わかるが、俺達の代では昔のゴブリンによる愚行は生存率を下げる行為と認識してるため、はっきり言って無関係だ。

 だが人間はそんなこと関係なくゴブリンという理由で襲うのだから、人間と相容れるわけがなかった。こっちからすれば悪逆非道なのは人間の方である。

 しかしそれをたった一人の娘がひっくり返した。見た目はただの貴族の小娘だというのに。……見た目で騙されることが多々あるが。


「……お前は凄い奴だな」

「私ではなくリラ様が凄いのよっ。リラ様が元より素晴らしいお方なのだからみんなにそれが伝わっただけだわ。私はただお手伝いしただけなの!」


 なんとも誇らしげである。それがヴィーチェという人間なのだが。謙遜とかではなく、本気で彼女はリラの功労だと思っている。


「次はリラ様の伝記を本にするのを頑張るわ!」

「それは諦めろ」


 まだ本にする願望が残っているのかこいつはと呆れてしまう。いいからそろそろ落ち着いてくれとリラは願うしかなかった。


 そんな話をしながら二人で街中を巡回していると、リラ達の前に見知らぬ黒髪の男が現れた。


「ヴィーチェ様っ」


 年齢はヴィーチェと同年代くらいだろうか。ヴィーチェは相手を見ると、見知った人物なのかすぐに反応した。


「あら。ごきげんよう、ティミッド様。うちの領地へ遊びに来てくれたのね」


 ティミッド。ヴィーチェの話の中で何度か耳にしたことがある名だ。確か同じ学院の生徒で鉄石症……いや、人間の間では緑肌病だったか。それに患った一人だとか何とか。

 そのティミッドとやらはヴィーチェと会話をすると僅かながらに頬を染めていた。それを見て心の中で「あー……」と呟く。彼のヴィーチェへの想いがひと目でわかったからだ。


「はい。……ゴブリンが町で仕事をしていると聞いて、どんな感じなのか気になっていまして」


 そう言ってリラへと視線を向けるティミッドの目はあまり歓迎されているとは思えなかった。


「まぁ、そうだったのね。ぜひ見ていって。ちょうど今日で仕事納めなの。名残惜しいのだけど、また次の冬も継続して巡回のお仕事をしていただけることになったのよ」


 ゴブリン達による巡回業務の仕事ぶりは認められたようで、リーダーのワックルから「冬だけじゃなくずっといてくれてもいいんだがな」とリラ達は褒められていた。

 元より魔物を狩って生活していたゴブリンにとっては街に近づく魔物を追い払ったり、退治することは容易である。


「そう、ですか。……改めまして、ヴィーチェ様の友人の一人、ティミッド・スティルトンです」

「……あぁ、リラだ」


 相手は手を差し出し握手を求めた。挨拶だけで十分なのにわざわざ手を出したのは、ヴィーチェが目の前にいるからだろう。恋敵と仲良くはしたくないだろうが、友好的に見せないとヴィーチェの不服を買う恐れがあると考えたに違いない。

 感情が若干顔に出てはいるが、それでも本人にとっては抑えているのだろう。ならば何も言わずに荒事を避けようと、リラはティミッドと握手を交わす。

 ギュッと少しだけ相手の力を感じるが、特に痛みなどはない。緊張か、それとも抑え込んでいる僅かな感情が露わになったのかはわからないが、どちらにせよリラにとっては関係なかった。


「そうだヴィーチェ様。実は見ていただきたいものがありまして」


 手を離した相手はすぐにヴィーチェへと顔を向け、腰に引っ掛けていたポーチのようなものから何かを取り出した。


「こちら“真実を映す鏡”だそうです」


 鏡。身だしなみを整えるために必須だとヴィーチェが言っていた代物だ。もちろんゴブリンの村にはそのようなものはないので、川の水面に映る揺らめいた自分の姿を見ることしかできない。

 あれはヴィーチェへのプレゼントなのだろうか。しかしその割にはとても古びている。ティミッドの私物かもしれない。


「真実を映す鏡? どういうことかしら?」

「それはぜひ一度覗いてみてください」


 にこやかに話したティミッドがヴィーチェに手鏡を渡した。不思議そうに鏡を見るヴィーチェの後ろからリラも覗いてみる。


「本来の姿を取り戻す効果がある、かもしれないと言われる鏡なのですが、いかがでしょうかヴィーチェ様?」


 本来の姿? そう眉を顰めたリラだったが、その時鏡の中のヴィーチェの目が一瞬だけ光った。

 なんだと思ったが鏡越しのヴィーチェと目が合った瞬間、彼女の目が一際大きく開く。


「きゃあっ!」


 何かに驚くように声を上げ、持っていた鏡から手を離した。木製のフレームが地面に当たったが、割れることはなかったようだ。しかしヴィーチェにしてはただならぬ声である。さすがのリラも心配になった。


「おい、どうしたヴィー……」

「どうしてゴブリンがここにいるのよ!?」

「……は?」


 唐突なことにリラは現状が理解できなかった。


「巡回隊員や衛兵は何やってるのよ! 早く退治してちょうだい!」


 まるでリラのことなど知らないと言わんばかりの態度。いや、むしろ別人のように騒ぎ出すヴィーチェを見てリラは胸がざわついた。

 これはなんの冗談だ。いや、ヴィーチェがこんな悪趣味な冗談を言うはずがない。一体、()()()誰なのか?

 街の住人達も何事かと騒ぎ始める。そんな中、ティミッドだけが小さく笑った。


「ハハッ……真実を映すのは本当だったんだ。ヴィーチェ様、ようやく目を覚ましたんですね」


 少し虚ろげな目でヴィーチェを見つめるティミッドの言葉を聞く限り、この状況は奴が作り出したもので間違いはないだろうと確信する。


「本来のあなたを取り戻せて僕はようやくこの想いを……。ヴィーチェ様、僕は、僕はあなたのことが━━」


 恋焦がれるようにヴィーチェへと手を伸ばすティミッド。ヴィーチェにまた何かを仕掛けるのではないかと疑い、リラはティミッドの前に割り込もうとしたが、それよりも先にヴィーチェが強く彼の手を跳ね除けた。


「……ヴィー、チェ……様?」

「どこの家門か知らないけど、気安く私の名前を呼んだり、触れようとしないでちょうだい! 不敬だわ!」


 不愉快だと言わんばかりに拒絶するヴィーチェ。ティミッドにとっても予想外のことだったのか、彼はみるみるうちに真っ青になる。


「な、なんで……? 僕は、ヴィーチェ様の……」

「もう、何なのよ! 鬱陶しいわ! エンドハイト様っ! エンドハイト様はどちらにいらっしゃるの!?」


 リラといいティミッドといい、まるで初めて見る顔と言わんばかりの言動から見ると、記憶を失くしたのかと思っていたがまさかのエンドハイトの名が出てくるとは思わなかったのでリラは驚きを隠せない。


「っ、オイ! お前っ、ヴィーチェに何をしたっ!?」


 明らかにリラの知るヴィーチェではない。事の重大さに気づいたリラはティミッドの胸ぐらを掴んで問いただすが、相手は愛しの彼女から邪険に扱われたことがショックだったのか、視線の合わない目でうわ言のように「ヴィーチェ様……」と名を呟くだけだった。

 話にならないと判断したリラは舌打ちをして荒々しく手を離す。


「エンドハイト様っ、どうしていつもいらっしゃらないのよ! まさかまたあの女のところに……っ!」


 辺りを見回し、エンドハイトの存在がないと知るや否や、彼女は頭を振るように取り乱し始めた。そして憎しみを露わにするように唇を噛み締める。

 ヴィーチェの姿なのにヴィーチェらしくないその言動にリラはただただ戸惑うしかなかった。


「ヴィーチェ、ひとまず落ち着け。少し話を━━」

「汚らわしいゴブリンのくせに私に話しかけないで! 気持ち悪い!!」

「ッ!」


 キツく睨まれただけでなく、強い拒絶の言葉をあのヴィーチェから受けたリラは胸が酷く締め付けられた。

 ヴィーチェの身に何かあったことは理解しているし、それがリラの知る彼女の言葉ではないと言える自信があるのに、よく知る顔と声で自分の存在を否定する言葉は今までにないほど胸が痛かった。


 その後、騒ぎに気づいたワックルが来て、状況把握のため彼から経緯を尋ねられたリラは起きた出来事を淡々と語った。

 その途中でヴィーチェの父であるフレクも駆けつけ、娘の変わりように驚きながらも彼女を一度屋敷へと連れ帰っていく。

 周りの住民による証言もあり、ヴィーチェに異変を与えた原因であるティミッドは兵達によって捕らえられた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ