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ゴブリンは巡回隊員の仕事をする

 移動中、フレクは娘のヴィーチェに注意をしていた。

 「領民達を集めて盛大な出迎えをしたことについては咎めないが、せめて相談はするように。そして相容れない相手が現れても無理強いはせずに領主である私を呼ぶように」と。

 リラもフレクの言葉に同意するように頷いた。ヴィーチェはリラ絡みになると周りが見えなくなるというか、後先考えないようで危なっかしい。


「そうよね。あくまでも領主はお父様だもの。私が説明したところで解決にはならないものね」


 本人は理解してくれてるようだが、はたして本当にその通りに動いてくれるかはわからない。頼むから大事になるようなことだけはしないでもらいたいというのがリラの思いである。おそらくヴィーチェの父フレクも同じ気持ちだろう。


「それに先ほどのお爺様は老い先も短いだろうし、少しの我慢ね」


 たまに辛辣だなこいつ。そう言いたげな目を向けつつも、リラはすぐに「いや、ただ思っていることを口にしているだけなんだよな」と思い直す。ヴィーチェは良くも悪くも素直な娘だから。


 公爵に案内されたのは巡回隊員が拠点のひとつとする小さな根拠地。休憩や仮眠を取る場所だと聞かされた。

 巡回は主に相手を捩じ伏せるような力や経験がある者が集まっているらしく、騎士団に所属していた元団員だったり、冒険者だったりと経歴もそれぞれとのこと。


 そこで出会ったのは巡回隊員のリーダーである年季の入った男。名をワックルという無精髭の人間であった。普段から鍛錬をしているのか、歳の割には筋肉質な身体をしている。おそらくこの男も腕の立つ職に就いていたのだろう。


「おう、待ってたぜ! さっき街中を巡回してたから広場であったいざこざも見てたけど、街の者が悪かったな。まぁ、極小数はあんな感じでビビってるゆえの虚勢だからいちいち相手にしなくていいぜ。あまりにも騒々しかったら俺に言ってくれても構わねぇよ。ウダウダ言う奴はゲンコツ食らわせてやるぜ」

「おっ。いいね~おっちゃん。頼もしいじゃん!」


 ワックルは無愛想な見た目ではあったが、口を開けば何ともフレンドリーな性格をしていた。そのため似たような性格のアロンとすぐに意気投合する。

 これから世話になるので軋轢を生じるよりかはいいのだが、打ち解けるのがあまりにも早い。そう思いながらリラは自分の性格柄できないことだなと二人を見つめていた。


「では、ワックル。彼らを頼んだぞ」

「了解しやしたファムリアント公爵!」

「お父様っ、私は残ってリラ様を見守るわっ」


 ふんすっと鼻息を荒くしてなぜかヴィーチェが気合を入れる。しかし予想していたとはいえ、ヴィーチェは残るつもり満々のようだが、すぐにフレクが首を横に振った。


「やめなさい。迷惑になるだろ」

「大丈夫よ。邪魔にはならないようにするから」


 そういう問題じゃないと思う。そもそも仕事をしている人間側からしたら公爵の娘が傍にいるだけで余計な神経を張り詰めなければならないだろうし、治安を守るための巡回でもあるのだから貴族の娘がいていいものではない。

 もし何かの事件に巻き込まれて傷がつくようなことがあれば……まぁ、ヴィーチェだから怪我をするどころか怪我をさせそうではあるが、それでもリラにしてみれば心配である。

 だが、ヴィーチェはリラの傍にいたいがゆえに帰ろうとはしない。父が何度説得しようとしてもヴィーチェは折れることはないので、フレクは盛大な溜め息をこぼし、助けを求めるような目がリラへと突き刺さる。

 マジかよ、そこは父の威厳として頑張ってくれよと思わなくもなかったが、同時にそれができればヴィーチェが魔物の森に足繁く通うことはなかったなとも考え、仕方なくヴィーチェの説得を試みた。上手くいくとは限らないが。


「ヴィーチェ。公爵の言う通りにしろ。お前がいると俺が集中できない」


 ここまで言えばあとはヴィーチェが都合のいいように解釈してくれるだろう。……集中できないのも嘘ではないし。


「まぁ、私としたことがリラ様の集中力を奪ってしまうとは考えてなかったわ! そうよね、想い合ってる人が近くにいると集中できないのも当然よっ。お互いしか見えない恋人ならなおのこと! だとしたらリラ様のお仕事に支障をきたすわけにはいかないわ。後ろ髪が引かれる思いだけど、一旦帰るわね。森にお送りするためにお仕事終わりにまた会いましょ!」


 思いのほかすんなりと言うことを聞いてくれたが、それと引き換えに小っ恥ずかしくなる思いをさせられる。

 羞恥心をグッと堪えたリラがヴィーチェとフレクを見送れば、ニンマリと笑った友人の表情に気づき、彼の言わんとすることを察しては眉を顰めた。


「恋人ってのは否定しないんだなぁ?」

「ようやくリラも折れたか」

「ひゅーひゅー。お熱いことで~」


 アロンを筆頭に仲間のユーイとカルルも囃し立てる。はぁ、と溜め息を吐き捨てるとリラはすぐにアロンの背後から腕を回して首を締めつける。


「相変わらず野次を飛ばすのが好きな奴だな。わざと怒らせたいのか?」

「ぐえぇっ! バッ! おまっ、締まる! 首が締まる!!」


 バンバンとリラの太い腕を必死に叩き、解放を求めるアロンにリラは数秒後、腕を離した。


「ユーイとカルルも来い」

「「結構!!」」


 強く首を横に振って拒否を示す二人にリラは「じゃあこいつに混じって冷やかすな」と告げると、彼らは今度は力強く頷いた。


「ずっりー! 俺だけ攻撃食らって終わるのかよー!」

「お前が最初に言い始めたからからだろうが」


 お咎めなしの二人にアロンだけが納得いかないようで不満を訴える。すぐに誰が先に言い出したのかと問えば、相手は視線を逸らしながら口笛を吹いた。


「お前達、じゃれるのは構わねぇがそろそろ仕事を始めるぞー」


 手を叩くワックルの号令により、リラ達は彼の後について行き、いよいよ初仕事が始まる。


 ワックルに連れられ、街の外へと出た。外の巡回のようだ。街を出ると建物がないためにダイレクトに冬の風を受けてしまう。魔物の毛皮がなければあっという間に風邪をひきそうだ。


「そういや、お前達の防寒はそれで大丈夫なのか? 足も裸足だし凍傷にならねぇ?」

「俺らにとってはこれが普通だな。このくらいの気温は森の中でも変わらないし」


 確かにヴィーチェもそうだったが、人間に比べるとゴブリン達の軽装感は否めない。しかし着重ねをしようと思えばできなくはないのだ。ただその必要がないだけ。


「やっぱゴブリンと人間の身体の造りが違うのかもなぁ。裸足なのもさ、俺達にとっては当然のものだけど、人間にはその靴とかなんか足の服とかも着せてんだろ?」


 アロンが何ともないと言うようにその場で軽く跳ねたりしてみる。ワックルは不思議そうに見ていた。


「小石がめり込んできそうだが、凍傷にもならないっつーことはゴブリンの肌は人間より頑丈なんだろうな」

「別に肌自体は硬くないんだけどなー」

「じゃあ体温の違いか? まぁ、何にしてもその格好で問題ないならいいんだがな。もし不便があれば俺にでも公爵様でもヴィーチェ様でも言ってくれや。すぐ何とかしてくれるだろうよ」


 問題がないなら、とワックルは巡回業の説明を始めた。街道やその周辺に魔物の痕跡がないか、または異常がないかのチェックをするのが主らしい。


「魔物の痕跡っていうのは例えばどんなものだ?」

「明らかに人間のじゃない足跡や糞とかだな。足跡はどんな魔物なのか判断しやすいが、糞は魔物に詳しい学者や知識のある奴じゃないと判断できないから、そん時は袋に入れて持って帰らなきゃならねぇな」

「うげー」


 仲間達があからさまに嫌な顔をする。それを見たワックルは叱責するどころか大声で笑った。


「だっははは! 思うことは人間もゴブリンも同じだなっ! 俺達も糞を持って帰りたくはねぇからいつも糞がないようにって祈ってるぜ。まぁ、大体は糞と足跡はセットでついているから実際はそうそう持って帰ることはないがな。それでもたまにあるんだよ、足跡がなくてでっけー糞だけって時とかよ。その時は腹を括るか、糞を見てどんな魔物か判断できる知識を蓄えなきゃだな」

「オイ、リラ。今度おチビちゃんに魔物の糞がわかる本をリクエストしてくれ」

「そんなニッチな本があるとは思えないがな」


 普段おちゃらけた奴のあまり見ない真面目な顔で言う言葉ではないなと思いながらも、仲間の要望には応えなければならないので、あとでヴィーチェに尋ねてみるかとリラは考える。


「しかし、ほんとにヴィーチェ様と仲がいいんだな。まぁ、ずっとゴブリンの話をしていたから当然か」

「やっぱここのみんなもおチヴィーチェの話は信じてなかった感じ?」

「そりゃあ普通は信じられないもんだ。ヴィーチェ様は幼い頃から虚言癖があるから公爵様もヴィーチェ様を家に出していないって噂があったくらいだからな。兄のノーデル様はよく見かけたが、ヴィーチェ様は全然だったぜ。ようやくお姿を見るようになったのが、学院に入学してからだしよ」


 家から出ていないどころか、脱走して魔物の森に一人で来ていたからな……と当時のことを思い出す。


「実際にゴブリンの話を始めた時は誰もがヴィーチェ様の虚言癖が重症だと思っていたし、将来も心配してたなぁ」

「まぁ、今はおチビちゃんの虚言癖でもなければ将来を決めた相手もいるから心配はないっしょ」


 アロンが明るく答える。将来を決めた相手というのをわざわざ言う必要はあるのかとジッと睨むも、ワックルは悩ましげな表情で口を開く。


「あー……うん。お前達には悪いが、実は街の人間の大半はヴィーチェ様とリラが添い遂げるとは本気では思ってねぇんだわ」

「?」

「え? なんでだよ? おチヴィーチェの言葉が嘘じゃないってわかったんだろ?」

「もちろんヴィーチェ様の気持ちはよく理解しているが、一応公爵令嬢でもあるからな。種族も身分も違う相手と貴族の娘が婚姻なんて普通はできないものだ」

「んー? でも公爵はリラとおチビちゃんが番になるのを許してるって話じゃなかったか?」

「公爵様はお許しになっているのなら問題はないだろうが、こちらまでその話が届いていないのでおそらく公爵様も段階を踏んで我々に話すのだろうな」


 なるほど。ゴブリンが領民になっただけでも大騒ぎなのだから、さすがに娘とゴブリンが夫婦になるのを認めたなんて言ってしまえば良くも悪くも騒ぎになるだろう。


「しかし公爵様が許しても領民が全員祝福するとも限らねぇってのは心に留めておいてくれ。異種族婚に否定的なのも多いし、貴族様なんか特にそういうとこには敏感だからな」

「だろうな」


 まぁ、わかってはいたが。ヴィーチェが歩もうとしてる道はやはり不特定多数の者にとっては理解できないだろうし、祝福なんてもってのほか。

 はたしてそれはヴィーチェのためになるのだろうか。貴族の娘が周りに祝福されないなんてあっていいのだろうか。

 ……そう考えるがヴィーチェは全く気にしないのだろうとリラは判断する。常にリラしか見ていないヴィーチェのことだ。幼い頃から周りなんて気にしていないのだから他人の祝福も本人には関係ないのだろうと結論づけた。


「おい、リラ。何ニヤニヤしてんだ? 気持ち悪いぞ?」

「……」


 無意識に笑ってしまったのかもしれない。それをアロンに指摘されたリラは無言で相手の頭にゲンコツを食らわせてやり、痛みに呻く声を響かせた。


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