公爵令嬢は第二王子に惜しみない協力をする
「さぁ、エンドハイト様っ! 第二回リリエル様との親睦会を始めるわよっ!」
「……なぜ貴様がそこまで乗り気なんだ」
王城の地下、エンドハイトが収容される牢獄にて。鉄格子を挟んで会話をするヴィーチェはジメジメした薄暗い場所であろうと明るかった。
貴族ならばこのような小汚く、罪人の行き着く場所にすら近づかないというのに、ヴィーチェには関係ない。そんな二度目のエンドハイトとの週末面会である。
「……いや、待て! リリエルの親睦会と言ったな? ふざけた言い方で聞き流すところだったが……まさか、またリリエルに会うことが許されたのかっ!?」
ハッとした表情をしたエンドハイトは食いつくように勢いよく鉄格子を掴んでヴィーチェに問い質す。
そんな元婚約者の反応にヴィーチェはにこやかに答えた。
「諦めなければなんだって可能なのよっ!」
えへん、と腕を組んで鼻高々な姿を見せる。ヴィーチェの言う通り、彼は再びリリエルと会うことが許可された。それも全てはヴィーチェがフードゥルト国王に直談判したためである。
最初はフードゥルトも反対した。そもそもリリエルに会えるのは一日だけという約束だったから。それにリリエルはエンドハイトを憎んでいるため、彼に危害を加えないとも言いきれない。
国王であり、エンドハイトの父でもあるフードゥルトはただ息子が心配だったのだ。
それでもヴィーチェは諦めずに説得をした。ヴィーチェは恋する者の味方である。それに相手が自分と同じゴブリンならなおさら。
リリエルがエンドハイトに手を出すことがないようにしっかりと監視をすることや、反対をすればするほど恋は燃え上がるため、会わせないことは逆効果ということなどを強く饒舌に訴えた。
しかし今回のフードゥルトは頑なに拒んだ。最近ヴィーチェの要求を呑んでいることが多いと思ったからなのか、そう何度も頼みを聞くわけにはいかないといった姿勢だった。
だけどヴィーチェは諦めが悪い令嬢である。断られても、はいそうですかと言って引き下がることはなく、むしろ食い下がるくらいだ。
痺れを切らした国王に半ば無理やり追い出されるも、ヴィーチェは気にすることなく毎週末フードゥルトとの面会を求めた。
一度は仕方なく対応する様子を見せた国王陛下だったが、結局は同じ話の繰り返しだと理解すると、耐えかねた彼に再度追い出されてしまう。
「いい加減聞き飽きた! 二度とその話をするでない!」
と言われてしまったが、ヴィーチェの心はそれでは挫けない。
じゃあ今日はお暇して、来週またお話しに行かなきゃだわ。と思うくらいにはフードゥルトの言葉は届かない。
そして三度目の正直として王城に訪れるものの、今度は門前払いを受けてしまう。
「国王陛下はお忙しい方だ。そなたの話に耳を傾ける時間はない」
門番にそのように言われ追い返されそうになるが、ヴィーチェはまだ諦めない。
「私がエンドハイト様と婚約し、破棄されるまでの長い期間に比べたらとても短い時間のはずなのだけど……。では国王陛下がいつお時間ができるか確認していただけるかしら? 私の貴重な時間を削ってでも会いに行きますわ、と」
門番にはもちろんそこまでする義務はなかったので突っぱねることも可能だった。
「なんて生意気な娘だ。いいだろう。どうせ会えやしないし、むしろ不敬罪で処罰されてもおかしくはないからな」
どうやらヴィーチェの言葉に思うところがあったのだろう。少しムッとした表情をした門番はすぐさま国王に知らせた。
その後、信じられないといった顔で戻ってきた門番は覇気のない声で「……王がお待ちだ」と城内へ案内してもらう結果となった。これにはヴィーチェも「ありがとうございますっ」と嬉しげに礼を告げる。
謁見の間に通されると気怠げな様子のフードゥルトが待ち構えていた。
「……ヴィーチェ嬢、エンドハイトの件についてはもう済んだことだろう。賠償もすると言ったのに受け取りを拒否したのではないか。それとも受け取る気になったというのか?」
門番から耳にしたヴィーチェの言葉が当てつけのように感じたのか、エンドハイトの件について罪悪感がないわけではないため、フードゥルトは面会に応じたようだ。
「あら、私は別に蒸し返したつもりはありませんわ。例えとして出したお話で、賠償も必要としていませんもの」
望んでもいないエンドハイトの婚約者として長年過ごし、そしてその結果破棄された。
公爵令嬢の貴重な時間は返ってくることはないので国王は賠償する手続きを取ることにしたが、実はヴィーチェがそれを却下した。ヴィーチェは婚約状態がなくなっただけで十分だったから。
父のフレクも賠償金をごっそり貰うつもりでいたが、ヴィーチェの意思を尊重してくれた。それどころか「むしろ王は息子の不義理を償う機会を与えさせてくれないヴィーチェのことを、この件に関しては許すつもりはないとかなり腹を立てていると思うだろう」と悪い顔で笑っていた。
ヴィーチェはそのつもりはないのだが、国王の様子を見る限り父の言っていた通りになっている。
「私はただ国王陛下に許可をいただきたいだけですの。エンドハイト様とリリエル様の会う許可を」
にっこり笑って目的の話題を出せば、フードゥルトから深い溜め息が吐き出された。
「またその話か……なぜ我が息子とゴブリンの娘の間を取り持とうとする?」
「あんなに侮蔑していた種族であるゴブリンがリリエル様の正体と知っても、その想いに変わりないエンドハイト様の強い気持ちにはとても好感が持てました。そんな彼が歩み寄ろうとしているのですから私はエンドハイト様を応援したいだけですわ」
その言葉に嘘偽りはない。そしてトドメとしてエンドハイトがまた食事を取らない可能性があることや、ストレスのあまり自傷行為に走ってしまうかもしれないと告げると、国王陛下は少しずつ折れそうな表情を見せ始めた。
そして……。
「……よかろう。勝手にするがいい。どうせリリエルには相手にされていないのだろう? こっぴどくフラれて気持ちに整理をつけさせてやろう」
フードゥルトが折れた。こうしてヴィーチェはエンドハイトを再びリリエルの元へと連れていくという許可を手に入れたのだ。
「……父上を屈服させるとは。なぜ貴様にそのような力が……いや、あるか。お前は普通ではなかった」
屈強なゴブリンが傍にいたり、悪魔を引き寄せたり、ヴィーチェの腕力も魔力も未知数なほど高いということを思い出したのか、若干引き気味の様子を見せるエンドハイト。
そんな彼が入る牢獄の扉の錠を看守が開け放った。
「さぁ、行きましょっ! エンドハイト様っ」
「……あぁ」
ヴィーチェは鉄格子の扉から出てきたエンドハイトとともに転移魔法にてゴブリンの村へと飛んだ。
「リラ様っ!!」
「……っ、お前はいつもその勢いをどうにかしろっ」
ゴブリンの村へ訪れたヴィーチェはすぐさま愛しのリラへと会いに走った。そして勢いよくその大きな体躯へと飛びつく。
リラは注意するものの引き剥がす様子はないので、ヴィーチェは受け入れてくれたことに嬉しくなる。
「……で、今日は許可が下りたってわけだな」
エンドハイトを視界に入れたリラはそれが何を意味するか理解し、言葉を続ける。
「リリエルの奴は……まぁ、まだ不貞腐れてるな」
「不貞腐れてる、だと?」
「エンドハイト様に魅了魔法が通じてなかったことを知ってから、リリエル様は自分の魔法が弱いと落ち込んでいるそうなの」
どういうことだ? という態度のエンドハイトに事情を知るヴィーチェが口を開く。何せ毎週末国王に会いに行っただけでなくリラにも会いに村へと通っていたのだ。
魔法に関してかなりの自信を持っていたリリエルだったが、魅了耐性スキルを持つエンドハイトに魅了効果がなかったということを知ってから自信喪失し、不貞腐れているのだと。
それを聞いてすぐにエンドハイトは駆け出した。リリエルが厄介になっている大婆宅へと。もちろんヴィーチェもリラと一緒に追いかけた。
「リリエル!!」
「っ! なんでまたここに来てんのよあんたは!!」
エンドハイトとともに大婆の家へと飛び込む。リリエルは布地の上で身体を丸くして不貞寝をしていたようだが、エンドハイトの声を聞いて慌てて飛び起きた。
ヴィーチェは椅子に座って船を漕ぐ大婆に向けて「お邪魔いたしますわ」とにこやかに声をかけると、大婆は細い目でヴィーチェへと視線を合わせ「ゆっくりしてきんさい」と返事をしてくれた。
「私は……リリエルに会いに来た」
「こっちは会いたくないわよっ! 物わかりの悪い男ね! 消えてって言ったのを覚えてないわけ!?」
「もちろん覚えている。リリエルの言葉だからな。好いた者の言葉をそう簡単に忘れることはできない」
「っ! だから、それが気持ち悪いのよ! 吐き気がする!」
エンドハイトに魅了魔法が効かなくて落ち込んでいたというのに、本人を前にすると前回同様の態度なのである意味元気になっていいのかもしれないとヴィーチェはぼんやりと考える。
とはいえ彼に向ける言葉が強いのも変わらないため、エンドハイトは眉を下げつつもリリエルの言葉を受け入れていた。
「……私の考えなしの言葉のせいでリリエルを不快にさせたことは本当に後悔している。そなたの心に傷を負わせてしまった罪も生涯を賭けて償うつもりだ。人間に強い嫌悪感を抱かせてしまい、復讐のために生きるようになった責任は私にある。だからリリエル……私と結婚してほしい」
リリエルに再度謝罪と想いを告げるだけと思っていたが、彼女の手を取ってまさかのプロポーズである。性急ではあるが、それだけエンドハイトの想いも強いと言えるのでヴィーチェは驚きつつも素敵な現場を目の当たりにしていると感じた。
「ばっ……かじゃないの!?」
しかしリリエルはそうではなかった。いや、驚愕していたが、すぐにハッとした表情に変わってエンドハイトの手を振り払う。
「そもそもあんたに接していた私は作りもの! 今の私と違うことくらいわかるでしょっ!? それ以前に私はあんたが嫌って馬鹿にして気持ち悪がっていたゴブリンよ! 落ちるとこまで落ちたせいで頭もおかしくなったわけ!?」
「確かに、リリエルと出会って恋に落ちてから私は変わってしまったのかもしれないな」
「落ちるってそういうこと言ってんじゃないのよ!」
「リリエルが動揺するのも仕方ないだろう。それでも私はそなたへの気持ちは揺らぐことはなかった。ゴブリンの姿になろうとも新たな一面を見たような感覚だったし、私を陥れるために近づいたリリエルも、今のリリエルもひとつの側面に過ぎない。城内で魔法を披露した姿ですら勇ましく、凛々しく、格好いいとさえ思った。そなたがどんな姿だろうと、何を考えていようと、私はリリエルへの想いは変わらない」
とても熱烈な言葉だった。正体を知る前のリリエルに向けているのと同じで変わらない愛情。彼女の正体を知ってもなお、エンドハイトがあそこまで好意を口にするのだからよほどリリエルが好きなのだろう。
何を言われても自分の気持ちを正直に話すエンドハイトにさすがのリリエルも少し恥ずかしさを感じたのか、顔が赤くなり始めた。怒りの色だけとは思えない。
「なっ、な、何言ってんのよ! 軽蔑対象にしていたくせにそんな手のひらを返すような話を信じると思ってんの!? 馬鹿だわ! バカバカバカッ!! 本気でゴブリンに恋愛感情を抱くなんて有り得ないわよ!」
「そんなことないわよ、リリエル様っ! 私はリラ様にとびきりな愛を抱えているわ!」
口を挟まないようにしていたが、つい反応せざるを得なかった言葉を耳にしたためヴィーチェが力強く否定する。そして「私達を見て!」と言うようにリラの腕に抱きついた。リラは「……話の邪魔をするな」と少し頬を染めて呟きながらもヴィーチェを振り払うことはない。
「あんたはもう論外だから黙ってて!! そしてイチャつかないでキモバカップル!!」
「うふふ、私達は別格みたいね、リラ様っ」
「別に褒められたわけじゃないからな?」
呆れるような溜め息をつくリラ。そんなアンニュイな様子のリラもヴィーチェの瞳にかかれば絵になるほど素敵に見えて仕方ない。
するとエンドハイトがわざとらしい咳払いをする。リリエルの意識を自分へと戻すために。
「……確かにリリエルの言う通り私は愚かで未熟な男だ。しかしリリエルがゴブリンでも私には嫌悪感は全くなく、緑化した肌のそなたも美しく見えた。だが、私と違ってリリエルは憎しみしか抱かないだろうし、どれだけ私を罵倒しても受け入れよう。それだけのことをしたのだから。そして私はまた新たにリリエルとの関係を築きたい。そなたの話や、あの鼻歌も聞きたいと思っている」
「あっ、あの鼻歌は……! 魅了魔法をかけるカモフラージュでしかなくて!」
「なんだっていい。私はリリエルの歌を聞くのが好きなんだ」
「っ~~!」
ここでようやくリリエルが押し負けそうになっている。いい調子だわエンドハイト様っ! とヴィーチェは心の中で応援したが次の瞬間、リリエルは真っ赤な顔で手を振り被ってそのままエンドハイトの頬へはたいた。……ぺちん、と可愛らしい音とともに。
リリエルは魔力封じと体力低下の魔法がかかった罪人用の腕輪が嵌められている。そのためどれだけ本人が力強く攻撃をしていてもその威力はかなり下がってしまうのだ。だからエンドハイトにビンタをかましても、彼にとっては痛くも痒くもない。
「っ、もう! 帰って!!」
力が思い通りに発揮できない苛立ちもあってか、リリエルは怒鳴った。前回に引き続き今回も帰宅を命令されてしまったのでエンドハイトはまた落ち込むだろうかと思われたが……。
「わかった。では、また来よう」
意外にも堂々と答えていた。それどころかフッと笑みを浮かべていたのだ。
「話通じてないの!? ていうかあいつに感化されないでくれる!?」
と、リリエルから指をさされてしまったヴィーチェは「話は通じてるはずなのだけど?」と不思議に思いながら、エンドハイトとリラと一緒に大婆宅を後にした。
「リリエルのビンタはあんなにも愛らしいものなんだな」
「エンドハイト様、リリエル様はあなたと同じ腕輪の影響で本来の力が発揮されないだけなのよ?」
恍惚とした表情で語るエンドハイトに向けてすかさずヴィーチェが認識の誤りを正した。そんな彼を見たリラは小声で「……こいつ、やっぱ馬鹿なんだな……」と呟く。
「……ヴィーチェ・ファムリアント。私はまたここを訪れるつもりだ。一度や二度会っただけでリリエルの心が開くとは思っていないからな。父上にも懇願する」
信念のこもった言葉と曇りなき空の瞳。持ち前の凛々しい眉もあってか、それだけで王族の品格に相応しい顔つきと言える。そんな第二王子の姿にヴィーチェは力強く頷いた。
「えぇ! 私も協力は惜しまないわ!」
次のリリエルとの面会のためにヴィーチェは何度でも国王に許可を要請することを誓う。それを見ていたリラがやれやれと言わんばかりに嘆息をこぼすのだった。
 




