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公爵令嬢は友人達の現状を知る

 季節は秋の終わり頃、休日の度に学院から公爵家や王城、そしてゴブリンの村へと行き来する日々を送るヴィーチェは友人のライラから見るととても忙しいように見えたのか、ある日彼女からこのように問われた。


「ヴィーチェ様、毎週末のように領地に戻られているようですが、お疲れではありませんか? 少しはお休みになられた方がよろしいかと思いますが……」


 昼食の時間をカフェテリアで過ごすヴィーチェとライラ。本日は特製のハーブマリネと共に焼き上げたローストグリフィンを二人ともメインに選んだ。

 ミックスハーブのマリネによってグリフィンの肉はしっとりとジューシーに柔らかく、香りも食欲がそそる中でライラは無表情で尋ねてきたのだ。

 感情が見えない彼女に、周りから見れば苦言を呈しているように見えるかもしれない。もちろんヴィーチェにとっては心配ゆえに問いかけていると知っているので勘違いすることはないのだが。


「心配してくれてありがとう、ライラ。むしろ私はリラ様に会えるから元気よっ! それに移動も転移魔法だから身体的な負担はないもの」

「転移魔法は希少な魔法ゆえに魔力消費が激しいと聞きます。使い過ぎると身体の負担になることは間違いありません」

「でも今のところ全然問題ないわ。魔力値は相当高いようだし、連続使用しても平気だと思うの」

「……確かに、悪魔が釣れるくらいですから魔力量は相当なものかと思いますが、まだヴィーチェ様は魔力の限界値をご存知ではないのでは?」

「そうね。まだ調べてないわ」


 魔力の限界値は幼い頃に魔力適性検査にて魔力がある場合により伝えられる。それを基準値として生活を送り、成長するにつれて限界値も上がるので自分で調整しながら魔法を発動しては自分で魔力量を把握していくのだが、後天的に魔力が備わったヴィーチェは魔力量が多いという感覚でしか理解していない。


「来年の選択科目で魔法実技学を受講するつもりだからそこで限界値を把握しようと思ってるの」

「ヴィーチェ様なら教会で調べてもらう方が手っ取り早い気もしますが……」

「そんなことしたらリラ様と会う時間が減るわ」

「……あぁ、なるほど」


 ライラはすぐに理解してくれた。ヴィーチェが何よりリラとの時間を大事にしていることが伝わっているのだろう。


「そういえば、アリアス様はまだライラとの関係を公表されていないわよね? いつするの?」


 ふと思い出したヴィーチェは周りの生徒達に聞かれないように声を絞って尋ねた。アリアスとライラの婚約発表についてだ。

 てっきりすぐにでも婚約発表をするのかと思っていたが、いまだにそのようなことはなくてヴィーチェは不思議に思っていた。


「エンドハイト様が投獄され、さらに新たなゴブリンが城で暴れた事件もあったので、その件が落ち着く頃に発表するそうです。年明け以降になるかと……」


 リリエルが正体を明かして王城で騒ぎを起こした件については世間に公表されていない。もし知れ渡ってしまえばゴブリンという種族の風当たりが強くなるだろう。せっかくリラが国王を助けて、民衆の半数以上に好意的な感情を向けられたというのにそれもなくなってしまう恐れがある。おそらくフードゥルト国王がそこまで考えた上でそのように指示を出したに違いない。彼の優しさなのだろう。

 リリエルについても、諸事情により退学したとしか伝えられていない。教師も生徒もまさか彼女がゴブリンだったという事実を知らないのだ。


 同種族が問題を起こせば「やはりゴブリンは危険な存在だ」と手のひら返しをするのも容易に考えられる。ヴィーチェにとっては理解できないのだが、おおよその人間はそのような考え方らしい。悪事を全く働かない種族なんているわけがないのに。むしろ人間だって母数が多いのだから問題や事件を起こすことなんて毎日のようにあるはずなのに。そう考えても人間は理解してくれないのかもしれないが。


 ところで国民さえも知らないリリエル襲撃事件をなぜライラが知っているのか? もちろんヴィーチェが話したのもあるが、ライラの婚約者となったアリアスの方が事細かに話していたのだろう。何せヴィーチェはリラ中心にしか話をしていないのだ。


「アリアス様もお忙しいのね。でも毎日授業には出ていらしてるのだから私よりもアリアス様の方がお疲れだと思うのだけど?」

「確かに彼は城へ向かう際は馬車で向かいますが、帰りは転移魔法持ちの魔法兵によって一瞬で帰ってきてるそうなので心配はいらないかと。それに第一王子なんですからしっかり働いてもらうべきです」


 アリアスの心配どころか扱き使うような発言に捉えかねない。しかしヴィーチェは違う捉え方をする。


「ライラってばアリアス様と随分打ち解けているのね」


 大人しく事を荒立てることの少ないライラがトゲのある言葉を口にすることはそうそうない。

 元々アリアスに対しては少しつっけんどんではあったが、彼の動向を語るくらいにはアリアスと言葉を交わしているようなのでそこまでギスギスした雰囲気もなさそうだとヴィーチェは判断した。


「打ち解けたというより私が諦めただけかと……」

「アリアス様もお好きな方には押せ押せタイプだから私は好ましいと思うわ」

「……好意的なのはありがたいのですが、私はどちらかと言うとアリアス様の真面目のように見えつつ、飄々とした言動に戸惑いを感じます」

「悪い人ではないのだからいいのではないかしら? それともライラは好みではなくて?」

「好みとかそういうものではなく、何を考えているのかがわからないのです」


 そういうと、ライラは溜め息をつきながら語った。

 例えばアリアスが「おすすめの本があるんだ。付き合ってくれるかい?」と誘うので、学院の図書館に付き合うくらいならと頷けば、アリアスは学院の外に出て馬車へ乗るように言ったそうだ。

 その時は街の大きな図書館にでも向かうのかと思ったが、馬車が停まったのは国の中でも有名な劇場であった。

 アリアスは目を丸くするライラの手を引き、さも当然のように劇場内へとエスコートを始めるので、騒ぎにしたくないこともあってライラはされるがまま舞台を鑑賞することになった。

 評判のいい劇だったので鑑賞中は楽しめたが、終演後に当の目的とは違うということをアリアスに指摘すると……。


『原作が私のおすすめの本だったんだ。舞台の評判もいいからライラ嬢と観たいと思ってね』


 と、悪びれる様子もなく答える。ならば最初からそう言えば良かったじゃないですかと伝えると「ライラ嬢に断られたくないからね」と返ってきた。


「普通に誘うならまだしも、なぜ回りくどいことをして騙すようなことをするのか理解できません」

「それは以前、一緒に街で遊びたいと割り込んできたアリアス様をライラが避けていたから手を打ったのかもしれないわね」


 そう、アリアスが入学してきてすぐの出来事だった。その頃にはアリアスがライラのペンフレンドであると知ったばかりだったから、身分を隠していたことへのやり場のない怒りと、本来の正しい距離感を取るためにライラは第一王子を避けていたのだ。


「……あの時は仕方ないことでしたので。ですが、ペンフレンドのアインだった頃の彼はもっと素直な方でした。アインとしての彼は作り物だったのかと思うと少し残念でなりません」


 淡々と話しながらも声のトーンが少し落ちる。悲しさと寂しさを感じる声調。

 第一王子のアリアスとペンフレンドのアイン。同一人物だけどライラはアインに心を寄せている。アリアスの作ったアインという人格が作り物ならば両想いだけど三角関係のような奇妙な関係になりそうだ。

 これは困ったわね、とヴィーチェは心の中で呟く。いくら互いの利益のために婚約関係を結んだとはいえ、いい関係を築いてもらいたいのがヴィーチェの本音である。

 ライラの想いがあと少しだけでもアリアスへと向けてくれたらとても良好になるはずなのに、ボタンを掛け違えたように惜しく思ってしまい、何か良い方法はないかとヴィーチェは思考を巡らせる。

 やっぱりアリアスにライラを任せない方が良かったかしら? 今からでも侍女としてライラを引き抜く方がいいわね。そう思った矢先だった。


「つまり、もう回りくどいことをしなくても素直に誘えばライラ嬢は断らないんだね?」


 ヴィーチェとライラの座る席に件の王子が割って入ってきた。その表情はとてもにこやかである。


「相変わらず横入りがお好きな方だわ。紳士としてどうなのかしら?」

「懇意にしてる相手に素を出してしまうのは仕方ないことだと受け取ってくれないかな?」

「ハッ! それもそうねっ。私もリラ様を見かけると居ても立っても居られないわ!」

「ヴィーチェ様、手のひらを返すのが早すぎます……」


 「でしょ?」と同意してくれたことを喜ぶアリアスとは違ってライラは呆れるような言葉を口にする。


「ところでライラ嬢、先ほどの話は本当なんだね? 素直な私が好みというのは」

「脚色しないでください。好ましいという意味です」

「うん。それで十分だよ。私はライラ嬢と一緒の時間を過ごしたいために少しばかり強引なことをしてしまうのだけど、素直にお願いをすれば許可を出してくれると認識していいんだよね?」

「……そのように念を押されると構えてしまうのですが? それに私にもその時々の予定や感情がありますので全て首を縦に振るわけではございません」

「では確率が上がると思ってもいいかな?」

「そうですね。遠回しなことをされるのは好きではありませんので」

「わかった。それじゃあ早速だけど今日の授業後、一緒にお茶をしに行かないかな? まだ婚約発表ができないからライラ嬢は人目を気にするだろうし、ひとまず個室の席でどうだろう?」


 友人の目の前であろうとデートに誘うアリアスの心意気にヴィーチェは感心した。

 しかし婚約関係に至ったとはいえ、まだ正式には発表されていない。そんな中で男女が個室に入るのはやはり少し気になるところではあるが、人目を気にするというライラの気持ちを考えれば個室というアリアスの考えも妥当ではある。


「……お茶でしたら構いません。アルフィーも控えさせますので」

「なるほど。まぁ、今はそれで構わないよ」


 そうきたか、と言いたげな雰囲気ではあったが、アリアスは受け入れた。ライラの使用人が傍にいるのならヴィーチェも少なからず安心である。

 安堵したからなのか、ヴィーチェはちょうどアリアスに聞きたいことを思い出した。


「アリアス様にお伺いしたかったのだけど、最近ティミッド様と授業以外でお会いすることがないの。アリアス様は何かご存知かしら?」


 そう尋ねると何か知っているのか、アリアスは「あー……」と言葉を漏らした。


「ティミッドくんか。彼はね、目標ができたみたいで鍛錬や勉学に力を入れたいそうなんだ」

「目標? つまり将来のためなのねっ。素晴らしいことだわ!」

「そうだよね、頑張り屋さんだと思うよ」

「……アリアス様、スティルトン様に余計なことを吹き込んだのではありませんか?」


 じとっとしたライラの瞳がアリアスへと向けられた。しかし彼はそんな視線であろうとも穏やかな笑みは崩さない。


「余計なことは言っていないよ。私は友人の一人としてティミッドくんの可能性を秘めてると思って激励しただけなんだ」

「無責任な励ましはいかがなものかと……」

「引きこもるよりかはいいと思うんだけどね。どちらにせよ、やる気や目標を持つこと自体悪いことではないからね」

「えぇ、そうね。目標は大事だものっ!」


 アリアスの意見に賛成するようにヴィーチェは頷いたが、ライラだけは軽い溜め息を吐き捨てていた。ティミッドの目指すものに心当たりでもあったのだろうか。

 どれだけ彼が険しい道に向かっているのかはわからなかったが、ティミッドが少しでも望む未来に近づけるようにとヴィーチェは胸の内で願った。



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