ゴブリンは仲間を連れて街に行く
フレクとの会合から二日後、仕事の準備は整っているので都合のいい日に街に出向いてほしいとヴィーチェ伝いで聞いたリラはすぐに人間の地で労働に参加できるメンバーを募った。
見知らぬ人間の土地で仕事なんて、そう簡単に参加したい物好きはいないかもしれない……と思ったのもつかの間、予想以上に大勢の仲間が参加に意欲的だった。
リラは忘れていたのだ。仲間達はかなり好奇心旺盛ということを。
思えば自分はまだしも、仲間達が森の外……人間の土地に行ったことがないので興味が湧くのも当然のことだろう。
しかし初っ端から村の人口半数以上のゴブリンを連れて行くわけにもいかないのでリラは自分の手に負える人数を厳選した。
それから二日後、ヴィーチェの転移魔法により、フレク・ファムリアント公爵の領地、ストブリックへと移動する。
「リラ様、こちらが我が領地ストブリックよっ!」
ストブリックへ到着した早々、リラは自分のいる場所に疑問を抱いた。なぜか壇上にいる。まるであれだ。勲章を授与された時の舞台みたいな……と、そこまで考えたところでリラは視界に広がる光景を見て思考が停止した。
人間、人間、人間ばかり。やはり授与式と似た光景である。いや、厳密に言えば少し違う。
今回は風船が飛んでいたり、ヴィーチェがストブリックを紹介するや否や、くす玉が割れたり、あちこちに『リラ様歓迎!』という文字が書かれた垂れ幕があったりと、とにかく歓迎ムードであった。
集まった人達も歓声を上げているのでリラは現状が理解できずに言葉を失う。
「あれが王を守ったゴブリンだ!」
「英雄! 英雄! 英雄!」
英雄コールまで沸き起こってしまう。いや、待て。何が起きてる? なんだこの騒ぎは。
ゴブリンが領民になることについては賛成と反対が五分五分だと聞いていたのになぜこうも多くの人間がゴブリンを受け入れているのか。
おそらくヴィーチェの仕業だろう。でなければ人間が自主的にここまでしない。そう思ったリラはヴィーチェへと目を向ける。
視線が合うと、にっこりと笑った彼女は戸惑うリラの様子に気づいたのか、口を開いた。
「私はリラ様の功績をお話しただけだわ。それにゴブリンであろうとしっかり税を納めるということにも感銘を受けたそうで、みんなリラ様への印象がぐんっと上がったのよ。せっかくだから思い切り歓迎しましょうと計画を発案したわ」
「せめてそのお話とやらだけで終わっておけば良かったものの……」
こんな大規模な出迎えまでさせるほどのことじゃないだろうが。そう思いながらもう一度群衆を眺めるが、人の多さに酔いそうになった。
王都で行われた勲章授与式の方が圧倒的に人が多かったのに、こっちは明らかな熱量がある。その勢いがリラにとっては戸惑いを覚えるものだった。なぜならその熱量はヴィーチェでしか受けたことがないからだ。
「こりゃすげーなリラ! お前ヒーロー扱いじゃんかっ」
一緒に連れてきた仲間の一人であるアロンが自分のことのように嬉しげに語り、さらに人間達に向けて手を大きく振って見せた。相変わらずお気楽でサービスのいい友人である。
アロン以外の仲間達もどこか楽しげだったので、調子に乗るなとは言わずにいた。
『ストブリックの皆様ー! そしてリラ様達のお姿を見に来られた皆様! こちらの一際素敵で逞しいお方こそが私の旦那様になる予定のリラ様ですわ! 盛大な拍手をお願いいたします!』
音声を遠くまで伝える機械を使い、集まった人に向けて説明するヴィーチェ。そんな彼女の言葉に従うように大きな拍手がリラ達へと向けられた。
『彼らはこれから領民として税を納めるため、主に冬場は街で労働していただく機会が多くなります。皆様、ぜひとも仲良くしてくださいませ』
そう告げると民衆がワッと盛り上がった。本当に仲良くするつもりで返事しているのか、それとも勢いなのかはわからない。そんな中、人の集まりの一部が騒々しいことにに気づく。
「バカバカしい! 魔物を街に連れ込んで仕事を提供じゃと!? いつ襲われるかたまったもんじゃない!」
杖を持ってブンブンと振り回す年老いの男を筆頭にリラ達のいる壇上へと上がり込む連中が現れた。その態度や表情からしてゴブリンの存在や領民になることを否定しているグループなのだろうとすぐに理解する。
爺さんの杖がヴィーチェに当たってはいけないと瞬時に考えたリラは彼女より一歩前に出て、庇うように腕でガードした。
「ほんとどうかしてるわよ! ファムリアント公爵の娘は昔からどうかしてたし、公爵もこんな子を放っておくなんて頭おかしいったらありゃしない!」
リラは安心した。みんながみんなゴブリンの存在に肯定的だと逆に不信感しか芽生えなかったからだ。とはいえ、決めつけられる発言をされるのは不愉快だし、ヴィーチェを悪く言われるのもいい気はしない。
『リラ様達は人間の皆様に危害を加えるつもりはありませんわ。決めつけるのはよろしくないと思うのだけど?』
「何かあってからじゃ遅いじゃろ! これだから若いもんは後先考えずに……! ワシが若い頃なんかはもっと━━」
「魔物が街に出入りするなんて怖くて夜も眠れねぇよ!」
「うちの子に何かあったらどう責任を取ってくれるわけ!?」
「国王を守ったのも俺らを騙すための演技だろ! 襲わないなんて保証もないんだからよ!」
ぶつぶつと文句を言い続ける老人だったが、後ろにいた他の仲間達が各々言いたいことを矢継ぎ早に口にする。
少しずつ空気が悪くなるのを感じた。先ほどまで盛り上がっていた住民も不安そうな表情になり、ざわつき始める。
ここで口を出していいものかどうか。下手なことを言って人間達に刺激を与えるとヒートアップしてしまう恐れがある。
今までの経験からしてヴィーチェが場を収めるとはとてもではないが思えない。公爵のフレクが間に入って話をしてくれるのを待つのが正しいだろう。
リラが軽く溜め息をつき、そう思った時だった。
「ちがうよ! リラ様は治らなかったイオナの病気を治す方法を教えてくれたから人を襲わないよ!」
予想外のところから声が上がった。多くの観客が集まるその一番前にてぴょこぴょことジャンプをしながら自分の存在を主張する小さな少女がいたのだ。おそらくその身体を使って群衆から掻き分けて来たのかもしれない。
しかしリラにとっては全く記憶にない少女である。初めてヴィーチェと会った頃くらいの少女ではあるが、見覚えはない。
「あら、イオナ。来てくれてたのねっ」
拡声する機械から手を離して、少女の元へと近寄り壇上でしゃがみ込むヴィーチェ。どうやら彼女の知り合いだったようなので、リラは少女に何を吹き込んだのか何となく察してしまった。
「ヴィーチェ様の言っていたリラ様をお母さんと見に来たの!」
「お母さん置いてきちゃったけど……」と呟くイオナという少女にリラは幼い頃のヴィーチェを思い出し、やはりこれくらいの子供の世話は大変だなと思わずにはいられなかった。
「でも、このおじさんとおばさん達がリラ様を悪く言うからおかしいって思って。人を襲うなら緑肌病を治す方法なんていちいち教えないでしょ? 王様からくんしょーだってもらうくらい凄いことなのになんで悪いことするって言うの? イオナから見たらリラ様達をいじめてるこっちの人達の方が悪い人に見えるもん」
「そうね、当然の疑問だわ。人間とかゴブリンとか関係なく悪いことをする人はするし、しない人はしないもの」
イオナがゴブリンの扱いに反対するグループに指をさす。純粋な子供の言い分に何人かが戸惑う様子が見せたが、杖を持つ老人は眉間に皺を寄せて顔を真っ赤にした。
「これだから頭の悪いガキは! ゴブリンは魔物! 魔物は人間を襲うものだと教わらんかったのか!? 黙って大人の言うことを聞かんか!」
子供に指摘されるのが我慢ならなかったのか、彼は杖で威嚇するように振り回しながら近づいてくる。
躾をすると言わんばかりに振り上げて殴打してきそうな雰囲気だったため、様子見をしていたリラはイオナとヴィーチェを庇おうと二人の前に立つ。杖を受け止めさえすれば誰も怪我はしないだろうと考えて。
「!」
しかしリラが庇う一人はあのヴィーチェである。彼女は獲物を狙うハンターのような瞳でリラの横をすり抜けると、リラの目の前で老人の杖を蹴り飛ばしたのだ。例えヒラヒラしたワンピースであろうと構うことなく。
「なっ……!?」
令嬢の過激な行動に老人は目を丸くさせて驚き、杖を構えたポーズのまま固まっていた。
「過去の出来事はもちろんなかったことにするつもりはないのだけど、歴史は変わるものよ。昔ではなく今を見ていただけないかしら? 少なくともリラ様達はあなたのように先に手を出すことはなさらないわ」
そう告げると、静かになっていた観客がまた歓声を上げ始めた。まるで出し物か見世物のようである。
本当になぜヴィーチェは大人しくしないのか。その行動がまた危ない目に遭うことになるとは思わないのか。そう考えるリラだったが、次に動いたのはそんなリラの仲間達である。
「なぁ、爺さん。悪いことは言わねぇからあのおチビちゃんに反抗するのはやめとけって。俺達も傷つけられることがなきゃ手を上げることはしないからさ、穏便に仲良くしよーぜ」
「そうそう。俺達は別に争うつもりもないしな」
アロン達が親しげに老人の肩を叩いたりして宥めていたが、相手は納得いかないのか仲間達の手を振り払う。
「ゴ、ゴブリンめ! 近づくな! ワシに触るな! おぞましい醜悪なゴブリンのくせに━━」
「お爺様」
その言葉に少しだけヴィーチェの感情が込められた気がした。僅かな怒りだ。まだ彼女の目元に火花は散っていないため、カチンときた程度なのかもしれない。
「そのような発言は好ましくありませんわ。エンドハイト様がどのようになったのかご存知です?」
老人の杖を拾っていたヴィーチェの手に力が入ったのか、バキッと握り壊してしまう。
無意識だったせいか「あら、申し訳ありません。弁償いたしますわっ」と口にするも、それを見てしまった老人は、国の第二王子が自分の杖のようになったのだと勘違いしたのか、顔面蒼白な状態で口をあんぐりと開けていた。
「ヴィーチェ。脅すのはそのくらいにしておきなさい」
するとヴィーチェの父であり、ファムリアント公爵家の当主フレクが壇上へと姿を現す。その表情は呆れ気味ではあった。
「脅したつもりは全くないのだけど、そのように見えたのかしら?」
ヴィーチェのことを知る奴ならともかく、そうじゃない奴にはそのように見えたんだよ。とリラは心の中で留めておく。
フレクも同じことを思ったのか、軽く溜め息を吐いた。
「領民達を説得してリラ殿達を出迎えたいというので任せたが、まさかここまで大事になるとは。……ゴブリン種族に街の出入りや労働の許可を与えたのは私だ。反対意見があることも重々承知しているので文句があるなら娘ではなく私に言えばいい」
反対するグループに向けてそのように伝えると、ハッとした老人がフレクの前へと這った。腰が抜けて立てないのだろうか。
「だったら今すぐあのゴブリン共を取り締まるなり追い出すなりしとくれ! なぜ領主たるあんたが領民を危険な目に遭わそうとするんじゃ!」
「彼らに脅威はなく、むしろ協力的な種族と判断しただけだ」
「じゃあ、わしらが奴らに襲われてもいいと!?」
「もちろん何かあれば対処はする」
「被害を受けなきゃ動かんということか! 何かあってからでは遅いじゃろうが!」
何を言っても理解を得られないのだろう。老人はフレクの言葉であろうと反論する。そんな相手に公爵は嘆息を漏らした。
「被害が出る前に、と言うのならあなたから先に取り締まらねばならないな」
「な!? なぜワシなんじゃ!」
「女子供に向けてステッキを振り回すといった危険行為をしただろう」
「当ててはおらんじゃろ!」
「被害を受けなくても何かあってからでは遅いのだろう? まさか自分は該当しないと思っているのか?」
「そ、それは……! くっ……年寄りを馬鹿にしよって!」
返す言葉が思いつかなかったのか、老人は逃げるようにおぼつかない足取りで舞台から降り立った。一番威勢のいい男がいなくなったことにより、他のメンバーも居心地が悪くなったのか、そそくさとその場から立ち去っていく。
その後、フレクによって集まった人達は解散し、リラ達は巡回の仕事を行うため場所を移すことになった。




