ゴブリンは時計の見方を仲間に教え、公爵令嬢は茶会の出席を決意する
小さな令嬢から贈られた誕生日プレゼントを抱え、帰村するリラは掛け時計をどこに置こうかと考えた。石造りの家のため、壁に引っ掛けようとしても突起を作らなければぶら下げることもできないので石を削らないといけない。
ひと仕事が増えるな、と思うもののその辺に置いておくには物が良すぎるので邪険にはできないし、捨てるにしても壊れない素材となるとどう処理をすればいいものか悩む。……埋めたらいいのか? と思っていたその時だった。
「よっ、リラ。誕生日おめっとさん~」
友人のアロンに声をかけられた。明るくゴブリン付き合いも良い彼はリラの誕生日を覚えているので笑顔で祝言を送ってくれた。
毎年毎年このように祝ってくれるアロンは何気にマメな男である。対するリラはよくアロンの誕生日を忘れていた。そのためいつも本人から誕生日だと言われてようやく気づくのだ。
そんなアロンはにんまりとした微笑みで、リラが手にする時計へと指を差した。
「それ、おチビちゃんからのプレゼントだろ?」
「……よくわかったな」
「そりゃおチビちゃんと会ったあとにそんな珍しそうなもん持ってりゃそうだと思うっしょ? やっぱ人間ってプレゼントとか贈り合うもんなんだな」
ゴブリンは誕生日にプレゼントを贈るという習慣はない。祝うにしても言葉を送るか、何かしら手伝いをしていい思いをさせる程度。
いや~健気だねぇ。おチビちゃんに愛されてんなっ。と笑う友人の言葉にリラは小さく溜め息をついた。
「子供の気紛れだ。お前もいちいち本気に取るな」
「なんだ、お前まだそう思ってんの?」
「むしろ人間の、しかも子供の戯言を本気にしてどうする?」
「いやいや、あれは結構ガチのガチだって。普通の子と違うっぽいしさ。どうしたらおチビちゃんの想いを信じてあげるわけ?」
そう尋ねるアロンだが、リラにとっては意味のない質問としか思えなかった。信じようが信じまいがどうでもいいのだから。
「どうするも何も関係ない。どうせ持ってあと数年くらいだろ」
「へぇ。数年は今と変わらないって信じてんだな」
からかいながらニッと笑うアロンにリラは苛立ちを覚え、彼の両肩を掴んでそのまま指に力を込めた。
「変な言い方をするなっ!」
「いででで! ばっか! お前、力強いんだから手加減しろ! あと顔怖ぇよ!」
顔は元からだ! と怒鳴るように言い返し、仕方なくアロンを解放する。アロンは両肩をさすりながら唇を尖らせた。
「じゃあ賭けをしようぜ。おチビちゃんが十年後もお前のことを想い続けたら俺の勝ち。勝ったらリラは俺に全身マッサージな!」
なんだその賭けはとは思わずにはいられなかった。訝しげな顔をするリラだが、十年なんて長い期間に設定したことを後悔すればいいと思い彼は頷く。
「じゃあ俺が勝ったらお前が俺にマッサージしろよ」
「いいぜ。今のうちマッサージの腕磨いとけよ」
「そっちだろ」
十年も待つ必要はないだろうけどな、と思うリラは先の長い賭けの勝利を確信していた。アロンとの会話もここで終わるだろうと思ったが「そういえば」と彼の話はまだ続く。
「結局そのプレゼントはなんなんだ?」
「あぁ、日付時計らしい」
「え!? マジで!? どんなやつ!?」
興味があるらしい友人の反応にリラはプレゼントの壁時計をアロンに見せる。彼はそれをマジマジと見ながら「へ~」とか「ほ~」とか呟いた。
「全然見方がわかんねぇな!」
「そりゃそうだろ。人間様用なんだからな」
「日付時計っつってたけど、どれが日付になるんだ?」
わからないが興味は薄れないアロンにリラは渋々とヴィーチェから教わった時計の見方と人間の暦について説明した。
途中で飽きてくるのかと思ったが、意外にもアロンは真剣に耳を傾けている。不思議に思うものの、アロンはすぐに時計の読み方や日にちについて理解をした。
「なるほどな~。細かいがわかりやすいといえばわかりやすいな」
「そういうもんか?」
「目で見てわかりやすいし。それ、お前ん家に飾るんだろ?」
「……まぁ」
「いいなー! それ、お前ん家の前に飾ってくんね? そしたら俺らも今の時間がはっきりわかるしさ!」
「俺らってなんだよ。どうせ他の奴も見方がわからねぇだろうし意味ないだろ」
「そこは俺が教えてやるよ。みんな新しい物を見るのは興味があるだろうしさ」
確かにアロンの言う通りゴブリンの生活は基本的に同じことの繰り返しだ。安定した生活とも言えるが変わり映えしないとも言える。
だからなのか、初めて見るものに興味が湧くのだろう。それにシンプルながらどこか洒落たものでもある。時間や日付の見方を理解するのもそんなに難しいものではないし、むしろ新しく何かを知るということが新鮮なのかもしれない。
思えば自分もヴィーチェから説明を受けたときも興味本位が勝った気がする。そう気づかされた。
「なー。いいだろ、リラ~。それがあれば正確な時間や日にちもわかるんだしよ」
「人間基準だろ」
「いいじゃん。いいと思ったもんは受け入れる方が生きやすいんだしよ」
人間に染まるつもりか、こいつは。そう思いながらもリラはそこまで頼むのならと自分の家の前にヴィーチェからのプレゼントを飾ることに決めた。
外壁の石を細工用の石で削り、僅かな突起を作ってそこに壁時計を引っ掛ける。すぐさまリラの家の前には村のゴブリン達が集まり始めた。どうやらアロンが予め説明をしていたのか、ちょっとした鑑賞会になっている。
それから数日経った今もリラの家の前はゴブリン達がよく集まり、壁時計を眺めていた。針が動くのをただずっと見つめては盛り上がるのだから普段どれほど娯楽がないのか思い知らされる。
そして日付が変わる瞬間が一番の盛り上がり時。からくりで日付が変わり、日を跨ぐ時間をリアルタイムで知ることができるためゴブリン達はそれだけでテンションが上がるのだ。
しばらくの間、リラの自宅前はちょっとした観光名所のようにゴブリン達が日々集うことになる。リラはとんでもない代物を貰ったな……と思わずにはいられなかった。
しかし村の者が楽しんでいる様子を見ると悪い気はしないと考えたリラは、気が進まないがヴィーチェに改めてちゃんとお礼を言おうと決める。
◆◆◆◆◆
「……前に貰ったプレゼント、村の奴らにも好評みたいで喜んでた。本当にありがとう」
誕生日からしばらく経ったある日、リラはいつもの場所で落ち合うヴィーチェに再度プレゼントのことでお礼を述べる。一度は口にした感謝の言葉では足りないと思うほどの影響を村に与えたので、口にしなければ気が済まなかったのだ。
そんなリラの言葉にヴィーチェは驚くような表情をして固まっていた。
「……おい。聞いてるのか?」
「ハッ……! ちゃんと聞いてるわ! リラ様の口から紡がれる渋くて痺れるお声を聞き逃すことはないもの! リラ様の声も好きよ!」
「一言どころか二言も余計なことを言うな……」
なぜそこで声を褒められるのかわからない。そもそもヴィーチェが言うような声だと思ったことがないリラは娘の耳の心配までしてしまう始末だ。
「リラ様がヴィーのプレゼントを喜んでくれて驚いたわ! 使ってくれて嬉しい!」
「俺というか村全体で使ってる」
「役に立ててるってことね!」
「……まぁ、そうだな」
否定はできない。事実だから。今では日時計よりもリラの家の前に飾られている日付時計を中心に村のゴブリン達は生活をしているのだから。
正直に言えば人間の文化に染まるようで多少の反発心はあるが、目の前の小娘はそんなことを考えてプレゼントをしたわけではないので素直に受け止めることにした。
「ふふっ。ヴィーってばできる妻ってことね!」
「誰もそんなことは言ってない」
「ご近所さん付き合いは大事だってお母様も仰ってたわ!」
「だからなんで嫁ぐ気満々なんだお前は」
「! もしかしてリラ様が婿養子に……!?」
「なるか!」
ああ、またいつものやり取りが始まってしまった。嘆息をつくリラにニコニコとした笑みを向けるヴィーチェは「あっ」と思い出したように声を上げる。今度はなんだと彼女に目を向けるとヴィーチェはリラに報告をした。
「リラ様っ! ヴィーね、来月お茶会に出席することが決まったの!」
「!」
その言葉を聞いてやっとか! と内心喜ぶリラ。早く友人を作って二度と森に入ってくるなよと思いながらも、ヴィーチェには悟られないように話を合わせることにする。
「でも、お茶会に出るとリラ様と会えなくなっちゃうから……」
「お茶会くらいそっちに集中すべきだっ! 友人ができるか否かでその後の人生を大きく左右されるんだから頑張ってこいっ」
むしろ会えない日くらいあっていいはずだ。毎日毎日よく飽きないな!? そう口にしたい言葉を必死に飲み込み、リラはヴィーチェにお茶会へと出るように勧めた。
「わかったわ! ヴィー頑張る! リラ様の素晴らしさを世に広めるための仲間作りをしなければならないものね!」
「頼むから俺関連の目的はやめろ。純粋に仲良くできる友達を作れ」
こんな調子でお茶会に行っても友達作りができるのか。そんな不安がリラの頭の中によぎるが、とにかく今はゴブリン離れをしてもらうため、何がなんでもヴィーチェには友達を作ってもらわねばならないとリラは彼女に無事友達ができることを願った。




