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公爵令嬢は元男爵令嬢に楽しく生きてもらいたい

「━━というわけでリリエル様は本日から一年の更生期間が与えられることになったわ。反省の意思さえ見せれば減刑も考えてくれるそうよっ! このように温情のこもったチャンスを与えてくださるきっかけとなったリラ様には感謝よねっ」


 リリエルの処遇という名の更生期間が与えられ、ヴィーチェとリラは再度リリエルのいる大婆宅へと戻り、結果を伝えた。

 死罪を免れることができるので彼女もさぞかし喜ぶだろう。ヴィーチェはそう思っていた……のだったが。


「はあっ? 余計なお世話なんだけど! 別に頼んでないし、恩着せがましいことしないでくれるっ? それに私は死罪で構わないって言ったじゃない! どんだけ平和ボケしてるの!?」


 と、怒鳴られてしまった。おかしいわね、とヴィーチェは不思議そうにする。

 これだけ威勢はあるというのに、生への執着心がないのはなぜなのだろう。やはりエンドハイトを零落させたという大きな目的を達成したからなのか。演劇や本でもこのような登場人物がいる物語を何度か見たことがある。

 復讐に生きる人はそれだけのために生きてきたので、成し遂げたあとは生きる活力をなくし、自死する者や簡単に殺されたりする人が多い。リリエルもそのタイプなのだろう。

 まだ若いのに生への諦めが早いのは全くもってよろしくない。自分と同年代ではあるが、ヴィーチェはリリエルに何とか生きることへの希望を見出してほしいため、ひとつ思いついたことを彼女に告げた。


「リリエル様っ、あなたは私も始末したくて仕方なかったのにそう簡単に死罪を受け入れて諦めようと言うのかしらっ?」

「!?」


 ヴィーチェの言葉にリリエルは驚き、リラはぎょっとした顔でヴィーチェに目を向けた。


「! お前、何を言い出すんだ!」

「リリエル様に生きる気力を与えるためよ」

「ばっっっかじゃないの!? 確かにあんたはムカつく! 公爵令嬢として大事に育てられたせいで頭の中がお花畑のくせに邪魔はするわ、しゃしゃり出てきたりするわで鬱陶しい! 殺したいくらい腹立つけど、ぶっ飛んだ頭のあんたとはもう関わりたくないのよ!」

「そう言われても私は近々リラ様の妻になるのでご近所さんになるわけだし、関わらないわけにはいかないもの」

「~~っ! どこまでも私の意思を無視するのよこの女!」


 顔を真っ赤にしながら地団駄を踏むリリエル。思い通りにいかないことに腹を立てる子供のように思えた。

 そういえば私も幼少期はあんな感じで駄々を捏ねていたわね。なんて考えながら。


「でも困ったわね。私への殺意が新たな生きる希望になると思ったのだけど……」

「……そもそも殺意を向けられてもいいと考えてどうするんだ」

「リラ様、心配してくださってるのね! でも私は大丈夫よっ。リリエル様に勝てるものっ」

「ほんっと大ッ嫌い!!」

「私はそうでもないわよ?」

「キモい!!」


 大嫌いと言われてもヴィーチェはきょとんとした顔で答える。そんな彼女にリラは「……なんでだよ」と少々呆れ気味に呟いた。


「私への憎しみが生きる理由にならないのなら何か趣味や目指すものを見つけるのはどうかしら?」

「なんでここまで拒否反応を示してるのにさらりと次の代案を言い出してこの意味のない話を続けるわけ!? どういう神経してんのよ!? 逆に怖いんだけど!」

「今この村にある娯楽と言えばプレイング・カードか読書なのだけど、リリエル様はどちらに興味がおありで? それとも別の何かが気になるとかあるかしら?」

「だから話聞いてって言ってるでしょ!」


 リラが少しばかり同情する視線をリリエルに向けた。ヴィーチェは気づかなかったが、何か共感を覚えたのだろう。

 リリエルがなんと言おうとヴィーチェは気にしないし、苦しかった過去のせいで復讐のために生きてきたリリエルにもっと明るく楽しい世界に身を置いてほしいとも思う。


「せっかく復讐を終えて解放されたっていうのに、リリエル様はまだ生を楽しんでいないわ。あまりにも勿体なさすぎると思うの」

「っ、別にどうしようが私の勝手だし、あんたの押し付けを受ける必要も全くないのよ!」

「何事も経験と言うわ。せめて色んな体験をしてみてからでも遅くないわよ。例えばそうね、恋をするのもいいわね! 毎日が楽しくて、新しい発見もできるし、お話をするだけでも常にときめくのよ! そして愛を育む……とても素敵な関係になれるわ」

「……」


 ヴィーチェが恋愛に関する話をしている間、リラはどこか落ち着かず少し恥ずかしげに目を逸らしていた。


「だ・か・らっ! 気持ち悪いって言ってんのよあんた達は! そんなキモい世界なんて知りたくもないわよ!」

「そういえばリリエル様はエンドハイト様といい雰囲気だったのに恋は芽生えなかったのかしら?」

「あんたの頭はほんとにどうなってるの!? あの王子は私の復讐相手よっ! そうなるわけないじゃない! あくまでも演技よ!」

「憎んでいた相手と恋に落ちるなんて珍しいものでもないわよ。歌劇でそのようなカップルを観たことがあるわ」

「作り物を例に出さないでくれるっ!?」

「そうだわ、エンドハイト様といえばずっと牢の中で大人しくしてるそうよ。でも食事を口にしないらしくて少し心配よね」

「だから何っ? コロコロと話を変えてっ、ほんっ、と……あんたと、話すのも疲れる!」


 どうやらリリエルの体力が底に着いたのか。息を切らし始めた。それを見てずっと静かに傍観していた大婆が口を開く。


「どうやらリリエルはお疲れたみたいだねぇ。ひとまず今日のところは休ませてあげんさい」

「お疲れなら仕方ないわ。ではリリエル様、私達は失礼するわね。またお会いしましょ」

「二度と来ないで!」


 お疲れなのに元気なのね。にっこりと微笑ましく笑いながら伝えると、リラとともに大婆宅を後にする。

 すぐに「嫌味のつもり!?」という声が後ろから聞こえた。そのつもりは全くないのだけど、わざわざ戻って言うのは気が引けるのでそのままにする。


「……ほんと、相変わらずだなお前は」

「リラ様に褒められて嬉しいわっ」

「褒めたつもりはないが……まぁ、勝手にしろ」


 そう仰るまでもなく褒められたと受け取るヴィーチェはリラの優しさに笑みが崩れることはない。

 愛しのリラ様が隣にいるだけでやはり幸せな気持ちになれる。リリエルにもその気持ちを共感してもらいたかったのだが、現実は難しそうだ。

 すると急に思い出したかのように、そういえば、とヴィーチェは言葉にする。


「お父様からゴブリンのみんなを領民にするというお話を領地でしてきたそうなのだけど、賛成と反対が半々だったそうよっ。これもリラ様が身を呈して私や国王陛下を守ってくださったおかげだわ!」

「……マジかよ」

「でも領民になるからには徴税も受けてもらうことになるのだけど」

「ちょう、ぜい?」

「領地を良くするために領民から経費となるお金をいただいているの」

「……金なんてないぞ」

「もちろん、存じているわ。だからゴブリンのみんなにはお金じゃなく、食物か何かの素材になりそうな物納でお願いしようと思っているそうよ」


 物納について話すとリラは少し難しそうな表情をする。彼の中でも色々と考えているのだろう。ゴブリンを束ねるお頭なので簡単に決断することではない。

 狩猟生活をするゴブリン達にいきなり食料をこちらに納めろなんて言われてそう易々と「わかった」とは言えないのだ。


「そもそも、どのくらい渡せばいいかはわからないが、一人につき果実一個という話じゃないんだろ?」

「そうね。農家の方なら収穫物を数割いただいたりするのだけど、こちらの村で栽培してるのはドラコニア・ヴェネヌムだけなのよね。毒の効果が強すぎるので簡単に手に入らないように流通の規制がされているから売って金銭に代えることもできないのが残念だわ」

「そもそもドラコニア・ヴェネヌムも大量に育てていないし、俺以外の奴らの狩りに必要なものだ。必要最低限しかない。食物にしても備蓄があるとはいえ、村全員の分となると、ごっそり減るか足りなくなるだろう」

「そうよね……ほぼ毎日狩りに出かけてらっしゃるものね。レア物の魔物だったら金額としては高く売れるし、それで賄えたら一番なのだけど」

「森の奥地は危険な魔物もいるが、乱獲するつもりもないし、そう簡単に見つかるものでもないからな」

「うーん、やっぱり新しく何か栽培してその収穫物を物納するか、それとも森の中で売れそうな物を探すか、になるのよね」

「……少し考える時間が欲しい」

「えぇ、もちろんよ。すぐに納めろというわけではなく、準備期間は設けてあるから。物納できそうな栽培物、採取物を一緒にピックアップしましょ!」


 何せここはファムリアント領地に存在する魔物の森と呼ばれる場所。その名の通り魔物が沢山住み着いているため、よほどのことがなければ人間は侵入しないし、冒険者も怪我する確率が高く、あまり探索する者も多くない。

 元々フレク・ファムリアントも魔物の森に足を踏み入れることは推奨していなかった。


 だからもしかしたら自分達が知らないだけで、売買向きの素材があるのかもしれない。準備期間の間に見つけることができれば何よりだが、こればかりは探してみないとわからない。

 安定を考えれば栽培なのだが、そうなると栽培場所を考えなければならないだろう。広く場所を確保するためには村を囲う樹木を伐採し、栽培地を作らなければならない。少々大変だろうし、土の状態を見て何が育つのかも確認しなければならないだろう。

 とにかく調べなければならないことが沢山あるのでヴィーチェはやる気に満ちていた。


「お前は……当たり前のように手伝うんだな」

「だって私もここに住んでリラ様の妻として生きるのよ? 当然だわ!」

「……本当にブレないな」


 笑みを含ませた呆れるような溜め息。全く不快感は感じられない。妻として生きることも彼は否定もしないのでヴィーチェは満面の笑みを浮かべた。


「えぇ! 私は生涯どころか来世もずっとリラ様に命と心を捧げるわ!」

「だからなんでお前はいちいちそう重いんだよ……」

「リラ様への気持ちは常に高く深く重い愛を抱えてるのよっ。私という存在はリラ様しか受け止めることができないもの! でも確かに重すぎてリラ様が押し潰されないかは心配ね……」


 でもリラ様なら問題ないわ! だってリラ様だもの! という確証のない自信をそのまま続けて言葉にしようとしたが、先に相手が口を開いた。


「力自慢の俺が押し潰されるわけないだろ」


 そう答えるリラにヴィーチェは驚きに瞬いた。つまりそれって、と考えるより先に身体が動く。それがヴィーチェ。嬉しさのあまりリラに飛びついた。


「さすがリラ様だわ! 格好いい! 素敵! ずっと私を受け止めてちょうだいね!」

「っ、だからってすぐに飛びつくなお前はっ! お嬢様ならマナーとかあるだろ!」

「リラ様と二人のときは素でいたい乙女心よっ」

「ほんっと自由な奴だなお前はっ」


 言葉ではそういうが、押しのけようとする素振りはないのでヴィーチェは少しずつリラの言動に変化を感じて、さらに心の距離が近づいたのだと確信した。



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